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マイナススキル持ち四人が集まったら、なんかシナジー発揮して最強パーティーができた件  作者: 小鈴危一
3章

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“魔王”②



■■■■■■■■■■■■■■■■■■


 魔王城最下層。

 岩と少々の氷しかないこの階層の、唯一の扉の前に俺たちは立っていた。


 岩でできていると思われた巨大な扉は、近くで見ると、無数の人体の彫刻が岩肌を模したように彫られていることがわかる。

 気味の悪いデザインだが、そんなことはどうでもいい。


「えー、お前ら」


 俺は、ろくでなしどもを振り返って言う。


「今回はいい感じに進んでいるな。大したミスもないし、帰ろうと言い出すやつもいなければアイテムを切らすやつもいない。珍しくいい感じだ。いや最近は珍しくもないか? あー……」


 こうしてリーダーめいたことを言ってみることは、たまにあった。

 いつもは無難なことを話すだけなのだが……今回は、言いながら何か違うと感じる。


「……俺はな、ずっと胃が痛かったよ」


 まるで独り言のように、俺は言う。


「このパーティーは厄介者どもの吹きだまりだ。こだわりが強すぎて協調性の欠片もないやつやら、金遣いが荒すぎて金銭問題を起こすやつやら、飲み屋で喧嘩するやつやら、生活能力皆無なやつやら……よくもこんな連中が集まったもんだ。俺がこれまでどれだけ苦労したと思ってる。冒険者なんてやめてやると、何度思ったかわからねぇ」


