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マイナススキル持ち四人が集まったら、なんかシナジー発揮して最強パーティーができた件  作者: 小鈴危一
3章

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“魔王”③



 戦闘が始まった。

 その直後――――ドラゴンの全身が、黒い影に変わる。


「っ、何か来るぞ!」


 影はグネグネと動き、形を変え始めた。

 それはやがて、三つの頭を持つ犬の姿をとる。


「ケルベロスっ……?」


 黒い影のケルベロスが唸り声を上げた。

 その両端の頭の口元に、黒いエフェクトがちらつき始める。


「まずいっ、ブレスだ!」


『ゴォウッ!!』


 次の瞬間、闇色のブレスが二つの頭から吐き出された。

 左右から薙ぎ払うように放たれたそれを、メリナとココルはとっさに後退して回避。俺とテトは防御スキルで防ぐ。


 氷属性ではないためか、足元が氷床に変わることはない。

 だが、中央の頭のモーションが速かった。ほとんど避けようのないタイミングで、三発目のブレスが吐き出される。


 暗黒の吐息に全身が包まれる――――だが、それは俺にもテトにも、なんの効果もおよぼさなかった。


「もうそれ、一回見てるんですよっ」


 ブレスを喰らう直前、俺のステータス画面に一つのアイコンが点灯していた。

 髑髏(ドクロ)マークにバツ印がつき、盾の意匠が添えられたそれは、《毒耐性》バフのアイコン。


「さすがに上手いな、ココル」


 言いながら、俺は“踏み込み斬”を発動。AGI(敏捷)の数値以上の速度で距離が詰まり、ブレス後の隙を見せるケルベロスへ剣が振り下ろされる。

 だが――――次の瞬間、三頭犬が宙に飛び上がった。

 剣が虚しく空を斬り、氷の湖面に叩きつけられる。


「なっ……」


 俺は目を見開いて、湖面を飛び立った影を見上げた。

 それはすでに、ケルベロスの姿をしていなかった。

 グネグネとうごめきながら形を変えたそれは、今や盾と馬上槍を携えた巨大な蝿の姿をとっている。

 フライロードに酷似していたが、影でできているせいか漆黒とも呼べる色になっていた。


『ブウ゛ゥゥンッ!!』


 フライロードが急降下とともに、馬上槍を構えた突進を開始した。

 狙いは、バフを使ったココル。


「っ……!」

「おおっとぉっ!」


 そこに、テトが割り込んだ。

 【短剣術】による防御で、馬上槍を受け流す。


 ほっとしたのも束の間、フライロードが再び影となって崩れた。

 次に形作られたのは、波打つ剣を持った巨大なデーモン、バフォメットだ。


『コォォッ!!』


 黒い炎を纏った剣が、地を這うように二人へと振るわれる。

 だが、今度は俺が間に合った。巨剣を正面から受け止めると、隙のできたバフォメットの足元へすかさず“強撃”を叩き込む。

 初めてダメージの入った影が、再び崩れ、また宙へ浮かぶ。


「た、助かりました、アルヴィンさん」

「いや、こっちも《毒耐性》は助かった。しかしこれで、最初の攻撃パターンはだいたいわかったな」


 湖の上空で、セラフィムの姿へと変わった影を見上げながら言う。

 四天王の姿になりながら、それぞれが最後に使った攻撃パターンを繰り返す。だいたいそんなところだろう。

 一度倒している以上簡単なようにも思えるが、形態変化で細かな隙を消してきており、攻撃力も高くなっている分難易度は上がっている。


 だが、俺はわずかな笑みとともに言う。


「ま、いけるだろう」


 降下とともに放たれたセラフィムのメイス三連撃を、適切な位置取りで防ぎきる。

 テトの投剣が飛ぶと同時に、斬り上げによってダメージを稼ぐ。

 地上に落ちた影が、再びケルベロスの形をとった。だが両端の頭が闇でできた剣を形作るより速く、俺は距離を詰め、中央の頭に“強撃”を叩き込む。

 影が、初めての仰け反り(ノックバック)を見せた。


 小さく呟く。


「やっぱり、モーションがわかっているとやりやすいな」


 四天王戦とは違い、どの動きも一度見たものなのだ。

 多少の隙が潰されていようと、攻撃を叩き込むタイミングはずっと見つけやすい。


 その後も俺たちは、影の攻撃をいなしながら的確にダメージを与えていった。

 俺とテトで十分にヘイトを稼ぎ、メリナの魔法が使えるようになった頃には、展開はさらに一方的なものになっていた。


 やがて。


『~~――……!』


 メリナの光弾によって激しく仰け反り(ノックバック)した漆黒のセラフィムが、影となって崩れた。

 これまでのように、すぐ別の四天王の姿をとることはない。バラバラになってあちこちを飛び回ると、最終的に湖上で小さく集まり始める。


 メリナが呟く。


「……攻撃パターンが変わったみたいね」


 影はやがて、一つの姿を形作る。

 それは――――人間だった。


「なんだ……?」


 眉をひそめて呟く。

 影でできたその人間は黒一色で、顔もなければ服などのディティールもわからない。

 だが革鎧に似たシルエットや、剣を手にしている様子などから、なんとなく冒険者を模しているようにも見える。

 不意に、影の冒険者が地を蹴った。


「っ!」


 一直線に距離を詰めてくるそいつを見て、俺は思わず後退しながら剣を立てる。

 次の瞬間、振り下ろされた漆黒の剣を受け止めた。


「くっ……!」


 (つば)()()いが始まる。

 剛力とその気迫によって、俺は徐々に押されていく。


 スケルトンやリザードマンなど、人間サイズの人型モンスターなど珍しくない。

 ただいずれも道中に出てくる雑魚で、このように強力なモンスターは見たことがなかった。剣の扱いも人間のそれに近く、まるで別の冒険者を相手しているかのような感覚に陥る。


