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マイナススキル持ち四人が集まったら、なんかシナジー発揮して最強パーティーができた件  作者: 小鈴危一
3章

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“カイーナ”②



□□□□□□□□□□□□□□□□□□


 俺たちは、魔王城の十三層に到達していた。


 床はすでに、ただの岩肌から石畳へと変わっている。

 壁もまるで人が整えたかのように平らになり、燭台まで設置されていた。

 メリナの言っていたとおり、居城系のダンジョンに近づいているように見える。


 出現するのは相変わらず何の変哲もないモンスターばかりだが、レベルが高い。

 普通のダンジョンなら中層序盤といった階層にもかかわらず、難易度的にはすでに深層の域に達している。


「あ、セーフポイントみたいですね」


 角を曲がった時、ココルが声を上げた。

 その言葉の通り、進行方向の片隅に、うすぼんやりと光る泉と噴水が見える。


 俺は安堵の息を吐く。


「よかった。ここで一度休むか」


 ここまでそれなりに歩いた。

 まだ少し早いかもしれないが、休息を入れてもいい頃合いだろう。


 セーフポイントに近づく。

 いざ足を踏み入れようとしたその時、後ろでテトがふと言った。


「あれ。この先……」

「ん?」


 俺は足を止めて振り返る。

 テトはセーフポイントではなく、通路のさらに先を見ていた。


「どうしましたか? テトさん」

「見てあれ。この先、なんかおっきな部屋に繋がってるみたいだよ」


 言われて、俺もそちらに視線を向ける。

 見ると確かに、地下牢系ダンジョンにも似た通路の先には出口があり、どうやらひらけた空間に繋がっているようだった。


 メリナが眉をひそめて呟く。


「……何かしらね。固定シンボルでもいるのかしら」

「何かいるとしたらそうでしょうけど……」

「それか単に、モンスターがたくさん出る部屋かもね」


 テトが、続けて俺に問いかける。


「休憩の前に、この先だけちらっと見ておかない? ちょっと気になるし、セーフポイントで作戦立てられた方がいいよ」

「そうだな……」


 テトの言うことももっともだった。

 普段のペースを考えると、まだ皆の体力にも余裕があるはず。何かあってもセーフポイントに逃げ戻ればいいだけだ。問題ないだろう。


 俺はうなずいて言う。


「じゃあ、この先の部屋だけ確認して休もう。それでいいか?」

「オーケーです!」

「問題ないわ」

「さんせーい」


 セーフポイントの横を通り過ぎ、再び通路を進む。

 そして、その空間に出た。


「わぁっ」

「何これすごっ!」

「こうなってたのね……」


 皆が口々に驚きの声を上げる。

 俺も思わず目を(みは)った。


 通路の先にあったのは、広大な空間。

 それと、崖の上を進む一本道だった。

 入り口から延びる、数人並んで通れるくらいの幅の道が、大きく曲線を描くようにして、右手にある切り立った岩壁にあいた穴へと続いている。

 道の脇に、壁や柵などはない。

 崖の下には溶岩が煮えたぎっている。奈落のように落ちても即死はしないものの、触れればHPがものすごい速さで減っていくギミックだ。もっともここの場合は、落下ダメージだけでも死にかねない地形だが。


