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マイナススキル持ち四人が集まったら、なんかシナジー発揮して最強パーティーができた件  作者: 小鈴危一
3章

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“カイーナ”④



 四散するケルベロスのエフェクトを、俺はわずかな安堵とともに眺めていた。

 ふぅ、と息を吐く。

 安全に終えられてよかった。難易度を考えると余裕はあったが、事前情報の無さと溶岩ギミックが少々不安だった。しかし、それも杞憂だったようだ。


「やりましたね! 中ボス討伐達成です!」

「案外すんなり終わったわね。お疲れさま、みんな」


 ココルが嬉しそうにメイスを振り、メリナも軽く杖を掲げている。

 俺も思わず笑みが浮かぶ。


「……んっ? あれちょっと待って!?」


 そんな中、テトが急に声を上げた。

 俺は戸惑いながら問いかける。


「ど、どうしたんだ?」


 すると、テトは俺たちの方へ顔を向け、愕然としたような表情で言った。


「ドロップアイテム落ちてなくない!?」

「え?」

「あっ……そういえば」

「そうみたいね……」


 辺りを見回すが、確かにモンスターを倒せば落ちるはずのアイテムがどこにも落ちていない。

 それどころか、コインすらも見当たらなかった。


「よ、溶岩に落ちちゃったんでしょうか……」

「……いや、思い出してみると、エフェクトが散っている最中にもアイテムは見かけなかった気がするぞ」

「アイテムを落とさない中ボスだったってことかしら……? そんなのもいるのね」

「うわー、なにそれ!? 最悪じゃん! こんなモンスター何のためにいるんだよー!」


 よほどショックだったようで、テトは頭を抱えていた。

 キルを取るくらいがんばっていたし、無理もないかもしれない。

 俺はおだやかな笑みとともに、テトの肩に手を置く。


「まあ、仕方ないさ。こういう時もある。この感じ、俺は少し懐かしくなったよ」

「……アルヴィン、こんな思いしながらよく冒険者続けてたよね……」


 テトがなんとも言えない表情で呟く。

 俺だってうんざりしていたが、食っていくためには仕方なかったのだ。


 ココルが気を取り直すように言う。


「落ちなかったものはしょうがないです。こういう中ボスだったと思ってあきらめましょう。それより、思ったんですけど……」


 そこでココルが、真面目な顔で言った。


「……なんか、すっごく弱くなかったですか?」

「それ、ボクも思った。いくらなんでも手応えなさ過ぎかなーって」

「三十五、六層相当の中ボスと考えると、確かになぁ」


 攻撃力も耐久も、魔法耐性も低かった。

 いくらギミック付きの部屋とはいえ、あっけなさ過ぎた気もする。


「……たぶん、なのだけど」


 メリナが口元に手を当てながら言う。


「毒ブレス、あったじゃない? あれ本当は、ただの毒状態にするブレスではなかったんじゃないかしら」

「えっ、どういうことですか?」


 首をかしげるココルに、メリナが説明する。


「毒ブレスって、普通は紫色でしょ? でもあれはケルベロス本体と同じような、変な青色をしていたわ。だから本当は、他の効果も複合していたんじゃないかと思うの」

「他の効果って、たとえば?」

「たとえば、《筋力減少・小》や《敏捷性減少・小》のようなデバフ……とか」


 メリナの言葉に、俺は考える。

 確かに、複数の追加効果を持つような攻撃は珍しくない。その場合、エフェクトもそのモンスター独自の色になることがある。

 それを踏まえると、あの奇妙な色のブレスもそうである方が自然に思えるが……。

 俺はメリナへ言う。


「だがあのブレスは、本当に毒しか効果がなかったぞ」

「このパーティー、小ランクデバフは無効でしょ?」


 と言って、メリナがテトに顔を向けた。

 ぼけーっと聞いていたテトが、はっとしたように言う。


「……あっ、まさかボクの【ミイラ盗り】で無効になってたってこと!?」

「そうじゃないかと思うのよね」


 メリナの言葉に、俺は納得した。

 なるほど。確かにそう考えるといろいろ辻褄が合う。

 小ランクデバフに関してはもう受けないことが当たり前になっていたので、正直意識すらしていなかった。


「でもさ、小ランクデバフがちょっと付いてたところでそこまで影響なくない?」

「たくさん複合していたとしたらどう? 《全ステータス減少・小》とかも含めて」

「いかにもありそうですね。病気がモチーフのモンスターみたいでしたし」

「もしも《全ステータス減少・小》と、他の小ランクステ減デバフがすべて複合していたとしたら……パラメーターすべてが十五パーセント弱の減少か。それはさすがに厄介かもな」


