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マイナススキル持ち四人が集まったら、なんかシナジー発揮して最強パーティーができた件  作者: 小鈴危一
2章

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【弓術】⑥

 ボスドロップと無数の矢が散らばる部屋には、しばしの間静寂が流れていた。


 だがそれを、三人の声が破る。


「ええーっ!? 何ですか今のっ!?」

「ユーリ、あなたそんなことできたの!?」

「なんで黙ってたんだよー!!」


 ココル、メリナ、テトが、口々に言いながらユーリに詰め寄る。

 当のユーリはというと、困ったような顔をしていた。


「いや、そのう……ウチにも正直、何が何やら……」

「えー? 何それ、どういうこと?」

「えっとぉ……」


 テトに問われ、ユーリが助けを求めるように俺を見た。

 まあ、これは説明しなければならないだろう。


 注目してくる皆に向けて、俺は口を開く。


「今のは【弓術】スキルの一つで、“月雨”という技なんだ。効果は見ての通り、大量の矢を降らせる」


 文字通り、弓手の必殺技とも言うべき技だ。

 高火力の超広範囲攻撃。大型のボスやモンスターの群れを相手にする戦闘では、無類の強さを発揮するだろう。


「【弓術】スキルの技なのは、なんとなく想像ついてたけどさー」


 納得いかなさそうに、テトが言う。


「あれでしょ? アルヴィンも前やってた、補助(アシスト)なしで武器スキルを使うってやつ。まあユーリなら、できても不思議はないかもって思うけど……でもボク、弓にこんなすごい技があるだなんて聞いたことなかったんだけど」

「わたしもです……。ボス戦で弓手の方と一緒になったことは何度かあるんですけど、今の技を使っている人はいませんでした。一人も」


 武器に詳しいテトも、高レベルパーティーに何度も参加しているココルも、知らないと言う。

 ただ、それも無理もなかった。

 俺は言う。


「まあ、そうだろうな。俺もギルドの資料で読んで、偶然知っていただけなんだ」

「その技……どうしてそんなに知名度が低いの? アルヴィン」


 訝しげに言うメリナへ、俺は答える。


「単純に、使える奴が極端に少ないからだな。“月雨”は――――レベル【65】でようやく使えるようになる技だから」

「……はあ?」


 メリナが目を丸くする。


「六十五……? 武器スキルって、そんな高レベルで使えるようになる技があるの? 魔導士の場合は、もっと早くに覚えられる呪文が尽きるのに……」

「で、でもアルヴィンさん。弓手でそんなレベルの人って……」

「ああ」


 ココルの疑問に、俺はうなずいて答える。


「ほとんどいないだろうな」


 現在も……そして過去にも。


 弓手は、ただでさえ数が少ない。高レベルの者ともなれば、なおさら。

 だから“月雨”は、知る者の少ない幻の技なのだ。


「だが、ユーリのおじいさんは知っていた。知っていて……実際に使ってもいたんだろう。有用性がわかっていたからこそ、その動き(モーション)を『月射ち』と呼んで、ユーリに教えたんだ」

「ウチのじいちゃんって……そんなにすごい冒険者だったんスか」

「おそらくな」


 “月雨”を知るには、【弓術】スキル持ちがレベルを上げて自力で習得するか、誰かに教えてもらう必要がある。

 教えられるような弓手などほとんどいないだろうから、まず前者だろう。


「そうだったんスね……。でもそれならそうと、先に言ってほしかったッス……さっきはウチもびっくりしたッスよ。構えたら、いきなりすごい量の弾道予測線が出てきて」

「いや、悪い……。このダンジョンで使う機会があるとは思わなかったんだ」


 少し不満げなユーリに、俺は言い訳をする。


「効果を教えるにしても、まさか試し射ちをさせるわけにもいかなかったからな……」

「? どうしてッスか?」

「それは……ストレージを見てみればわかる」

「……?」


 首を傾げつつ、ユーリがステータス画面からストレージを開いた。

 アイテムの一覧を眺めていると、急に目を丸くする。


「……えっ? ええええ!? ウチの矢、ほとんどなくなっちゃってるんスけど!? あんなに持ってたのに!?」

「そうなんだ」


 俺は溜息をついて説明する。


「“月雨”は、ちゃんと矢を消費するんだよ。しかも発動してしまうと、ストレージから自動で持っていかれる。何百本とな。その後の冒険が続けられなくなるから、こんな最後の場面でもなければ使わせるわけにはいかなかったんだ」