 このような地形は、決して見ないわけではない。崖にしろ溶岩にしろ、深層では特に珍しくないものだ。

 しかしここまで広大な空間に、ただ一本の道だけが延びるような場所は初めてだった。眼下の溶岩湖も相まって、かなり壮大な光景だ。


 ふと、隣でテトが一本道へ足を踏み出した。

 俺はあわてて声をかける。


「お、おい」

「もうちょっとだけ進んでみようよ。これ、たぶんモンスターは出ない道だよ」


 テトが振り向いて言った。


 確かに、モンスターが出現しそうな雰囲気はない。

 しかし俺は、妙な予感がし始めていた。

 どうにも不自然である気がする。ひょっとすると、テトも同じように感じているからこそ気になっているのかもしれないが。


 迷うようにメリナとココルへ目を向けると、意外にも二人は乗り気であるようだった。


「いいんじゃないかしら。行ってみましょう、アルヴィン。私も大丈夫だと思うわ」

「戻ろうと思えばすぐに戻れますしね。一応、警戒だけはしておきます」

「……わかった」


 意を決して、俺も一本道へと足を踏み出す。


 その道は、歩き出してみると意外と広く感じた。少なくともよろけて足を踏み外すようなことは起こりそうもない。


 溶岩湖に挟まれた雄大な景色の中、一本道はゆるいカーブに差し掛かる。

 と、その時、わずかに先行していたテトが声を上げた。


「……あっ、あれ見て!」


 そう言って、溶岩湖の先を指さす。

 俺は思わずそちらに目を向ける。


「っ……!」


 溶岩湖の中央付近。

 そこに、一体のモンスターがいた。


 それは犬に似た姿をしていた。

 胴体や脚などはほぼそのまま。大きさこそ規格外で、人間が見上げるほどではあるものの、毛並みや脚の生え方などは普通の犬と変わりない。

 ただし、その頭は三つあった。


「ケルベロス、か……」


 三頭を持つ、犬型モンスター。

 道中で出会うことはまずないものの、中ボスとしてならまれに見かけることがある。

 ただあれは、普通のケルベロスとは少々違うようだった。


 メリナとココルが、溶岩湖のケルベロスを見ながら気味悪げに呟く。


「初めて見るケルベロスね。溶岩の上にいるけど、あれは氷属性、なのかしら……」

「でも、なんだか……変な色してますね」


 ココルの言うとおり、そのケルベロスは少々奇妙な色合いをしていた。

 青白い毛並みは、氷属性のようでもある。しかし、よく見る涼しげな水色というよりは、まるで青ざめた皮膚といった色合いだ。


 青白いケルベロスは、溶岩湖から突き出た岩の上で三つの頭を下げ、うつむくようにして目を閉じていた。

 見ている限り、微動だにしない。

 よくよく観察すると、ケルベロスの周囲には他にも、足場になりそうな岩の小島が点々と突き出ている。


 俺はそれを眺めながら呟く。


「固定シンボルか……? あの小島を飛び移りながら戦う感じなんだろうか」

「そうなんじゃないかしら。けっこう難しそうね。事前情報なしではあまりやりたくないかも」

「溶岩に落ちたら大ダメージですもんね……。最悪、攻撃にびっくりして岩から落ちてそのまま……ってこともありえそうです」

「ねえちょっと、みんな気づいてないのっ?」


 その時、テトが焦ったように言った。

 俺は首をかしげて問い返す。


「え、何が?」

「ほらあそこ!」


 と言って、テトが再びケルベロスの方を指さす。

 指の先に目をこらした俺は……次の瞬間、思わず身を乗り出しそうになった。


「あっ!」

「メ、メリナさん見てくださいあれ!」

「あそこにいるの……もしかして冒険者?」


 ココルとメリナも驚いたような声を上げる。

 ケルベロスのさらに奥、壁際から突き出た岩場に、三人の冒険者らしき人影が立っていた。


 武器や装身具を見るに、剣士に魔導士、それから神官だろうか。

 三人パーティーとしてはよくある構成だ。

 だが、遠目にもあまり強力そうな装備には見えない。せいぜい中堅パーティーといったところか。顔まではよく見えないが、編成や装備に見覚えはないし、少なくとも前線に出てこられるほどのパーティーではなさそうな気がする。


 三人は岩場に立ったまま、途方に暮れたようにその場でじっとしていた。


「もしかしてあれ……動けないんじゃないの?」


 テトが冒険者たちを見ながら言った。

 俺は訊き返す。


「どういうことだ?」

「あの場から近くの小島に飛び移ると、ケルベロスに近づくことになるでしょ? そうなるとぜったい動き出してくる。HPが減ってるとか、レベル的に相手できる自信がないとかで、戦闘に入りたくないんだよ。きっと」


 あらためて見ると、確かにそのようにも見えた。

 あそこから移動しようとすれば、どうやってもケルベロスの近くを通ることになるだろう。そうなればまず、起き出してくる。逃げるにせよ、一度戦闘に入ることは避けられない。


 高難度の階層で、固定シンボルを避けようとする行動自体は、特に珍しくなかった。

 ただ、少し妙な気もする。


「待って。おかしくない?」


 メリナも同じように思ったのか、少々訝しげに声を上げた。


「それならあのパーティーはどうやってあそこまで行ったのよ? 来た道を戻ればいいだけじゃない?」

「あそこまで行ってからギミックで溶岩が出てきて、来た道がなくなったのかも。それか、ケルベロスの方が後から出てきたとか」

「……そんなこと、ある?」

「モンスターの前で引き返せなくなるようなギミックは珍しくないよ。ボクだって、盗賊のAGI(敏捷)補正か【壁走り】がなかったら詰んでたような場所がたくさんあったもん」


 テトの言い分は、おそらく正しいのだろう。

 俺も自分で経験したことこそないものの、そのようなダンジョンの情報は何度か耳にしたことがある。


 だが……これはそういったものなのだろうか?

