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特別な書店

作者: ぱらさ

新宿から私鉄に乗り、郊外にある寂れた小さな駅に降り立った主人公。彼が赴く先は、特別な書店だった。一日にたった一冊しか本を販売しないという、その書店の名は「迷宮」。主人公は、「迷宮」の前に立ち、周りに立ち並ぶ一軒家と同じ見た目の建物に驚く。ここが本当に書店なのか。疑問を抱いたまま、「迷宮」の扉を開いたのだった。

 ドアが開くと、古書の匂いに交じって機械油の匂いがした。店内は、建物の佇まいとおよそかけ離れた書店らしい書店だった。壁面に設えられた木造の書棚は、ところどころ朽ちかけている。書棚は、壁面だけでなく店内に数列並んでいて、書棚と書棚の間の通路は、ぎりぎりすれ違うことが可能な幅になっている。

 そう、どこにでもある書店のように見える。ただ一つ、書棚に本が一冊も並んでいないという点を除いては。


 注意深く通路を進む。もしやネズミが出てくるのではないかと、冷や冷やしながら通路を進む。書棚に本は残っていないか?足元からネズミは出てこないか? 店の奥まで進むと、そこに木製の丸テーブルがひとつ。猫脚タイプの随分と古いもののようだが、その表面は丁寧に手入れされており、艶々と光沢を放っている。


「いらっしゃいませ」


 急にかけられた声に驚いて顔を上げると、丸テーブルの向こう側に店主が立っていた。

 店に足を踏み入れた時に感じた機械油の匂いは、どうやらこの店主から発しているようだ。ボクは恐る恐る、店主に尋ねた。


「ボクが読みたい本があると聞いて来ました」


 店主は、ぎこちない動きで目の前にある、丸テーブルを指差した。

 一冊の本があった。さっきまで、その艶々と光沢を放つ天板には何も無かった筈なのに。ボクは万感胸に迫る思いで、一冊の本を見つめた。言葉は出てこなかった。黙って、その本を手に取ると、店主に渡した。

 ぎこちない動きで本を袋に詰めた店主は、黙ってそれを差し出した。代金を払い、店を出た。人気のまったくない道を、寂れた駅に向かう。


 駅のホームで、袋から本を取り出し、表紙を見つめる。

 あれから何年経ったのだろう?何十年か?何百年か?

 何故、あんなことをしてしまったのか?

 突然、現れたネズミにパニックを起こしたボクは、使ってはいけない道具を使ってしまったんだ。懐かしい友人たちの顔が浮かんで消えていく。ボクはこの先、何年この想いを抱えて生きなければいけないのか。


 ホームに電車が滑り込んできた。人間が死滅して数百年が経過した今でも、電車はプログラムされた通り律儀にダイヤを守って走っている。ボクはシートに座ったまま、表紙から目が離せないでいた。


 てんとう虫コミックス「ドラえもん 7巻」

 その明るい表紙は、ボクを明るい気分にすることは出来ない。大きなため息と共に、手にしたマンガを四次元ポケットにそっとしまった。

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