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マイナススキル持ち四人が集まったら、なんかシナジー発揮して最強パーティーができた件  作者: 小鈴危一
2章

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【忍びの極意】⑤

「いや~、儲けちゃったッスね! これはなんとしてでも、生きて帰らないと!」

「そ、そうだな」


 次の部屋へ向かう、転移床の手前。

 アイテムを整理しながら言ったユーリに、俺は一応うなずいておく。


「何買おうか迷うッスね~。こういうドロップに恵まれた時はほんと、運搬上限高くてよかったなーって思うッス!」

「……ユーリ。まだ進んでも大丈夫か?」

「え? もちろんッス! というか、まだ大して経ってないッスよ」


 首をかしげる緑髪の少女には、余裕があるように見える。

 いくらかの危険はあったが……どうやらユーリに気負ったところはなさそうだった。

 気力を消耗していないのなら、もう少し進んでも問題ないだろう。


「よし。それじゃあ行こう」


 俺たち二人が、同時に転移床へ乗る。


 一瞬の暗転の後、再び視界には例の部屋が映った。

 だが……今度はいささか、様子が違っている。


「っ……!」


 俺は思わず身構える。

 部屋の内装は、ひどい有様だった。


 編み草の敷物にも、紙の引き戸にも、まるで岩をぶつけたような凹みがいくつも作られ、中の茶色い芯材が見えてしまっている。

 そして――――中央には、一体の大型モンスターがうずくまっていた。


 人型だ。立ち上がったならば、見上げるほどの高さになるだろう。

 青い肌の禿げ頭は巨大で、体には何やら異文化の神官を思わせるような羽織り物を纏っている。

 顔面の中央には、大きな目が一つだけあった。

 どうやらサイクロプス系統のモンスターであるようだ。

 今はまだ、瞼は閉じられている。だがこちらに気づけば、すぐに丸く見開いて襲ってくることだろう。


 明らかに強敵の予感がする。

 俺もユーリも、転移床の上から動けない。


「ど……どうするッスか? アルヴィンさん……これ、ボスなんじゃ……」

「いや……ボスではない、と思う。ボスなら、もっとはっきりそうとわかるものだ。たぶん中ボスじゃないか」


 とはいえ、と俺は続ける。


「危険であることには変わりない。他の部屋を回ってからでもいいだろう。この場所はメモしておいて、一度出直そう」

「りょ、了解ッス」

「転移床を出たら、すぐに戻るぞ。いいな」


 うなずくユーリに、俺は言う。


「よし……行こう」


 俺たちは、そろって転移床から一歩踏み出した。

 そして即座に踵を返し、今来た転移床へと足を戻す。


 だが――――その瞬間、何もなかったはずの空間に体がぶつかり、俺たちは弾き返された。


「いたぁ!? なんスかこれぇ!?」


 ユーリが痛そうに鼻を押さえている。

 俺は目の前の物を、呆気にとられて見つめた。


 それは、竹筒だった。

 床から生えた竹筒が、ちょうど転移床を囲むようにまっすぐ屹立している。


「ま、また竹筒ッスか……? これ、二人で協力して上から入るとかしないと……」

「ユーリ!! モンスターから目を離すな!!」


 俺は叫ぶ。

 すでに、中サイクロプスは動き出していた。


 巨大な単眼を見開き、ゆっくりと立ち上がる。

 傍らに置いてあった、この部屋の惨状を作ったとおぼしき金棒を持ち上げると、緩慢な仕草で構えを取った。


 その顔は、俺たちを向いている。

 完全に見つかってしまっていた。


 その時、巨大な人型モンスターの斜め上方に、一つの文字列が現れる。


〈ヒュージサイクロプス・モンク〉


 ボスモンスターのものと似ているが、微妙にエフェクトが地味だ。

 最近、デザート・ガネーシャ戦で見たばかりのエフェクトだった。やはりこいつは中ボス枠だったらしい。


「うわわわわわわっ! ア、アルヴィンさんまずいッス! あっ、見てください! 他の転移床には乗れるみたいッスよ! は、走りましょう!」


 見ると、部屋の四隅にある他の転移床には竹筒が現れていない。

 だが、俺は首を横に振る。


「ダメだ、行動パターンもわからないうちから背は向けられない」