 俺は息を吐く。


「まあ、だが……」


 そして、目を伏せて付け加える。


「……そう悪くなかったよ」


 短い沈黙を、声が破った。


「くだらん」


 レダンが目を閉じ、どうでもよさそうに言う。


「実質スキルなしの貴様には似合いの役割だった。むしろオレがあの日、誘いに乗ってやったことに感謝するがいい」

「……長いようで、短かったわね~」


 ライザが、眉尻を下げた笑みとともに言う。


「ほんの少し前まで、これがずっと続くものだと思っていたのだけど……」

「世話になったのぉ、ヒューゴ」


 ゴルグがにっと笑って言う。


「じゃが、まだ魔王が残っとる。油断するなよ」

「……」


 ピケだけは、黙ってうつむいたままだった。


 俺はろくでなしの仲間たちを見回した後、ふと笑って言う。


「よし……じゃあ行くか。最後にぱーっと、世界を救いに」


 俺は踵を返し、扉に向き直る。

 そして、地獄のような意匠でかたどられたそれを、強く押した。



****



□□□□□□□□□□□□□□□□□□


 ステータス画面の現在地欄には、魔王城十七層と表示されていた。

 別におかしなことはない。一つ上の階層が十六層だったのだから、ダンジョンのルールとしては当たり前だ。

 しかし、あれだけ階段を下ったのにもかかわらず一層しか移動していないことには、いくらか違和感を覚えてしまう。感覚的には二十三、四層くらいの気分だった。


「……まあいいか」


 俺はステータス画面から目を離し、ボス部屋の扉を見据える。

 厳めしい装いのそれは、一見岩でできているように思える。ただよく見ると、その表面には無数の人体に似た彫刻が彫り込まれていた。


 なんとも不気味なデザインだが、魔王の居所としてはふさわしいと言えるかもしれない。

 この先に待つのは、間違いなく強敵だ。

 本来十七層といえば中層の中でもまだ浅い方で、こんなところにいるボスなど普通は大したことない。

 だが、魔王城の難易度に一般的なダンジョンの尺度は当てはまらないのだ。


「よし……それじゃあ用意はいいか、みんな」


 俺が皆を振り返って問いかけると、三人がうなずいた。


「ぜんぜんオッケー。楽しみだなー、魔王。どんなやつなんだろう?」

「なんといっても、倒したら世界が救われるわけですからね……思えばここまで、だいぶもったいぶられた気がします!」

「ええと、入ったら扉の近くで待機して、閉まり始めたら一度脱出するのよね?」

「ああ」


 メリナの質問にうなずく。そういう取り決めにしていた。

 もしも撤退不可のボス部屋なら、無理して挑まない。なにせ報酬が手に入らないのだ。さすがに好奇心だけでそこまでの危険は冒せない。


 その時は、ダンジョンを出た後でシェイドやフォスに声をかけ、人が集まりそうなら大規模パーティーを組んで攻略すればいいと考えていた。意外と他の冒険者たちもこの奇妙なダンジョンに興味を持つかもしれない。


 俺は言う。


「仮に脱出可能なボス部屋だったなら、そのまま魔王に挑もう。ただ、その場合でも油断は禁物だ。脱出可能だからと言って、脱出できるとは限らないからな」


 攻撃パターンによっては、『記憶の地図』を使うどころか後退さえままならないこともある。情報のない相手には、決して気を抜けない。


「わかってるってー」

「常識ですからね!」

「今までだってそうしてきたでしょ」


 俺は苦笑する。

 皆軽く言っているが、俺に言われるまでもなく当然にわかっていたことだろう。

 それに実際のところ、俺自身もそこまで心配していなかった。


「それじゃあもしもの時は……臨機応変に行くか」


 俺たちには、それができる。

 苦境さえ、覆せる自信があった。


 振り返り、巨大な扉に手を触れる。

 それを、強く押した。


「……」


 ズズズズ、という鈍い音とともに、魔王の待つ部屋への入り口が開き始めた。

 俺たちは無言で足を踏み入れる。

 一層冷たい空気が、肌に触れた。

 目に飛び込んできた光景に、俺はわずかに目を(みは)る。


「これは……」

「……地底湖、ですか?」


 すぐ近くで、ココルが呟いた。


 そのボス部屋は、広かった。ゴツゴツした岩ばかりの荒涼とした景色が、ダンジョン一階層分はあろうかというほど広がっている。

 部屋の手前にあったような石筍はところどころに見られるが、天井の鍾乳石はない。というより天井自体がなく、代わりに暗い闇が満ちている。


 部屋の中心には、広大な湖があった。

 そのすべてが凍り付いており、湖面からは氷像のようなものがぽつぽつと突き出ているのが見える。

 そして――――中心にうずくまっている、巨大な黒い影も。


「……閉まらない、みたいね」


 メリナの声に、俺は振り返る。

 扉は開いたままだった。ストレージを開いて『記憶の地図』のステータスを確認するも、使用不可にはなっていない。

 ということは少なくとも、撤退不可のボス部屋ではないようだ。


 俺は短い沈黙の後、意思を込めて言う。


「行こう」


 部屋の中心に向かい、俺たちは再び歩き始める。

 氷の湖面にたどり着く頃には、そこにうずくまる影の正体もわかった。


「これ、もしかして……ドラゴン?」


 テトが巨大な影を見て、気圧(けお)されたかのように言う。

 蜥蜴(とかげ)にも似た体に翼と角を備え、黒く厳めしい鱗に覆われたそれは、確かにドラゴンのように見えた。


「……本物のドラゴンを相手にするのは、さすがに初めてだな」


 言いながら、表情が強ばるのを感じる。

 プチドラにグラトンといった竜属性の小型モンスターや、ドラゴン型の石像やアンデッドなどとは戦ったことがあるものの、本物はこれまで目にしたことすらもなかった。


 俺に限らず、ほとんどの冒険者がそうだろう。

 普通、ドラゴンはこんな浅い階層になど出てこない。そして、倒されることすらもない。大規模ダンジョンの最深部に潜み、時折命知らずの盗賊や斥候が部屋を覗いて情報を持ち帰る程度の、ほとんど伝説的な存在だからだ。