 そういう意味でも、“月雨”は必殺技だった。

 ここぞという時に使うもので、安易に連発はできない。


「そ、そんな代償があったんスか……せっかくこれから使いまくろうと思ってたのに……」

「だから言っただろう、ユーリ。ダンジョンは……」

「バランスが取れてるんスね……よくわかったッス」


 ユーリが肩を落とす。

 たとえ高レベルの技でも、都合がいいだけのものなどない。


「だが、この代償を考えると……ユーリのおじいさんが、なぜユーリを冒険者にさせたがったのか、なんとなく想像がつくな」

「え……?」


 ユーリがきょとんとして言う。


「それは単に……ウチがいいスキルを四つも持ってたからってだけじゃないんスか? まあその中の一つは【忍びの極意】で、あと【弓術】スキルもないから、弓手には向いてなかったッスけど……」

「いや、違う」


 俺は首を横に振る。


「【忍びの極意】はおまけだ。【弓術】だって、なくてもいいと思っていたはずだ。ユーリのおじいさんが一番価値を見出していたスキルは――――きっと【運搬上限上昇】だったから」

「ええっ、そんな地味なスキルがッスか?」


 ユーリは驚いたように言う。


「【筋力上昇】とかなら、わからなくもないッスけど……」

「確かに【筋力上昇】系スキルでも運搬上限は上がるが、【運搬上限上昇】はそれよりもずっと効果が高いんだ。つまり、それだけ――――矢を持ち運べる量が増える」

「あっ……」


 ユーリが気づいたように声を上げた。


「そう、“月雨”を何度も使うためには、何よりそのスキルが必要だったんだ」


 弓手もいくらかSTR(筋力)に補正はかかるが、剣士や武闘家ほどではない。

 スキルがなければ、ストレージに入れておけるアイテムの量はどうしても限られてしまうのだ。


「でもアルヴィン……【弓術】スキルって、他にも強力な技もあるじゃん。“曲射”はちょっと威力が上がるし、“貫通矢”は多段ヒット扱いになるし。そういうのをメインで使っていけば、矢が少なくてもなんとかなるんじゃないの?」

「わたしが前にパーティーを組んだ弓手の方も、みんなそうしてましたね……」


 テトとココルの疑問に、俺は推測を返す。


「詳しくはわからないが……どうもユーリのおじいさんは、“月雨”以外の【弓術】スキルに、それほど価値を見出していなかったみたいなんだ」


 だからこそ、より使える技を求めた。


 自在に曲げられる“曲射”。

 より速い“速射”。

 集弾性に優れた“放射”。


 それらを、自力で編み出してしまうほどに。


「“貫通矢”も、モーションのせいで引きが遅くなる欠点があるからな。【弓術】スキルに頼って一矢の威力を上げるよりも、正しく引いて、正しく射ることを繰り返し、そして必要な場面で“月雨”を使う。それが一番強いという結論に至ったんだろう。レベル【65】を超える高レベルの弓手が、考え抜いた末にたどり着いた理想形がきっと、そんな矢を大量に使うスタイルだったんだ」


 所詮は剣士でしかない俺には、理解が難しい境地だ。

 だが、もしその通りだとすれば……ユーリのおじいさんの絶望が想像できる。


 弓手の理想形がわかると同時に――――自分が決してそうなれないことを、悟ってしまったのだ。

 生まれながらに持つスキルは変えられない。

 【運搬上限上昇】は、地味だが珍しいスキルだ。ユーリのおじいさんが都合よく持っていたとは思えない。


 より高いレベル、より深い階層を目指して最前線で戦ってきた冒険者ならば……自分の限界を知ってしまった時、引退を決めてダンジョンを離れてもおかしくないだろう。

 生まれの村に戻って、狩人になる。そんなことだってあるかもしれない。


「だからこそ……孫娘のスキルを見て、希望を託したくなったんだと俺は思う。何より欲しかった【運搬上限上昇】に、機動力を確保する【敏捷性上昇】。会心(クリティカル)率の上がる【器用さ上昇】は威力の底上げになる。【忍びの極意】は、本当にただのおまけだな。ユーリのスキル構成は――――きっとおじいさんから見れば、弓手の理想に近かったんだ」

