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マイナススキル持ち四人が集まったら、なんかシナジー発揮して最強パーティーができた件  作者: 小鈴危一
3章

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“アンテノーラ”②



 戦闘が始まっても、巨大な蝿は上空で停止したまま動かなかった。

 だがその代わりに、本体の周囲を飛んでいた大量の羽虫が、群れとなって襲いかかってくる。


「うっ……」


 俺は嫌な顔をしながら、羽虫の群れを迎え撃つ。

 剣を立ててガードを試みたが、羽虫のほとんどはそれをすり避けて俺に取り付いてきた。

 体の各所を噛み付かれ、ほんの少しずつHPが減っていく。


「……」


 後退しながら横薙ぎに剣を振り抜く。

 わずかな手応えがあった。刃の届く範囲にいた虫たちが、儚いエフェクトを散らして四散していく。


 やはりこれらの羽虫は攻撃のエフェクトなどではなく、実体のあるモンスターのようだった。

 俺は皆へと叫ぶ。


「こいつらやっぱり取り巻きみたいだぞ!」

「最悪だーっ!」


 振り返ると、テトが悲鳴を上げながら虫から逃げ回っていた。

 ナイフをぶんぶん振り回しており、オレンジ色の軌道が宙に描かれているが、反面羽虫が四散するエフェクトは少ない。

 レンジが短すぎて、一度に倒せる数が少ないようだ。盗賊には相性が悪いと言うほかない。


 まあそれでも、テトのVIT(耐久)なら大きなダメージを喰らうことはないだろう。

 それより心配なのが……。


「こ、こういうの苦手なんだけど……っ!」

「任せてください! メリナさんはわたしが守りますからねー!」


 メリナとココルが、それぞれ杖とメイスを振り回している。

 大丈夫か、と訊くまでもなく、大丈夫そうだった。

 二人の簡易ステータスを見ても、HPはさほど減っていない。

 メリナはともかく、ココルなんてむしろ楽しそうだ。神官のメイスは一応打撃武器でもあるので、テトよりもかえって効率よく倒せている。


 それでも念のため、皆へと叫ぶ。


「きつそうなら俺になすりつけていいぞ!」

「んあーっ、アルヴィン頼んだっ!」


 羽虫の群れを引き連れながら、テトが全速力でこちらに走ってきた。

 ちょうどすれ違うタイミングで、テトを追う羽虫の塊に剣を突き入れる。いくつかのエフェクトが散り、同時に多くの羽虫のヘイトが俺に向いた。元々引きつけていた分と集合して大きくなった羽虫の群れを、剣によって斬り散らしていく。

