“魔王”⑤
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エフェクトが散る中、立ち尽くしていた俺は……気づくと歓声を上げていた。
「うおおおおおっ!!」
自分の声に自分で驚いていると、後ろからさらに大きな声が聞こえてくる。
「アルヴィンさーんっ!!」
「アルヴィンっ!」
「アルヴィ――ンっ!!」
駆け寄ってきた仲間たちと手を打ち合わせる。
皆、自分以上にはしゃいでいるようだった。
「やりましたね! やりましたね!」
「本当、紙一重だったわね。こんなに苦戦したの初めてじゃない?」
「ボクたちドラゴン倒しちゃったよ! やっほーっ!」
「ああ……まだ信じられないくらいだ」
戦いの興奮が冷めやらず、どこか放心したような心地だった。
ドラゴン型のモンスターを倒した。しかも、自分がキルをとっただなんて。
一年前の自分に言っても、絶対に信じなかっただろう。
「いやー、それにしても強かったですね! セラフィムもそこそこでしたけど、さらに十階層分くらいは差があったんじゃないでしょうか」
「五十層のボス相当か、下手したらそれ以上だったかもしれないわね」
「いいや、六十層はあったね! だってボクたちが本気出して苦労するくらいだよ?」
「本当に全力だったもんな。パーティーの平均レベルを考えると、それくらいでもおかしくない。あんなに気を張ったのはいつぶりかわからないくらいだ」
ただそのおかげで、このパーティーの実力をあらためて確かめられた。
皆となら、きっとどこまでも先へ進めるだろう。
「そういえばテト、最後のあれは狙ってやったの?」
「ああ、あの上にブレス吐かせるやつ? そうだよ。ああいう普通じゃまずしないような行動をさせると、挙動がおかしくなるモンスターはたまにいるんだよね。ソロの頃は雑魚モンスター相手によくそれで遊んでたんだ。無限にジャンプし始めるやつとかいておもしろかったよ」
「あなた本当、よくやるわね……」
「あっ、わたしメリナさんの【完全詠唱】初めて見たかもです。あれってどれくらい威力が上がるんですか?」
「そこまで大した上昇率じゃないわ。二〇パーセント増くらいだったかしら? 狙って発動させようとすると大変だから、普段は決まったらラッキーくらいの気持ちでいるわね。一応これまでも何度か発動しているのよ? エフェクトが小さいからすごくわかりにくいけれど」
「初めてと言えば、ココルの【真言】もじゃないか? あんなに詠唱を端折れるもんなんだな。上位の範囲治癒なのに、初心者の治癒くらいの速度で発動してたぞ」
「……へへ。たまに練習していた甲斐がありました。省略しすぎてもダメなので、意外と加減が難しいんですよ、あれ」
「っていうか、アルヴィンのあれずるいよねー。たまにやってるけど、盗賊とか斥候並みの速さで距離詰められるじゃん」
「ああ。“踏み込み斬”から“強撃”へは、なぜかすぐモーションが繋げられるからな。逆に繋がないなら走った方が速くなるから、純粋な移動には使えないんだが」
ドラゴン戦の感想を話し合う。
やはり皆、互いの立ち回りが気になっていたようだった。
無理もない。誰もが普段は見せない、限界を見せた戦いだったのだ。
やがて、ココルがうーんっと伸びをして言う。
「はぁー、なんだかやり遂げたって感じがします。これで経験値やドロップアイテムがあれば最高だったんですけどねぇ……」
その言葉に、全員が苦笑する。
「もー、嫌なこと思い出させるなよー」
「わざわざダイアログまで出してくれて、納得ずくでここまで降りてきたんだから、文句は言えないわね」
「そうだな。まあ、おもしろかったからいいじゃないか」
俺はそう言って……ふと、心に引っかかるものがあることに気づいた。
「……だが……結局、テキストの意味はわからずじまいだったな」
「あっ……そう、ですね」
ココルも気づいたような顔になる。
「魔王、だったんですよね? あのドラゴン……。でも、倒しても何も起こりませんでしたね。世界を救う、すごい演出があるかと思ってたんですが……」
「それどころか、かえって謎が深まったわね」
メリナが付け加えるように言う。
「ドラゴンが喋っていた内容が、これまでのテキストと全然関係なさそうだったこともそうだけど……話し方もまるで違っていたものね。四天王の演出の声とは」
「……ああ」
それは、俺も気になっていたことだった。
聞き取りやすい口調で話していた四天王の声とは違い、ドラゴンの話し方はまるで、動物が無理矢理喋っているかのようなものだった。
魔王が四天王を騙っているという予想は、間違いだったのだろうか?
それなら、あの声の主は誰だったのだろう。
「それよりさー……」
その時、テトが真上の暗闇を見上げながら言った。
「……あのドラゴンって、結局ボスだったのかな? ボクたち、このダンジョンをクリアできたの?」
「……」
俺も、思わず天を仰いだ。
天井の代わりに満ちる暗闇は、ここへ足を踏み入れたときから何一つ変わっていない。
「……ダンジョンがクリアされれば、そのダンジョンは消滅するが……それまでにはしばらくかかる。確か、一時間くらいか」
「よく考えたら、それまで確認する方法がないのよね。ステータス画面の現在地欄も、ダンジョンが消滅するまでは変化がなかったはずだし」
「普通は、ボスモンスターならそうとわかりますもんね。でも今回は、ちょっと微妙です。ここ、隠し通路から来たわけですし……」
「えー? もしかして、ここで一時間待たなきゃいけないの?」
「いや、確認する方法は一応あるぞ」
俺は説明する。
「ダンジョンがクリアされると、モンスターが出現しなくなるだろう? 雑魚モンスターが出る階層まで戻ってみればいい」
「雑魚モンスターが出る階層って……まさか十三層!? うわー、そっちの方がずっとめんどくさいじゃん!」
「十六層に戻るだけでも一苦労です……」
「あの螺旋階段、すごい長さだったものね……」
うんざりした様子の皆へ、俺は弁明するように言う。
「いやいや、俺だってもちろん冗談じゃない。だから、『記憶の地図』を使えばいいじゃないか。それで一層の入り口に戻れば、すぐに雑魚モンスターの出るエリアだぞ」
「おお、なるほどです!」
ココルが一瞬感心したように言うが、しかしそれからすぐに苦笑のような表情になる。
「でも……ちょっともったいないですね。クリアしたかもしれないのに、『記憶の地図』を使っちゃうの」
「ドロップアイテムもなかったしねー」
「手持ちのアイテムもだいぶ使ったから、収支を考えるとちょっとためらわれるわね……」
「結局どっちがいいんだ」
俺は思わず笑ってしまう。
「まあいい。とりあえず、一度セーフポイントまで戻らないか? この寒い場所で立ち話をすることもないだろう」
「賛成でーす!」
「そろそろ耐寒ポーションの効果も切れそうだものね」
「ダンジョンが消滅するかはともかく、さすがにその後は一旦街に戻るよね? はあー、帰ったら何しようかなー」
そんなことを話しながら、俺たちが湖上を歩き出した――――その時。
暗闇の天井の中に、眩い光源が生まれた。