 わずかに恐怖を覚えながら、俺は剣筋を逸らして鍔迫り合いから逃れ、そのまま浅い横薙ぎを放つ。

 影の冒険者は、やはりモンスターであるためか避ける素振りも見せなかった。ためらいもなく喰らうと、返しの横薙ぎを放ってくる。

 屈むようにして躱す。剣を引き絞り、“強撃”のモーションに入る。

 このままなら胴に入れられる。仰け反り(ノックバック)はまではいかないかもしれないが、いいダメージになるはず。

 影の冒険者の胸に向かって、剣先が加速する。

 だがそれは――――三本目の腕(・・・・・)が握る、ナイフによって防がれた。


「は……?」


 思わず硬直する。

 黒い冒険者の左肩からは、新たな腕が生えていた。

 影が後退し、俺から距離を開ける。その右肩から、さらに新たな腕が生えた。その手に握られているのは、今度は投剣。


「アルヴィンっ!」


 二本目の右腕が閃き、投剣が放たれる。

 だがその直前、冒険者の胴体にテトの“スタッブ”が叩き込まれていた。体勢が崩れたおかげで、影の放った黒い投剣は俺を大きく外れて飛んでいく。


「すまんテト、助かった!」

「なんかやばいよこいつっ!」


 テトがすかさず影から離れ、距離を置いた。

 俺は気づく。

 影の冒険者には、五本目の腕が生えていた。

 その手に握られているのは、魔導士が使うような大きな杖だ。

 耳を澄ませば、地鳴りのような重低音の呪文詠唱が聞こえてくる。


『――~~―~』


 その杖が、テトに向けられる。


「っ、テト!」


 次の瞬間、杖の先から闇色の球体が放たれた。

 闇属性魔法によるその攻撃を、テトは転がるようにして避ける。だがわずかに掠ってしまったようで、HPがいくらか減少していた。


「ずいぶん変なドラゴンねっ」


 メリナの光属性魔法が放たれる。

 的が小さいにもかかわらず、光弾は冒険者の中心を正確に捉えていた。ぶち当たった光の中で、人影が激しく仰け反り(ノックバック)する。

 しかし体勢を戻した影の冒険者は、また新たな腕を生やしていた。

 その手に持つのは、神官の装備であるメイス。


「っ……!」


 後方でメリナが、息をのむ気配がした。

 重低音の呪文詠唱。それが止むと同時に、漆黒の冒険者の周りに緑色のエフェクトが発生する。


「まさか……回復したんですか……?」


 ココルが愕然としたように言った。


 呪文を唱え、魔法によって攻撃を行うモンスターは珍しくない。味方を回復するモンスターだって存在する。

 だがその両方、さらには近接攻撃まで一体でこなすモンスターは、前代未聞だった。

 まるで、冒険者パーティーを一人で成立させているかのようだ。


「どうするー、アルヴィン」


 影の冒険者を油断なく見据えながら、テトが言う。


「正直、すっごいやりにくいんだけど」


 無理もない。人型でこれほど強力なモンスターなど滅多にいないのだ。ボス相手のセオリーだってほとんど通用しない。