 これで、テトも多少戦いやすくなっただろう。


 モンスターのターゲットを変える、前衛職の初歩的な技術だが、こうやって役に立つ場面は多い。


 受け持っていた群れを三分の一ほどにまで減らした、その時。

 羽虫たちが一斉に引いた。


「あれっ? どうしたんでしょう?」

「本体の方へ帰っていくわね……」


 羽虫たちは旋回しながら、天井近くで滞空している巨大な蝿のもとへと集まっていく。

 好機と見たのか、ココルがすかさず治癒(ヒール)を唱える。わずかに減っていたHPが、上限まで回復した。

 そこで、俺は気づく。


「……ん? なんだ……?」


 フライロードの頭上に、ぼんやり光る球体が浮遊していた。

 うっすら青緑がかった色で、微かに揺らめいている。液体のようにも、光属性魔法の光弾のようにも見えるが……おそらくそのどちらでもない。


 羽虫の群れが、光球を取り巻く。

 すると、その光球は次第にしぼみ始めた。

 それと同時に、羽虫たちが虚空から湧き出るように増え、群れが大きくなる。


「えーっ、増えた!? せっかく減らしたのに!」

「本体のところに戻ると、群れが少し回復するみたいね」


 メリナが続けて言う。


「と言っても、あのペースならすぐに全滅させられそうだけど」


 再び羽虫たちが襲いかかってきたが、その後はメリナの言う通りになった。

 ある程度復活はしたものの、群れは当初に比べればずっと小さい。

 余裕のできたメリナが光属性魔法で羽虫の大部分を消し飛ばすと、フライロードのもとへ帰還する羽虫は数えるほどになってしまった。


 あの青緑色の球体も、先ほどよりずっと小さくなっている。


 そして三度目の急襲で、俺たちは羽虫をすべて倒し尽くした。


『ブゥゥン……』


 取り巻きを全滅させられた蝿の王が、いらだったように羽音を響かせる。

 相変わらず滞空したままのフライロードを見上げながら、テトが言う。


「今、メリナの魔法で直接攻撃できないかな」

「やってみる?」


 そう言うと、メリナが軽い呪文詠唱とともに初級の火属性魔法を放った。

 だが飛翔する小さな火球は、本体を守るように出現した羽虫の群れを焼き尽くしただけで消えてしまう。

 メリナが溜息をついて言う。


「やっぱりダメね、通らないわ。ちゃんと正規の手順で倒さないといけないみたい」


 と、その時、フライロードの複眼が黒く光った。

 そして、周囲に新たな虫の群れが形成されていく。


「え、な、なんかさっきより大きくないですかあの虫」


 ココルの言葉に、俺は目をこらす。

 確かに、違う。先ほどまでの羽虫ではなかった。

 体色はやや褐色がかり、羽も長い。羽音にもバサバサといった音が混じっている。

 あれは……、


「バッタ……いや、イナゴか?」


 眉をひそめて呟いた次の瞬間、その群れが襲いかかってきた。


 急襲に合わせて、剣を大きく振るう。

 エフェクトが散り、虫の数匹が四散する。間近で見るそれは、やはり村にいた頃よく目にした(いなご)に似ていた。


 剣をすり抜けた蝗たちが、俺に噛み付く。

 反射的にステータス画面のHP表示を確認し……俺は思わず目を見開いた。


「……っ! こいつら……!」


 あわてて取り付いていた蝗を振り払う。

 HPの減少幅をあらためて確認し、わずかに焦りがこみ上げた。ダメージ量が先ほどまでの倍近い。


 蝗の群れを斬り払いながら、俺は皆へ叫ぶ。


「気をつけろ! こいつら攻撃力が高いぞ!」

「そ、そうみたいねっ!」

「ひえー!」


 見ると、すでにメリナとココルがこちらへ走ってきていた。

 HPもまだそれほど減っていない様子だ。判断が速くて助かる。


 二人を追う群れに攻撃を加え、その大部分からターゲットを奪う。それから、テトへと叫ぶ。


「テト! 悪いが……」

「オッケー! 持ちこたえとくから早く倒してねー!」


 テトはすでに、群れの一部を引きつけながら部屋の外周を逃げ回っていた。

 俺はわずかに笑みを浮かべて呟く。


「まったく……みんな判断が速くて助かるな」


 先ほどの羽虫はかなり弱く、ココルたちでもなんとかなったが、この蝗は別だ。攻撃力が段違いに高い。舐めてかかればパーティーが崩壊しかねない。

 とはいえ、俺一人では群れのすべてを受け持つのは無理だ。

 だから、一部をテトに引っ張ってもらいながら少しずつ着実に減らしていく。それが最善だった。


「これを指示なしでやってくれるんだもんな……」


 初心者パーティーの育成係をしていた頃は考えられなかった楽さだ。

