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マイナススキル持ち四人が集まったら、なんかシナジー発揮して最強パーティーができた件  作者: 小鈴危一
3章

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『魔王城』②



「そういえば、今日で一年経つんだな」


 喧噪の中ぽつりと呟くと、皆が顔を向けてきた。


 馴染みの酒場。

 いつものように集まった俺たちは、次に向かうダンジョンをどこにするか話し合っていたところだった。


「何がですか?」


 首を傾げるココルに、俺は答える。


「俺たちがパーティーを組んで、だよ」

「……ああ!」

「言われてみればそうね。ちょうど一年前の今日だったわ」

「よく覚えてたねー、アルヴィン」


 感心半分、からかい半分のような口調で言うテトに、俺は苦笑を返す。

 まあついさっき思い出したばかりなのだが……日付自体は忘れるはずもない。

 冒険者になってから起きた、一番大きな出来事なのだから。


「思えばこの一年、いろいろありましたよね」


 ココルが思い出すように言う。


「ギミックと蟻モンスターだらけの変なダンジョンに行ったりとか」

「ユーリとアルヴィンが遭難しかけたりとかね」

「みんなで素材集めて、LUK(幸運)+15%のあんまり意味ない指輪装備作ったりもしたよねー」

「あったなぁ、そんなことも」


 俺は思わず笑い、それから静かに言う。


「前まではソロで潜るか、駆け出しのパーティーに入ってパワーレベリングの手伝いとかばかりしていたから、ここ一年で冒険者生活がガラッと変わったよ」


 本当に、皆に出会えてよかったと思う。

 尊敬できる仲間とパーティーを結成できたおかげで、何もかもが変わった。様々なダンジョンへ行けるようになり、精神的な余裕も生まれ、一線級の冒険者たちからも一目置かれるようになった。

 それに何より……。


「変わったと言えば……収入もですね」


 ココルがぼそりと言った。

 俺たちは声を潜めて同意する。


「それは本当にな……」

「一回の冒険ですごいお金入ってくるよね。深層でもたくさんモンスターを倒せるおかげで。宝箱漁りしてた頃がバカらしく思えてくるよ」

「テト、あなたちゃんと貯金してる?」

「してるよ! ボクこう見えても無駄遣いはしないから!」

「むしろ多少無駄遣いしても余裕で貯まっていきますよね。MP回復ポーションを使っても、全然うしろめたくならないので助かります……」

「あれ高いからな……。でも、いいアイテムは遠慮なく使える方が絶対いいんだよな」


 高級ポーションのおかげで助かる戦闘があるかもしれない。『記憶の地図』のおかげで、帰路モンスターに襲われずに済むかもしれない。

 アイテムを惜しんで命を落とすなんて馬鹿馬鹿しいが、手持ちが少なければどうしても使用をためらってしまうこともある。

 怪我をしてしばらく冒険に出られなくなっても食いつなげられるので、やはり金はあるに越したことはなかった。


 テトが呟く。


「金より名声! って冒険者も多いけどさ……現実的に考えたら、やっぱりお金だよね」

「有名になったところでおいしいものは食べられませんしね」

「名声なんてなかなか続くものでもないしな。俺たちも最初の頃はいろいろ噂されたり引き抜きの話が来てたりしたけど、今じゃもうさっぱりだ」


 有名になりすぎて一時は本気で悩んだものだったが……結局のところ皆、突然深層の未攻略層に現れるようになった新しいパーティーを珍しがっていただけのようだった。

 その後の努力もあり、今や『(あかつき)』はトップ層のパーティーの一つに数えられるようになった。しかし前ほどちやほやされることもなく、握手を求められるようなこともなくなってしまった。


