第190話 春風、「店」を手伝う
中立都市フロントラル内、商業区。
多くの店や宿、食事処があるその区画内には、ある独特の雰囲気を持つ場所がある。
通称、「歓楽通り」と呼ばれているその場所は、昼間は多少の人の行き来はあれど商店通りや宿屋がある通りよりも静かな雰囲気しているが、夜になるとその雰囲気は一変して、大人達の為の店が多く開かれ、一度通りを歩けばあちこちの店から何やらいかがわしいというか、聞いてはいけない叫び声のようなものが聞こえるという。
さて、時刻的には昼間、その「歓楽通り」に、とある一軒の店がある。
そこは、ナンシー・ローハンという女性が店主をしている店で、昼間はちょっとした居酒屋兼食事処となっている。
そんなナンシーの店で今、
「いらっしゃませ!」
少年、雪村春風は働いている。勿論、少女、レナ・ヒューズも一緒にだ。
何故、2人がナンシーの店で働いているのか?
その説明をする為に、時は少し前まで遡る。
数時間前、ハンターギルド総本部。
「あんた、あたしから仕事を受ける気はないかい?」
と、春風に向かってそう尋ねてきたナンシー。
そんな彼女の質問に対して、
「は? 仕事……ですか?」
と、春風が警戒するかのように目を細めながらそう返事すると、
「だから、そんなに構えないでおくれよ。うちの『店』を手伝ってほしいだけなんだ」
と、ナンシーは大袈裟に手を振って「ははは」と笑いながらそう言った。
その言葉を聞いて、春風が「は?」と首を傾げると、
「ちょおっと待ったぁ!」
と、レナが春風とナンシーの間に割って入ってきたので、
「れ、レナ、どうしたの?」
と、春風はギョッと目を大きく見開きながら、恐る恐るレナに向かってそう尋ねた。
その質問を聞いて、レナが春風の方へと振り向くと、
「あのね春風。前に商業区には『歓楽通り』っていう通りがあることは話したよね?」
と、春風に向かってそう尋ね返してきたので、
「あー、うん。そういえば言ってたね」
と、春風は「意味がわからんが?」と言わんばかりに目をパチクリとさせながらそう答えると、
「こちらのナンシーさんの店、その『歓楽通り』にあるの」
と、レナはもの凄く真剣な表情でそう言った。
その言葉を聞いて、
「え、それってつまり……」
と、春風が更に警戒を強くすると、
「待て待て待て! あんたが思ってるものじゃないから! ちゃんと健全としているところだから!」
と、ナンシーは大慌てでそう言って、
「ていうかレナ! あんたもうちの店で働いてただろ!」
と、レナをキッと睨みながらそう付け加えた。
その言葉を聞いて、春風が「え?」とレナに視線を向けると、レナは「はぁ」と溜め息を吐いて、
「新人の時に一度だけね。確かあの時は夜の方で、用心棒っぽいことしてたなぁ」
と、当時のことを思い出して遠い目をしながらそう言った。
そんなレナの言葉に、
「ははは、あの時は世話になったねぇ」
と、ナンシーが笑いながらそう言うと、
「だけど安心しておくれ。手伝ってほしいのは昼の方だからさ」
と、付け加えてきたので、
「どういうことですか?」
と、春風は少しだけ警戒を解きながらそう尋ねた。
その質問に対して、ナンシーは「コホン」と咳き込むと、
「実はうちの店、昼間はちょっとした居酒屋兼食堂っぽいことをしてるんだけど、従業員の1人が熱出しちまってね。で、今日1日だけでいいから手伝ってくれる奴を募集しようと、ついさっき依頼してきた時に……」
と、事情を説明し、
「俺達の姿を見かけたと?」
と、その説明を聞いた春風がそう尋ねると、
「そうそうその通り。で、春風って言ったっけ? あんた結構いい顔立ちしてるから、きっといい接客が出来るかもしれないって思ったって訳さ」
と、ナンシーはビシッと春風を指差しながらそう答えた。
その答えを聞いて、春風は「えぇ?」と1歩下がると、
「……あの、本当に昼の方だけでいいのですか?」
と、恐る恐るナンシーに向かってそう尋ね、
「ああ、勿論さ。そして、報酬もキチンと払うよ」
と、ナンシーがコクリ頷きながらそう答えると、春風は「うーん」と少し考える素振りそして、
「……大変申し訳難いのですが、今からですと賄いとか出ます?」
と、再び恐る恐るそう尋ねると、
「ああ、当然あるさ!」
と、ナンシーはビシッと親指を立てながらそう答えたので、
「わかりました、お引き受けします」
と、春風はコクリと頷きながら、ナンシーに向かってそう言った。
その言葉を聞いて、ナンシーが「おお、そうかい……!」と表情をパァッと明るくすると、
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
と、レナが「はい!」と勢いよく手を上げたので、
「ん? レナどうしたの?」
と、春風がそう尋ねると、
「春風が引き受けるなら、私も一緒にやる!」
と、レナもそう言ってきたので、
「え、いいのかいレナ?」
と、今度はナンシーがそう尋ねると、
「私は春風の……そう、旅の仲間で、保護者みたいな存在よ! あんたの所為で、春風が間違った道に進まないようにしっかり見張らなくちゃ!」
と、レナは怒鳴るような勢いでそう答えた。
その答えを聞いて、
(え? レナってそうだったっけ?)
と、春風が首を傾げながらそう疑問に思っていると、レナはキッと春風を睨んで、
「い、い、よ、ね!?」
と、尋ねてきたので、
「……ありがとう。レナがいてくれると、心強いよ」
と、春風は弱々しい笑みを浮かべながらそう答えた。
その答えを聞いて、レナがホッと胸を撫で下ろしていると、
「はは、わかったわかった。じゃあ、2人とも引き受けるってことでいいね?」
と、ナンシーが笑顔でそう尋ねてきたので、
「「はい、よろしくお願いします」」
と、春風とレナはコクリと頷きながらそう答えた。
こうして、春風とレナはナンシーの店を手伝うことになった訳だが、後に2人共思わぬ事態に巻き込まれることになるとは、この時の2人は勿論、依頼したナンシーでさえも知らなかった。