 だが――――テトの言葉を聞いて、ぼんやりとしていた対策が固まった。


「……パーティーを二手に分けよう。俺とココル、テトとメリナだ」


 わずかに笑みを浮かべ、皆に告げる。


「挟み撃ちにするぞ」


 それだけで、三人は理解したようだった。


「うわ、いいねー!」

「なるほど! さすがアルヴィンさんです!」

「まったく、よくそんなことすぐに思いつくわね」


 テトとメリナが、即座に回り込むようにして走り出す。

 そんなこと意にも解さない影の冒険者は、大きく足を踏み出すと、一息のうちに俺へ距離を詰めてきた。

 【剣術】スキルの一つ、“踏み込み斬”にも似た動きで振り下ろされた剣を、俺は正面から受け止める。

 攻撃力が高いせいでいくらかHPが減少してしまうが、これでいい。


「隙あり、ね」


 漆黒の冒険者の背後から、メリナの光弾がぶち当たった。

 蓄積ダメージが足りなかったのか、今度は仰け反り(ノックバック)が起こらない。

 影の冒険者は即座に振り返り、ヘイトを稼いだメリナを存在しない目で睨む。

 そして再び踏み出そうとする瞬間、その正面にテトが立ち塞がった。


「はいはいボクが相手になるよー」


 影の冒険者が剣を振りかぶる。

 斜めからの斬撃を受け流し、続くナイフの刺突もいなすようにしながら、テトは上手く攻撃を捌いていく。

 腕が六本あるとはいえ、近接用の武器は剣とナイフだけだ。大きさも人間と同程度しかないため、テト一人でも十分に前衛として持ちこたえられる。


 しかし、やはり攻撃力の高さもあってか徐々に押されているようだった。

 それでも問題はない。


「隙だらけだな」


 がら空きとなっている影の背に、俺は“強撃”を叩き込む。

 攻撃に反応した影が、即座に振り返ろうとする。


「なに余所見してんのさっ」


 その脇腹に、テトの“スタッブ”が続けて叩き込まれた。

 蓄積ダメージが閾値を超えたのか、影の冒険者が激しく仰け反り(ノックバック)する。


 そこからは、ほとんど一方的だった。

 俺を攻撃すれば、後ろからテトとメリナが大火力を叩き込む。反撃しようと振り返れば、その背を俺が撃つ。この繰り返しだ。こんな単純な挟み撃ちに、影の冒険者はまったく対応できていない。


 普通、ボスモンスターを挟み撃ちにしてもあまり意味はない。

 多くの場合全方向への攻撃手段を持っているし、巨体に激しく動き回られれば位置取りを維持することさえ困難だからだ。むしろ前衛が薄くなる分、陣形が崩壊しやすくなるだけの悪手だとさえ言える。


 その一方で冒険者の側は、なんとしても挟み撃ちされることを避けなければならない。

 どんな魔法にも武器スキルにも、周囲全方向を攻撃する技はない。パーティーの陣形だって意味がなくなる。一度囲まれれば、敵を倒しきるまでひたすら攻撃を喰らい続けることになってしまう。だからこそ、ボス戦では取り巻きから倒すのが鉄則とされているのだ。


