83.詳細の記入
「……スレイ殿、仮入隊の事だけど返事はどうかな? 良い話を聞けるといいのだけどね」
ストレングスポーションの引き渡しを終え一段落ついた処で、エドガーがあらためて問いかけた。
彼に事前には伝えてあったが、スレイが兵舎に来訪したもう一つの理由は、魔術剣士団の参加を検討している為である。
「一つ聞き忘れていたけど金はかかるのか? 別に困っているわけではないが」
「魔術剣士団はルーンサイド有力者の支援と、依頼解決による報酬によって成り立っている。基本的には必要ないよ。ただ支給する隊服は半額負担してもらっている」
隊服。エドガーは白を基調としたスタイリッシュなものを身に着けている。確か彼がルーンマウンテンで率いていた三名の隊員も同様の服装だった。
「エドガーが今着ているものか。……その隊服は強制か?」
「魔術剣士団として活動している時はそれが望ましいね。強制ではないよ。より良い防具を所有しているならば、それで臨むのが正解だろう」
「半額負担と言っていたな。……隊服の価格は?」
「金貨二枚から。品質によって価格は異なる。オーダーメイドにすると時間がかかる分、少し高くつく。……とりあえず今の段階は考えなくていいかな」
どうやら隊服の着用は推奨であり強制ではないらしい。
懸念の一つだったが、強制ではないという事ならありがたかった。上品な雰囲気が粗野な自分に似合うとは思えなかったからである。
「わかった。とりあえず仮入隊したい。……前にも言ったと思うが錬金術師が本職だからな。本格的には参加できないと言っておくぜ。それで良ければ籍を置いてもいい」
「構わない。もし必要な時はスレイ殿、それとロイドに手を借りる事になるかもしれないな。遠出はさせられそうに」
「エドガーさん」
受付嬢のエリスが、冷ややかな声でエドガーを遮った。
スレイとエドガーが同時に彼女の方を振り向くと、面白くなさそうに肘をテーブルに頬肘を突いている。その視線も声と同じく冷ややかである。
「エリス、何かな。もしかして私の説明に不備があっただろうか」
「仕事を取らないで下さい」
「……ああ。すまなかった。後は君に任せよう」
少し青ざめた表情でエドガーが引き下がった。エリスは意に介さず、引き出しから羊皮紙を取り出すと、カウンターに置く。
スレイがそれに目をやると、その羊皮紙には枠線がいくつも引かれ、記入事項が細かく分けられていた。
「スレイさん。記入をお願いします」
「かなり細かいな。……全部書かなきゃダメなのか?」
「細かい理由は隊員の皆さんに教養が備わっているからです。識字率が高くない荒くれ冒険者との違いですね。……黒い太枠内、必須なのは名前と住所、技能認定のランクはお願いします。他は必要と思った処だけで結構です」
エリスの物言いは冒険者に対する棘を感じた。もしかすると冒険者に対して対抗意識があるのかもしれない。
スレイは魔術を行使する者として、当然文字の読み書きは難なくこなせる。再び視線を落とし記入用紙を見た。
用紙には名前、出身、年齢、性別、職業、技能認定、住所は黒い太枠で囲われている。細枠にも志望動機、得意な事、将来の夢、はては好物など必要あるかどうかわからない事まで記入欄があった。
(……とりあえず、必要な処だけでいいか。失敗しないように書かないとな)
スレイは手に取っていた羽根ペンを黒インクに浸すと、羊皮紙に筆先を走らせ始めた。
◇
「スレイ、二五歳、男性。……見習い錬金術師。剣技と魔術と変成術がBランク認定、使役がAランク認定。ふむふむ」
エリスはスレイから渡された記入用紙に目を通していた。
揺れる銀髪が顔の半分を覆い隠し、細めた目と相まって理知的な雰囲気を強調させているように見えた。かなりの美少女である。
「スレイさん」
「……何か抜けてたかな。必須といわれたものは書いたつもりだが」
「いえ、とても達筆ですね。私好みの字です。……目を引いたのが使役A。何気に凄いですね。かなり稀少な技能ではないですか」
「本当はAランクもないよ。難易度Aの大灰色狼を使役できたから認定を受けたけど、特殊な事情があったから出来た事で、実際はそのレベルに達していない」
「些末な事ですね。使役技能の所有者が魔術剣士団にいないので。ペット探しの依頼で活躍できるのではないですか」
「ペット探し……そんな依頼まであるのかよ。ここって自警団的な役割を担っているんじゃないのか。それに街には冒険者も居るんだろ」
「ルーンサイドは冒険者ギルドの規模が小さいので当てになりません。魔術剣士団はルーンサイド市民の為に働くことを第一義としています。だからペット探しだって依頼があれば引き受けます」
エリスはそう言った後、再び記入用紙に視線を落とした。
「志望動機欄に『剣の腕を磨きたい』とだけありますが。これは思い付きで?」
「いや、本心だよ。エドガーにも言ったが、このルーンサイドはなかなか剣の相手が見つからなくてな」
「確かにそうですね。それでは、剣技のAランク認定を目指したいという事ですか」
「……いや、そこまで行くのは難しい気がするな。けど、そういう気概で挑みたいとは思う」
剣については物心ついた子供の頃から手に取っていた。大人に同伴して行う野山の狩りのお供である。『爆ぜる疾風』に所属していた頃も、後衛の守りとして剣を手にして戦った。
ただ、本気で剣に打ち込んだという記憶もない。ローランドと反目してからは仲間内で剣の鍛錬をする事もなくなった。
どれくらいが限界なのだろうか。それを知る良い機会かもしれない。
「スレイ殿。今から剣の手合わせでもしてみないか。私は剣技Aランク認定だ。手合わせの相手としては打ってつけだろう。どうかな」
エリスに叱責されてから、黙ったまま腕を組んで待機していたエドガーがようやく口を開いた。
エドガーの提案に対しスレイは一瞬迷いを見せたが、すぐに頷いた。
よい機会である。上位の相手とはいえ、ここで臆しても仕方ない。
「ああ。……とりあえず、やってみてもいいかな」




