間話 元教師の暗躍
――――三人称視点―――
「クソ! なぜ私がこんな目に」
街中にある、とある民家のなかでメリックは憎々しげにそう口にする。
彼の名前はメリック・ネピア。
少し前まで魔法学園で教師をしていた者だ。
己の犯した行いによって教師をクビになり、果ては罪に問われて衛兵に捕まってしまった。
しかし、かねてからつながりがあった犯罪結社の手助けによって、彼は衛兵から逃げることに成功している。
ネピアがつながりのあった犯罪結社は魔法を使った犯罪を行う集団だった。
普段は闇に潜み、国の捜査から逃げる日陰者たちだ。
だが彼らは一般には広まらない薬や、裏のルートを通じて取引される精霊を取引材料としている。
盗賊や暗殺者などといった日陰者たちの間では、重宝されている者でもある。
ネピアも一般には使用することができない薬や魔道具を得るために、彼らを利用することはよくあった。
さすがに、彼らから精霊を譲り受けるようなことはしたことはないが。
「全てあの落ちこぼれのせいだ。私は悪くない。すべて奴が悪いのだ」
そして助けられたメリックは街中にある犯罪結社の隠れ家の一つに身を寄せていた。
彼が脱走したことは既に国の衛兵たちは知るところだ。
下手に逃げればその姿を見とがめられてすぐにまた捕まってしまう。
だからこうして身を潜めておくしかなかった。
とはいえ、この状況も長くは続かないとメリックは考えている。
国に所属する魔法使いが本気で探せば、隠れてやりすごすことなどまず不可能。
彼らは探索系の魔法を使うことができる。
面が割れている相手の居場所を掴むことくらい造作もないことだ。
せっかく助け出されたメリックが再び捕まるのも時間の問題だった。
逃げることもできず、隠れることも長くは続かない。
八方ふさがりとはこのことだ。
だからメリックは己の不安を、自分をこのような状況へと叩き落したアルバートへとぶつけることしかできない。
かの落ちこぼれを憎み、なじり、罵詈雑言を吐くことしかできない。
「そもそも落ちこぼれの奴を一年間も学生として通わせたのが間違いだったのだ。そうしていれば奴はさっさと学園を追いだされ、私が手を下すまでもなかったというのに。そうすれば私が学園をクビになり、兵士につかまるようなこともなかったのに。魔法学園が悪い。いや、そもそも落ちこぼれであったアルバートが全て悪い」
「どうやら憎まれ口を叩けるくらいには回復したそうですね」
犯罪結社の構成員の一人がそうメリックに対して言いはなつ。
「回復? 私はもとから本調子だ」
「ここに来た当初は学園をクビになったストレスで錯乱していたではありませんか」
構成員はメリックの取り乱しようを思い出す。
苦心して彼を助けたはいいものの、彼自身はうつろな目でぶつぶつと自己弁護や責任転嫁のひとり言をくりかえし、果てにはストレス発散のためにそこらの物を壊すという暴れようだった。
彼を助けてしまったことを後悔し始めたのだが、やっと落ち着いてきてようやくホッとしているところだ。
落ちこぼれとやらに対して悪口をいう今の姿はうざいものの、暴れないだけ昨日までよりマシだった。
それに、この後のことを考えれば実はこの状態は悪くはない。
「ふん。戯言を。私は錯乱などしていない。さすが卑しい犯罪者だ。嘘をよくつくものだな」
「…………」
その犯罪者に助けられたばかりか、自らも犯罪者になっている現状をこの男はどう認識しているのだろうか。
そう構成員は考えたが、しかし口にはしなかった。
だって、言えばまた面倒なことになるから。
「まあ、貴方がそれで落ち着くならばその認識でいいですが。苦心して助けた相手が使い物にならないのは困りますからね」
「ああ、そうだ。助けられたと言えば、意外だな。お前らが人助けをするとは」
兵士に捕まってどうしようもなくなっていたメリックを助けたことは、当人にも意外だった。
自分が衛兵などに捕まるべきではない、至上の価値をもつ男であることは疑っていない。
そんな自分が誰かに助けられることは特に疑問を持っていない。