 ならば――――ボスモンスターが、冒険者を模しているとすれば。


 俺はにやりと笑って呟く。


「自分たちがやられて困ることを、やってやるだけだ」


 影の冒険者の腕は、今や八本になっていた。

 新たな腕が握るのは、騎士職の槍と盾。防御を固めようとしているのかもしれないが、その程度では意味はない。


 テトのナイフをメイスで防いだ影の背へ、俺は刺突を繰り出す。

 半身を向けた影がとっさに盾を構えるが、剣先はそれをあっけなく貫通。人型のシルエットが激しい仰け反り(ノックバック)を見せる。

 “斬鉄”は相手の耐久を半分として計算する技だ。俺ほどのSTR(筋力)があれば、ボスモンスター相手でも半端なガードは貫いてしまう。


 大きな隙を見せる影の冒険者から、しかし俺もテトも距離を空ける。

 そして叫ぶ。


「頼んだ、メリナ!」

「了解っ!」


 特大の光弾が、影の冒険者にぶち当たった。

 人の形が崩れる。影はバラバラになると、再び周囲を飛び回り始める。

 一息つきながらその様子を眺めていると、ココルが言った。


「攻撃パターン、また変わりそうですね」

「ああ」


 俺はうなずく。

 ここまでは順調だ。そしておそらく、これが最後の攻撃パターンだろう。


 テトとメリナが合流する頃、影が一箇所に集合し始める。

 そうして形作ったのは、初めに見たのと同じ、黒いドラゴンの姿だった。


『妙ダ、妙ダ。ナゼ凍ラヌ。(ナゲ)キノ川ヘ堕チタ亡者ガ、何故ココマデ持チ(コタ)エル』


 どこか不思議そうに言いながら、漆黒のドラゴンはその六枚の翼を広げた。

 羽ばたくことすらもなく、巨体が宙に浮かぶ。

 その高みから、まるで見下すように俺たちを(へい)(げい)すると、ドラゴンはわずらわしげに言った。


『手間デハアルガ、(イタ)シ方ナシ――――我ガコノ手デ再ビ、()キ者トシテヤロウ』


 演出の台詞が終わるやいなや、確信した俺は仲間たちへ叫ぶ。


「よし、最後の攻撃パターンだ! 気を抜かずに行くぞ!」

「はい!」

「わかったわ!」

「オッケー!」


 皆の応える声。それと同時に、ドラゴンが急襲してきた。

 降下とともに振り下ろされる両前肢を、とっさに転がって避ける。

 次の瞬間、俺の代わりに攻撃を受けた氷の床が、激しい音を立てて割れ砕けた。


「っ……!」


 水がわずかに噴き上がるが、それも瞬時に凍り付く。

 だが、床には放射状のひびが入ったままだ。


「気をつけて、アルヴィン!」


 テトが叫ぶ。


「その床、たぶん乗ると嵌まるよ!」

「わかってる!」


 あまりにも見た目があからさまだ。テトでなくとも、乗るとまずいことが起こるギミックだということはわかる。


 ドラゴンは、今度は尾を振るってきた。

 モーションがわかりやすかったため、俺もテトも後退してその攻撃範囲から逃れる。

 だが――――尾の薙ぎ払いは、その延長上に立っていた氷像をも根こそぎ破壊した。

 割れ砕けた氷の破片が、俺たちに襲いかかる。


「くっ……!」

「きゃぁっ!」


 思わぬ広範囲攻撃に、全員が被弾してしまう。

 それも、少なくないダメージだ。単なる攻撃の余波ではなく、元々これを狙った攻撃パターンなのだろう。

 ココルの治癒(ヒール)にてHPはすぐに回復するが、俺の背には冷や汗が伝う。


「ステージ破壊系のボスか……」


 ダンジョンの地形や構造物を破壊しながら攻撃してくるモンスターが、まれにいる。

 その強さも種類も様々で、ほぼ戦闘に関わりのない、エフェクト代わりのようなステージ破壊も珍しくなかったが……このように足場や攻撃範囲に影響してくるものは厄介だった。単純に、考えなければならないことが増える。

 だが、やるしかない。


 ドラゴンの猛攻をしのいでいく。

 攻撃パターンは、前肢での床破壊、尾の薙ぎ払い、着地による踏みつけ(ストンプ)からの噛みつきに、旋回しながらの突進。

 どれも威力が高く、正面から受けることすらも危うかったが、それでも俺たちはなんとか陣形を保ち続けていた。

 攻撃は必ず武器スキルで防御し、被ダメージを最小限に抑える。隙を見つけて反撃し、俺とテトでヘイトを稼いでは、メリナの魔法を叩き込む。HPが減れば、ココルの治癒(ヒール)で回復する。


