エピローグ
馴染みの酒場の扉を開けると、喧噪が耳に飛び込んできた。
まだ明るいというのに、ここでくだを巻いている人間は多い。
だが俺たちが足を踏み入れた途端、喧噪が少しだけ収まった。
テーブルの間を歩いて行くと、冒険者たちの抑えた話し声が微かに聞こえてくる。
「おい、あいつら……」「見ろよ、『暁』の連中だ」「あれが? ガキが混じってるじゃねえか」「魔晶深坑を四十九層まで攻略したっていう、あの?」「馬鹿、大きな声出すな! ここらで一番勢いのある連中だぞ!」「平均レベルが60近いってマジ?」「今度は冥魍水路へ挑むらしい」「知ってたか? あのパーティーは全員が、マイナススキル持ちなんだと……」
俺は思わず溜息をついた。
店の奥にある目立たないテーブルを見つけると、仲間たちと共に腰を下ろす。
「いやぁー、ボクたちも有名人だねー」
「笑いごとじゃない」
ニヤニヤと笑うテトに、俺は頭を抱えて言う。
落日洞穴から帰った後。
正式にパーティーを登録した俺たちは、もっと大きなダンジョンの深層に挑むようになった。
特に無理をしたわけでもなく、できそうな範囲で堅実に攻略していっただけなのだが……いつの間にか前線クラスのパーティーの中に、『暁』の名前が混じるようになってしまった。
しかも結成からあまりに速かっただけあって、冒険者連中の注目を無闇に引いている状態だ。
正直、最初は気分がよかったのだが……ギルドや酒場にいるだけで衆目を集めてしまうとあっては、もううんざりだった。
「勘弁してほしい。絡まれたり、怖がられたり、握手を求められるのはもうたくさんだ」
「ふふっ、アルヴィンさんは顔がいいですから、みんなそういう反応になるんですよ」
「顔がいいのは君らも同じだろう」
「えへぇっ!? そっ、そそそそうですかねっ……? えへへっ」
「自分の場合はどうなんだ、ココル」
「わたしは……あ、最近よく引き抜きの話が来ますかね。特に、前にいたパーティーから」
「へぇ。やっぱり、条件はいいのか?」
「さあ。あまり詳しく話を聞かないので」
「引き抜きの話は私も来るわね。ああそれと、なんと魔法学園から講演依頼が来たわ」
メリナが焙煎茶の杯を傾けながら言う。
「どこから知ったのかしらね、不思議だわ」
「それはすごいな。どうするんだ?」
「もちろん断ったわよ。片道三日もかかるのに、行ってられないわ。大したお金にもならないし」
「いいなー。ボク、そういう話全然来ないんだよねー。盗賊職って、別にパーティーに必須でもないからかなぁ」
「来てもいいことないですけど……」
「前にいたパーティーからは声かからないの?」
「最後に入ってたのが例の見殺しにしてくれたパーティーだったんだけど、もう解散してるみたいなんだよね。生きてるのか死んでるのか知らないけど、あいつらがいなくなって残念だと思う日が来るとはねー」
「残念なのか……」
正直、その感覚はよくわからなかった。
どんな形で会うにしろ、やっかみの視線を向けられるかもしれないと思うと、なるべく関わらないままでいたい。
と、その時。
「ア、アルヴィン!!」
酒場に、大声が響き渡った。
俺はもちろん、酒場中の客が何事かと視線を向ける。
入り口に突っ立っているのは、息を切らした眼鏡の魔導士だった。
俺は気づく。
「あっ、お前!」
「やっと見つけた! アルヴィン、僕が悪かった! どうか戻って来てくれ、頼む!」
かつてのパーティーリーダーだった魔導士は、人目もはばからず叫ぶ。
「君が必要なんだ! 君がいなければ、僕はもうどうしていいかわからない!」
自分勝手な言い草に、俺は思わず立ち上がって叫び返す。
「今さら何を……俺を捨てたのは、他でもないお前だろう!」
酒場の中が一気にざわついた。
修羅場か、というような声まで聞こえてくる。
後ろでも、仲間たちがひそひそ話を始めていた。
「何これっ? アルヴィンってもしかして、そっちの趣味だったのかしら……わ、私は全然、アリだと思うけどっ」
「はっ、まさかあの時ボクをかばってくれたのって、男だと勘違いされてたせいっ!?」
「うう、わたしはあきらめませんからぁ……」
気のせいかもしれないが、なんだかとんでもない誤解を生んでいる気がする。
しかし残念ながら魔導士の男は、そんなことに構う様子もない。
「君が抜けてから、僕のパーティーはめちゃくちゃなんだ! 冒険は失敗続きで赤字ばかり! 昨日なんて僕とマッシュが怪我をして、レンドは武器を失ってしまった! 大損害だよ!」
「だから言っただろうに……」
頭に包帯を巻いた魔導士の言葉に、俺はあきれる。
身の丈に合わないダンジョンに潜っていれば、必ずそうなる。命があっただけマシだろう。
「お願いだ、パーティーに戻ってきてくれ!」
「断る。虫のよすぎる話だと自分でも思わないか? 俺が戻る理由がいったいどこにある」
「パーティーメンバーは全員、君に戻ってきてほしいと思ってるんだ。君が抜けた時だってみんな寂しがってた。と、というか……君が戻ってこないようならみんなパーティーを抜けるって……」
「あの時お前は、俺を追い出すことがメンバーの総意だと言ってなかったか? あれは嘘だったのか?」
「そ、それは……」
口ごもる魔導士の男にあきれていると、後ろで仲間たちが席を立つ音がした。
「あー、なんか取り込み中みたいだし、私たち外出てるわね。パーティーのことでもそれ以外の個人的なことでも、じっくり話し合うといいと思うわ……!」
「あんまり時間はかけないでねー? これから装備取りに行くんだからさー」
「アルヴィンさん!」
ココルが、なぜだか決意を秘めたような表情で言う。
「待ってますからね!」
店を出る彼女らの背中を見て……俺は少し笑みが漏れた。
「聞いてのとおりだ。俺はこの後用事がある。あまり仲間を待たせたくないんだ、もう行くぞ」
「頼む、待ってくれ! ど、どんな条件でも飲む! 要望があれば叶えるし、なんでも君の言う通りにする! だから、どうか考え直してくれないか!?」
「お前なぁ……」
俺は溜息をつく。
「なんでもすると言う前に、やるべきことがあるだろう」
失敗したなら、原因を考えればいい。
わからないなら調べればいいし、未熟なら練習を積めばいい。
生まれ持った才能でしか為し得ないことがあるように――――努力を積み重ねることによってしか、為し得ないこともある。
俺は無言で足を踏み出し、かつてのパーティーリーダーの横をすり抜けた。
自分と同じように努力してきた仲間たちが、俺を待っている。
酒場の扉に手をかけ……最後に、俺は首だけで魔導士の男を振り返る。
そして、手切れ金代わりに告げた。
「スキル磨いて出直してこい」
〈了〉
ここで1章完結です。