 下手をすれば、わけもわからないまま大ダメージや危険な状態異常を喰らいかねない。

 そうなれば最悪、死だ。

 俺は剣を構える。


「戦うぞ」

「うええ、ほ、ほんとッスかぁ……」


 ユーリが気の抜けた声を上げると同時に、サイクロプスが咆哮した。


『ぼお゛お゛お゛お゛お゛おおおおおおお!!』


 ズンズンと、見た目よりは機敏な動きで距離を詰めると、巨大な金棒を振り下ろす。


「くっ……!」


 俺はそれを、正面から受けた。

 HPがわずかに減少する。

 幸い、ガードを貫通してくるダメージは少ないようだ。


 ユーリへと叫ぶ。


「隅に追い込まれると厄介だ! 中央付近で戦うぞ!」

「りょ、了解ッス!」


 答えると同時に、ユーリが走りながら矢を放つ。

 それは正確に、サイクロプス系共通の弱点部位である眼球へと突き立った。

 会心攻撃(クリティカル)の赤いエフェクトが散る。

 さすがにそれだけで仰け反り(ノックバック)にはならなかったが、サイクロプスの注意が微かにユーリへと逸れる。


「……よし」


 その隙に、俺も部屋の中央へと走った。

 四隅は逃げ場がない。スペースを確保しながら戦わなければならない。


「――――うおおッ!」


 サイクロプスの足へと斬りかかる。

 大きさが大きさだけあって、攻撃が届くのは足くらいだ。

 ダメージは多くないだろうが、これでいい。


 張り付いた敵への攻撃パターンであろう振り下ろされる拳を、冷静に“パリィ”で受ける。

 今度はダメージを喰らわなかったものの……俺はわずかに歯がみした。

 拳がまたすぐに振り上げられている。

 連続攻撃だった。“パリィ”は連続では使えない。


 仕方なくガードで対応しようとした――――その時。

 矢が三本、連続で飛来し、巨大な眼球に次々と命中。返り討ち(カウンター)になったためか、サイクロプスが仰け反り(ノックバック)した。


「こ、こっちッスよ~……」


 後ろでへなへなした声を出すユーリの方へ、サイクロプスの注意が向く。

 俺は思わず舌を巻いた。

 狙いも相変わらず正確だが……かなりの連射速度だ。

 【弓術】スキルの“速射”並みに速い。


「いいぞユーリ!」


 気の逸れたサイクロプスへ、俺は次々に斬撃を叩き込んでいく。

 さすがにユーリとは火力が段違いなためか、すぐにヘイトを奪い返した。巨大な眼球が再び俺を向く。

 再び拳が振り上げられる。だが――――そろそろのはずだ。


『ぼお゛う……ッ!?』


 短い苦鳴と共に、サイクロプスが膝をついた。

 部位破壊とまではいかないが、ダメージが蓄積した結果だ。

 こういう巨大モンスターは、だいたいこうして頭を下げさせることができる。


「ッ!!」


 俺は跳躍すると、弱点部位である眼球へ渾身の“強撃”を叩き込む。

 それだけで閾値を超えたのか、サイクロプスが仰け反り(ノックバック)した。


「わぁ! すごいッスアルヴィンさん!」


 歓声を上げながら、ユーリが矢を放っていく。

 サイクロプスの頭は揺れていたにもかかわらず……矢はどれも正確に、眼球へと吸い込まれていった。

 一瞬目を瞠ったが、思い直す。いくらなんでも、これはさすがにたまたまだろう。


 俺は後ろを振り返ると、ユーリへと叫んだ。


「ユーリ、油断するな! そろそろ攻撃パターンが変わるぞ!」

「りょ、了解ッス!」


 サイクロプスが頭を振って立ち上がる。


 油断できないのは確かだが……俺のやることは変わらない。

 とにかく足への攻撃を重ね、ヘイトを稼ぎつつ再び膝を突かせる。

 その繰り返しで、大抵の中ボスは倒せる。


『ぶふううう゛う゛う゛うぅぅ……』


 サイクロプスが荒い息を吐く。

 そして巨大な金棒を、先端を床に向けたまま振りかぶった。


 初めて見るモーションだが、おそらく真下への突き。まだヘイトはちゃんと俺を向いているようだ。

 攻撃範囲が狭そうだったため、床を蹴って冷静にその場を離れる。直後に攻撃に移れるよう、金棒のギリギリ外側へ。

 だが――――即座に嫌な予感が脳裏をよぎり、俺はその選択を後悔した。


「まずっ……これは……っ!」


 失敗した。

 逃げるにもガードするにも、もう間に合わない。


 金棒の先端が、床へと振り下ろされる。

