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マイナススキル持ち四人が集まったら、なんかシナジー発揮して最強パーティーができた件  作者: 小鈴危一
3章

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“トロメーア”②



 バフォメットはその場から動かなかった。

 しかしその代わりに、周囲の床にぽつぽつと、円形の赤い光が灯り始める。


「また取り巻きがいるパターンかー」

「今度も大したことないといいですね」


 テトとココルが話す中、光った場所からモンスターが湧出(ポップ)する。

 それは、ゾンビであるようだった。

 朽ちかけの体を持ち、覚束ない足取りで歩くアンデッド系モンスター。フラフラとこちらへ迫るその様子は、まさに典型的なゾンビの動きそのものだ。


 ただし、普通のゾンビではなかった。

 バフォメットが召喚したそれらは、全身が燃え盛っていた。


 服はすでになく、肉体も焼け焦げて燃え落ちる寸前だ。それにもかかわらず目だけが爛々と輝き、一歩一歩確実に俺たちへ近づいてきている。

 ゾンビの中でも、火属性を持つ比較的強力なモンスター。


「フレイムゾンビ、か……」


 最終的に十体ほどにまでなったそれらを眺めながら、俺は呟く。


「意外だな。アンデッド系を出してくるなんて」

「一応、火属性で繋がりがあるからかしら」


 杖を構えながら、メリナが言う。


「とりあえず、普通に戦ってよさそうね」

「そうだな」


 俺はうなずいて答える。


「一番初めの攻撃パターンは、ケルベロスもフライロードも大したことなかった。あのゾンビたちはさっさと倒して次に行こう」

「オッケー!」


 テトが駆け出した。

 オレンジ色の軌跡とともに、ナイフが振るわれる。“スタッブ”を叩き込まれた正面のゾンビは、それだけであっけなく四散した。

 集まってくる他のゾンビたちから一度距離を取りながら、テトはにやりと笑って言う。


「なんだ、さっきの虫より弱いじゃん」

「普段のモンスターと大差ないみたいだなっ」


 ゾンビが振るう炎の腕を“パリィ”で受け流しつつ、俺は答える。

 攻撃を受ければダメージはずっと大きいだろうが、虫とは違いこの手のモンスターには慣れている。フライロードの取り巻きよりもずっと相手しやすい。


 固まっていたゾンビたちに、メリナの放った水属性魔法の水球がぶち当たった。それだけで三体が四散する。


「魔法の耐性も低いわね。本体も狙いところだけど……」

「やめておいた方がいいだろうな」


 俺は答える。


「どうせ周りの炎が壁になって防がれるだろう。MPがもったいない」

「そうね」


 自分でも予想していたのか、メリナは素直に同意する。


「取り巻きが出尽くすまで待ちましょうか」


 残党となったゾンビたちを、俺とテトで始末していく。

 戦闘開始からほどなくして、バフォメットの取り巻きはすべていなくなってしまった。


 ココルがほっとしたように言う。


「ノーダメージで終わっちゃいましたね。わたしの出番がありませんでした」

「まあ、最初はこんなもんだろう……問題は次からだ」


 バフォメットはいらだったように身じろぎすると、呼吸音のような声を漏らす。


『コォォォォ……』


 周囲の炎が、より激しくなる。

 それと同時に、再び床に光が灯った。

 先ほどと同じ展開。だがその数を見て、俺は目を見開く。


「なっ……!」

「これっ、だいぶ多くないですか!?」


 光の数は、先ほどの二、三倍はあった。


「うわめんどくさそー!」

「さすがに注意しないといけなさそうね」


 テトとメリナが身構える中、モンスターが湧出(ポップ)し始める。

 その姿を見て、俺は眉をひそめた。


「ん……?」

「あれっ? 今度は普通のゾンビ?」


 テトが拍子抜けしたような声を上げる。