 仮にそれらが丸ごと無効になっていたとすれば、難易度が桁違いに変わっていたことになる。テト様々だ。


「もしかすると、オーラに触れていても同じ効果があったのかもしれないわね。色が似ていたし、意味深に大きかったし。本当は、もっとずっと難しい中ボスだったのかも」

「俺たちにとっては相性がいいボスだったんだな」

「そうね。まあ、もちろんそれだけではなくて……」


 そこで、メリナは苦笑するように言った。


「あなたたちがここの地形に全然苦労していなかったのも、あったと思うけどね」

「え、いやそんなことないぞ」

「うん。普通にめんどくさかったけど」


 ぽかんとして言う俺とテトに、メリナがどこかあきれたように続ける。


「後ろからだと全然そうは見えなかったわよ? 初見のはずなのに、ブレスも氷の剣もぴょんぴょん跳んで避けて……どうなってるのかと思ったわ」

「後衛にはちょっと理解できない領域です……。後半とかもう、反撃しやすい小島の位置までケルベロスを誘導してませんでした? 二人してよくそんな器用なことできますね」

「それはまあ、前衛としての慣れ、かな」


 俺は頭を掻きながら言う。


「他のダンジョンも平坦な地形ばかりじゃないし、足元を破壊してくるようなモンスターだっている。今までだって近いことはやってきたからな。ただそれでも今回は、何度か溶岩に足を突っ込んだぞ」

「ボクは最後だけだったけどねー」


 テトが若干得意そうに言う。


「むしろ、こういう地形の方がおもしろくて好きかな。盗賊って元々正面から攻撃を受ける職業でもないしね」

「最後なんて、氷床まで使ってキルをとってましたしね。テトさん」

「んー……あれは、たぶん元々そういう用途のギミックだったんだと思うよ。パターンを覚えたらうまく使ってねーっていう。……あ、ボクそれより、ココルの状態異常回復(キュアー)の方がびっくりしたんだけど」

「ああ、あれですか」


 ココルは腕を組み、難しい顔をして何度かうなずく。


「あれは我ながら神プレイでした」

「ストレートな自画自賛ね」

「あそこまで読みがばっちり決まること、なかなかないですからね……。でも、これだから回復職(ヒーラー)はやめられません」


 ココルが満面の笑みで言った。

 まあ、理解はできる。自分のアイディアがうまく嵌まった時などは、冒険が面白く感じるものだ。


 何はともあれ、無事ケルベロスを倒せてよかった。

 ただ、何か忘れているような……。


「…………あっ!」


 不意に声を上げた俺に、皆が注目した。

 俺はやや声量を抑えて呟く。


「そういえば、冒険者……」

「あっ」

「あー……」

「わ、忘れてましたね……」


 元々、彼らを助けるためにケルベロスへ挑んだのだった。

 皆で一斉に、そちらへと顔を向ける。


 三人の冒険者は、まだ同じ場所に佇んでいた。

 もうケルベロスの脅威はなくなったはずなのに、そこから一向に動こうとしない。


 不審に思いながらも、俺は小島を跳んで彼らのもとへと向かう。

 近づくにつれ、三人の姿が顔や装いがはっきりとわかるようになってきた。全員俺たちとそう変わらない歳の、若い冒険者だ。装備も、近くで見ると思っていた以上に貧弱で、駆け出しから抜け切れていないような印象を受ける。

 俺の中で違和感が膨れ上がっていく。


 やがて、彼らのいる壁際の陸地に飛び移れる位置の小島へ降り立った。

 俺は剣の柄に手を添えながら、三人へと慎重に呼びかける。


「……大丈夫か?」


 間近で見た彼らの顔には、安堵の表情が浮かんでいた。

 リーダーらしき剣士の男が、背後に佇む神官と魔導士の少女らとそれぞれ顔を見合わせると、俺に笑顔で告げる。


『ありがとう』


 次の瞬間――――彼らの姿が、ふっとかき消えた。


「ええっ、消えちゃいましたよ!?」

「な、なんで……? 帰還アイテムでも使ったとか?」

「……違うわ」


 俺の後ろに来ていたココルとテトが驚いた声を上げる中、メリナが険しい表情になって言う。


「彼らの存在も、きっと演出の一つだったのよ」

「ど、どういうことですか……?」

「遭難した冒険者を助けさせる、っていう演出だったんじゃないかしら。最初から変だと思ってたのよね……。あんなところにいて、こっちの呼びかけにも反応すらしないなんて」

「え、それじゃあ……あの三人は、本当はいなかったってこと?」

「そういうことね。あなたも予想してたんじゃないの? アルヴィン」


 メリナに言われ、俺は小さく息を吐いて言う。


「いや……妙だとは感じていたが、ついさっきまでは本物の冒険者だと思っていたよ。かなりリアルだったしな」


 疑いは持っていたが、はっきりと確信できたのは装備を間近で見た時だった。

 深層の難易度があるこの階層にまで、駆け出しの冒険者が潜ってこられるはずがない。


 危険な追加ギミックであることまで覚悟していたので、正直消えてくれてほっとしていた。

 おそらくはメリナの言う通り、あの冒険者たちを助ける目的で、ケルベロスに挑ませるような趣旨の演出だったのだろう。


「ただ、それで終わりではないだろうけどな……」


 そう呟くと同時。

 部屋全体に、ゴゴゴゴという重い音が響き渡り始めた。


「えっ、今度は何っ!?」

「なんなんですかこの部屋はーっ!」


 混乱した様子のテトとココルに、俺は予想していたことを告げる。


「ここは一方通行の場所だ。降りたところから崖の上の道には戻れず、このままだと帰還アイテムや特殊なスキルがない限り詰むことになってしまう。だから普通に考えて、ケルベロスを倒せば新しい道が現れると思うんだが……」