「ウチの、スキルが……?」

「もちろん、素質もあったからだろうけどな。深層のボスモンスター相手にこんなに戦えたのは、スキルだけの力じゃない」


 呆然とするユーリに、俺は笑みと共に言う。


「レベルがもっと上がれば、運搬上限も上がって、さらに大量の矢を持ち運べるようになる。そうなれば……おじいさんが目指した理想形にも、近づけるはずだ」

「……っはは、なーんだ……そうだったんスか」


 ユーリが、目元を手の甲で拭いながら言う。


「ウチ……弓手になってよかったんスね。それなら最初から……じいちゃんと自分を信じて、好きなようにやってればよかったッス。斥候になんてなったりして、ずいぶん遠回りしちゃったッスね……」

「仕方ないさ」


 俺は、そう励ますように言った。

 スキルは重要だ。だからこそ、皆スキルに振り回される。

 時には、スキルと自分の適性が、真逆であることもあるのだ。


 【忍びの極意】を持っていなければ、ユーリも惑わされることはなかっただろう。

 だから、ある意味ではこれも――――マイナススキルだったのかもしれない。


「アルヴィンさん……ウチ、目標ができたッス」


 涙を拭って、ユーリが言う。


「じいちゃんの夢じゃない、ウチ自身の目標ッス。だから……はい」


 と、きっと誰よりも使いこなせるであろう虹色の弓を、俺たちへと差しだした。


「こんな強力な武器を、最初から使うわけにはいかないッス。なんだかずるしてる気がしますし、それに……これはみなさんが、みなさんの努力で手に入れたものッスから。ウチがただでもらっちゃうのは、やっぱり違うッス。だから……返します」


 ユーリは、晴れやかな笑顔で言った。


「ウチは自分のお金で弓を選んで、弓手として一からがんばるッスよ!」

「……」


 ユーリの決意を聞いた俺は、無言で仲間たちと目配せをする。

 そして、言った。


「いやいやいや! 性能に問題がないならもらってくれ!」

「ええっ!?」

「ユーリさんわたしたちそれの処分、すっごく悩んでたんですよ!?」

「で、でも……」

「もらってくれないといつまでもストレージが空かないのよ! あなたなら十分使いこなせるわ、ユーリ」


 まさか返還を拒否されるとは思わなかったのか、ユーリは目を白黒させる。

 助けを求めるように盗賊の友人へ視線を向けると、テトは溜息をついて言った。


「あのねー、ユーリがもらわないって言うなら、ボクのあのギチギチの倉庫に押し込むしかなくなるんだよ。そんなのもったいないでしょー?」

「……」


 ユーリが拍子抜けしたかのように、手の弓を見つめる。


「いいんスかね……こんな、レベルに見合わない武器を持っちゃって。やっぱりなんか、ずるい気がしてくるんスけど……」

「強い武器を持っただけで冒険が楽になると思っているのなら、甘いぞ。ユーリ」


 顔を上げるユーリに、俺は笑みと共に言う。


「冒険者の強さは、数値やスキルだけでは決まらない。本当に強くなりたいのなら、冒険者(プレイヤー)スキルも上げていかないとな」

「あ……」

「ユーリの場合は、まだ後衛の立ち回りやパーティー連携に慣れていないだろう。冒険も数をこなさないと、ダンジョンやモンスターの類型だって頭に入らない。まあ、多少はずるいかもしれないが……心配しなくても、弓手として一からがんばることになるのは変わらないさ」

「そう……ッスよね」


 ユーリは、少し恥ずかしそうに言った。


「みなさんを見ていても……そう思うッス。ウチ、まだまだ覚えること、たくさんあるなぁって」

「ま、とりあえず、あの弓はユーリが使うってことで決まりだね!」


 テトは頭の後ろに手を組むと、すっきりしたように言う。


「いやー、よかったー! これでボクたちの問題も解決したね!」

「うーん、でもやっぱりあのデザインだけが、渡しておいてちょっと申し訳ないですけどね……。すごく派手ですし、“月雨”なのに虹色っていうのも、なんか合いませんし……」

「ええっ、かっこいいじゃない。それに、雨上がりの満月にも虹が架かることがあるのよ。月虹って言ってね」

「そう言えば、村にいた頃一度だけ見たことがあるな……」


 俺たちのやり取りを、傍らで聴いていたユーリは――――ふと微笑むと、小さな声で言った。


「みなさん……ウチこの弓、大事にするッスよ」

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