だが、普段は魔道具や精霊の取引をするだけで日陰に潜む彼らが、自ら行動を起こすとはメリックが思っていなかったのも事実である。
かの犯罪結社は良く言えば慎重で、悪く言えば臆病だ。
もっとよく言えば自分の分をわきまえており、もっと悪く言えば弱小組織だ。
国の目を逃れて違法な取引をすることが精いっぱいの存在である。
国と敵対してまで、衛兵に連行される人物を救出するほどの勇気は彼らにはない。
「普段は衛兵から人を取り返すなどというような大それたことはしません。しかしそれは利害の一致といいましょうか。我らも優秀な魔法使いを欲しているところでして。このままメリック殿が逮捕されるのは都合が悪かったのですよ」
「優秀な魔法使い。ふん。なるほどな。貴様もよく理解しているではないか」
優秀という言葉にメリックは気をよくし、口角をあげる。
「いくら下等な犯罪者どもとはいえ、多少は見る目があるということか。なれば苦労してこの俺を助けた理由もわかる。俺ほどの魔法使いを塀の中に入れておくのは人類の繁栄の損失に他ならないからな」
「ええ。そうですねぇ」
メリックは自分が優秀な魔法使いだから助けられたのだと思っている。
それは間違いではない。
「しかし助けたはいいが、この後はどうするのだ。このままここで隠れるつもりか? それとも拠点をどこかに移すか?」
「いえ。その心配はありません。そちらについては考えがありますのでご安心を。しかし代わりと言ってはなんですが、いまここでやってほしいことがあるのです」
構成員のその言葉に、メリックは「ふっ」と再び口角をあげる。
「なるほどな。貴様もこの私の力を求める者か。わざわざ助けたからにはこの俺にやって欲しいことがあるのだろう? 貴様らのような薄汚いネズミの仲間になる気は毛頭ないが、私は礼儀はわきまえる男だ。助けられた礼として、なにか願いがあるならば聞いてやらんこともない」
「それは嬉しい」
構成員はにこりと笑う。
「時にメリックさん」
「様だ」
「……メリック様」
自らに様をつけさせるメリックに少し引いたが、構成員は気を取り直して話し続ける。
「貴方には、殺したい人物はいますか?」
「もちろんいる。あの落ちこぼれ、アルバート・レイクラフトだ」
「ほう。なぜ殺したいと?」
そのアルバートというのが、先ほどからメリックが憎々しげに口にする落ちこぼれとやらなのだろう。
構成員はそう理解して、話を進める。
「あいつは落ちこぼれの癖に魔法学園に通っているというだけで万死に値するのに、こともあろうかこの私を追いだしたのだ。百万回でも殺してやりたい」
学園を追いだしたのはひとえに自分が悪事を犯したからなのだが、メリックの歪んだ認識ではそれは理解できていない。
「ああそうだ。この私を学園から追い出し、衛兵に逮捕させ、こんな民家に隠れ潜ませたのは全てアルバートのせいだ。この私にこんな無様なマネをさせたあいつを生かしておくわけにはいかない」
「いいですね。素晴らしい悪意です。こいつに必要なのは、その悪意なんですよ」
構成員は水晶球を取り出した。
その中身は黒く濁っており、元の水晶の綺麗さのかけらもない。
「なんだこれは?」
「この中にとある精霊がおりましてね。その精霊と契約を交わしてほしいんですよ」
水晶の黒い濁りの原因は精霊だった。
未契約の精霊が石などの中に封じられていることはよくある。
だが、そのせいで水晶が黒く濁るなどメリックは聞いたこともない。
「この精霊は気難しい精霊でして、我らではとても扱いきれないのです。だから優秀な魔法使いであるあなたに契約をして欲しいと思っています」
「ほお、その見立ては間違っていない。私は世界で最も優秀な魔法使いだからな。精霊と契約することなど造作もない。それが特級でも、たとえ神級であってもな!」
「神級とも契約できるのですか? それは頼もしい。ならばさっそく契約を」
「もちろんだ」
メリックが水晶に手を触れると、その精霊の情報が頭の中に流れ込んできて――。
「なぁ!」
そして、メリックの頭に衝撃が走る。
「貴様! なんだ、これは……」
「なんだと言われましても、精霊ですよ?」