 その時。

 三人の冒険者がいた背後の岩壁が、音を立てながら崩れ始めた。

 そして現れたのは……、


「も……門、ですか? これ……」


 その威容を見て、ココルが呆然と呟く。

 岩が崩れて出現したそれは、どうやら門であるようだった。


 灰色をした石造の門で、そのいたるところに、人体のような意匠がいくつも彫り込まれている。

 真上には石に座り込み、何やら思い悩んでいるような人物の彫刻が据えられている。ただそれ以外の人体はどれも抽象的で、まるで門に取り込まれかけているようにも見えた。

 その扉は、開け放たれている。

 どうやら俺たちは、ここを通ることを許されているようだ。


 メリナが門の奥の暗闇を見つめながら呟く。


「……やっぱり、戻るんじゃなくて先へ進む道が出てきたわね」

「ああ。ケルベロスもそんな感じのことを言っていたしな……。きっとこの先に、魔王とやらがいるんだろう」


 俺は呟くように言う。


「さて、ここからどうするかだな……。進むか、戻るか」


 皆を振り返って続ける。


「けっこう予想外のことが起こっているからな。戻るのもありだと思う。『記憶の地図』を使ってもいいし、崖の上まで登れる場所を探してもいい。中ボスと戦って戻れなくなるのはさすがに理不尽だから、そっちの道もたぶんどこかしらにはあるだろう」


 ダンジョンはバランスが取れているものだ。

 強敵の後に退路が断たれるなんてことはまずありえない。


「おそらくだが、ここから難易度はぐっと上がる……。どうする? みんな」

「行こうよ」


 そう言ったのは、テトだった。


「『記憶の地図』はあるんだしさ、戻るのはいつでもできるでしょ。まだ大したドロップも拾えてないし、それに」


 そこで、テトが余裕そうに笑った。


「正直まだ、ぜんぜん手応えないしね」

「ふふ……そうね」


 メリナが、釣られたように笑って言う。


「初見のダンジョンを攻略しに来たのに、ここで帰るのはもったいない気がするわ。この門を見つけたのも、きっと私たちが最初でしょうし……どうせなら、この先も見ておきたいわね」

「うーん、わたしは……。アルヴィンさんは、どう思いますか?」


 そこでココルが、悩んだように俺に話を振ってきた。

 俺は笑って答える。


「俺か? 俺は、やっぱり進みたいな」


 門の奥に目をやりながら続ける。


「妙なテキストとか、ケルベロスの物言いとか、いろいろ気になるところがある。先に進めばそれもわかるかもしれない。せっかくここまで来たんだ、もっとこのダンジョンのことを探ってみたい……。幸い、難易度的にもアイテム的にも、まだまだ余裕はあるしな」

「わかりました……それなら行きましょう!」


 ココルが明るく答えた。


「アルヴィンさんが言うのなら、きっと大丈夫です!」


 俺たちは小島から壁際の陸地に飛び移ると、門へと歩き始める。

 近くで見ると、門の意匠はより一層おどろおどろしく感じられた。


「そういえばさ、ケルベロスがなんか言ってたよね」


 いざ門をくぐろうとした時、ふとテトが呟いた。


「希望があるとかないとかって」

「『この先へ進まんとする者は、一切の希望を捨てよ』ね。この先っていうのがこの門のことだと思うけど、どういう意味かしら」

「難しくなるってことじゃないでしょうか? 災厄を収めるには魔王を倒さなきゃいけないみたいですけど、その魔王がすごく強い……とか」

「普通に考えれば、そうだろうが……」


 そうは言いつつも、俺は心のどこかで違うように感じていた。


 どこまでも演出臭かったケルベロスの物言いだが、それでもあまり()(えん)な言い方はしていなかった気がする。

 もし難易度のことを言いたかったのなら、『お前たちでは魔王を倒せない』などと言っていたのではないだろうか。

 あえて『希望』という言い回しを使ったからには、それは魔王を倒せる可能性とは別の何かを指しているように思える。


 それが何かと考えると……やはり九層で見たテキストにあった、『世界の救済』だろうか。

 俺たちはそれを目的として魔王城へやってきている、という体になっていた。それが叶わないということなのか。

 だが結局のところ、魔王さえ倒せれば世界は救われるはずだ。

 それならやっぱり、魔王は強いということを言っていただけなのか……?


「うーん、わからないな……」

「アルヴィンは真面目だなぁー」


 思い悩む俺に、テトが呆れたように言った。


「あんな演出、真剣に考えてもしょうがないって」

「でも、アルヴィンさんらしいですね」

「別にいいじゃない、真剣に考えたって」

「……いや、もうやめておくよ。結局答えも出ないしな」


 俺は軽く苦笑して、門から延びる道の先を見据えた。

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