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マイナススキル持ち四人が集まったら、なんかシナジー発揮して最強パーティーができた件  作者: 小鈴危一
3章

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“トロメーア”⑤



■■■■■■■■■■■■■■■■■■


「はあ……やれやれ……」


 四散する赤いデーモンのエフェクトを眺めながら、俺は小さく息を吐いた。

 厄介な攻撃パターンのせいで一時はヒヤリとしたが、それでも結局なんとかなってしまった。

 このパーティーは、思えばいつもそんな感じだ。


「ヒューゴ」


 疲れた首を回していると、背後から声がかかる。

 白い髪に小さい背丈をしたその姿は、魔導士の少女ピケだった。


 なんだ? と訊ねかけて、俺はやめる。

 表情こそ無みたいなものだったが、なんとなく言ってほしそうなことの察しがついたからだ。


 やれやれと内心で思いながらも、俺は笑みを浮かべ、フードの上からピケの頭を雑に撫でてやる。


「よお。今回はお手柄だったな、ピケ」

「……ん」


 ピケはわずかに満足そうな顔で、俺に撫でられるがままにしていた。

 まあいいだろう。今回は本当に、こいつがいて助かった。


 俺は苦笑しながら言う。


「お前、ちゃんと人の顔も覚えられたんだな。俺たち以外の冒険者のことは未だに顔と名前が一致してねーのに」

「人じゃない。ゾンビ」


 ピケが無表情のまま訂正する。


 二つ目の攻撃パターンで、俺たちは序盤、攻略方法がわからず本当に苦労した。

 最初はバカ正直に怒り狂うゾンビの群れを相手していたのだが、数が多くなるにつれキツくなってしまった。

 仕組みが分かってからは、バフォメットが変化したゾンビのみを狙うようにしたのだが、それも簡単にはいかなかった。

 接近しないと攻撃モーションに入らないので、直前まで区別が付かない。そのせいでどうしても中途半端な位置取りから戦闘に入ることになり、うっかり周囲のゾンビを攻撃しては囲まれた状態から群れに襲われることもあった。


 どうしようかと悩んでいたところ――――それをピケが、常識外の方法で解決してしまったのだ。

 こいつは、湧出(ポップ)したゾンビをすべて覚えていると言い出した。


 他のモンスターにない特徴として、ゾンビ系モンスターはその見た目が一体一体違うというものがある。

 バフォメットは普通のゾンビがすべて湧出(ポップ)した後、群れの中に追加で現れる。だから湧出(ポップ)した分のゾンビをすべて覚えておけば、見覚えのないゾンビがバフォメットだとわかる……というのだ。

 なんだそりゃ、と思った。

 理屈は通っているが、普通そんなことできるわけがない。


 だが、ピケは成し遂げてしまった。

 こいつは本当に、バフォメットとそれ以外のゾンビを見分けられたのだ。

 群れが湧出(ポップ)しきった後、俺がピケを肩車する。そうして上からバフォメットを探し、見つけたら水属性魔法で周囲のゾンビごと吹き飛ばす。

 それを繰り返すだけで、あっさり攻略できてしまった。

 バフォメットを取り逃がし、群れを怒らせてしまうことは一度もなかった。


 思わず唖然としたが……まあ、よく考えればこいつならできてもおかしくはない。


 俺は呆れ混じりに言う。


「お前はほんと、魔導士やる才能だけはあるよな」


 普段は生活能力皆無で、借りている部屋も散らかり放題、約束の時間にも平気で遅刻してくるこの少女は、しかし記憶力だけは抜群によかった。

 どれくらいかというと、なんと全属性の呪文をすべて暗記しているというのだ。しかもレベル的に、自分がまだ使えないものまで。


 魔導士として、これは破格の才能だった。

 魔法職は、ただ呪文を覚えておけばいいだけではない。状況に応じて適切な呪文を瞬時に選ぶことも求められる。

 だから、誰もがせいぜい三つか四つの属性を覚えるだけで終わる。あまり多く覚えたところで、とっさに出てこないらしいのだ。記憶力に自信のない者などは、単系統に逃げて赤魔導士や黒魔導士へ転職することも珍しくない。


