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マイナススキル持ち四人が集まったら、なんかシナジー発揮して最強パーティーができた件  作者: 小鈴危一
3章

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“カイーナ”⑤



■■■■■■■■■■■■■■■■■■


「こちらには何もない」

「こっちにもないのぉ……まったく、気の利かんボスじゃ!」


 溶岩から突き出た小島の上で、ゴルグが腹立たしげに言う。


「アイテムを落とさんどころか、宝箱すらも置いとらんとは!」


 俺たちは未だ、魔王城の十三層にいた。

 セーフポイントを出てたどり着いた、溶岩湖に崖上の一本道が延びる広大な部屋。そこで、中ボスのケルベロス型モンスターを倒したのだ。


 最初はただの固定シンボルかと思っていたのだが、まさかの中ボスで驚いた。デバフが少々厄介な相手だったが、しかしレベル差もあってか、最終的には余裕を持って倒すことができた。


 それに伴って、禍々しい門と共に新たな隠し通路も発見できたのでよかったのだが……問題は、ケルベロスが何一つとしてアイテムを落とさなかったことだ。

 中ボスを倒したのに、いくらなんでもそれはない。


 腹を立てた俺たちは、何か隠されているアイテムがないかと、小島を飛び移りながら溶岩湖を隅々まで探していた。

 しかし、残念ながら成果は今のところない。


「あちぃ……」


 俺は顔を上げてぼやく。

 もうしばらくすれば耐暑ポーションの効果も切れるだろう。そうなればますます暑くなる。いい加減に諦め時だろうか。

 いや、もう一本追加で飲んで皆の気の済むまで粘るべきか……と考えていた時、壁際から突き出た岩場にライザの姿を見かけた。

 どうやら、岩壁に背を預けて休んでいるようだった。


「おーい、ライザ。なんか見つけたか?」


 小島を飛び移り、ライザのいる陸地部分に向かいながら声をかける。

 糸目の聖女は俺に気づくと、力なく笑って答えた。


「だめね~、なんにもないわ~」

「ふーん……やっぱそうか」


 サボってんなよと言おうかと思ったが、やめた。

 いい加減、俺もうんざりしていたからだ。


 ライザのいる岩場まで飛び移ると、隣で同じように岩壁に背を預けて、そのまましゃがみ込む。そして溜息とともに徒労感を吐き出す。


「……ごめんなさいね~」

「あ?」


 不意にかけられた言葉に、思わず隣を見上げる。

 糸目の聖女は、俺に申し訳なさそうな笑みを向けていた。


「まさか、ただの演出だとは思わなくて」

「……」


 俺は思わず黙り込む。


 最初にケルベロスを倒そうと言い出したのは、ライザだった。

 俺たちが一本道を進んでいた時、溶岩湖の奥、ケルベロスの背後に、動けなくなっている三人の冒険者を見つけたのだ。

 助けましょう、と言い出すことは、もうその瞬間にわかってしまった。

 思い返すまでもなく、こいつはいつもそうだったからだ。


 戦闘中の他パーティーを善意で回復させてやる、いわゆる辻ヒールなんてしょっちゅうだ。

 駆け出しのパーティーを見かけてはアイテムを恵んでやり、遭難した冒険者がいれば高価な『記憶の地図』まで渡してしまう。そのせいでこちらのアイテム残量が(こころ)(もと)なくなり、冒険の途中で引き返したことも何度かあった。