 ()(さい)なミスがパーティー崩壊に繋がる、神経をすり減らすような戦闘。

 だが、これが本来の、冒険者の戦いだった。

 久々の緊張感に、感覚が研ぎ澄まされていく。


 攻撃パターンに慣れてくる。わずかな隙にも反応し、“踏み込み斬”や“強撃”を叩き込む余裕が出始める。皆の動きすら、まるで手に取るようにわかるようになっていた。

 最適なタイミングでサポートが入る。

 今だと思ったときに魔法が飛ぶ。

 HPが不安になり始めれば治癒(ヒール)がかけられる。


「……はは」


 思わず笑いがこぼれる。

 連携は完璧だった。自分が四人いたとしても、ここまで息の合った動きはできないだろう。

 最近は余裕のあるダンジョンにばかり潜っていたせいで、忘れていた。

 これが、暁が持つ本来の実力なのだ。


 たとえどんなパーティーから声をかけられようと、移籍するなどありえない――――俺たちこそが、最強のパーティーなのだから。


 次第にドラゴンを押し始める。

 床がどんどん砕かれていくせいで、俺たちは湖の奥へ奥へと戦場を移さざるをえなかったが、それでも与ダメージ量は確実に増えていった。


 そうして、三回目の仰け反り(ノックバック)を引いたその時。


「……ん?」


 復帰したドラゴンが、これまでになかったモーションをとった。

 後ろ肢で立ち上がりながら、首を大きく引き、胸郭を膨らませている。

 俺は理解し、すぐに叫んだ。


「ブレスだ!」


 即座にメリナとココルが後退。テトと俺はスキルによる防御の態勢に入る。

 ドラゴンの姿をしている以上、ブレスの存在は当然に予想していた。今さら繰り出してきたところで遅い。


 そんなことなど理解しているはずもないモンスターが、大口を開けながら首を突き出した。


『ゴァァ――――ッ!!』


 一瞬置いて、闇色のブレスが吐き出された。

 視界の大部分が黒で覆われ、全身を衝撃が襲う。

 そのとき起こった様々な事象に、俺は思わず驚愕した。


 まず、ブレスはきっちり“パリィ”で防御した。したはずだったのだが……俺のHPは、二割近くも減少していた。

 簡易ステータスを見る限り、テトもほぼ変わらない。それだけ高威力のブレスなのだ。だがそれだけではない。

 ブレスは、なんと後退していたはずのココルとメリナにまで到達していた。

 ココルは三割弱、メリナに至っては四割ものHPが消失している。ありえないほどの攻撃範囲、そして威力だ。

 しかも普通、距離が空けばそれだけブレスの威力は落ちるはずなのだが、減衰したとは思えないほどのダメージが残っている。全員に【闇耐性】や【耐久上昇】バフがかかっていながら、このダメージなのだ。


「っ! ~―――~…――~…」


 ココルが即座に詠唱を開始する。

 呪文に詳しくない俺でも、ココルがところどころ詠唱を省略しているのがわかった。

 【真言】スキルによる、本来不可能なレベルの超高速詠唱。ミスの元になるからいつもは控えているのだと前に話していたが、そんなことを言っていられる状況ではない。


「アルヴィンっ!! 撤退しよう!」


 ドラゴンの床破壊攻撃を捌きながら、テトが叫んだ。

 直後、ありえないほどの速度でココルの範囲治癒(エリアヒール)が発動し、全員のHPが上限まで回復する。

 すでに危機は脱したが、テトは止まらない。


「あのブレスおかしいよ! 威力も範囲も壊れてる! あんなの喰らい続けてたら、ボクたちはともかくココルとメリナが持たない! 撤退するしかないって!」


 その通りだった。

 まるで分不相応な階層に来てしまったかのようなダメージ量だ。しかもセオリー通りの立ち回りで防げないとあっては、普通なら大人しく退くべきところだろう。


 しかし、そう簡単にもいかない。

 割れた氷の床を避けるために、俺たちは湖の奥へと進入してしまっている。そのうえ出口までの間にドラゴンを挟む位置取りとなっているので、撤退には相当な工夫が必要だ。ただ背を見せて逃げればいいわけじゃない。