 ここまでしてもらった以上、がんばらなければ。


 後退しつつ、蝗の群れを斬り払っていく。

 HPの減りが加速するが、それはココルが問題なく回復してくれる。

 ヘイトを稼いでしまう関係上、蝗が多い段階でメリナの魔法は使えない。それでもかなり群れを減らせた――――その時だった。


「っと、帰還か……」


 蝗の群れが、フライロードのもとへ帰っていく。


「疲れるなー! でもあと二、三回で倒しきれるかな」

「多少は群れが復活するでしょうけど、このペースだとそうですね」

「本体が攻撃してこないのは助かるわ。次からは魔法も撃って大丈夫そうね」

「……いや、待て」


 俺は思わず口を挟む。

 先ほどまでとは、違うところがあったのだ。

 ――――青緑の光球が、これまでよりもずっと大きい。


 次の瞬間。

 光球がしぼむと同時に、蝗の群れがどっと増えた。


「ええっ!?」

「こ、こんなに増えるの!?」

「……クソッ」


 小さく悪態をつく。

 やはりあの光球は、群れの復活量を示していたのだ。

 羽虫の時より大きくなったのは、攻撃パターンが変化したためだろうか。だが、このままでは……、


「最初の時よりは、さすがにちょっと減ってるみたいですけど……」

「でも全滅まではだいぶ時間かかるよこれ! 五、六回は繰り返さなきゃかも!」

「そうだな……」


 ボス戦は時間をかけるほど、集中力が落ちて事故の確率が増す。

 まだ攻撃パターンの変化は残っているはずだ。こんなところで長引かせたくはないのだが……、


「……待って。もしかすると……」


 その時、メリナが何か思いついたように声を上げた。


「考えがあるわ。ココル」

「は、はいっ?」

「《耐久増強》バフと《ダメージ軽減》バフをお願い。他のバフは、最悪かけ直さなくてもいいから」

「ええっ。い、いいですけど、でもどうして……」

「説明は後。来るわっ!」


 蝗の群れが急降下してくる。

 そのうちココルへ向かう塊に、テトが投剣を放った。いくつかのエフェクトが散り、群れのヘイトが小柄な盗賊へと向く。

 テトが走りながら叫ぶ。


「バフ唱えるんでしょっ。群れはボクが引っ張っとくよー!」

「ううー、よくわからないけどわかりましたぁっ!」


 テトに答えると、流れるような詠唱がココルの口から紡がれ始めた。

 いつもながら、思わず舌を巻くような高速詠唱だ。


 ココルは【真言】というスキルを持っており、これには呪文の判定が甘くなる、要するに多少とちっても有効な詠唱と見なされる効果がある。

 だから思い切った早口でも唱えられるのだと以前に本人が言っていたが、もちろんそれだけではなく、これまで積み重ねてきた練習のたまものだろう。


 《耐久増強》そして《ダメージ軽減》バフのアイコンが点灯した時、ちょうどテトから群れの一部を引き受け終えたところだった。

 すぐさま攻撃に転じる。


「おっ!」


 バフの効果は、目に見えて現れていた。

 すり抜けた蝗から攻撃を喰らうも、HPの減少幅が少ない。

 メリナの提案は的確だったようだ。


 だがその一方で、群れはなかなか減らなかった。

 手数が増えたわけではない以上仕方ないが、これはやはり、持久戦にならざるを得ないか。


 そうこうしているうちに、二回目の帰還が起こった。

 蝗の群れが渦巻き、蝿の王のもとへ戻り始める。


「……ん?」


 そこで、俺は気づいた。

 青緑色の光球が、先ほどまでよりずっと小さい。


 そして案の定――――蝗の群れも、あまり回復しなかった。


「あれっ! 今回すごく少ないですね!」

「よかったけどなんでっ?」

「あの光の球……きっと私たちのHPだったのよ」


 メリナがぽつりと言った。

 俺は思わず訊き返す。


「どういうことだ?」

「色がステータス画面のHP表示と似ていたでしょう? あれはきっと、イナゴが私たちに与えたダメージ量を示していて……その分だけ群れが回復するって仕組みだったんだと思うわ」

「……なるほど。そういうことか」


 最初の羽虫の時、光球が小さかった理由もわかった。

 蝗に比べて攻撃力が低かったために、ダメージ量を稼げなかったのだ。

 ココルに防御系のバフを頼んだのも、被ダメージを抑えて、群れの回復を防ぐため。


「しかし、よくあれだけの情報で見当が付いたな……」

「羽虫もイナゴも、噛み付き攻撃しかしてこなかったわ。それにあのハエは飢餓がモチーフのモンスターでしょう? 私たちを食べて、その分だけ回復する。そういうコンセプトなのだと考えるとしっくり来るもの」


