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マイナススキル持ち四人が集まったら、なんかシナジー発揮して最強パーティーができた件  作者: 小鈴危一
3章

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“ジュデッカ”④



■■■■■■■■■■■■■■■■■■


「……次はいよいよ魔王、か」


 天使の散った部屋で、俺は呟いた。


 最後の四天王である天使型モンスターは、なかなかの強敵だった。

 攻撃力も耐久も、中規模ダンジョンのボスレベルに高い。特に最後の攻撃パターンにあったランダム属性変更からの二連ブレスは、ライザの回復も間に合わずポーションに頼らざるを得ないほどだった。

 VIT(耐久)の高いゴルグはともかく、スキルによる防御ができない俺にとって、弱点属性の二倍ダメージはとても受けきれるものじゃない。


 撤退を考え始めた時、状況を打開したのはレダンだった。

 受けた攻撃の耐性属性に変化する敵の性質を利用して、光属性矢を使ってセラフィムを光属性に固定し始めたのだ。

 こうなると、《光耐性》バフさえあればすべての攻撃が三割減になる。またピケも闇属性さえ撃っていれば弱点を突けるようになるので、俺たちは格段に戦いやすくなった。


 結局キルもとってしまったので、いいところは全部あいつに持っていかれた形だ。


「矢をよこせ、ヒューゴ」


 振り返ると、レダンがいた。こちらに手を伸ばしている。

 俺はストレージから矢の束を取り出すと、レダンに差しだしてやる。


「ほらよ。今回はごくろーさん」

「もっとだ」


 矢束を受け取りながら、レダンは愛想の欠片もない口調で言った。


「手持ちの属性矢とポーションが減ったために、ストレージに余裕ができた。状態異常矢も含めてあるだけよこせ」

「……。ああ、いいぜ」


 言われたとおり、俺は預かっていた残りすべての矢を取り出すと、でかい束となったそれらをまとめて渡す。

 レダンはそれを、そのままストレージに放り込んでいた。

 一気に容量が空いた自分のストレージを眺めながら、俺は呟く。


「……なんつーか、すっきりしたな。お前の矢が俺のストレージから消えるなんていつぶりだ……? ってかお前、【運搬上限上昇】スキルがほしかったとか前にぼそっと言ってたけどよ、そんなもん持ってたところで弓手じゃこんなに運べねーからな。俺に感謝しとけよ」

「ふん……今回貴様は、いいところがまるでなかったな」


 俺の言ったことを完全に無視し、レダンが言った。


「【剣術】スキルをもっていれば、羽根も“パリィ”でしのげたものを。【耐久上昇】でも【属性耐性】でも【体術】でもあれば違った。実質スキルなしの貴様にとっては、荷が重い相手だったな」

「……かもな」


 俺はステータスに目を向けたまま返す。

 ストレージ画面から一つ戻ったそこには、俺の持つスキルの一覧が表示されていた。

 【残心】。載っているスキルはそれだけだ。実質、空欄と変わらない。

 武器スキルを発動した後に一定時間の無敵状態が発生するこのスキルは、武器スキルを持っていない俺では、一生発動することができないのだから。


 ステータス画面を閉じて言う。


「ま、しょうがねぇよ。生まれ持ったスキルは変えられねぇ。これが俺の限界ってことなんだろうよ」

「……そうだな」


 レダンが、俺から目を逸らして言う。


「この程度の到達点が、貴様には似合いだ。冒険者の限界は……やはり結局のところ、持っているスキルが決めてしまうということなのだろうな」

「……。だから、やめるってか?」


 俺が問うと、レダンが静かに答える。


「以前にも言った通りだ。オレには、【運搬上限上昇】が必要だった」

「それ、矢の話か? だから、それ以上の量を今までも俺が持ってただろうが……」

「そうだ。だがオレにとっては、それでも足りなかった。さらなる深層へ向かうためには、な」


 レダンが続ける。


「出現モンスターのレベルが上がれば矢を()つ回数も増す。“月雨”に頼る機会も増えるだろう。今の数でもなお足りない。だからこそ――――貴様が持ったうえで、オレもさらに持つ。それが理想だった」


