10 JKの制服はかわいい
一面の青空だった。そこは未希が知っている空と同じ空だった。ただ一つ違うのは、未希の世界では太陽が放つ光が降り注ぐ世界であるのに対し、この世界は月が反射する光で照らされる世界であった。ただ、月はとてつもなく大きく、空の大半を占めていた。そのため月明かりは未希の世界と同じ明るさで世界を照らしていた。
「ここが御代の国か」
未希は扉の先にある世界を見つめていた。教頭の家の離れにあった扉の向こうは同じような小さな小屋の中だった。その小屋の扉を開けると、その小屋が小高い丘の上に立っていることが分かった。そこから見える景色は新緑の森と、自分で簡単に超えようとは思えないような高い山々であった。
「未希、こっちだ」
幸子が背中から未希を呼ぶ。未希が幸子の方を振り返る。幸子の方へ向かうと、そこにあった小屋に遮られていた景色が姿を現した。
そこは、未希のまったく知らない景色だった。そこにあったのは大きな屋敷であった。それは小高い丘にそびえ立っていた。純和風の木造建築と思いきや、ところどころには洋風の雰囲気がする建具が使われていた。和洋折衷。そんな言葉が浮かんでくるようであった。ただ全体的には洋の要素よりも和の要素が多く含まれていた。
「うわー、なんかすごい建物だね」
「凄いでしょ、ここはね、現世と御代を繋ぐゲートを管理するために作られたものなの」
「でも何で日本と西洋の感じの両方の要素が入ってるの?」
「こっちと向こうをちゃんと行き来できるようになった最近みたいだからね。その間は文化の交流が中途半端になったんだ。向こうの世界の方が文明が先に進んじゃったからあとから追いつこうと頑張っているところってとこかな」
「そうなんだ。ん? でもゲートはかなり昔からあるんだよね? 何で行き来ができなかったの?」
ゲートがかなり昔からあるというのは幸子から聞いていた。未希には当然の疑問だ。
「それは……話すと長くなるからまた今度な。取り敢えずこの屋敷ができて安全に行き来ができるようになったってわけ」
「ふーん、そっか。まあ、私もまだまだ疑問がいっぱいある状態で頭がパンクしかけてるからいいよ」
未希は静香に促され、幸子と一緒に屋敷の入口まで歩いた。屋敷の門構えは巨大で荘厳だった。まるで大きな武家屋敷のような巨大な門構えだった。
「たのもー! とか言うの?」
「相変わらず漫画の読み過ぎだ。そんなことはしなくても私達のスピットを感じてお迎えがくるはずだ」
門の前に立って三十秒もしない内に、門の脇にある人一人が通れる程度の小さな扉が開いた。扉から現れたのは男であった。未希は見た目からして同じ高校生くらいに感じた。
「お待ちしておりました。新王様。宰相が中でお待ちです」
感情のない声と感情のない表情で男が小さな声で呟いた。
「琥太郎。ありがとう。中に入らせてもらうよ」
幸子が琥太郎に答え、静香、幸子、未希の順番で扉をくぐった。後から琥太郎が入ってきて、三人は琥太郎の後をついていく。道中何度か琥太郎がチラッと未希の方を見てくるので未希は不思議に思った。
「ねえねえ、さっちん。あの男の子。私に気があるのかな? さっきからチラチラ見てくるんだけど」
「違うよ。多分あんたが来ている学校の制服がめずらしいだけだろうね。こっちではそう言うのないから」
「おっ、JKの制服に興味があるとはあの子も隅におけませんねー」
「普通は制服じゃなくて中身のあんたに興味を持つんだけどな。あんた王の割に華がないからな」
「ひどーい。どうせ私はさっちんみたに華がないですよーっと」
「いじけるな」
幸子が勝ち誇った顔をするため未希は頬を膨らませた。
「こちらへどうぞ」
琥太郎が部屋の前で入室を促す。別段普通の扉だった。和風の家の割には中は一般的な日本の建具のようなものが使われているため、友達の家のリビングに入るような、そんな感覚になる。
「失礼いたします」
未希はそーっと扉を開た。中に入ると意外な人物が待ち構えていた。
「こんにちは、佐久良さん」
教頭だった。教頭が立ち上がって出迎えてくれた。未希は静香が先に行って準備していると言っていたのを思い出した。
「教頭先生、こ、こんにちは」
「山上さんご苦労さまでした。静香さんもありがとう。取り敢えず皆さん座って下さい」
教頭に薦められるがままに未希達はソファに座る。L字型のソファに皆が腰かけ、真ん中のテーブルを囲う。ほどなくして琥太郎が人数分の紅茶を持ってきたた。
「あのー、このお茶会は一体……」
「佐久良さん、本来は王であるあなたとこのように気安く会話してはいけないのですが、これまでの経緯もありますのでお許し下さい」
「教頭先生、それはこだいだも言いましたが大丈夫です。むしろ先生らしくしていて下さい。そうじゃないとこっちが調子狂います」
教頭はにっこりと笑う。教頭はまじまじと見るとかなりの男前のため、このように落ち着いて大人の対応をされるとちょっと見惚れてしまう。未希は先日の戦いの際にそれに気が付いてから教頭と話すときは目を合わすのをためらってしまっていた。学校にいるときは、細かいことに注意してくる口うるさいおじさんという思い込みがあり、ちゃんと顔や表情を見てこなかった。そのため、そのギャップに戸惑ってもいた。
「さて、本日夕方から新王の即位式があります。佐久良さん、心の準備はよろしいですか?」
「は、はい。ある程度は」
ある程度と言ったが、実感が全然湧いていないというのが本音であった。
「といっても、基本的には儀式なので、卒業式と一緒で基本座っていてくれれば大丈夫です。式の最後に新王の宣言があります。それだけしっかりと発言してくれれば問題ございません」
「確か『御代の国を統べる王の即位を宣言する』でしたっけ? 大丈夫です。だけど、これってそんなに意味あることなんですか?」
形だけとはいえ宣言することにそんなに意味があることなのだろうか。未希はそんな儀礼には疑問を持つ現代人だ。
「あります。非常に重要です。王になるためにはスピットに直接作用する力を持つ者だけというのはお話しましたよね?」
「はい、それは聞いています」
「よろしい。その宣言は佐久良さんの言葉から発せられることからその儀式の参加者、強いては国民すべてに作用いたします。一種の効力の強い言霊のようなものです。それが行われることでこの世界のスピット全てが佐久良さんの影響下におかれるということになります」
「はあ、そんなものですか」
未希にはまだ実感が湧いてこなかった。宣言一つでそんなことができるなら政治家は苦労しない。学校でも校長先生の話など誰も聞いていない。もし校長先生にそんな力があれば、学校はもっと統制の取られた集団になるだろう。
幸子が未希の手をぐっと握ってきた。
「未希、その宣言は本当に大事だから。頼むわね」
実感が湧いていない未希には幸子の言葉はピンとこなかった。
「さっちん、大丈夫だよ。噛まないよう気を付けるから」
気楽に答える未希に対して幸子の表情は真剣だった。
「さて、式典の会場に向かいましょう」
「えっと、式典はどこで行うのですか?」
教頭はさも当たり前でしょうと言わんばかりに答えた。
「もちろん王の居城です」
「えっ、城?」