 バフォメットが再び取り巻きとして召喚したゾンビは、燃えていなかった。

 薄汚い服に、朽ちかけた体を持つ、普通のゾンビだ。

 いや……むしろ普通のゾンビ以上に、動きが鈍い気もする。


 ココルも不思議そうに言う。


「数が多い分、弱くしてるんでしょうか……?」

「わからないが……」


 その時、バフォメット本体に変化が起こった。

 巨体がウィルオーウィスプほどの小さな火の玉に変わり、ゾンビの群れの上を浮遊し始めたのだ。

 やがてそれは、群れの中に沈んで見えなくなってしまった。


「ええ、なにかしら……?」

「隠れちゃいましたね……」


 何が何だかわからない。

 だが……やることは先ほどと変わらないだろう。


「まずは、確実にゾンビを倒していこう。攻撃パターンを探るにせよ、今はそれしかない」


 そう言って俺が剣を構えると、隣でテトが収納具から投剣を引き抜いた。

 そして、やや険しい表情で言う。


「それなら……先に討伐ログでモンスター名を見ておこうかな。もし変なゾンビだったら、名前で何かわかるかもしれないし……っと!」


 言い終えるやいなや、テトが投剣を放った。

 それは正確に、真正面にいたゾンビの頭部へと吸い込まれていく。


『オ゛ォッ……』


 投剣が頭に突き立ったゾンビが、呻き声を上げてあっけなく四散した。

 二本目を構えていたテトが目を丸くする。


「えっ! もう死んだ!?」


 驚くのも無理はなかった。いくらなんでも弱すぎる。

 たとえ高威力の投剣で、単なるゾンビ相手であっても、この難易度で出てくるモンスターが投剣一本で倒れるなんて普通じゃない。

 ならばやはり、普通のゾンビではないのか。


 モンスター名を確認しようと、ステータス画面に指を伸ばす。

 だが……俺ははっとしてその手を止めた。

 異変が起こっていた。


『オ゛……オ゛ォ……』


 二、三十体はいるゾンビのすべてが――――俺たちを怒りの形相で睨んでいたのだ。

 思わずぞっとする。


「おい……様子がおかしいぞ! みんな、陣形を……っ」

『オ゛ォォォォォ――――ッ!!』


 言い終える前に、ゾンビの群れが一斉に突撃してきた。

 速い。ゾンビとは思えない動きだ。


「な、なによこれっ?」

「どうなってるんですかーっ!?」

「くっ……!」


 攻撃を剣で受けながら、後衛へゾンビが流れないよう必死で持ちこたえる。

 ゾンビたちは、弱かった。攻撃力もフレイムゾンビほどはなく、斬撃を一度浴びせるだけで簡単に四散していく。

 だが、勢いが半端じゃない。まるで仲間を倒され怒り狂っているかのように、ゾンビとは思えない猛烈な気迫でこちらに押し寄せてくる。


「メリナーっ! 魔法お願い!」


 ゾンビたちに押され、後退し始めていたテトが叫んだ。


「もうヘイトとか気にしなくていいからっ! このままじゃ持たないよっ!」

「わ、わかったわ!」


 光属性魔法の光弾が飛ぶ。

 それは群れの中心にぶち当たり、数体のゾンビをまとめて四散させた。


「よし……!」


 メリナにヘイトが集まってしまったが、これでかなり楽になった……と思ったその時。

 ゾンビの群れが、すべて消失した。


「はぁっ? なんで?」


 ナイフを振るいかけていたテトが、困惑したような声を上げた。

 俺たちの誰も、何が起こっているのかわからない。


「魔法を使ったら消えるのかしら……? いえ、そんなわけないわね」

「エフェクトが出てないから、HPがゼロになって消えたわけではないでしょうけど…………えっ!?」


 ココルが驚いたように声を上げる。


「なんか……わたしにデバフがかかったみたいです」

「なんだって……?」


 俺は困惑する。

 そんなわけがない。【ミイラ盗り】の効果により、デバフはテトに集中するはずなのだ。たとえ無効にならない中ランク以上のデバフであっても、ココルにかかることなどありえない。