 基本的に固定シンボルは、向かってくる冒険者の方を向いて配置されるものだ。

 しかしあのケルベロスは、三人のいる壁際ではなく、こちら側に頭がある。

 どちらかと言えば、一本道に立つ俺たちを向いているかのようだった。


 俺は口元に手を添えると、三人の冒険者の方へ声を張り上げる。


「おーいっ!! 大丈夫かーっ!?」


 返事は返ってこない。

 動きにも変化がなく、声に反応すらしていない様子だ。


「……あのー!! 大丈夫ですかー!!」


 ココルが続けて叫んで大きく手を振るが、三人の様子はやはり変わらない。

 手を振り返すこともなく、ただ岩場で途方に暮れたように佇んでいるのみ。


「うーん……聞こえていないのかもしれません」

「ここからだと、けっこう距離があるものね」

「行こうと思えば近くまで行けるよ。見てほら」


 テトが一本道の下を指さす。


「ここの崖だけ、ちょっと段差になってる。ここからジャンプして下まで降りられるんだ。これくらいの高さなら落下ダメージは負わないし、ギリギリ怪我もしないんじゃないかな。ただ……戻れなくなるけどね。【壁走り】があるからボクは大丈夫だけど、みんなだとこの高さは登れないでしょ」


 俺はあらためて崖の下を見る。

 確かに高めの段差を飛び降りていくことはできそうだが、よじ登ることは難しそうだった。

 テトは続ける。


「降りた後は、岩の小島を飛び移って冒険者のいる岩場まで行ける。でもそれには……あのケルベロスを倒さなきゃだけどね」

「……」

「どうする?」


 テトが静かに問うてきた。


「助ける? あそこの連中」


 俺たちの間に沈黙が流れた。

 助けられるとしたら、今ここにいる俺たちだけだろう。

 だが溶岩ギミックのある場所で、初見の固定シンボルを相手にするのは、さすがに軽くない危険がある。

 十三層とはいえ、すでに階層の難易度は深層クラスに達しているのだ。


 俺が答えに迷っていた、その時。


「わたしは……助けたい、です」


 ココルが、ぽつりと言った。


「わたしたちが見捨てたら、あの人たちずっとあそこから動けないかもしれませんし……それに」


 ココルがそこで、俺の方をちらと見た。


「わたしも、ダンジョンで一度助けてもらっているので……ここで知らんぷりは、できればしたくないです」

「……そういえば、私も助けてもらったものね。あの時は完全にお節介だったけど」


 メリナが、ふと笑って言った。


「ボクは、どっちでもいいよ」


 テトがつんと言う。


「助ける価値のないような冒険者だって、中にはいるからね。アルヴィンに任せる」

「……そうか」


 俺はわずかな逡巡の後に、意を決して言った。


「それなら、助けよう」

「はい、そうしましょう!」

「わかったわ。それでいいと思う」

「オーケー」


 皆、思い思いに賛成の声を上げる。

 ここで見捨てることに気が引けたのは、俺も同じだった。


「ケルベロスを倒したら、『記憶の地図』を使って一度ダンジョンを出るか。せっかくここまで進んだが仕方ない」

「戻れないわけですから、それしかないですよね。あの三人も、きっと帰還アイテムを持ってないから立ち往生しているんでしょうし」

「さすがに固定シンボルを倒せば階段か何か出てくるんじゃないかしら。いくらなんでもそのまま詰むってことはないと思うわよ。最悪、テトに上から引っ張ってもらって崖をよじ登ってもいいけど」