 この強敵相手に、そこまでの余裕があるかは微妙だった。安全に撤退できるかは一種の賭けになる。


 そしてもう一つ。

 俺たちには、まだ立ち向かえる理由があった。


「アルヴィン!」

「……撤退はしない」

「っ……!」


 表情を険しくするテトへ、俺は説明する。


「おそらく一番前にいたからわからなかっただろうが……あのブレスには攻略法がある」

「攻略法……っ?」

「ああ。攻撃を受けた者の後ろには、ブレスが届かない。扇状の安地ができるんだ」


 俺は見ていた。

 ブレスを防いだテトの背後一帯に、闇に染まらない領域ができていたのを。


「あのブレスは、誰かが盾となることで防げる。まだ逃げ出すには早い」


 俺は告げる。


「勝つぞ! いいな、ココルとメリナも!」

「了解です!」


 ココルが大声で応える。


「ブレスの安地は、後ろから見ていてわかりました! 次からは喰らいません!」

「私たちは、盾にはなれないからね」


 メリナも応える。


「頼んだわよ! テト! アルヴィン!」

「あーもう! わかったよ!」


 テトが頭を掻きむしって言う。


「ここまで来たら、絶対勝つからね!」


 戦闘が再開される。

 通常攻撃はすでに問題ない。モーションは頭に入っているために、どんな攻撃も安定してしのげるようになっている。

 問題は、あのブレス。


 ドラゴンが、再び首を引いた。


「っ、来るぞ! 全員俺の後ろに入れ!」


 言いながら、ドラゴンへと突進する。


『ゴァァ――――ッ!!』


 再び、あの超広範囲高威力ブレスが放たれた。

 俺はドラゴンの目前で、“パリィ”を使ってそれを防ぐ。

 HPが一瞬で三割半も減少する。至近距離とはいえ、“パリィ”を使ってこれとは、思わずぞっとするほどの威力だ。

 だが、今度は――――俺以外、誰もHPが減っていない。


「おおーっ、すごいです! ブレスがほとんど消えてましたよ!」

「うわ安地できるって本当だったんだ!」

「これならいけそうね」


 目論見通りにいったようだった。俺はわずかに笑みを浮かべる。


 ブレスを受けた者の背後に、扇状に安地が発生する。

 ならばドラゴンに近づけば近づくほど、それだけ広範囲の安地を生み出せることになる。


 もちろん、その分ダメージも洒落にならないので、ほどほどの位置を見極めなければならないが……。

 俺は呟く。


「……攻略の鍵は掴んだな」


 それから、俺たちは着実にドラゴンへダメージを刻んでいった。

 ブレスも、もはや脅威ではない。俺かテトがスキルで防御し、仲間が退避する安地を作る。盾役が負うダメージは少なくないが、それでも十分持ち堪えられるレベルだ。


 優勢なはずの俺たちだったが、それは次第に(くつがえ)っていく。

 ドラゴンの攻撃が、徐々に激しくなり始めたためだ。


 モーションが速くなり、叩きつけや薙ぎ払いが連続攻撃となる。ブレスの回数も増える。これまであったわずかな隙も、前肢や尾の細かな動きで塞がれるようになっていた。

 俺たちの手数は次第に減り、逆に治癒(ヒール)のペースだけが増していく。


 前衛がダメージを稼げなくなれば、ヘイト管理が崩壊し、回復職(ヒーラー)へ攻撃が向かうようになる。

 それは、パーティー崩壊の一歩手前だ。


 俺たちは、そうなりつつあった。剣を叩き込める隙は、もうほとんど残っていない。テトが辛うじて投剣でダメージを与えているが、それもたかが知れている。一方攻撃の激しさは増しているせいで、治癒(ヒール)には頻繁に頼らなければならなかった。


 ヘイト管理は崩壊寸前だ。

 だが俺は、この状況に希望を持っていた。


 攻撃パターンがあまりに理不尽すぎる。

 逆に言えば、ドラゴンのHPがもうあとわずかしか残されていないのだ。

 だから、あと一息で倒せる。


「最後に魔法で決めるわ!」


 その時、メリナが叫んだ。


「詠唱が長くなるから、隙を作って! できればブレスの時!」

「無茶言うなーまったく!」


 テトが、どこか楽しげに応える。


「でもりょーかい!」


 着地したドラゴンが首を引き、胸郭を大きく膨らませた。

 ブレスのモーションも、初めよりずっと速くなっている。


「ほらこっちこっち!」


 投剣を放ちつつ、テトが大きく走る。

 直近で一番ヘイトを稼いでいたのはテトだ。ドラゴンの頭が小さな盗賊を追っていく。


 ブレスが吐き出される直前、テトはわずかに残っていた氷像の一つを駆けのぼった。

 【壁走り】のスキルだった。これはほんの数秒ほどの間だが、壁や垂直の構造物をまるで平面のように駆けることができる。


「よっ、と!」


 氷像の頂点で、テトが宙返りをするように高く跳んだ。


『ゴァァ――――ッ!!』


 次の瞬間、闇色のブレスが吐き出される。

 俺たちの頭上に、暗黒が満ちた。

 跳んだ状態のテトを狙ったために、ブレスが宙へと放たれたのだ。


 ブレスは普通、左右方向には広くても、上下方向には極端に狭い。俺たちはブレスの下に入るようなかたちで、攻撃範囲から逃れられていた。テトも器用に空中で防御したのか、HPはそれほど減っていない。


