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マイナススキル持ち四人が集まったら、なんかシナジー発揮して最強パーティーができた件  作者: 小鈴危一
3章

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“トロメーア”③



「へっ?」

「ど、どういうことですか……?」

「何がわかったの? アルヴィン……」


 再び床に光が灯り始める中、俺は皆に答えるように説明し始める。


「ゾンビを倒してはダメなんだ。一体でも倒してしまうと一斉に襲いかかってくる。倒さなければ攻撃してこないから、その状態を維持しなければならない」

「それは、さっきまでそう思ってましたけど……」

「でもついさっき一体攻撃してきたじゃん」

「そうなんだ」


 ゾンビが湧き始めるが、俺は無視して説明を続ける。


「ほとんどのゾンビに害はないが、一体だけゾンビではないゾンビ――――バフォメットが化けているゾンビがいるんだ」

「えっ、アレが化けたゾンビですか?」


 ココルが言うと同時に、巨大なデーモンが火の玉に変わった。

 ゾンビの中へ消えていくそれを見ながら、俺は続ける。


「ああ。今火の玉が群れの中に入っていっただろう? 炎の腕のゾンビを倒した時も、あれが出てきた。本体があそこに戻ったのもその直後だった」


 ゾンビたちが歩き始める中、俺は続ける。


「バフォメットのゾンビだけは攻撃してくる。火属性を持っていて、攻撃力も耐久も他のゾンビよりずっと高い。だが、そいつさえ倒せれば群れは消滅するんだ」


 最初の時は、おそらくメリナの魔法で偶然吹き飛んでしまったのだろう。

 おかげで細かい仕組みに気づけなかった。


「ゾンビを傷つけないように、バフォメットだけを倒す。おそらくこれが、本来の攻略方法だ」

「な……なるほど」


 ココルが口元に手を当てて呟く。


「一般民の中から刺客を見つける、みたいな感じですね……」

「だけどこれ、見分けるの大変じゃない? 攻撃されるまで待たなきゃいけないわけでしょう? けっこう集中力が必要そうね……」

「……でもさ」


 テトがにやりと笑って言う。


「ちょっとおもしろそうじゃん」



****



 ゾンビの群れの中を、俺たちはひたすら進む。

 常に歩き続けることを提案したのは、テトだった。


「どのゾンビがバフォメットかわからないんでしょ? 放っておくと囲まれていくから、最悪後ろから攻撃されることになる。でもゾンビより速く歩き続ければ、少なくとも前からバフォメットにぶつかれることになるよ」


 とても合理的だったので、採用することにした。

 壁際でじっと待つ方が安全ではあるのだが、いつバフォメットが来るかわからず時間がかかりすぎる。誤って普通のゾンビを攻撃してしまった時の危険性を踏まえても、俺たちは自分から向かっていく方を選択した。


