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マイナススキル持ち四人が集まったら、なんかシナジー発揮して最強パーティーができた件  作者: 小鈴危一
2章

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【忍びの極意】①

 暗転していた視界が明るくなる。一瞬前までいた墓石の群れの中よりも、なお明るい。


 同時に、体が何かにぶつかった。

 斥候の装備を纏った華奢な肩に、背負った弓と矢筒。


 それが先に転移していたユーリだと気づいた瞬間、俺は彼女の腕を掴んで叫ぶ。


「転移床を踏み直すんだ!」

「えっ、うええ?」


 戸惑うユーリに構わず、俺は彼女の腕を引きながらその場から飛び退き、すぐに振り返って同じ床を踏み直す。


 だが――――転移床があったはずの場所からはすでに、光も竹筒も消え失せていた。


「……クソッ!」


 思わず悪態をつく。


 帰るための転移床が、消失した。

 ステータス画面のマップを見るまでもない。ここは明らかに未マッピングの場所だ。

 俺とユーリは、パーティーを分断され遭難したことになる。


 目を白黒させているユーリへと、つい言い募ってしまう。


「ユーリ……君の【忍びの極意】には、【罠看破】の効果も複合していたはずだろう。どうして気をつけなか…………いや」


 俺は思い直し、言葉を止める。


 【罠看破】の効果は、隠されたトラップがうっすらと光って見えるというものだったはず。

 あんなあからさまな竹筒では、たとえそう見えていたとしても本来のエフェクトと区別が付かない。俺でさえ初見のトラップだったのだ。

 いや、そもそもギミックとしての転移床はトラップ扱いにはならなかったはず。ユーリのスキルがまったく反応していなかった可能性もある。


 それよりも、俺だ。

 あんな怪しいものが見えていた時点で、すぐにあの場から離れるべきだったのだ。

 あるいは……竹筒に飛び込む判断をもっと早くできていたら、帰還がギリギリ間に合ったかもしれない。


 いずれにせよ、パーティーリーダーである俺の失策だ。

 駆け出しの冒険者のせいにしていたのでは、責任転嫁をしていたあの侍と変わりない。


「もしかして……ウチら、転移しちゃったんスか……? ご、ごめんなさいッス!! ウチが不注意だったばっかりに、アルヴィンさんまで……」

「……いや、仕方ない」


 半泣きになるユーリを慰める。


「不注意だったのは俺も同じだ。あの竹筒がまさかこんな、一方通行の転移トラップだったなんて思ってもみなかった」

「でも……アルヴィンさん、注意してくれたのに……」

「あれ普通に間に合ってなかったからな。それに、遭遇した時点でかかることが確定していたトラップだった可能性もある。それならどちらにしろ同じだ。気にしなくていい」

「……はい」

「それよりも……問題はここがどこで、これからどうするかだ」


 そう言って、俺は周囲の景色を見回す。


 ここは、実に奇妙な場所だった。


 部屋……のようでもある。

 天井は見上げるほど高く、正方形の床面は家が十軒はすっぽり収まってしまいそうなほどに広いが、四方にあるのは巨大な扉で、足の下には何らかの敷物が敷き詰められている。

 だが、いずれも見たことのない形状だ。


 一面に八枚も並ぶ木組みの扉に貼られているのは、紙であるようだ。見たところ、取っ手も蝶番もない。はるか頭上にあるのは指を引っ掛けるための円形の凹みで、さらに下にはレール。どうやら、これは巨大な引き戸らしい。

 敷物は、なんだか堅かった。薄緑色をした、麦のような植物を強く編み込んで作られているようで、微かに青い匂いが漂ってくる。長方形を一つの単位として、それがうまく組み合わさって正方形の形に敷き詰められていた。