 轟音と共に、敷物が陥没する。

 攻撃範囲から逃れていた俺には、当然ダメージはない。

 しかし――――同時に発生した振動により、俺は足を取られて転倒した。


「アルヴィンさんっ!?」


 ユーリの焦ったような声が聞こえる。

 激しい振動はまだ続いており、とても立ち上がれない。


 しくじった。

 あれは典型的な踏みつけ(ストンプ)攻撃の一種だ。足ではなく金棒を使っていたためにすぐに気づけなかった。

 この種の攻撃は、範囲が狭い代わりに、転倒を誘発する振動を発生させる。

 麻痺などよりははるかにマシだが、【粘り腰】のようなスキルがない限り防げない。


 俺は一つ目の巨人を見上げながら呟く。


「追撃は勘弁してくれよ……っ!」


 願いもむなしく、サイクロプスが振り下ろした。

 続けて、何度も。


「ぐっ……!」


 衝撃が体を襲う。

 HPが減っていたためか、モーションが変わってダメージも増しているようだった。体勢の崩れた不完全なガードでは防ぎきれず、俺のHPはあっという間に残り七割を切る。


 攻撃が止んだと見るや、即座に立ち上がる。

 だがサイクロプスは、すでに金棒を構えていた。


 冷や汗が背を伝う。


「……まずいな」


 アイテムを使う余裕がない。

 ソロでも何度かこういう状況に陥ったが……今は逃げることも難しい。

 ユーリが狙われることだけは、絶対に避けなければ……、


「アルヴィンさん!!」


 その時――――三本の矢が、次々に巨人の単眼へと突き立った。

 三本、さらに続けて三本。息つく間もなく矢が飛び、サイクロプスの眼球は次第に針山のようになっていく。

 俺を狙っていたサイクロプスは、やがて耐えかねたように仰け反り(ノックバック)すると、その単眼を弓使いの少女へと向けた。


 俺は思わず振り返る。


「ユッ……!」

「アルヴィンさん! 早く回復してくださいッス!」


 サイクロプスを俺から引き離すように走りながら、ユーリが叫んだ。


「早く!」

「……わかった! 少し頼む!」


 俺は急いでポーションをストレージから取り出し、飲み下した。

 HPが九割ほどにまで回復する。

 全快とはいかないが、十分だ。


 俺はポーションの瓶を投げ捨てると、全力で床を蹴った。

 ほぼ同時に、ユーリに向けて金棒が振り下ろされる。

 轟音と共に敷物の破片が舞う。反射的にステータス画面を見るが、ユーリのHPは減っていない。斥候のAGI(敏捷)のおかげか、うまく避けられたようだった。


 追撃の横薙ぎには――――なんとか俺が間に合った。


「っと……! 助かった、ユーリ! 大丈夫か!?」


 金棒をガードしながら後ろに問いかけるが、ユーリの返答はない。

 ステータスに問題はないから、余裕がないだけだろう。俺はそう判断して、足への攻撃を再開する。


 あの踏みつけ(ストンプ)攻撃にさえ気をつけていれば、こいつはそこまでの強敵じゃない。

 モーションはもう覚えた。次は喰らわない。

 そして幸いにも、次の金棒が振り上げられる前に、サイクロプスが再び仰け反り(ノックバック)してよろけた。


「…………ん?」


 そこで、俺は疑問を覚えた。

 ――――仰け反り(ノックバック)? 膝が落ちる前に?

 思わず巨人の顔を見上げる。


 頭を振る単眼の巨人。

 その眼球に、矢が飛んでいた。

 一本、また一本と、時折散る赤いエフェクトと共に、次々に矢が突き立っていく。

 やがて巨人が顔を上げ、前方を見据えた。

 眼光は明らかに、俺の後ろを向いている。


 俺は焦りと共に叫ぶ。


「ユーリ、攻撃をやめろ!! ヘイトを奪い返せない!!」


 ユーリからの返事はない。矢も止まない。

 モンスターから目を離すわけにもいかず、ユーリが今どんな表情をしているのかもわからない。


「くっ……!」


 とにかくヘイトを奪い返すべく、剣を振るう。


 そこから何度か拳や金棒をガードするも……嫌な感覚があった。

 明らかに、足元への攻撃が鈍い。これだけ斬撃を叩き込んでいるのに、ヘイトはまだユーリを向いている。

 レベルが20以上低い、サポート弓の斥候から、ヘイトを奪い返せていない。


「クソッ、どれだけ――――!」


 ――――どれだけダメージを出しているんだ、ユーリは!