 俺は黙って、相棒の独白を聴く。


「ゴルグには持たせられん。重戦士職は、その高い運搬上限のほとんどを重量級の武器で埋めてこそ真価が発揮される。STR(筋力)の低いライザやピケは言うまでもない。かと言って、運搬のためだけに冒険者を引き入れるなどもってのほかだ。だからオレには、【運搬上限上昇】が必要だった。それが、オレの弓手としての理想だったからだ」

「……」

「だが、そうではなかった。だから――――ここが、オレの限界なのだろう」

「……。そうかよ」


 俺はただ、そう短く返しただけだった。

 ほかに何を言ったところで無駄だと感じたからだ。

 こいつが、俺の言葉程度で考えを変えることは決してないだろうから。


「……っし。じゃあそろそろ行くぞ。諸悪の根源が俺たちを待ってるからな」


 そう言って、他のパーティーメンバーに声をかけようと部屋を見渡すが、どこにもいない。

 不思議に思って振り返ると、いた。どうやら残りの三人は、すでに部屋最奥にある扉の前に集まっていたようだった。

 ただ、何やら三人して扉をじっと眺めている。


「何やってんだ?」


 後ろから声をかけると、ライザがこちらを振り向いて答える。


「あ、ヒューゴ。なんだかね、扉にテキストが書かれているみたいなの~」

「テキスト?」

「ボスへ続く扉に書かれているくらいだから、もしかしたら重要なんじゃないかって、みんなで眺めていたのよ~」


 俺は、扉に近寄ってそのテキストを読む。



“物事には必ず、終わりが来る”


“永遠に思えるものも、それは決して永遠ではない”


“苦しみの時も、戦い続ける日々も、いずれは終末を迎え、穏やかな原初の頃へと還るのだ”


“我らはやり直せる”


“これまでの経験を踏まえ、また新たに”


“行け、勇者たちよ”


“魔王はこの先にいる”


“奴を倒し、世界を救うのだ”