 元々目立ちたがりでもないから願ったり叶ったりではあるのだが、こうまで変わると少々寂しい気がしなくもない。

 まあでも、人気や名声なんてそんなものだろう。


「あら?」


 感傷に浸っていると、メリナが不思議そうな顔で俺を見る。


「私たちにはもう全然来てないけど、アルヴィンは未だに誘われてるじゃない」

「そうですよね。しかもあの有名パーティー二つから」

「あのリーダーたちも熱心だよねー」

「あー、まあ一応はそうだが……」


 そう言えばそうだったなと思った、その時。


「よお! アルヴィンじゃねぇか」


 背後から、俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。

 椅子に座ったまま振り返ると、そこには顔見知りの冒険者がいた。


「シェイド」

寓言書廊(ぐうげんしょろう)はどうだった? なかなか面白かっただろ」


 そう言って、シェイドは快活に笑う。その腰には二振りの剣が提げられていた。

 シェイドはトップ層パーティーの一つ、『(せい)(らん)』を率いる双剣士だ。背が高く、俺よりも年上のはずだが、笑う顔はどこか子供っぽい。


 俺も笑みとともに返す。


「ああ。ダイアログを見たのは初めてだった。珍しいな」

「ん? もしかしてお前、二十層で引き返したのか?」

「ああ」

「もったいねー! あそこなぁ、二十層の先もすげーんだぞ! あれって下じゃなくて上に登っていくタイプのダンジョンだろ? なんとでっかい豆の木を登る、めちゃくちゃ高い階層とかあるからな。雲の上まで上がると固定シンボルの巨人型モンスターがいて、そいつが落とすアイテムがまた珍しいんだ」

「ええっ、そうだったのか?」


 噂になっていたのは二十層のセイレーンだけだったから、てっきりその先に面白いものはないものだと思っていた。


「ま、そこら辺はもう深層なせいで、なかなか噂にもならないから無理もねーけどな。豆の木なんて四十層だ。普通の冒険者が簡単に行ける場所じゃない」

「確かに……」

「どうだ? アルヴィン」


 そう言って、シェイドが俺の肩に手を回す。


「今度オレたちのパーティーに入って、豆の木を登ってみないか?」

「あー、はは、いや、俺は……」

「おや、抜け駆けは感心しませんね。シェイド」


 俺が答えに窮していると、傍らから別の声がかかった。

 目を向ける。そこにいたのは、やはり顔見知りの冒険者だった。


「私に隠れてアルヴィンの勧誘とは」


 ともすればやや冷たくも見える表情で、冒険者は言う。その身に纏っているのは聖職者系職種(ジョブ)の法衣であり、背に掛けられているのも儀礼用のメイスだった。

 シェイドが眉をひそめ、その男へと言い返す。


「あー? なんだよフォス。オレの勝手だろ?」

「いい加減に諦めたらどうです。アルヴィンが『青嵐』に入ることはありませんよ」


 そう言って、フォスが眼鏡を直す。俺はなんと言ったものかわからず、ただ曖昧な笑みを浮かべる。

 フォスもまた、トップ層パーティーのリーダーだった。『熾天座(してんざ)』の神官。回復職(ヒーラー)がリーダーをやっているパーティーは珍しいが、フォスが誰かの下についている姿はちょっと想像しにくい。そういうタイプの冒険者だ。