 それを踏まえると、全属性を自在に使える魔導士というのは、およそ常識外と言ってよかった。

 少なくとも、俺はピケが呪文をド忘れしているような場面を見たことがない。いつだって敵の弱点となる属性の魔法を、この少女は迷いなく唱えていた。


 こいつを拾ったのはほんの気まぐれだったが、まさかここまで使えるやつだとは思わなかった。

 まあ、普段の世話で散々苦労させられているわけだが。


 俺は首を押さえながら言う。


「しっかし……首疲れたな。肩車なら俺じゃなくてゴルグに頼めよ」

「ゴルグだと、高すぎて怖い。ヒューゴがちょうどいい」

「……別にいいけどよ。お前、大して重くもないし」


 肩車はさすがに初めてだが、おぶってやったことは一度や二度ではない。


 まあなんにせよ、無事倒せてよかった。

 しいて問題があったとすれば、俺についた《戦犯の証》をレダンのやつが煽ってきてウザかったくらいだが……いつもそんな感じなのですぐ忘れた。


 四天王は残すところあと一体。

 その次はいよいよ魔王だ。

 それで、このダンジョンもクリアだろう。

 ケルベロスの守っていた門へ向かわない、本来のルートがどうなっていたのか気にはなっていたが……もう十分だ。

 『星狩』最後の冒険としては、これで。


「ねぇ、ヒューゴ」


 ピケがそう呼びかけてくる。


「次は、どこに行くの?」

「……次?」

「次のダンジョン」


 ピケは、俺をまっすぐに見上げて言う。


「魔王城をクリアしたら、次はどこに行く?」


 俺は思わず、少女の顔から目を逸らしてしまった。


「……ねぇよ」


 できるだけ、なんでもないことのように言う。


「次は、ねぇ。『星狩』は……もう解散するからな」

「……なんで」


 ピケが問いかけてくる。

 その表情は変わっていなかったが、俺には怒っていることがわかった。

 ただ……それでもどこか予想していたのか、驚いているような様子はない。


「やっぱり……レダンが抜けるから?」

「……ああ」

「それなら」


 ピケが俺の袖を掴む。


「解散したら、ヒューゴともう一回、パーティーを組む」

「……あ?」

「それならいいでしょ?」


 まるで屁理屈をこねる子供のように、ピケは言う。


「私、役に立つよ。強いから。ね、どう? ヒューゴ」

「……ダメだっつーの」


 俺は、短くそう答える。


「お前とパーティーは組まねぇよ」

「……なんで」


 ピケの表情は変わらない。

 ただ、どこかむっとしたように続ける。


「なにがだめなの。もう遅刻しない。部屋も片付ける。迷子にもならない。だからいいでしょ。ねえ、ヒューゴ」


 ピケがそう言って、俺の袖をぎゅっと引っ張る。


「……ダメだって言ってんだろ」


 俺は、それを乱暴に振り払った。


「お前……もうやめろよ。冒険者」

「え……」

「いつまでこんなことやってんだ。いい加減、家に帰れ」


 俺は、わずかに困惑した様子のピケに、ぶっきらぼうな口調で言う。


「家出して、もう一年半だぞ。十分だろ。そろそろ帰れって。……親も心配してんだろうが」


 こいつを拾ったのは、今から一年半前のこと。

 きっかけは、ささいな偶然だった。

 世間知らずそうなガキが、最初のパーティーを追い出されて途方に暮れているのをたまたま見かけてしまい、哀れに思ってしまったのだ。


 最初は失敗したと思った。

 こいつはあまりにもだらしなかったのだ。

 約束の時間は守らない。持ってこいと言った物も持ってこない。挙げ句すぐ迷子になる。こいつのために、遭難したとき用のステータス画面を使った符号をわざわざ取り決めたほどだ。