「……くだらねぇ」


 俺は吐き捨てた。


「こんなもんが重要なわけねぇだろ。これまでと同じ、それっぽい雰囲気出すだけのしょうもねぇテキストだよ」


 無性にイライラした。

 なぜだか、説教をされている気分だった。


 物事に終わりがあることなど知っている。

 永遠などないことも十分わかっている。

 こんな妙なダンジョンのクソのようなテキストに、言われるまでもない。

 わかっていても、俺には今しか考えられないのだ。

 こいつらとの最後の冒険である、今のことしか。


 ――――先のことなんて、知るか。


「開けるぞ」


 仲間の返答を待たずに、俺は扉に触れようとする。

 その時――――目の前に、半透明のウインドウが出現した。



****



□□□□□□□□□□□□□□□□□□


「……これまでと同じようなテキストだな」


 扉のテキストを読み終えた俺は、そう呟いた。

 メリナもうなずいて言う。


「そうね。災厄に見舞われた苦難の時も、魔王を倒せば終わるって意味でしょうね」

「ああ。攻略のヒントでもなさそうだ」


 こんなところに書いてあるから少々身構えたが、やはり雰囲気づけのためのテキストだろう。

 ただ、その一方で――――何も関係ないにもかかわらず、俺はなんとなくシェイドとフォスの話を思い出していた。


「……まあ、いいか。じゃあ、開けるぞ?」


 皆を向いて言う。

 メリナはうなずいていたが、ココルとテトはなぜか無反応だった。

 何か考え事をしているようにも見える。


「あれ、どうした?」


 俺が問いかけると、二人ははっとしたように答える。


「あ、いえ……なんでもないです」

「ごめんごめんぼーっとしてた。いいよー、開けちゃって」

「そうか? わかった」


 少々不思議に思いながらも、俺は扉に触れようとする。

 その時だった。


「ん!?」


 突然目の前にウインドウが現れ、俺は驚き固まった。

 微妙に背景の透過したそれは、ステータスのウインドウに少し似ている。

 ただ、表示されているのは一つのシンプルなメッセージだけだ。

 これは……、


「えっ、ダイアログメッセージ!?」


 後ろでメリナが、驚いたように言った。

 テトとココルもそれに続く。


「こんなところで? うわぁ、やっぱ変なダンジョン!」

「なんて書いてあるんですか? アルヴィンさん」


 三人が、俺の後ろからダイアログウインドウを覗き込む。

 それは雰囲気づけの思わせぶりな原典(フレーバー・テキスト)とはまるで対照的な、無機質にも思える問いだった。



『この先、報酬はありません。進みますか?  はい/いいえ』



****



■■■■■■■■■■■■■■■■■■



『この先、報酬はありません。進みますか?  はい/いいえ』



 俺は反射的に延ばしかけた指を止めた。

 このダイアログが意味するものは、シンプルな事実だった。

 魔王を倒しても、得るものが何もないということ。


 冒険者がダンジョンへ潜るのは、報酬を得るためだ。

 こんなダイアログを出されてなお先へ進もうとする者など、よほどの冒険馬鹿か、そうでなければここのテキストを本気で信じて世界を救おうとしている間抜けくらいなものだろう。

 だが……、


「早く押せ。ヒューゴ」


 後ろで、レダンが言った。


「こんなところで立ち止まるな」


 俺は振り返った。

 仲間たちは皆、真剣な表情でこちらを見ていた。

 並ぶ顔には、楽観も恐れもない。ただ、この冒険の先を求める切実さだけがあった。


「……ああ」


 俺は、再び指を伸ばす。

 俺たちの今をもう少しだけ続けるため――――『はい』へと触れた。



****



□□□□□□□□□□□□□□□□□□


「……これ、どういうこと?」


 メッセージの内容を読んだテトが、訝しげに言った。


「魔王を倒しても、アイテムが落ちないってこと? 普通にありえないけど……でも、今までもそうだったじゃん。ダイアログ出るの遅くない?」

「いや……そうじゃない」


 俺はダイアログウインドウを見つめながら、テトに答える。


「報酬という言葉は、他のダンジョンでもまれに使われることがある。ドロップアイテムやコインもその一部なんだが……それに加えて、経験値も含まれるんだ」

「……はい?」

「今までの四天王は、ドロップアイテムこそないものの倒した時点で経験値は入っていただろう? 魔王の場合、それすらもないってことだろうな」

「えええ、何それ……」

「じゃあ……魔王を倒しても、何も得るものはないってことですか」


 ココルの言葉に、俺はうなずく。

 こんなダイアログは前代未聞だが、普通に解釈すればそうなってしまう。


「ちょっと信じがたいけれど……わざわざこうして了解をとってくるくらいなのだから、そうなのでしょうね」


 若干呆れたように、メリナが言う。


「で、どうする? アルヴィン」

「……」


 俺は考える。

 冒険者がダンジョンへ潜るのは、報酬を得るためだ。それが見込めないモンスターを倒したところで、なんの意味もない。

 ここのテキストを真に受け、本気で世界を救おうとでもしていない限り、普通は引き返すだろう。

 しかし……、


「うーん……ここまで来ると、やっぱりどうしても気になるな。魔王がどんなやつなのか」

「……わかります」


 ココルがうんうんとうなずいて言う。


「ここで引き返す気には、ちょっとなれないですよね……。せめて顔を拝みたいですし、できれば倒したいです。演出も見てみたいですし」

「なんか悔しいんだけど……正直、ボクも同じ気持ちかな」


 テトが微妙な表情をしながらも同意する。


「今引き返したら、ここまで四天王を倒してきたのがバカみたいじゃん。いろいろ謎も残ってるしさぁ」

「じゃあ、決まりでいいんじゃないかしら」


 仕方なさそうに笑って、メリナが言う。


「私も気になるもの。行きましょう、アルヴィン」

「……そうだな」


 俺は指を伸ばす。

 やはり、皆も思いは同じであるようだった。

 ――――魔王に挑まずに、この冒険は終われない。


「行こう」


 指先が『はい』へと触れた。

 扉が開き始める。

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