「メリナちっちゃいし、体力ないから厳しいんじゃないかなー」

「体力はともかく、背はあなたと変わりないでしょ」


 メリナとテトが言い合いを始める中、俺は言う。


「戻る手段があるのなら、セーフポイントまで戻ってもいいかもしれないな。まあそれは、あのケルベロスを倒してから考えよう」


 次いで、俺は崖下を見下ろす。


「溶岩ダメージは、耐暑ポーションで軽減できる。みんな用意はあるか?」


 全員がうなずく。

 万一の時のために、一通りのアイテムを準備してきてよかった。


「よし。それと、ココル」

「は、はい!」

「《耐暑》バフを頼む。あれは耐暑ポーションと効果が同じだが、溶岩ダメージの軽減は重複したはずだ」

「わかりました!」


 ココルが意気込んだように言う。

 ポーションとバフの両方があれば、溶岩ダメージもそれほど怖くなくなる。


 俺は大きく息を吸って、吐いた。

 魔王城十三層の難易度は、普通の深層三十五、六層といったところだろうか。

 俺たちの平均レベルを考えれば、初見の固定シンボルであろうと余裕を持って倒せるはずだ。


「……よし、行こう」


 かけ声とともに、崖を降り始める。

 段差といえどかなり高さがあり、飛び降りるには少し怖いほどだ。

 それでも、全員が順番に崖下まで降り立った。


「みんな、落下ダメージや怪我はないな」


 確認しながら、俺は思わず顔をしかめる。


 間近で煮えたぎる溶岩は、さすがに熱かった。

 ポーションやバフがなければ戦っていられないくらいだろう。間違っても落ちたくない。


 全員で耐暑ポーションを飲むと、熱気はだいぶ和らいだ。

 さらにココルに《耐暑》バフをかけてもらい、俺たちは先へと進むことにする。


 岩の小島を飛び移っていく。

 足場がかなり悪い。これは立ち回りがシビアになりそうだ。その分、難易度が低くなっているといいのだが。


「……」


 次第に、ケルベロスの巨体へと近づいていく。

 間近で見ると、やはり気味の悪い色合いだった。一応氷属性ではありそうだが、水や氷の青というよりは、死体の青白さだ。ゴースト系のモンスターにも近い気がする。


「……」


 それから、冒険者たちにも目を向ける。

 ケルベロスの向こうに見える三人は、相変わらず立ち尽くしているだけだった。近づいてくる俺たちを見て、声で呼びかけてくることも、身振り手振りで何か伝えようとしてくることもない。


 ケルベロスの正面の小島に飛び移りながら、俺は皆へと言う。


「そろそろ動き出すかもしれない。気をつけ……」

『――――ある時、我が息を吐いた』


 その時――――広大な空間に、声が響き渡った。

 巨大なケルベロスが、緩慢にその三つの頭を起こし始める。


『すると、青ざめた霧が地上を覆い尽くし、生きとし生けるものの間に悪疫が蔓延(はびこ)った』


 皆が、急いで俺の立つ小島に飛び移ってくる。

 演出が始まったようだった。

 ただ……俺は内心で首をかしげる。

 固定シンボルに演出がついている例は、あまりない。


『人々は咳をした。あるいは、嘔吐(えず)いた。あるいは、熱に冒された。あるいは、腫瘍に(むしば)まれた。あるいは、引きつけを起こした。あるいは、水を飲めなくなった』


 ケルベロスが、完全に頭を起こした。

 合計六つの目が、俺たちを見下ろす。

 三つの口は動いていないにもかかわらず、広大な空間には低い声が響き渡っている。


『人々は悪疫を恐れた。苦しむ隣人の家に火をつけた。水や食物にありもしない病原を見出し、飢えた。救いを求め、奇怪な神の奇怪な教えにも従った。交流が途絶え、叡智が、伝統が、文化が失われた』


「なんか……変な演出」

「九層のテキストと、少し似てるわね」


 ぽつりと呟いたテトに、メリナが険しい表情で返す。


「まるで……ダンジョンの外で、それが本当に起こっているみたいに話してる」


『それにもかかわらず、人間は――――未だ、希望の光を絶やしていない』

『どこまで足掻くか、人間よ』

『よもや、すべての災厄の根源を見つけ出すとは』


 よく聞くと、声は微妙に高さの違うものが三種類混じっていた。

 それぞれの首が喋っている、という設定なのだろうか。


 そろそろ演出も終わりそうだったので、俺は奥にいる冒険者三人に向けて叫ぶ。


「おーいっ! 戦闘が始まるから、一応気をつけておいてくれ!」


 相変わらず、三人からの反応はなかった。ここまで近づいた以上、声が聞こえていないことはないと思うのだが。


『しかし、それも無意味なこと』

『その剣は、魔王には届かぬ』

『生きとし生けるものは、悪疫の前にただ朽ち果てるのみ』


 まあとりあえず、あっちにヘイトが向くことはないから心配はいらないだろう。


「まずは、目の前の相手に集中だな」


 俺は剣を抜く。

 同時に、青白い三頭犬が牙を剥いた。


『四天王第一の円環にして第四の騎士』

『疫病の“カイーナ”』

『この先へ進まんとする者は、一切の希望を捨てよ』


 言葉が終わると同時に。

 ケルベロスの上方に、一つの文字列が現れる。


〈ペイル・ケルベロス・ジャームスプレッダー“カイーナ”〉


 ココルが驚いたような声を上げる。


「ええっ、これもしかして中ボスですか!?」

「そんなことだろうとは思ったけどな」


 俺はわずかに苦笑しながら言う。

 モンスター名の自動表示は、ボスか中ボスでしか起こらない現象だ。やはりただの固定シンボルではなかったらしい。

 普通、中ボスもボスのように扉付きの部屋に出てくるものだが、ボスとは違ってけっこう例外があったりする。

 いずれにせよ、戦う相手に変わりはない。


「――――よし、やるか」



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[良い点] ケルベロスの演出が格好良すぎる…!
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