「ふざけるな。これは邪精霊ではないか!」
「ええ。邪精霊も精霊の一種なのですから。嘘はついていません」
「ふざけ、があああああああ!」
メリックは頭の中が真っ白になり、叫び声を上げながらうずくまることしかできない。
「困っていたところなんですよ。この邪精霊はとても強い力を有しているのですが、
優秀な能力とたっぷりの悪意をもった魔法使いにしか取り扱うことはできないんです。悪意については我らの結社の中にはたくさんいますが、優秀ともなるとそうはいません。そして、数少ない優秀な魔法使いは邪精霊の危険性を理解してこいつに手を出そうとはしないですからね」
邪精霊。
それは精霊の一種でありながら通常の精霊とは異なる存在だ。
邪精霊という言葉で感じる印象の通り、それらは危険な存在である。
端的に言うと、彼らは契約者の精神を乗っ取るのだ。
通常の精霊は魔法使いと契約をして魔法を与えるのみである。
しかし邪精霊は違う。
契約者の魔法使いの精神を犯し肉体を乗っ取り、その体を自分の物として扱う。
精霊により乗っ取られた肉体は魔法を使うことはできる。
契約者に魔法を与えるという精霊の大原則は満たしているのだ。
ただし、魔法を使うのは肉体を乗っ取った邪精霊なのだが。
「があああああああ!」
メリックは苦しみながら抵抗しているが、じきにその抵抗も止んだ。
そして、ばたりと倒れて一瞬気絶した後に、すぐに目を開ける。
起き上がり、キョロキョロと周りを見渡す。
「なるほど。これが肉体か」
彼は手を開いたり閉じたりして、己の肉体の感触を味わっている。
通常の精霊は話すことはできない。
例外が神級精霊であり人型のフィオーネである。
しかし邪精霊もまた例外の存在であった。
人の肉体をのっとる彼らは、その肉体の脳を用いて言語を理解し、その肉体の発声器官を使って会話することができる。
「素晴らしい。素晴らしいですよ。メリック様。貴方を選んでよかった」
構成員はもういなくなったメリックに対して礼を言った。
邪精霊はこうして目覚めた。
国と敵対する危険を冒してまで彼を助けた甲斐があったというものだ。
先ほどまでは逃げることも難儀していた構成員とメリックだが、邪精霊がいればそんな心配事など無用の問題だ。
邪精霊の力は強大。
追手を蹴散らし、向かってくる者を殺すなど造作もないだろう。
そして、自らの組織に帰還するというのが構成員の今回の作戦の段取りだ。
国の目から隠れ潜む弱小犯罪結社の自分たちが、強力な戦力を有する時がやっと来たのだ。
構成員の胸は喜びと将来への期待で満ち溢れている。
「邪精霊殿。貴方の名前を聞きましょうか」
邪精霊が目覚めた喜びで笑顔となりながら、構成員は邪精霊になを尋ねる。
「名前? そんなものどうでもいい」
「しかし、それではどう呼んでいいものか。邪精霊殿といつまでも呼ぶわけにも」
これからこの民家を出て街に出る予定だ。
邪精霊などと街中で呼ぶわけにもいかないだろう。
「いつまでも呼ぶ必要はないぞ。もうお前が俺を呼ぶことはないからな」
そういって邪精霊は構成員に対して手を向けて魔法を放つ。
魔法により出た触手が伸びて、構成員は捕まえられた。
「な――」
「俺の栄養分になるんだ。喜べよ」
触手が構成員の体を取り込み、構成員の体は一瞬で見えなくなった。
それは食事だ。
ただし、彼が欲しいのは肉体ではなく魔力と魂。
メリックを利用した構成員だが、彼もまた邪精霊というものを理解していなかった。
邪精霊はただ契約者の精神を乗っ取るだけの存在ではない。
肉体を得た邪精霊は、周囲の人間から魔力や魂を得ようとする。
魔法使いから得られる魔力は邪精霊にとって有用なエネルギー源だ。
魂は魔力に変換できる。
それもまた邪精霊にとってエネルギーとなった。
「ここらへんには人がたくさんいるじゃないか。中には魔力をもった魔法使いもいるぞ。入れ食い状態だな」
メリックの肉体を乗っ取った邪精霊はニヤリとわらう。
「さあ、食事の時間だ」
邪精霊は触手を四方八方へと伸ばす。
それは邪精霊たちがいた民家の屋根や壁を破壊し、街中で暴れ始めた。




