84.兵舎の訓練場
「エドガー、手合わせはどんな形式で行うつもりなんだ?」
「……そうだね。軽量な木剣を使っての一〇本勝負はどうだろうか。今回は魔術はなしで」
「ああ、わかった。……最近は剣を握る機会が少なかったから、期待外れかもしれないぜ」
スレイはエドガーの案内で訓練場に向かっていた。その途中で模擬試合の形式を話し合う。
後ろには先ほど仮入隊の手続きをして貰っていた、受付嬢のエリスも付いてきている。
「……エリス、君も来るのかな。受付は」
「私は分身体です。本体はちゃんと受付に居ますから。楽しそうなので観戦しようと思います」
エドガーの問いかけに、エリスはそのように応じた。
見た目や服装はエリスそのもので気づかなかったが、どうやら分身体らしい。
言われてみると、先ほどカウンターに居たエリスより色彩が薄い事に気づいた。これは分身の特徴で、魔法力による模倣なので僅かな差異が出てしまうからである。
(……分身を作れるって事は、エリスは少なくともSランク認定の魔術師か。さすが魔法学院飛び級入学。レベルが高いな)
分身体は自分と似た分身を作りだして操る事の出来るSランクの魔術である。分身は本体より能力は落ちるが五感を共有する事が可能で、倒されたとしても本体には影響がない。
さりげなく言ったであろう、楽しそうという台詞が気がかりだった。正直楽しませるほどの剣の技量はない。この魔術剣士団にはスレイの持つBランク認定レベルの剣士はありふれている筈である。もし今の技量で楽しませられるとしたら、エドガーに完膚なきまでに打ちのめされる事くらいかもしれない。
当然それは嫌だった。剣技Aランクの認定のエドガーに一〇本勝負で勝ち越すのは難しいとしても、せめて一本か二本くらいは取りたいとスレイは思っている。
「せえええい!」
「やあ!」
訓練場からは隊員らしき叫び声と床を踏みしめる音、そして木剣の打ち合う音が響いていた。エドガーが扉を開く。
中では六名の隊員が木剣を振るい、鍛錬を行っている最中だった。
「……あら、エドガーちゃん、その子が推薦したいと言っていた錬金術師の子かしら?」
「ああ、ブライアン。スレイ殿という。様々な分野で優れた能力を持っている万能手だよ」
隊員の指導に当たってたブライアンと呼ばれた人物が、スレイたちの方を振り向いて話しかけてきた。
顔には薄化粧を施し、女性のような言葉使いをしていたが、屈強の体格と低い声によって男性だと分かった。
(ブライアン、男の名前だよな……レイモンドのおっさんよりガタイがよさそうだ)
スレイはブライアンを見上げた。エドガーと同じ魔術剣士団の隊服を着ていたが、スタイリッシュな彼と比べると非常に大柄で筋肉隆々としている。間違いなく隊服は特注品だろう。
背はスレイより頭一個分高く、二メートル近くはありそうである。それだけでフィジカルがずば抜けているのは疑いようがなく、体格が見かけ倒しでなければ『ディフェンダー』の役割もこなせそうに思えた。
「……仮入隊したスレイだ。よろしく」
「隊長のブライアンよ。ブライアンって気軽に呼んで。……錬金術師っていうからどんな子と思ったけど、なかなかワイルドじゃないの。なかなかのイケメンだと思うわ」
「いや、ワイルドっていうより、気品がないだけじゃないか。俺は錬金術師だけど貴族じゃないからな」
スレイは苦笑いを浮かべつつ握手を交わす。どうやら彼もエドガーと同じく隊長のようだった。
「ブライアンさん、これから二人で模擬戦をするらしいです。一〇本勝負」
エリスの分身体が割って入りブライアンに説明した。
その事が訓練をしている六名の団員の興味を引いていた。どうやらギャラリーがさらに増える事になるらしい。
「へえ、エリスちゃん。それは楽しそうねえ。アタシに治療は任せて」
「治療……ブライアンは神聖術が使えるのか?」
「ええ。重傷回復も使えるから、二人で遠慮なく殴り合っても大丈夫よ」
重傷回復を行使できるという事は、ブライアンは神聖術をBランク認定以上はあるという事になる。それに加えてこの優れた体格。木剣の指導に当たっていたことから剣にも長けていそうである。
盾でも持たせて重装備で固めれば、レイモンドのような『ディフェンダー』をこなせそうな気がした。
「では、スレイ殿。早速だけど始めよう。……その前に準備運動はしておこうか」
エドガーは立台に置かれている木刀を一本取ると、素振りを始めていた。
スレイも普段使っているショートソードと同じ丈の木剣を立台から選び、準備運動の素振りを始める事にした。