 フォスはやや呆れたように、シェイドへと言う。


「だいたい寓言書廊の四十層程度なら、あなたに頼るまでもなく『暁』のメンバーで攻略できてしまうでしょう」

「そうだけどよー」

「あ、そ、そうなんだよな。だから、俺はやっぱり……」

「ところで、アルヴィン」


 俺が言いかけたちょうどその時、フォスがこちらに顔を向けた。

 そして、一部の女性冒険者やギルド受付嬢には絶大な人気を誇っているらしい、キザな笑みとともに言う。


「実は先日、新しいダンジョンが見つかりまして」

「……新しいダンジョン?」

「ええ。『魔王城』というダンジョンなのですが」


 聞いてすぐに思い当たるものはなかった。ギルドの掲示板などに、そんな名のダンジョンの情報が貼られていた記憶はない。

 フォスは耳が早い。おそらくまだ噂にすらなっていない、発見されたばかりのダンジョンなのだろう。


 ただ。

 その魔王城という名には、微妙に引っかかるものがあった。


 眉をひそめる俺を見て、フォスが言う。


「その様子では、まだ聞きおよんでいなかったようですね」

「ああ。初めて聞いた……と思う」

「規模としては(しょう)寄りの(ちゅう)といったところなのですが、実はこのダンジョン、少し変わっているようでして」

「変わっている?」

「なんだなんだ、変なギミックでもあんのかよ」


 シェイドも気になったようで口を挟んできた。

 フォスは眼鏡を直しながら続ける。


「強いのだそうです」

「え?」

「はぁ?」

「出現するモンスターが異様に強いのだそうです。一層からすでに中層クラスだとか。最初に見つけたパーティーは、浅層を抜けることすらできなかったそうですよ」


 聞いた俺とシェイドは、二人して黙り込む。

 確かに、変わっていた。ダンジョンによって難易度の差こそあるものの、階層ごとに出てくるモンスターのレベルはそう変わらない。

 他のダンジョンでは中層で出現するようなモンスターが、一層から出てくるなんて例は聞いたことがなかった。


 俺たちの反応に満足したかのように、フォスが笑みとともに言う。


「どうです、興味が湧いてきたでしょう? 攻略は容易ではありませんし、ドロップアイテムにも魅力はないようですが、面白いものが見られるかもしれない……。いかがですか、アルヴィン」

「えっ、何が?」

「私の『熾天座』に加入し、魔王城を攻略してみるというのは」

「あー、そういう……」

「おぉい、ずりーぞ! そういうことかよ!」

「我々は新規ダンジョンの攻略ならばこの地域でも随一であると自負しています。きっと後悔はさせませんよ」


 シェイドの抗議を無視し、フォスが笑顔で言い切った。

 フォスの言うことは事実だ。純粋なレベルや冒険者(プレイヤー)スキルならば強者ぞろいの『青嵐』に軍配が上がるが、未知のダンジョンやボスの討伐において『熾天座』は本当に強い。


 ただやはり、加入する気はなかった。

 なんと言って断ろうか迷っていると、テーブルの方から声が上がる。


「引き抜きの誘いならこっそりやってくれない?」


 メリナが、焙煎茶の杯を傾けながら言う。


「せめて、私たちの見てないところでね」

「そうだそうだー。アルヴィンを持っていくなよなー」

「……」


 メリナとテトの言葉に、シェイドとフォスがうっ、とたじろぐ。

 いやどちらかといえば、ココルに無言で睨まれたせいだったのかもしれないが。


「わ、悪い悪い……」

「場をわきまえていませんでしたね……」


 引き抜きの話なんて冒険者の間では珍しくないが、普通は隠れてやるものだ。

 ただ、『暁』が有名になり出した頃は俺に限らず全員に勧誘が殺到していたため、誘う連中も皆いつの間にかなりふり構わなくなっていた。


 謝る二人へ、俺は苦笑とともに言う。


「悪いな。俺はやっぱりこのパーティーでやっていくことにするよ。初めて自分で立ち上げたパーティーでもあるし……なにより、一番力を発揮できる場所だからな」


 俺の言葉に、シェイドとフォスが眉をひそめて言う。


「マイナススキルのこと言ってんのか? そんなもん気にしねーって! ドロップ率八割減がなんだよ、八倍倒せばいいだけじゃねーか!」

「五倍ですよ、馬鹿ですね。ドロップ率変動系スキルが適用されるのは道中に出現するモンスターだけです。我々が主に標的としているのはボスや固定シンボル。関係ありませんよ」

「あー、いや……でもそう言われて入って、結局追い出されたこともあったんだよな……」


 俺がそう言うと、二人は黙ってしまった。

 言いたいことはもう察しただろうが、俺は一応続ける。


「『(あかつき)』なら、俺のマイナススキルも生かせるんだ。いい巡り合わせがあってせっかくこんなパーティーを組めたのに、それを無為になんてできないよ。メンバーにも不満なんてあるわけないしな」