 言いながら、メリナがやや機嫌よさそうに杖を構える。


「でももう、そんなことはさせないけどね」


 蝗の群れが、再度襲いかかってくる。

 だが数が減ってしまった今、これまでの迫力は失われていた。


 冷静に群れを引きつけ、剣が届く範囲の蝗を確実に倒していく。

 群れはもはや、そのほとんどを俺一人で引き受けられるまでに小さくなっていた。

 さらに一箇所に固まった蝗たちへ、メリナの光属性魔法が直撃する。それだけで、残った群れの八割が消し飛んだ。


「おおー、今回で終わりそう!」

「もう復活なんてさせませんよっ!」


 テトとココルも含め、全員でまばらになった蝗たちを殲滅していく。

 やがて、最後の一匹が四散した。


『ブウ゛ゥゥゥン……』


 フライロードの羽音が鈍く唸る。

 複眼の黒い光も強くなり、より一層いらだっているようにも見えた。


「また攻撃パターンが変わるんでしょうけど……羽虫にイナゴと来たら、次はなんなんでしょうね?」

「うーん、ゴキブリとか?」

「最悪ね」

「さすがにそれはないだろう。次は……いい加減、本体が来るはずだ」


 その時、どこからともなく羽虫の群れがまた現れた。

 しかし今度は襲いかかって来るわけでもなく、フライロードの左右に固まり、何かを形作り始める。


「あれは……」

「……盾と槍、ですか?」


 向かって右の群れは、盾職(タンク)が持つような五角形の大きな盾に。

 そして左の群れは、同じく盾職(タンク)が持つような円錐状の長大な馬上槍に変わっていた。

 虫の武具を左右に従えた蝿の王は、まるで騎士の(よそお)いだ。


 俺はわずかに笑って呟く。


「ケルベロスだけじゃなく、ハエまで騎士っぽくなるとはな」


『ブウ゛ゥゥンッ!!』


 蝿の王が黒い馬上槍を構え、急降下しながら突っ込んできた。

 俺は“パリィ”でそれを受け流す。反撃の一閃は盾で防がれてしまったが、テトの投剣が命中しダメージを稼いでいく。

 モーションこそ初見だが、攻撃も防御もいたって普通。取り巻きを失った蝿の王に、特別な要素はもう何もなかった。

 ならば、やることはこれまでと同じだ。


「羽虫やイナゴを相手するより」


 その頭部に“強撃”を叩き込みながら、俺は言う。


「こっちの方がずっとやりやすいなっ!」


 フライロードが激しく仰け反り(ノックバック)する。それを好機として、さらなる攻撃が叩き込まれていく。

 盾を持っているだけあって蝿の王はなかなか硬かったが、それでも俺たちは着実にHPを削っていった。

 そして。


『ブウ゛ゥゥンッ……!!』


 フライロードが高く飛び上がった。

 馬上槍を(たずさ)え、再び急降下による突進を行うつもりのようだ。


 しかし……そのモーションはすでに見ている。


 案の定突っ込んできた蝿の王は、右に盾、左に馬上槍を構えていた。一見、この攻撃中には隙がないように思える。


 だが、俺はタイミングを合わせて剣を振りかぶると――――右の盾に向けて強く振り下ろした。


『ブゥゥンッ!?』


 盾を半ばまで断ち切られながら、もろに剣を受けたフライロードが激しく仰け反り(ノックバック)した。


 剣術スキルのうちの一つ、“斬鉄”。

 これは、相手の耐久を半分として計算できる技だ。盾持ちのような硬いモンスターにはよく効く。


 フライロードには大きな隙ができていたが、俺は追撃しなかった。

 なぜなら……、


「たぶん、これで終わりかしらね」


 次の瞬間、背後から飛翔してきた光弾がフライロードに直撃した。

 弱点属性を突く魔法の大火力は、剣のダメージとは比べものにならない。


 致命的な攻撃を受けたフライロードが、仰け反り(ノックバック)した体勢のままフラフラと後退した。

 黒い盾と槍が地に落ち、羽虫に戻りながら崩壊する。

 蝿の王自身も、すでに飛んでいるのがやっとという状態だ。


『――――どこまで足掻くか、人間よ……よもや、この我を倒すとは……』


 その時、始まりの演出と同じ声が、再び部屋に響き始めた。


「……終わったようね」


 メリナがほっとしたように杖を下ろした。

 俺も安堵の息を吐いて、剣を下ろしながら終わりの演出を見守る。


『だが、貴様らの飢えは満たされぬ……魔王を倒さぬ限り、災いは止まらぬ……ここから待ち受けるのも、我以上に精強な騎士ばかり……』


「……結局、同じなんですね」


 ココルがぽつりと言った。


「災いの元凶の四天王をどれだけ倒しても……魔王を倒さない限り、世界は救われないみたいです」


『この先で知るがいい、人間ども……もはや希望など、どこにも残されていないことを……』


 そんな、ケルベロスとまったく同じ台詞を残して――――黒い蝿の王は、壮大なエフェクトとともに砕け散った。

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