 ただ、冒険者としては優秀だった。

 今ではレダンと並ぶ、『星狩』の立派な火力役だ。こいつの立てた手柄は今日に限らない。


 だが――――もういい加減に終わりにするべきだ。

 俺が『星狩』を解散するのは、こいつを俺たちから解放するためでもあった。


 俺は続ける。


「確か、親が魔法学園のお偉いさんなんだったか? ちょうどいいじゃねーか。せっかくそんなに魔法を覚えたんだから、コネで学園に入り直せよ」

「……やだ」


 ピケが、わずかに唇を引き結ぶ。


「帰らない。まだヒューゴと冒険者続ける」

「言うこと聞けって。こんなところで、お前の人生を無駄にすんなよ」


 俺はもう一度、ピケの頭をフード越しに撫でる。


「俺はな……親や兄貴たちと喧嘩して、生まれの村を飛び出したんだ。それで仕方なく、冒険者になった」

「……」

「今思えばくだらねぇことがきっかけだったよ。だが、もう戻れねぇ。兄貴たちもとっくに所帯を持ってるだろうし、こんなに長く離れちまえばもうよそ者だ。今の村に俺の居場所はねぇんだよ。だけど……お前は違うだろ」

「……」

「まだガキだ。たったの一年半だ。余裕で戻れる。家に帰って、親に謝って、それから学園に行けよ。一年半前はうまくいかなかったのかもしれねぇけど、今じゃ学園くらい余裕だろ。お前、クソでかいデーモンすら倒せるようになったんだぞ。同級生の生意気なガキどもなんてしばき倒してやれよ。なぁ」

「……」


 ピケは、いつのまにかうつむいてしまっていた。

 そんな魔導士の少女を見て、俺の口は勝手に言葉を紡ぐ。


「お前が冒険者を続けたところで……俺はもう、付き合ってやれねぇぞ」

「え……」

「俺も――――冒険者をやめるからな」


 自然と、そんなことを言ってしまっていた。

 ピケが驚いたように顔を上げる。


「そ、そうなの……? ヒューゴも、冒険者やめちゃうの……?」

「ああ……。こんな稼業、長く続けるもんじゃねぇからな。潮時だ」

「冒険者やめて、なにするの?」

「……さあな。まだ決めてねーよ。なんでもできんだろ、金はあるんだ」


 誤魔化すような言葉が、勝手に口から出てくる。

 ただのでまかせだった。

 そんなこと、まったく考えていない。というか何も考えていない。ただピケを説得するために、適当なことを言っているだけにすぎなかった。


 俺自身、本当はどうしたいのだろうか?


「…………。わかった」


 長い沈黙の末に、ピケがそう呟いた。

 俺は内心でほっと胸をなで下ろす。


「ああ。その方が……」

「それなら、ヒューゴも一緒に帰ろ」

「……は?」

「学園で働かせてあげるから」


 ピケがそう言って、再び俺の袖を掴む。


「パパに頼んで、用務員さんにしてあげる。どう?」

「どう、って……」

「やること、決めてないんでしょ? ならいいよね、ヒューゴ」


 俺は、思わず呆気にとられてしまった。

 困惑しながら答える。


「いや、ちょっとな……」

「お給料、高くする。お休みもいっぱいあげる。広い家も、パパに頼んで見つけてもらう」


 ピケが口を尖らせて言う。


「ヒューゴがいるなら、私もがんばるから」

「はは……いや、勘弁してくれよ」


 俺は、戸惑い混じりの苦笑とともに軽口を叩く。


「なんだよ、お前……そんなに好きだったか? 俺のこと」


 そう言った瞬間――――思わぬことが起こった。

 ピケが目を見開いて、微かに頬を赤く染めたのだ。

 そのまま、立ち尽くしたかのように硬直している。


「…………へ?」


 予想外のリアクションに、思わず目が点になる。

 ピケは、いきなり怒った表情になって、俺を睨んで言った。


「……ばかっ」


 袖から手を離し、くるりと俺に背を向ける。

 そして、アイテム整理をしているライザの方へ駆けていってしまった。

 勢いのまま糸目の聖女に抱きつき、そのまま何かを話しているようだが、ここからではよく聞こえない。


 俺は呆然とその場に立ち尽くし、今の一連の流れを思い返す。


「……マジか……」


 小さく呟き、ダンジョンの天井を見上げた。

 動揺を抑えるようなものは、残念ながら何も見つからない。


 それから、ピケにされた提案を思い返す。


「……用務員、ねぇ……」


 自分がそんなことをしている姿は、まったく想像できなかった。

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