 これまでにドラゴンが倒されたことなど、おそらくは数えるほどしかないだろう。


「湖の氷像は、全部人間みたいです」


 ココルが、湖面から突き出た像を難しい表情で眺めながら言う。


「……ただ、どれも苦しそうな顔です。ちょっと気味が悪いですね」

「湖の氷だけど……これ、ギミックとしての氷床じゃないわね。氷っぽく見えるだけの、普通の床みたい」


 岸辺で氷の湖面を覗き込んでいたメリナが、顔を上げて言う。


「よかったわね、アルヴィン。このまま乗っても、魔王まで滑っていくことはないわよ」

「……ふっ」


 その言葉に、俺は小さく吹き出してしまった。

 確かに、そうなったら最悪だ。むしろ向こうも気まずいだろう。


 俺は湖の中心にうずくまる、黒い竜を見据える。

 演出は、まだ始まらない。まるで勇気ある者が、一歩踏み出すのを待っているかのように。


「ああ、ツいてる」


 言いながら、氷の湖に足を踏み入れる。


「妙なギミックなんて、やっぱりない方がありがたいからな」


 湖面に両足を乗せた、その時。

 地鳴りのような低い声が、氷上に響き渡った。


『――――罪人ノ体ハ、ソノ罪ノ分ダケ重イ』


 同時に、ミシミシという音が辺りに響く。

 ドラゴンの体を覆う氷が、軋んでいるようだった。


『ダカラコソ、()チテクル。重力ニ引カレ、地殻ヲ破リ、溶岩ヲ(クグ)ッテ、コノ地獄ノ底マデ』


 氷の割れ砕ける音とともに、黒い竜がゆっくりと体を起こした。

 ようやく、そいつの全身が明らかになる。

 蜥蜴のような体に翼の生えたシルエットは、紛れもなくドラゴンのものだ。しかし……それはどこか、これまでの四天王を合わせたような姿をしていた。

 セラフィムのような六枚の翼。頭にはバフォメットのものと同じ(ねじ)くれた角が生えている。体はフライロードと同じ闇属性の黒を示しており、体の各所にはケルベロスに似た色の青白い氷を纏っていた。


 魔王城のボスとして、ふさわしい姿に思える。

 ただその一方で、俺はこちらを見下ろすドラゴンの言動に違和感を覚えていた。


『我ノ(モト)マデ()チテクルノハ、裏切リノ罪ヲ犯シタ者ノミ。人間ヨ、何ヲ裏切ッタ。期待カ、信頼カ、愛カ、アルイハ――――(ミズカ)ラノ心カ』


「何を……言ってるんでしょう?」


 ココルが困惑したように言う。


「罪がどうとかって……災厄の話はどこへいったんですか?」


 同じことを、俺も考えていた。

 演出だけを見るなら、いかにもそれらしい言動だ。ただ、これまでの流れに関係があるとは思えない。まるで別のダンジョンのボスであるかのようだ。


『ドレデモ変ワラヌ。ココデノ罰ハ、タダ一ツノミ――――』


「……とりあえず、倒してみるしかないでしょうね」


 メリナが杖を構えてそう言うと、テトもナイフを回しながら言う。


「ま、ここまで来て、冒険者にできることなんてそれしかないもんね」


 そう。それもまた事実だった。

 違和感を押さえ込んで、俺も剣を抜く。


『――――冷タク凍リ付キ、我ノ(アギト)()マレナガラ、永遠ノ苦痛ヲ味ワウノダ』


 ドラゴンが二本の後ろ肢で立ち上がり、六枚の黒い翼を大きく広げた。

 その上方に、一つの文字列が表示される。


〈ダークロード・ザ・ルートオブイービル〉


 モンスター名に、四天王のような固有名はないようだった。多少珍しい形ではあるものの、思いのほか普通の名前だ。

 違和感が再び膨れ上がる。


 こいつは――――本当に魔王なのか?

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