 メリナは、すでに詠唱を開始していた。

 その詠唱がわずかに遅いことに、俺は気づいた。

 メリナの持つスキルの一つに、【完全詠唱】というものがある。これは呪文の判定が完璧であった場合、MPの消費量が少し減り、威力が少し増加するというものだ。

 おそらくチャンスは一度と見て、最大限に威力を上げた光属性魔法でとどめを刺すつもりなのだろう。

 その判断は、きっと正しい。


 しかし――――俺は歯がみする。

 この分では、ほんのわずかに間に合わない。


 すでにブレスは止んでいた。間もなくドラゴンが動き出す。そうなれば、メリナも魔法を放つ余裕はない。

 次の機会を作るべく、剣を構えたその時――――ドラゴンが妙な動きを見せた。

 わずかに足踏みして頭を少し下ろすような、ほとんど無意味とも思える動作を、一瞬挟んだのだ。

 それは初めて見る動きだった。


「っ……? まさか……」


 遅れて、俺は気づく。

 普通ブレスは、床に立つ俺たちに向けて放たれる。

 だが今回、空中にいるテトを狙ったために、ドラゴンは頭を上げたイレギュラーな状態でブレスを放ってしまった。


 モンスターの攻撃パターンには規則性がある。彼らはその実、決まり切ったモーションしか持たず、そこから外れる動きは決してできない。

 だからこそ。

 ドラゴンは本来のブレス後の体勢である、頭を下げた状態へ一度移行しなければならなかったのだ。

 頭を上げたままでは、次のモーションへ移れなかったために。


 体勢を戻すために要した時間は、ほんの一瞬。一秒にも満たなかっただろう。

 だがそれは俺たちにとって、十分すぎるほどの時間だった。


「どう? できたでしょ、隙」


 やや不格好に着地したテトが、笑みを浮かべて言う。


「じゃ、あとは任せたから」

「――~―~―~…………まったく」


 詠唱を終えたメリナが、にやりと笑った。

 杖の先に、光属性の白いエフェクトが瞬き出す。


「よくやるわね、本当に」


 次の瞬間、特大の光弾が撃ち出された。

 メリナの使える最上位の光属性魔法に、【光属性強化】【完全詠唱】、さらにココルの《光強化》バフまで乗った、最大威力の光弾。

 それは空を裂くように飛翔すると、黒いドラゴンの正面に直撃する。


『グォォ……ッ!』


 ドラゴンが、何度目かの仰け反り(ノックバック)を見せた。

 攻撃は完璧に成功した。

 それにもかかわらず……メリナは愕然と目を見開く。


「……倒せてない! 終わってないわ!」

「わかってる」


 氷上で(もだ)えるドラゴンを見据える。

 テトは体勢を崩しており、メリナの詠唱は間に合わない。

 ならば、俺がやるしかない。


「悪い、キルはもらうぞ」


 俺は床を蹴った。

 AGI(敏捷)の限界まで加速していく。


 ドラゴンは仰け反り(ノックバック)から回復しつつあった。

 今を逃せば、特大のヘイトを稼いでしまったメリナを集中的に狙われ、ほどなくパーティーは崩壊するだろう。


 だが――――ここでチャンスを逃すような冒険は、してきていない。


 “踏み込み斬”を発動。AGI(敏捷)の限界を超えた速度で、ドラゴンとの距離が瞬く間に詰まる。

 技の動きにしたがって振り下ろされた剣は、わずかにドラゴンへ届かなかった。

 だがこれでいい。


「ドラゴンを倒すのは初めてだ」


 そのまま、さらに一歩を踏み出す。

 流れるような動きで、俺は微かに笑みを浮かべながら、剣を引き絞る。


「――――自慢できるな」


 氷の湖面を蹴り、高く跳躍する。

 そして――――立ち上がりかけたドラゴンの喉元に、渾身の“強撃”を叩き込んだ。


『グォォ……』


 ドラゴンは、呻き声とともに一瞬動きを止めた。

 後ろ肢でフラフラと後退したかと思えば、やがて消耗しきったかのようにうなだれる。


 それは明らかに、終わりの演出だった。


『――――罪人デハ、ナカッタヨウダナ。人間ヨ――――…………

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