88.一字違い
スレイとエリスは魔術剣士団の兵舎を発った。これから彼女に隊服をオーダーメイドする店に案内して貰う処である。
夕方となったが西日が差す事もなく、雨は相変わらず強く降り続いている。スレイは外套を羽織り傘を差すと、吹き付ける風と強雨に備えた。
「……って、本体の方が来たのかよ。その恰好で寒くないのか」
雨傘を差して歩くエリスの身体には、分身体の特徴である魔法力のうっすらとした輝きがなかった。分身体ではなく本人による案内である。
エリスは隊服の上にハーフコートを羽織っていたが、生足が見え隠れして少し寒そうに見えた。
「寒くないですよ。受付業務は分身体でもこなせます。何も問題はありません」
「……いや、帰りが大変じゃないのか。魔術を解除して終わりにならないだろ」
「好きなんです。雨の日の散歩が。……ところでスレイさん。エリアさんというのは」
「ん? エリアがどうしたって」
唐突にエリアの名を告げられ、スレイは思わず問い返した。
「先ほど名前が挙がっていたので。回避の技術を指導していたと言っていましたね」
「ああ、廊下でエドガーとしていた会話か。接近戦での間合いの取り方と、簡単な武器の取り回しを教えただけだよ。指導したというのは大袈裟かな。……エリアがどうかしたのか」
「……いえ。私と名前が似ていたので。少し気になっただけです」
そう言われてスレイは気付いた。エリアとエリス。確かに一字違いである。
もちろん似ているのは名前だけで、柔らかな笑顔が印象的なロングの薄紫色の髪をしたエリアと、クールで淡々とした雰囲気を持つ、ミディアムボブの銀髪のエリスでは印象は大分違っていた。
「エリアは元冒険者仲間で、聖女なんだ。今は訳あって一緒に暮らしている」
「聖女……同棲しているという事は恋人ですか?」
「……いや、まあ、良好な関係にあるとは思っているけどな。色々事情があるんだよ」
「なるほど。訳ありと。……ヘンリーさんというのは賢者の方ですね。名前は知っています」
賢者ヘンリーの名はエリスも知っているようだった。隣国の聖王国にすら知っている者がいるくらいである。王国界隈の魔術師の知名度は高いだろう。
「そういやエリスは、どうして魔術剣士団に入団したんだ。他に仕事はしていないんだろ」
「……どうしてとは?」
「一七歳って言ってたよな。その歳でSランク魔術を行使できれば、どこでも引く手数多だろうなと思ったんだよ。飛び級で魔法学院を卒業したとも言ってたしな。箔だってある」
「……そうですね。魔法学院。冒険者ギルド。セントラル王国宮廷からも勧誘を受けましたが。……私も訳あってです。当然、自分の意思ですよ」
淡々とした様子で呟いた後、エリスは再び足早で歩き出した。
いくつもある輝かしい道の中から、魔術剣士団を選んだ事。そして、その理由は明かしたくないようだった。
(……まあ人それぞれだよな。俺も人の事を言える立場じゃない)
スレイは詮索を止め、慌てて遠くなっていくエリスを追った。
◇
強雨の中、歩く事一五分ほど。
少し先行して歩いていたエリスは、店の前で立ちすくんでいた。その表情は何とも言えない様子である。
「エリス、どうした」
「……いえ。スレイさん」
エリスの視線の方、衣服店の扉に目をやると『休業日』の札が掛けられている。
まだ夕方で店じまいには早い。今日一日休みだったという事だろう。
「休業日だった事を失念していました。ごめんなさい」
エリスが頭を下げる。
だが隊服のオーダーメイドにわざわざ付き合わせた形であり、却って申し訳ない気分だった。
「いや、俺の方こそ。場所は分かったし店は後日来ればいいからさ。いや団員の紹介がないと駄目なのかな」
「……そうですね。紹介状を書いておきます。……本当に申し訳ないです」
案の定、団員の紹介が必須のようである。スレイはバツが悪そうに周辺を見回した。
この辺りはルーンサイドでも見慣れた市街地で、近くにはよく知っている店がある。
「エリス。良かったら案内のお礼に奢るよ。近くに月の輪亭っていう馴染みの店があるんだけどな」
「……遠慮します。失態を犯した私が奢って貰う立場にはないので。それに夕餉には早いので」
「そうか。季節の果物を使ったフルーツパフェが美味しい店なんだけどな。……じゃあ、また今度な」
スレイがそう言い残して去ろうとすると、エリスがスレイの袖を掴んだ。
「フルーツパフェなら、別腹という事で。紹介状も雨の当たらない処で書く必要がありますね」