 いくら弱点部位を突いているとは言え、あんなサポート弓で。職業やスキルの威力補正もない状態で。

 これが弓という武器の本来のポテンシャルなのだとすれば、魔導士と逆転しかねないというメリナの言葉もうなずける。


 その時、サイクロプスが妙なモーションをとった。

 数歩後ろに下がり、腰をかがめると、足元にあった敷物の(へり)へと指をかける。


 何をしてくるかわからず、とっさに距離を取ったが……その狙いが、俺の後ろにいるユーリへ向いているのを見て、モーションの意味をはっと悟る。


「ユーリ、来るぞ!! 気をつけ……ッ」


 直後、サイクロプスの腕が掬い上げられ――――床から剥がされた巨大な長方形の敷物が、宙を舞った。

 まるで壁のようなそれは、回転しながら俺とユーリに迫る。


「ぐっ……!!」


 即座にガードするも、いくらかダメージが貫通してきた。

 さらに悪いことに――――敷物はほぼ勢いを弱めることなく、後ろのユーリへと襲いかかる。


「ユーリッ!!」


 ステータス画面に表示されていた、ユーリのHPが大きく減少する。

 慌てて振り返ると、ユーリは床に倒れていた。


 おそらく直撃は避けただろう。

 だが粉砕した敷物の破片が周囲に撒き散らされたようで、それだけでユーリのHPは残り三割近くにまで減っていた。


「……あいつ、あんな攻撃パターンまで……!」


 後衛まで届くタイプの攻撃だ。

 あんなものがあるなら、今すぐにでもヘイトを奪い返さないとまずい。


「ユーリ、攻撃は控えろ!! 今は俺に任せて落ち着いてHPを回復するんだ!!」


 剣を振るいながら叫ぶが、ユーリはやはり答えない。

 飛翔する矢も、止む様子がない。

 HPも、一向に回復しない。


「どうして……ッ!?」


 まさか、ポーションを持っていないのか? いやそんな馬鹿な……。


 思考を巡らせていたその時、サイクロプスが垂直にした金棒を振り上げた。

 例の踏みつけ(ストンプ)攻撃だ。

 慌てて距離を置く。金棒の先端が床に叩きつけられるが、今度は離れていたために振動に足を取られることはなかった。


 ――――踏みつけ(ストンプ)攻撃が来るということは、俺へのヘイトが復活しかけている。

 危うい攻撃を躱し、微かに希望を持ちかけた時……サイクロプスが、また数歩後ろに下がった。


「まずっ……!」


 距離を空けすぎた。

 またあの敷物投げが飛んでくる。

 ユーリのHPは減ったまま。今あれを喰らうわけにはいかない。


「間に合え……ッ!!」


 俺はサイクロプスに向け床を蹴りながら、剣術スキルの一つである“踏み込み斬”を発動。

 スキルの補助(アシスト)により、一気に距離が詰まる。

 振り下ろした剣は――――かろうじて、サイクロプスのつま先に届いた。


『ぼお゛う……ッ!?』


 蓄積ダメージがようやく閾値を超えたのか、短い苦鳴と共に単眼の巨人が膝をつく。

 見上げるほどの高さにあった、頭が落ちる。


「これで――――終われッ!!」


 俺は跳躍と共に、渾身の“強撃”を巨大な眼球に叩き込む。

 手応えを感じた。


『ぼ……う゛ぅぅ……ぅ……』


 サイクロプスが、緩慢な仕草で立ち上がる。

 俺は、長い息と共に剣を下ろした。

 それは明らかに、終わりのモーションだったからだ。


 巨人が、まるで糸が切れたように、ゆっくりと前のめりに倒れる。

 地響きを鳴らした直後。

 その体が、派手なエフェクトと共に砕け散った。

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