 人助け中毒なんじゃないかと思う。

 そのくせ、頼ってもいいやつには遠慮なく頼る。俺も何度金を貸してやったかわからない。

 いい加減にしとけよと注意しても、いつもこんな申し訳なさそうな笑みを浮かべるだけ。

 だからもう、今さら言ったところで仕方ない。


「……別に、かまわねぇよ」


 俺はライザではなく、溶岩湖の方を見ながら言う。


「あいつらだって納得してたんだ。ゴルグのやつなんて、よく見つけたのぉとか言って大喜びしてたしな。俺が止めてもどうせ他のバカどもが突撃してた。それに」


 俺は付け加えるように言う。


「今回は、お前が一番働いてたからな」


 ケルベロスを安全に倒せたのは、ほとんどライザのおかげと言ってもよかった。

 ケルベロスは攻撃も耐久も大したことなく、周囲の溶岩ギミックも慣れてしまえばどうってことなかったのだが、あのブレスと終盤のオーラだけは厄介だった。

 触れると、ありとあらゆるデバフを叩き込まれたからだ。


 《筋力減少・小》や《敏捷性減少・小》などはもちろん、《全ステータス減少・小》に各種《属性耐性低下・小》、挙げ句は《MP消費量増加・小》や《アイテム効果減少・小》といったマイナーなものに至るまで、ほとんどすべてのデバフがあの青白い吐息に詰まっていた。あと一応毒にもなったが、そんなのはおまけみたいなものだ。

 ステータス画面を一瞬でデバフのアイコンが埋め尽くした時は、思わずぞっとしてしまった。そのままでは戦闘にかなり支障が出ていただろう。


 ライザはそれを、付与効果消去(クリアー)を使って一気に消してくれた。

 詠唱が長く、本来は戦闘中には使いにくい呪文だが、ライザが唱えるタイミングは毎度完璧だった。


 聖女は、強いが難しい職種(ジョブ)だと言われている。

 神官や司教以上にWIS(魔力)が上昇し、MPの消費量も減るため、普通の回復職(ヒーラー)では回復が追いつかないような強敵も倒せるようになる。しかしその代償として、STR(筋力)VIT(耐久)AGI(敏捷)といったステータスは他のあらゆる職業よりも低くなってしまう。回復量の増加によってヘイトも稼ぎやすくなるため、立ち回りの難易度が高く、また危険でもあった。


 だがライザは、俺たちに大変そうな素振りなど微塵も見せたことがなかった。

 とにかく位置取りがうまく、まったくモンスターの攻撃範囲に入らない。治癒(ヒール)のタイミングも完璧で、各種バフもそつなくこなす。


 ケルベロス戦の終盤では、デバフ付きのオーラに常に晒されることになった俺とゴルグを見て、付与効果消去(クリアー)ではなくバフによって効果を相殺する方針に切り替えていた。