 聞いたフォスが、溜息とともに眼鏡を直して言う。


「そうまで言われては、仕方ありませんね……ですが、気が変わったらいつでも言ってください」

「まあ、そんな美人どもとパーティー組んでたら不満なんて言えんわな……。はぁ~、なんでオレのパーティーはあんなに男臭いんだか……」


 そう言ってシェイドが天を仰ぐと、メリナが眉をひそめて言う。


「男とか女とかって話じゃないでしょ。平均レベルだって私たちの方が高いんだけど?」

「そうだそうだー。二人ともココルよりレベル低いくせにー」


 テトが煽ったのを受けて、ココルがまたキッと二人を睨んだ。

 シェイドもフォスもばつが悪そうにする。


「それを言われたらおしまいだな……」

「80なんてレベル、普通は到達できませんからね……」

「ところでなんですけど」


 と、そこで、ココルが急に普通の調子で口を開いた。


「その魔王城ってダンジョン、気になりますね」

「ボクも思ってた。ねえフォス、それってどこにあるの?」


 テトに訊かれたフォスが、眼鏡を直しながら答える。


「ここからだとそれなりに距離がある場所ですね。興味が出てきましたか?」

「うん。ねえ、ボクたちでもそのダンジョン行ってみない?」

「いいですね! 浅層から高難度ダンジョンなんて腕が鳴ります!」

「ギルドの方でまだ正式に公開していないなら、他の冒険者も少なくてよさそうね。どう? アルヴィン」

「ああ……いいんじゃないか。ちょうど次に行くダンジョンも決まっていなかったしな」


 俺はやや上の空気味にうなずく。

 実のところ、魔王城という名前には未だ引っかかるものがあったのだが……反対するほどでもなかった。

 それに俺自身、興味を惹かれたというのもある。


「……そうだ、フォス」


 俺はふと、フォスに声をかける。


「その魔王城には、どんな思わせぶりな原典(フレーバー・テキスト)があったんだ? 最初に見つけたパーティーの連中は潜っていたんだよな?」

「テキストですか……」


 フォスが顎に手を当てながら呟く。


「聞きましたが、残念ながら攻略に役立ちそうなものがなかったので詳細に控えてはいません。思い出せる限りで言うならば……」


 記憶を探るように、フォスが視線を斜めに泳がせる。


「魔王城の最奥には、魔王が君臨している。そして……この世のすべての災厄は、魔王が引き起こしているそうです。その魔王を倒すことで、世界が救われるのだとか」

「世界が……?」

「荒唐無稽な内容ですよね。ただダンジョンの設定を説明するだけのテキストだと思われます。ボスはその魔王とやらなのでしょうが、弱点部位や攻撃パターンのヒントに繋がるものでもなさそうでした。そういったテキストがあるとすれば、もっと深い階層でしょう」

「……」


 俺は考え込む。

 だが、やはり思い当たるものは何もなかった。


「そうだ、競争するか!」


 と、唐突にシェイドがそんなことを言った。

 俺はやや呆気にとられて訊き返す。


「き、競争?」

「ああ。『熾天座』は元々潜るつもりだったんだろ? オレたち『青嵐』も挑戦するから、お前らも含めてどのパーティーが一番初めにクリアできるか競争しようぜ」

「小さめとはいえ中規模ダンジョンなんでしょ? 難易度も高いのならそう簡単にクリアなんてできないわよ」


 メリナの当然の言葉に、シェイドは腰に手を当てて言う。


「どうかな? オレたちなら明日にもやりかねないぜ」

「あのね……」

「まあ、クリアが無理そうなら到達階層の勝負でもいいさ。どうだ?」

「面白いですね。乗りましょう」


 言ったのはフォスだった。

 テトが意外そうに言う。


「え、乗るんだ。フォスってそんなキャラだったっけ?」

「我々の実力を示すいい機会ですからね」


 フォスは眼鏡を直すと、不敵な笑みとともに言う。


「この勝負に勝てれば、アルヴィンの気も変わるかもしれない」

「そうそう! そういうことよ!」


 シェイドが同調するように言った。

 未だ諦めていない様子の二人に、俺はなんともいえない表情になる。


「……二人とも、どうしてそんなにしつこくアルヴィンさんを誘うんですか?」


 ココルがじとっとした目でシェイドとフォスを睨みながら言った。


「『青嵐』も『熾天座』も、前衛は足りているはずでしょう」


 すると、二人はどこか気まずげな顔になる。


「いや、実は……辞めそうなやつがいてさ」

「えっ」

「私のところも同じです。ちょうど、剣士の仲間が」

「あ、そうなんですか……」


 急に大人しくなったココルに代わり、俺は二人へ訊ねる。


「辞めそうって、どういうことだ? 怪我とかじゃないんだよな」

「故郷に帰るつもりらしいんだ。もう十分金を稼いだからって」

「私の仲間は、独立して店を出すそうです。もちろん応援してやるつもりですが、今は後任が決まるまで待ってもらっている状態でして」


 フォスが言うと、シェイドが小さな溜息つく。


「こっちも本当は続けてもらいたかったが……ま、さすがに引き留められんわな。こんな危険な稼業、いつまでも続けるもんじゃない。ちゃんと金を貯めて引き際を見定めてたあいつは賢いよ」

