“アンテノーラ”③
「……なんとなく、嫌な予感はしてたけどさー」
エフェクトがすべて消え去った部屋の中心で、テトがぽつりと呟いた。
「やっぱり落ちなかったね、アイテム」
「……そうみたいだな」
「はあー……」
テトはがっくりと肩を落として盛大に溜息をついた。
そんな姿を見て、メリナがやや呆れたように言う。
「それはそうでしょ……ケルベロスが落とさなかったんだから。この先も、四天王はきっとアイテムを落とさないわよ」
「嫌になってきた……」
テトがゲンナリした顔で言う。
「こんなダンジョン、あのテキストを真に受けて、本気で世界を救おうとしている人くらいしか挑まないんじゃないの……?」
「あら。それならもう帰る?」
「……帰らない」
テトがどんよりした目に怒りを滲ませて言う。
「こうなったら、絶対魔王を倒して豪華なボスドロップを手に入れてやる!」
「……はは」
俺は乾いた笑いを漏らしながら、魔王も落とさなかったりしてな、と言いかけてやめた。
いくらなんでも冗談じゃない。
テトが気を取り直したように言う。
「っていうかさ、意外と大したことなかったよね。あのハエも」
「そうですね……取り巻きが復活する仕組みにはちょっと驚きましたけど、案外簡単に終わっちゃいましたね」
「レベル帯的には、まだまだ余裕がある難易度なのかもしれないな。まあそれよりも、メリナの機転のおかげで早くに対応できたことの方が大きかったと思うが」
「あっ、そうでしたね! わたし、最初はなんであそこで防御系のバフが必要なんだろうって思ってましたけど、まさかあんなにうまく嵌まるなんて!」
「メリナもよく気づくよねー」
口々に褒める俺たちだったが、当のメリナはややきまり悪そうに言う。
「そ、そう言われるのは嬉しいけど……たぶん実際は、スキルの影響の方がずっと大きかったと思うわよ」
「え? スキルですか?」
「【嫉妬神の加護】の効果で私たち、VITも含めた全パラメーターが10%上昇してるでしょう?」
メリナが続ける。
「それに、盾職役をやっていたアルヴィンは元々【耐久上昇・小】のスキルも持ってる。この二つだけで15%以上よ。もしこの上昇分がなかったとしたら、バフがあっても苦しかったと思うわ」
「言われてみれば……そうだな」
VITが低ければ、被ダメージ量が増える。
たとえ治癒が間に合っても群れの復活量が増すので、否応なく持久戦になってしまっていただろう。
ココルが疑問を口にする。
「それなら本当は騎士みたいな、高VITの盾職を要求するような中ボスだったってことでしょうか?」
「それもなんとも言えないわね……。騎士だと手数が減るから、結局被ダメージ量は抑えきれない気がする。派生職の暗黒騎士や聖騎士でも、たぶんあまり変わらないでしょうね……」
考え込むようにしながら、メリナは言う。
「やっぱりあのモンスターは本来、戦闘を極端に長引かせてくる厄介な敵だったんじゃないかしら。いつまでも減らないイナゴ相手に、集中力を切らさず戦い続けるのはかなり大変そうだもの。時間が経ってMPやアイテムが減ってくれば、当然焦りも出てくるわ」
「持久戦を仕掛けてくる中ボス、か……」
ボス戦は時間をかけるほど、集中力が落ちて事故の確率が増す。
大ダメージや状態異常ではなく、アイテムや素の体力の消耗を狙ってくるようなモンスターはなかなか見ないが……飢餓がモチーフの中ボスとしてはふさわしい気がした。
「最後の攻撃パターンも大したことがないように感じたが、持久戦の後にまったく違うモーションが来ると考えるときついな」
「ええ。結局、私たちのパーティーには相性がよかっただけなんだと思うわ」
「へー」
テトが感心したように言う。
「それじゃあ、他のパーティーならもっと苦労してたんだろうね」