 そういった臨機応変さも含めて、ライザには戦闘における抜群のセンスがあった。

 俺はこいつ以上に腕の立つ回復職(ヒーラー)を知らない。


「いつもより少し、がんばっちゃいました~」


 ライザは小さく笑って、ぽつりと言った。


「これで、最後ですからね~」

「……」


 沈黙を返す俺に、ライザは問いかけてくる。


「レダンは、生まれの村に帰るんでしたか?」

「……ああ」

「そう。うまくやっていけるといいわね~。彼、頑固者だから……。ふふ、村の人たちがかわいそうね~」


 ころころ笑いながら失礼なことを言ったライザは、それからどうでもよさそうに、小さく付け加える。


「それならわたしは、神学校にでも行こうかしら~」


 俺は、思わずライザの顔を見上げた。


「……え、その歳で入学すんのか?」

「も~、そんなわけないでしょ~。先生として、です~」


 ライザは俺から目を離して続ける。


「前に縁があって助けた人がね、大きな街の、神学校の先生だったのよ~。その人が偉くなったみたいで、前から誘われていたの~」

「はあ……お前の人助けが報われることもあるんだな。だけどお前、教師なんて務まんのかよ。学なんてあったか?」

「失礼ね~、あります~。わたしは元々、そこの卒業生ですからね~」

「マジかよ……」


 俺はひそかにショックを受けた。

 確かに品の良さはある気がしたが、まさか元エリートだったとは。なんだか負けた気分だった。


 話題が途切れ、沈黙が訪れる。

 それを破るように、俺はライザへぶっきらぼうに問いかける。


「……やめんのかよ、冒険者」

「ええ」


 ライザは微かに笑って、俺へ目を向けた。


「だってヒューゴ……レダンが抜けたら、『星狩』を解散させるつもりなのでしょう?」

「……」

「それならもういいかなって、思ったのよね~」


 ライザは、どこか吹っ切れたような声で言う。


「元々あなたとレダン、二人で始めたパーティーだったものね~……。でも、くやしいわ~。結局、男の友情には割り込めなかったのね~」

「気色悪いこと言うな。……そういうんじゃねぇよ」


 ただ、潮時だと思ってしまっただけだ。

 このパーティーが終わるとしたら、それは誰かが抜けた時だろうと、ぼんやりとではあるがずっと考えていた。

 俺は誤魔化すように言う。


「っていうかお前、大丈夫かよ。教師なんて絶対冒険者やるよりは稼ぎが落ちるんだから、今みたいに散財はできねぇぞ」


 ライザは人助けとか以前に、そもそも金遣いが荒かった。

 賭け事はするし、贅沢品もためらいなく買う。金がなくなったらどうするのかというと、人にたかるのだった。今だと、主に俺だ。冒険に一回行けば取り分から回収できるのだが、正直冗談ではない。


 人助けにためらいがないのも、この金に頓着しない性格が原因かもしれなかったが……一方で、実力があるにもかかわらず数々のパーティーを追い出されてきたのも、この性格が原因で金銭問題を起こしてきたからなのだった。


「俺みたいに親切なやつがそこら中にいると思うなよ」

「失礼ね~、大丈夫です~。先生になったら、ちゃんと清貧にいきますから~」

「とても想像できねぇ……」

「それより……ヒューゴは、どうするの~?」

「……俺?」

「『星狩』を解散しても、冒険者は続けるの~? それとも……」


 ライザの問いに、俺は思わず沈黙してしまった。

 その答えは、未だに俺の中で出ていなかった。


 引退してもいい、とは思っている。

 いつまでも続けるような稼業じゃない。やめられるだけの金も貯まっている。

 だが……。


「ヒューゴ」


 と、その時。

 名を呼ばれて顔を上げると、目の前の小島にピケが立っていた。


「ん、なんだ?」

「ぜんぜん見つからない」

「ああ……そうか」

「レダンとゴルグも、いらいらしてる。そろそろ限界。もう行こ」

「ん……そうだな。わかった」


 俺は立ち上がる。


 宝箱を探す中で上の道に戻れる場所は見つけていたが、そんなものに用はなかった。

 こいつらの中で、戻ろうと言い出すやつなんているわけがない。

 まだろくな報酬を得ていないし、それに――――これが、『星狩』最後の冒険なのだ。

 こんなところで終われるわけがない。


「ピケ。レダンとゴルグに声をかけてきてくれ。俺たちは門の前で待ってるから」

「……。わかった」


 無表情のままこくりとうなずいたピケが、小島をぴょんぴょんと飛び移っていく。

 その様子を、俺とライザが心配しながら眺める。


「……ちゃんと言われたとおりにできるかしら~?」

「うーん……六割五分といったところか。まあいい。例の門で待つぞ」

「ヒューゴ」


 隣の小島に飛び移った時、ライザがふと言った。

 俺は振り返る。


「なんだよ」

「ええと~、ゴルグが言っていたのだけれど……賭けの負け分とか、無駄遣いしてしまったお金に意味を求めるのは、やめた方がいいらしいわ~」

「……は?」

「もうそのお金がなくなってしまったものだから、無理に取り返そうとしたり、意味を見出そうとすると、かえって損するらしいの~。過去の損失ではなくて、その時の期待値? で判断するべきなんですって~。ゴルグったら、学校で習ったわけでもないのに、よくそんなこと知ってるわよね~」

「いや……急になんだ?」


 眉をひそめる俺に、ライザはやや困ったような笑みを浮かべて言う。


「でもね~、ヒューゴ。わたしは……全部、意味があったと思っているのよ~」

「……」

「賭けで大負けしたことも、いらない物をついつい買ってしまったことも……困っていると嘘をつかれて、お金をだまし取られたことも……そのせいで仲間に迷惑をかけてしまって、パーティーを追い出されたことだって」

「……」

「全部、神様は見てくれていたのだと思うわ~。だって、そのおかげで――――」


 ライザの笑みに、微かな寂しさが混じる。


「――――このパーティーに、巡り会えたのだもの」

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