「どれも一緒に見えるなー」


 こちらに関心のないゾンビたちをキョロキョロと見回しながら、テトが言う。


「攻撃してくる時って、どんな感じだった?」

「最初に目が合ったように感じたな」

「へー。そこは普通のモンスターみたいな感じなんだ…………ん?」


 と、そこでテトが足を止めた。

 その目は、斜め前方にいる一体のゾンビを見据えている。


「……あいつ、怪しい」

「は……?」


 俺は思わずぽかんとしてしまう。

 そのゾンビは、まだだいぶ遠くにいた。攻撃が届く距離ではなく、怪しい動きなどもしていない。


「あれがそうなの……?」

「どこが怪しいんですか? テトさん」

「んー……」


 メリナとココルに問われ、テトが考えながら答える。


「……さっき、こっち向いた気がしたんだよね」

「そ、そうか?」


 俺にはたまたま進行方向がこちらだっただけに思えてならない。

 テトがぽつぽつと続ける。


「思ったんだけどさ……この部屋広いでしょ? バフォメットもランダムにだらだら歩き回るだけなら、冒険者にぶつかるまで相当かかる気がするんだよねー…………よし」


 言いながら、テトが収納具から投剣を引き抜く。


「な、何する気だ?」

「みんな、一応壁際に逃げる準備してて」


 例のゾンビを見据え、テトが投剣を構える。


「違ったらごめん……っと!」


 テトの右手が閃き、投剣が放たれた。

 それはゾンビの頭部吸い込まれるように飛んでいき、その顔面に勢いよく突き立つ。


『オ゛……ッ!』


 ゾンビがわずかに仰け反り、呻き声を上げた。

 俺は思わず身構え、周囲にいる他のゾンビたちにすばやく目を向ける。

 だが――――変化がない。

 怒りの表情を浮かべているのは、投剣を喰らったゾンビだけだ。

 その両腕から、炎が上がり始める。


「あったりー!」


 テトが駆け出した。

 その高いAGI(敏捷)によって、瞬く間に加速していく。

 自らへ向かってくる盗賊へ、バフォメットのゾンビが腕を振り上げる。


「君かくれんぼ向いてないねっ」


 その胸に、“スタッブ”が叩き込まれた。

 返り討ち(カウンター)になったのか、バフォメットが激しく仰け反り(ノックバック)しながら四散する。

 ゾンビの群れが消滅。湧き出た火の玉が宙を飛び、再び部屋の最奥にバフォメット本体の姿が現れる。


 俺は思わず感心してしまった。


「お、おお……」

「ふぅ……見分けるコツ掴んだ!」


 戻ってきたテトが、快活な笑顔で言った。



****



 そこからは、攻略法に悩んでいたのが馬鹿馬鹿しく思えるくらい簡単になってしまった。

 バフォメットが攻撃に移れないほど遠くから、テトが他のゾンビたちと正確に見分けてしまうのだ。


「こいつだけ、微妙にボクたちの方へ向かってくるんだよ」


 バフォメットのゾンビを四散させながら、テトが言う。


「壁にぶつかって反転した時とか、明らかにこっちを見たっぽかったらそれがバフォメット。わかりやすいでしょ?」


 そう言われても、全然わからない。

 ゾンビの数は、今や四十体近くにまで達しているのだ。そのすべてを注意深く観察するなどできるわけがない。


 だから、現状はほぼ完全にテトに任せる形になってしまっていた。


 ちなみに、あれからココルのバフはなぜか増えていなかった。

 タイミング的にバフォメットのゾンビを倒し、群れを消滅させれば付与されるのかと思っていたが、どうやら違うらしい。


 そうこうしているうちに、復活するバフォメットはだんだん疲弊したような姿になってきた。

 呼気のような唸り声も絞り出すようなものになっている。


「……次くらいで終わりそうだな」


 再びゾンビが湧き出す中、俺は呟く。

 バフォメットのゾンビは、ほどなくしてテトが見つけた。


「たぶんこれで最後かなっ!」


 投剣が放たれる。

 投剣一発と“スタッブ”でちょうど倒せることがわかっているので、テトは毎度そうしていた。

 今回もまた、ゾンビの頭部へと投剣がまっすぐに飛んでいく。

 ――――だが。


「げっ……!」


 その射線に、偶然別のゾンビが割り込んできた。

 図らずもバフォメットを身を挺して守ってしまったゾンビは、エフェクトを散らしながらあっけなく四散してしまう。


「んっ!? 今バフが付きました!」


 ココルがそんなことを言ったが、正直それどころではない。

 ――――すべてのゾンビが、怒りの表情でこちらを向いた。


「やばっ……!」


 テトが焦ったように、ナイフを構えて駆け出そうとした――――その時。

 メリナの光属性魔法が飛び、バフォメットを周囲のゾンビごとまとめて四散させた。

 群れが消滅。火の玉が再びふよふよと浮かび上がる。


「まったく、危なっかしいわね」


 小さく息を吐いて言うメリナに、テトが力の抜けたような声で答える。


「あ、ありがとメリナ……。バフォメットのゾンビ、見分けついてたんだ」

「ついてないわよ」


 メリナが鼻を鳴らして言う。


「でも、あなたが狙っていたゾンビがどれかくらいはわかったわ。これまでずっと見てたんだから」


 復活したバフォメットは、ついに膝を突いていた。

 もう、床が光ることもない。


「……やっと攻撃パターンが変わりそうだな」


 俺が呟いたその時。


『コォォォォォオオオ……!』


 バフォメットが、長い唸り声を上げた。

 周囲で燃え盛っていた炎が消失する。そして、それが移ったかのように――――手にしていた波打つような剣身を持つ直剣に、(まばゆ)いばかりの炎が灯った。


 ごうごうと燃え盛る剣を杖のように使い、怒りを振り絞るかのごとくバフォメットが立ち上がる。

 顔が山羊のせいでわかりにくいが、歯を剥き出しにするその表情は、明らかに激怒しているようだった。

 俺は皆へ叫ぶ。


「最後の攻撃パターンだ! これまでどおり確実にいくぞ!」


 皆の応える声とほぼ同時に、バフォメットが炎の剣を振り上げた。

 一番近くにいた俺へ振り下ろされるそれを、正面から受ける。


「くっ……!」


 ダメージがいくらか貫通してくる。

 ケルベロスやフライロードより、本体は確実に強い。

 炎の熱に顔をしかめつつ剣を受け流すと、そのまま“踏み込み斬”を発動。AGI(敏捷)以上の速度で距離が詰まり、バフォメットの右足に斬撃が叩き込まれる。見ると、テトも左足をナイフで切り裂いていた。