 なんとなく、異文化の家屋の一室……と言うには巨大すぎるが、そんな雰囲気がある。


 ちなみに、モンスターはいない。遮蔽物もないから、どこかに隠れていることもありえない。

 もちろん、移動すれば湧出(ポップ)する可能性はあるが……今のところは何の気配もなかった。

 だだっ広いだけの空間は、逆に不気味だ。


「この扉……開くんスかね?」

「やってみるか。くっ……!!」


 一つの木枠に手を掛け、懸命に引いてみるも、引き戸はびくともしなかった。

 STR(筋力)が足りないのではなく、単純に戸を模しているだけの壁なのだろう。


「……ダメだ、開かないな。これを開けて移動するわけではないみたいだ」

「じゃ、じゃあ……ウチら、閉じ込められたってことッスか!?」

「まさか。ダンジョンでそれはありえない。移動は、あれでしろってことだろう」


 俺はそう言って、部屋の隅を指さす。

 そこには、見慣れた転移床の魔法陣があった。

 注意深く見れば、この部屋の四隅にはそれぞれ転移床が配置されていることがわかる。


「あ……なるほど。乗ってみる……ッスか?」

「それもいいが、まずは落ち着こう。モンスターがいなかったのはありがたいな」


 言いながら、俺はステータス画面を開いた。

 そして、マップの上にある現在地欄を確認する。


「百鬼怪道……の、三十層か」


 ミート・ゾンビと戦っていたのが、二十九層だ。

 どうやら、俺たちは階層間の転移をしてしまったらしい。

 見慣れない内装からもしやとは思ったが……案の定か。


「え、三十層……? じゃあここ、深層なんスか……?」

「そうなるな。潜るのは初めてか?」

「は、はい……」


 ユーリが固い表情で、不安そうに腕を抱いた。

 俺は励ますように言う。


「深層と言っても、特別何かが変わるわけじゃない。浅層中層深層の呼び分けは、単に冒険者たちが難易度の目安としてそうしているだけだからな」

「は……はい」


 ガチガチのユーリに、俺は苦笑する。

 言っても仕方ないだろう。思い出してみれば、俺も初めて深層に潜った時は無意味に緊張していた。

 実際のところ、二十九層も三十層もそう大差ないので、そんなに身構える必要はない。


 もっとも……ここが、単なる深層であればの話だが。


「さて、これからどうするかだが……俺たちにできることは三つだな」

「三つ、スか?」

「ああ。一つは、ここで助けを待つこと。俺たちが戻らなければ、ココルたちも異常に気づくだろう。待っていれば助けが来る可能性がある。下手に動けば、モンスターに遭遇したり単純に疲れたりで、気力と体力とアイテムを消耗していくからな。安全地帯(セーフポイント)でじっとして、助けか他のパーティーが通りかかるのを待つというのは、遭難してしまった冒険者の常道の一つだ」

「そ、そうなんスか。でも、この場所……」

「そう、ここがどんな場所なのかまったくわからないというのが問題だな」


 俺は、自分の考えを整理するように続ける。


「あのトラップもこの妙な部屋のことも、事前に調べた限りでは聞かなかった。おそらく……まだ攻略が進んでいない場所なんだ。あの妙な竹筒トラップを使わずとも来る方法は絶対にあるはずだが、まだ知られていない可能性が高い。早々に助けが来ると期待するのは、甘いかもしれない」

「じゃ、じゃあ……進む、ッスか? あの転移床で」

「それが二つ目の選択肢だな」


 俺は続ける。


「当たり前だが、行動を起こさなければ状況は変わらない。それに、進めばその分マッピングされるし、ヒントになるテキストを見つけられる可能性だってある」

「そう……ッスよね。でも……」

「もちろん、その分危険だ」


 レベル40を超えている俺は、このくらいの階層にならソロでも潜れる。

 だが、俺だって消耗はする。現在地もわからないダンジョンで、いつまでも進み続けられるわけじゃない。

 ユーリに至っては、適正レベルよりもはるかに深い階層だ。

 俺が補助したとしても、事故が起こってしまうことは十分ありえる。


「だからこれは、最後の手がダメだった時の手段だな」

「はい……ん? 止まるのと進むのと……もう一つ手があるんスか?」

「ああ。三つ目の手は……このダンジョンから出てしまう、というものだ」

「え、ダンジョンから出る? そんなのどうやって……」

「帰還アイテムを使えばいい」


 そう言って、俺はストレージから帰還アイテム――――『記憶の地図』を取り出した。

 紐によって丸められた羊皮紙が、俺の手の中に収まる。


「あ、ああ――――っ! その手があったッスか!」

「ユーリは、『記憶の地図』は持っていないか?」

「も、持ってなかったッス。それ高くて……」

「そうか。まあそのくらいのレベルなら、深層にも潜らないだろうしそれが普通だ。なら、やっぱりあの場で追いかけて正解だった……かもしれないな」

「ほ、ほんとッス! アルヴィンさんは命の恩人ッスよ~」


 半泣きで喜ぶユーリに、俺は曖昧な笑みを返す。

 実はまだ、喜ぶのは早い。


「それ、二人でも使えるんスか?」

「ああ。範囲で効果が発動するから、近くに寄っていれば一パーティーくらいならまとめて帰れるんだ」

「よかったッス~! あ、でも、テトせんぱいたちのことは、どうしましょうか? 勝手に帰ったら心配するんじゃ……」

「その時は、三人も『記憶の地図』を使って帰還するはずだ。パーティーメンバーがダンジョンから出ると、メンバー欄の名前が灰色になるからそうとわかる。何かあったと察して追いかけてきてくれるだろう」

「それ……下手したら死んだって勘違いされません? メンバーが死んだ時も、ステータス画面にはそういう風に表示されるって聞いたんスけど……」

「死んだ時には、HPがゼロになるから区別がつくんだ。まあ転んで頭を打ったりして、HPを残したまま死ぬこともないではないが……普通は帰還したんだと考えてくれるはずだ」

「おお! なるほどッス!」


 ユーリはそれから、安心したように言う。


「はぁ、一時はどうなることかと思ったッス……。でもこういうトラップとかの情報って、ギルドとか情報屋で買い取ってもらえたりするんスよね?」

「……ああ」

「『記憶の地図』代くらいにはなるといいッスね~。じゃないと申し訳ないッス。あっ、帰ったらみなさんに何かごちそうするッスよ! 元はと言えばウチのせいですし、お詫びしないと……」

「それは、帰ってから考えよう……行くぞ」


 ユーリが近くに寄ったのを確認し、俺は『記憶の地図』にかかっている紐をつまむ。

 この帰還アイテムの使い方は、紐をほどいて羊皮紙を開き、それを地面に落とす。それだけだ。数秒後には、地図の周囲にいる者たちをダンジョンの入り口にまで転移させてくれる。


 何度も使っているからわかる。

 これまでと同じように、俺は縛ってある紐を引いた。


 だが――――ほどけない。

 本来は引くだけでほどける紐が、今は微動だにしない。


「……っ」

「ど、どうしたんスか?」


 戸惑うユーリには答えず、俺は『記憶の地図』のステータス画面を開いた。

 出てきたのは、見慣れたアイテム名と、効果や使用方法の説明だ。

 しかし……それらの文字は今、すべて灰色に変わっている。


「……最悪だ」


 俺は吐き捨てる。

 アイテムの説明欄。その一番下には、赤字で見慣れない文字列が追加されていた。


“現在使用できません”


「三つ目の手は……残念だが使えなくなった」

「えっ……?」


 呆けたようなユーリへと、俺は告げる。


「ここは――――ボス部屋なんだ」

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