86.試合の感想
エドガーと行った十本勝負の模擬試合は、お互いに怪我をする事もなく無事終了した。
案の定、一ランク上に当たるエドガーは強敵であり、前半の五本はいい処がないまま取られ続けてしまったが、後半の五本はスレイにとっても満足出来る動きができていた。
特に九本目と十本目はゾーンに入ったような感覚を覚え、勝負が終わった今も高揚感が尾を引いている。思えば剣を振るって楽しかったという感覚は本当に久しぶりのものだった。
ただ、スレイが取れたのは十本のうち二本と引き分けが一つ。全体の四分の一である。その点はAランクとBランクの実力差をはっきりと示された形になったと言える。
スレイは脱力すると、大きく息を吐いた。
(……最後の方は悪くなかった気がするな。あの感覚で最初から戦えたら、もう一本くらいはエドガーから取れたかもしれない)
スレイは一本目から十本目までの流れを早送りでシミュレートした後、木剣を握っていた右手を広げて目を凝らした。冒険者の時には常に出来ていた手のマメは薄れかけている。
対応に時間がかかってしまったのは自らがスロースターターという事もあるが、ここ最近の戦闘経験の不足からくるものが大きいように思えた。
「スレイ殿、お疲れ様。私としても実に良い鍛練になったと思う。特に終盤にかけてはプレッシャーが増したように感じた。……あれが本来の実力かな?」
エドガーが爽やかな笑顔と声で、ねぎらいの声をかけてきた。
模擬試合の前にはきっちり整えられていた濃紺の髪が乱れて顔に下りてきている。言った通り、終盤にかけては余裕がなかったという事かもしれない。
「ああ、お疲れ。終盤は出来過ぎてたと思う。……エドガー、さっきの模擬試合は全力だったのかな」
スレイはエドガーに確認をした。手を抜かれての二本奪取ならば、安易に自信に繋げてはいけないと思ったからである。
その問いかけに対し、エドガーは顎に指を当てて考え事をするような仕草を取り、程なくして言葉を紡ぎ始めた。
「……全力かどうか、というのは解釈によるね。寸止めを前提とした勝負だから手加減しているのは間違いないが、それはスレイ殿にも言える事だ」
エドガーは一拍置き、さらに続ける。
「ルールを順守した上で全力を尽くしたつもりだ。それこそ一本も取らせずに完封するつもりでね」
「それなら良かった。今後も鍛錬する機会があった時は手加減抜きで頼めるかな」
「……では、スレイ殿を相手にする時はそうさせて貰おう」
スレイはエドガーと握手をかわした後、借りていた木剣を返す為に部屋の隅に移動した。
「……エドガーさんから二本と半分。やりますね」
振り向くとエリスの分身の姿があった。この反応からすると期待値以上の成果は見せる事が出来たのかもしれない。
ただ、エドガーから取れたのは四分の一に過ぎない。あまり満足した様子は見せたくなかった。
「内容は完敗に近いんじゃないのか。十本勝負だから取り返せたけど、五本勝負だったら一本も取れずに終わってたよ」
「エドガーさんは、Bランク認定くらいの剣士なら完封出来る程の手練れです。正直一本でも返せたら上出来だと思っていました」
「大分手厳しい事を言われている気がするが。……よくやったって事でいいのかな」
「はい。鍛錬を積めば一年以内にAランク認定も狙えると思います」
Aランク認定。その言葉には常に憧れと超えられない壁を心の中に感じていた。
剣技も魔術もBランク止まり、使役だけは唯一Aランク認定を一応は受けているが、認定を受けられたのは運良く大灰色狼のロイドを従えているからである。
得意とする変成術も、師匠から受け継いだ能力が混ざってしまい、自力でのAランク達成は永遠に出来なくなってしまった。
心が強く揺れ動いている。エリスの言うとおり、鍛錬を続ければ壁を越えることが出来るかもしれない。
「スレイちゃん。……何処も怪我はしてない?」
いつの間にかブライアンが、考え事をしているスレイの目の前に腕を組んで立っていた。
頭一個分大きい体躯は相当な威圧感があり、スレイは無意識に半歩下がっていた。
「……ああ、大丈夫。治療の為に待機して貰って悪かったよ。……俺の試合はどうだったかな」
「見ていて楽しかったわ。今度はアタシと手合わせしてみない? もちろん全力でね」
「今すぐには勘弁して欲しい。また来た時で良ければ考えておくよ」
「残念。……アタシも剣技はAランク認定よ。エドガーちゃんよりパワー寄りだけど、楽しめると思うわ」
ブライアンはそう告げた後、観戦していた隊員たちの方へ向かった。どうやら模擬試合の観戦で中断していた指導を再開するらしい。
「スレイ殿、これからどうするつもりかな」
「今日の処は挨拶だけのつもりだったから、これで帰ろうと思う。……相変わらず雨が降っているみたいだし、暗くなる前にな」
耳を澄ませると、相変わらず雨が強く屋根を叩く音が聞こえてきた。
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