 何よりあの戦闘中、ココルはゾンビから攻撃を受けていなかったはずだが……。


「あ、待ってください。これ、デバフじゃないです」


 ココルがステータス画面を操作しながら言う。


「バフ……みたいです。VIT(耐久)が少し上昇してます。名前は……《戦犯の証》?」


 俺は自分のステータス画面から、ココルの簡易ステータスを確認する。

 確かに、そのようなバフがかかっているようだった。一人が周囲から責められているようなアイコンとともに、VIT(耐久)がわずかに上昇している。

 アイコンを選択すると、そのバフの名前が表示された。

 《戦犯の証》。


「いったいなんなんだ……」


 突然怒り出す謎のゾンビに、なぜか回復職(ヒーラー)に付与されるバフ。なんらかの意図があるのだろうが、何もわからない。


 いつのまにか、バフォメットが元いた場所で仁王立ちしていた。

 気のせいかもしれないが、どういうわけかダメージを負ったような顔をしている。


『コォォォ……!』


 呼気のような唸り声とともに、再び床が光り始める。


「さすがに、一回では終わらないみたいね」


 メリナが呟くと同時に、床からゾンビが現れる。

 しかもその数は、先ほどよりもわずかに増えているようだった。

 バフォメットはまた火の玉になると、取り巻きの群れの中へ消える。


「さて……どうするか」


 俺は悩む。

 一体を倒せば、また先ほどと同じことになるだろう。

 それでもなんとかならないことはないが……少々キツい。倒すたびに数が増えるとなればなおさら。

 それにこういった敵は、絶対に本来の倒し方(・・・・・・)があるはずなのだ。できればそれを見つけたい。


「あのゾンビ……放っておいてみたらどうでしょう?」


 その時、ココルが言った。


「見てください。さっきのフレイムゾンビとは違って、今の状態だとただランダムに歩き回ってるだけです。こっちに向かって来てません」


 言われて気づく。

 確かにそうだ。こちらに近づいてきているやつもいるが、大部分はただ漫然と歩いているだけで、向かってくる意思が感じられない。

 これは普通のゾンビにもない特徴だった。


「ひょっとしたら……こっちから倒したりしなければ、攻撃してこないんじゃないでしょうか」

「えー? でもそれからどうすんの? バフォメット本体もいないから、ボクたちやることないじゃん」

「それはそうなんですけど……」

「……試してみましょう」


 メリナが言った。


「きっと何かしら起こるんじゃないかしら」


 俺たちは、ただじっと待ってみることにした。

 やがて緩慢な動きで、数体のゾンビが近づいてきた。俺は思わず身を固くする。

 だが、それだけだった。ゾンビは俺の隣をただ後ろへ通り過ぎていく。ココルの言ったとおり、攻撃してくる気配は微塵もなかった。


「うわ……ほんとに攻撃してこなかったよ」

「こ、こんなモンスター初めてね……」

「自分で言っておいてなんですけど、わたしも緊張しました……」


 近くを通り過ぎていくゾンビを見やりながら、皆が口々に呟く。

 それはそうだ。調教師や召喚士といった職種(ジョブ)でもなければ、モンスターが近くにいるのに攻撃されない経験なんて普通はないだろう。


 そのまましばらく待ってみるが、何も起こらない。


「……せっかくだ。バフォメットがいた場所を見てみるか」


 今も炎が燃えているのでそこまで近づけはしないが、ギリギリまで寄ることはできる。


 俺たちはゾンビの群れの中を歩き始めた。

 この異様な状況にも、だんだんと慣れてくる。


「……ゾンビって、一体一体見た目が違いますよね」


 ココルが、近くのゾンビを観察しながら言った。


「モンスターは普通、全部同じ見た目をしているんですけど……。マンドレイクとかでも、葉っぱの付き方も茎のよじれ方も、よく見ると一緒なんですよ。でも、ゾンビだけはなぜか個性があるんですよね」

「言われてみれば、そうかもしれないな」


 俺もあらためて、正面から歩いてくる二体のゾンビを眺める。

 服の汚れも体の朽ち方も、明らかにバラバラだ。よく考えたら、個性があるモンスターというのは他にいない気がする。


 そんなことを思っていると……ふと、左側のゾンビと目が合った。

 普通なら多少緊張する状況だが、ここのゾンビだけは特別だ。

 俺は剣も構えずにそいつを眺め続けた――――その時。


『オ゛……』

「……ん?」


 目が合ったゾンビが、唐突に腕を振り上げた。

 そしてその腕が、炎を上げて燃え始める。


「はっ……?」


 呆気にとられる俺へと――――ゾンビが大きく踏み込み、炎の腕を振り下ろしてきた。


「なっ……!!」


 とっさに剣で防ぐ。

 “パリィ”を使うだけの余裕がなかったせいで、いくらかダメージが貫通してくる。


「アルヴィンっ!?」

「アルヴィンさん!?」


 皆の驚いた声を背後から浴びながら、俺は反撃の剣を振るう。

 だが、位置取りが悪かった。

 剣は攻撃してきた方ではなく、右側のゾンビを斬り、そのまま四散させてしまう。

 次の瞬間――――部屋のあちこちに散らばっていたゾンビたちが、俺たちを振り向いて怒りの形相を浮かべた。


「え!? うわやばっ……!」

「み、みなさん固まってください!」

「壁際へ行きましょう! 背後をとられることがなくなるわ!」

「わ……悪い、みんなっ!」


 俺は焦る。最悪の事態となってしまった。

 ゾンビが部屋に散らばったせいで、囲まれた形となっている。これなら最初から攻撃していた方がまだマシだ。


 群れが突撃してくる前に、とりあえず炎の腕のゾンビだけ倒そうと、俺は剣を振るった。

 思った以上に硬く、二撃当ててもまだ倒れなかったが、最後に“強撃”をぶち込んだらようやく四散した。

 そして――――それと同時に、ゾンビの群れが消滅する。


「はあっ、また!?」

「わけがわからないわね……」


 皆が混乱しきった様子を見せる中……俺は、目の前で起こった現象を観察していた。

 四散した炎のゾンビから、小さな火の玉が出てきたのだ。

 それはふよふよと宙へ浮かぶと、本人不在のまま燃え続けるバフォメットの炎を飛び越える。

 そして次の瞬間、バフォメット本体が炎の中へ現れた。

 その顔は、やはり先ほどと同じように、どこか消耗しているように見える。


「あれ!? またわたしにバフが付いてます……」


 ココルの呟きを聞きながら――――俺はようやく気づいた。


「そういうことか……。みんな、この攻撃パターンがわかったぞ」

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