「上位パーティーほど稼ぎがよくなりますが、その分賢明な者ほど早くに辞めていきますからね。冒険者としての寿命は強さに関わらないとは、よく言ったものです」


 フォスの言葉は、どこか自嘲するようだった。

 ふと、シェイドが俺たちを見て言う。


「そういえば、お前らはどうなんだ?」

「えっ」

「もう引退のこととか考えてんのか? けっこう稼いでんだろ?」


 俺たちは、思わず一瞬沈黙してしまった。


「それは……」

「いえ、今のところは……」

「……特に、考えてはいないわね」

「さすがに早すぎるってー。……たぶん」

「ふうん……ま、そうだよな。お前らまだ若いしな」

「私が言うのもなんですが」


 フォスが眼鏡を直しながら言う。


「少しずつでも、考えておいた方がいいかと思いますよ。あなたがたにも家族や故郷といったこれまでの人生や、あるいはこれからの人生があるでしょう。生まれ育った村で畑を耕すでも、街で店を開くでも、学問を修めるでも、あるいは誰かと所帯を持つでもいいですが……冒険を終えた後のことを」

「……」

「冒険者として上位に上り詰めたあなた方には、選択肢が生まれたのです。冒険者として一生を終える以外の選択肢が。ダイアログメッセージのように目には見えずとも、それは常に提示されている。少しでも、意識しておいた方がいい。それがいつまでもあるとは限りませんからね」


 俺たちは、何も言えずに黙り込んでしまった。

 重くなった雰囲気を壊すように、シェイドがおどけた調子で声を上げる。


「ま、あんま考え過ぎんなよな。引退するもしないも個人の自由だ。人が足りなくなったら探せばいい。まあ冒険者ってどいつもこいつも変わってるから、まともっぽいやつは貴重なんだけどな。だからこそこんなにアルヴィンを誘ってるわけなんだが」

「……。俺、レベルとか冒険者(プレイヤー)スキルとかじゃなくて、まともっぽさを買われてたのか……」


 なんだか微妙な気分になっていると、フォスが付け加えるように言う。


「実力のある冒険者ほど、一癖も二癖もあることが多いですからね。アルヴィンならば大抵の上位パーティーから歓迎されるでしょう。ドロップ率減少程度のマイナススキルなど問題になりません。『暁』で名が知られるまで、見いだせなかったことが悔やまれるくらいです」