 こういう背の高い敵は、まず足を攻撃して膝を突かせるのがセオリーだ。皆当然わかっている。


 攻撃力の高い炎の剣に苦労しながらも着実に攻撃を加えていると、やがてバフォメットが唸り声とともに膝を落とした。


『コォォォ……ッ』


 好機と見た俺たちは、一斉に攻撃を始める。

 “強撃”と“スタッブ”が叩き込まれ、最後にメリナの水属性魔法がぶち当たった。かなりのダメージが入ったようで、バフォメットが立ち上がれないまま仰け反り(ノックバック)する。


「……よし!」


 この奇妙なデーモンにも、セオリーは有効なようだった。

 このまま続ければ倒せる。


 それから俺たちは、ひたすら足を攻撃し、膝を突いたら追撃するというパターンを繰り返した。

 バフォメットは攻撃力こそ高いが、動きは平凡で読みやすい。これまで何度もボスや中ボスを倒してきた俺たちにとっては簡単な相手だ。


 そうしてかなりのダメージが積み重なり、そろそろHPも尽きる頃かと思われた――――その時。


『コォォッ……!!』


 バフォメットの目が光り、その蹄のついた脚を大きく振り上げた。

 俺は焦る。


「まずっ……!」


 あわてて退避を試みる。

 だが、間に合わなかった。振り下ろされた脚は命中こそしなかったものの、床を激しく振動させる。

 踏みつけ(ストンプ)攻撃だった。

 こらえきれず転倒してしまった俺の耳に、テトのあわてたような声が飛び込んでくる。


「うわっ……!」


 右方を見ると、テトも同じように尻餅をついていた。

 俺は歯がみする。踏みつけ(ストンプ)攻撃は足元に張り付く際、最も気をつけなければならない攻撃だが、ここまで使われる気配がなかったせいで油断していた。


「アルヴィン!? テト!?」


 後方でメリナが焦ったような声を上げた。正面では、バフォメットが炎の剣を振り上げている。

 俺たちへ一歩踏み込むと、そのまま姿勢を大きく下げ、地を這うような横薙ぎを放つ。


「ここで範囲攻撃だと……っ!?」


 これも初見の攻撃だった。

 焦るが、もうどうしようもない。

 せめてダメージを減じようと、転んだ体勢のまま剣を立てた――――その時。

 白い神官装束が、目の前に躍り出た。


「はっ……?」


 思わず目を丸くする。

 地を這うように振るわれた炎の剣。それを、ココルがメイスで受け止めていた。

 とっさに貫通ダメージを心配し、簡易ステータスで確認するが……ココルのHPはほとんど減っていない。


 浮かんだ疑問に眉をひそめる。超高レベルとはいえ、ココルは回復職(ヒーラー)だ。メイスで正確に受けられたのだとしても、これほどHPが減らないのはおかしい……とまで考えて、俺は気づいた。

 ――――今のココルには、謎のVIT(耐久)上昇バフが三つも付いている。


「こんなに硬くしてくれてーっ」


 ココルがメイスを大きく振るい、炎の剣を弾き返した。

 そのままの勢いで一歩踏み込み、どこかうろたえたようなバフォメットの顔を見据えながら、メイスを下段に振りかぶる。


「ありがとうございましたぁーっ!!」


 高く跳躍しながら――――ココルがメイスを振り上げた。

 それはちょうど、頭を下げてしまっていたバフォメットの顎に、気持ちがいいくらいきれいに命中する。


『コォォォッ……!?』


 バフォメットが、呼気のような唸り声とともに激しく仰け反り(ノックバック)した。

 よろめくようにして後ずさり、その手から剣を取り落とす。

 波打つ剣身で燃え盛っていた炎は、まるで燃料が尽きたかのように消えてしまった。


 その姿を見て、俺は呟く。


「っ……終わった、みたいだな……」


 これまでの四天王と同じように、バフォメットの姿は急にボロボロになったかのように見えた。


『――――どこまで足掻くか、人間よ……よもや、この我を倒すとは……』


 声が再び、部屋に響き渡る。

 息を整えながら、俺は終わりの演出を見守る。


『だが、猜疑の炎は消えぬ……魔王を倒さぬ限り、災いは止まらぬ……最後の騎士は、我らとは次元が違う強さだ……』


「……そういえば、このバフォメットも剣を持ってたわね」


 メリナがぽつりと呟いた。


「最後の四天王も、やっぱり騎士というだけあって武器を持ったモンスターなのかしら」


『この先で知るがいい、人間ども……もはや希望など、どこにも残されていないことを……』


 これまでの四天王とまったく同じ台詞を残し――――巨大な炎のデーモンは、壮大なエフェクトとともに砕け散った。

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