 言い終えると、フォスが(きびす)を返す。


「私はそろそろ行きましょう。魔王城攻略の準備がありますからね」

「んじゃオレも帰るかぁ。またな、アルヴィン! 今度はそこの美人どもがいない時に誘いに来るぜ。あと競争も忘れんなよー」


 そう言い残し、二人は去って行った。

 酒場のテーブルには、わずかに疲れたような沈黙が流れる。


「……アルヴィンさん、モテモテですね」

「いいなー、アルヴィンばっかり。気移りするなよなー」


 微妙に不機嫌そうなココルとテトの言葉に、俺は苦笑とともに答える。


「しないって。俺はずっとここでいくよ」

「んあ……は、はい……」


 急にもじもじしだしたココルを放って、テトが言う。


「そういえばどうする? 魔王城。シェイドとフォスは競争したがってたけど」

「しなくていいでしょ」


 メリナが茶杯を傾けながら、やや呆れたように言う。


「新規のダンジョンで攻略の競争なんて危ないわよ。付き合う必要ないと思うわ」

「そうだなぁ」


 俺も同意する。

 無理に急いで大変な思いをしても仕方ない。二人はああ言っていたが、俺たちは俺たちのペースで攻略できれば十分だろう。


「とはいえ、私も魔王城には興味が出てきたわね。浅層からすでに中層クラスの難易度だなんて」

「どういうダンジョンなのかなー。っていうか、場所訊くの忘れてたね。フォスを探さないとダメかー」

「フォスじゃなくても、『熾天座』のメンバーなら知ってるんじゃないかしら」


 話し合うメリナとテトを眺めていると、不意にココルが声をかけてきた。


「……どうしたんですか? アルヴィンさん」

「えっ、何がだ?」

「いえ……魔王城の話を聞いた時から、なんだか様子がおかしかったので。何か心配なことでもあるんですか?」

「あー、いや……」


 俺は言いよどむ。

 心配事というほどでもないが、漠然とした気がかりがあった。


「……知っている気がするんだよな。魔王城っていうダンジョン」

「えっ」

「何よそれ、どういうこと?」

「もう誰かから聞いてたとかー?」


 テトの問いに、俺は首を横に振る。


「いや、最近の話じゃない。もっとずっと前に、ギルドの資料か何かで見た気がするんだ。過去のダンジョンの一つに……そんな名前が、あったような……」

「さすがに気のせいじゃない?」


 メリナが、やや困惑したように言う。


「同じ名前のダンジョンは、過去のものも含めて存在しないって聞くけど」

「はい……すごく似てるのならありますけどね」

「あー、あるよね。巨人渓谷と仙人渓谷とか、海竜蝕洞と地竜蝕洞とか、微妙に被ってるやつ。そういうのを見間違えたんじゃないの? アルヴィン」

「……」


 テトの言うことはもっともだ。俺も逆の立場なら同じように考えていただろう。

 だが、なんとなくではあるが……そうではない気がした。

 文字だけの記憶ではなく、微かに聞き覚えもあるのだ。ギルドで見たよりもさらに以前――――どこかで誰かが、魔王城の名を口にしていた覚えが。


 しかし、それ以上は思い出せなかった。

 俺は小さく笑うと、皆へ言う。


「ま、そうかもな」

「うんうん。魔とか王とか城とか、ありがちな名前だしね。でさ、アイテムとかどうする?」

「中層以降に出現するモンスターがわからない以上、一通り持っていった方がいいんじゃないかしら。私もMP回復ポーションは買い足しておくつもり」


 話し合う二人を余所になおも思い出そうとする俺へ、ココルが心配そうに顔を向けてくる。


「あの、アルヴィンさん……本当に大丈夫ですか? 気になるのならやめておきますか?」

「いや、大丈夫だ。そんな大げさなことじゃない。どの資料で見たダンジョンと勘違いしたのか、思い出そうとしていただけだから」

「そうですか……?」

「ああ。魔王城は俺も興味があるし、当然行くよ。もちろんテキストもちゃんと集めてからな」


 俺は笑顔を作ってそう答えた。

 ここで変に水を差したくない。そんな思いがあった。

 それは、魔王城の名の他にも……シェイドやフォスの言っていたことが、心に引っかかっていたためでもあった。


 ――――こんな危険な稼業、いつまでも続けるもんじゃない。

 ――――冒険者として上位に上り詰めたあなた方には、選択肢が生まれたのです。冒険者として一生を終える以外の選択肢が。


 ココルやメリナやテトに引き抜きの話が来たら、俺は皆と同じように、きっと引き留めるだろう。

 だが……冒険者をやめたいと言いだした時は、どうするべきなのだろうか。

 続けてほしい気持ちは当然ある。しかしそのために死の危険もある冒険者を続けさせるなんて、あまりに身勝手なことなのではないだろうか。

 ならば、黙って笑顔で見送るべきなのか。


 ダンジョンの外でダイアログメッセージが出ることはない。

 だが、選択肢は常に提示されている。

 そして放置すれば消えてしまうあのウインドウのように、それはいつまでもあるわけではない。


 上位パーティーの仲間入りを果たし、余裕が生まれたからこそ出てきた迷いだった。冒険者という稼業に、どう向き合うべきなのか。


 それは――――俺自身の引き際をどうするのかという問題にも、繋がっていた。

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