75.月の輪亭にて-後編<ヘンリー視点>
「うーん……何か話そうと思ったけど、どうにも話し辛いな。悪い事ばかりではなかったけど、終わりがあまりにも酷すぎたから」
『爆ぜる疾風』の事を想起したヘンリーは額を押さえながら顔をしかめた。
特に凶行に及んだローランドや、今は亡きレイモンドの事を思い出すのは精神的にきついものがある。かつての仲間たちに殺人犯に仕立て上げられそうになったのも、つい最近の事だった。
「ヘンリーさん、元のメンバーのせいですか? ……確か厄介な性格の勇者が居て聖騎士を殺めてしまったとスレイさんから聞きましたけど」
「ああ、ジュリアも知っていたのか。……スレイのやつ、割と気兼ねなく話すんだな。まあ、彼は一早く抜けていたからその件は無関係ではあるんだけど」
レイモンド殺害の件が発生した時はスレイは既にパーティーを追放され一カ月以上経っていた。間接的に凶行の引き金を引く事になってしまったヘンリーやエリアとは立場が全く異なっている。
本人はそこまでは気にしていないだろう。むしろエリアが気に病んでいる事を気にしていそうだった。
「エリアにだけは絶対に聞かないように。いまだに起きた事件に対して自責の念を持っていると思う。……彼女は本当に悪くないんだ」
ヘンリーは言っておきたかった事をジュリアに伝え、念を押した。
「それはスレイさんにも口止めされていますから。大丈夫です。……それじゃあ、出会った頃の二人はどうだったんですか」
ジュリアが既にスレイから聞いている事を伝えつつ、ヘンリーに食い下がった。
「出会った頃。……うーん、五年前からスレイはそんなに変わっていない気がする。……そういやロイドを従える前は黄金梟を相棒にしていたなあ」
「黄金梟ですか? ……それってかなりレアなのでは。故郷の森でも滅多に見ませんよ」
先ほどから黙って話を聞いていたクラリッサが口を挟んだ。
黄金梟は梟の中でもとりわけ賢く魔法を操る個体も存在する。そして美しい黄金のような輝きを放つ羽根は高値で取引され密猟の対象にもなっていた。
「スレイの故郷ではそれなりに個体が棲息しているんだってさ。ロイドに負けず賢い梟だったな。……ああ、これも辛い思い出か。今のは無しで」
ヘンリーが唐突に話題を打ち切ると、クラリッサはそれ以上言及してこなかった。
少なくとも今はもうスレイは従えていないのである程度察する事は出来るだろう。
「五年前のエリアは少し幼い感じで。それもそのはずで、実は一四歳でしたって聞いて驚いた記憶がある。……今よりクールでミステリアスな雰囲気。もちろん話せば優しかったし本質が変わった訳じゃないと思うけど」
ヘンリーは顎に手を当てながら五年前の記憶を辿っていた。エリアにとっては黒歴史らしく初期の頃の事はあまり話題にしたがらなかった。
ただ、時おり漏れ出す事もあり、完全に影を潜めた訳ではない。
「クールでミステリアスなエリアさん。見てみたいです。……一四歳から冒険者って、ちょっと早すぎないですか」
「そうだね。成人年齢を迎えてないから本来は冒険者ギルドには登録できないよ。一歳サバ読んで登録して後で修正したんだ。……今思うと、彼女が行った数少ない悪事だな」
「サバ読みですか。嘘をついてまでエリアさんは冒険者になりたかったのでしょうか」
「かもしれないね。でもどういった事情があったかとかは全く教えてくれないから。……聖女の能力は稀少だったから、誰も異論は挟まなかった」
エリアがある程度の教養を持っているのは見て取れた。
少なくとも幼少から高等な教育を受けていたのは間違いない。
「……さてと、僕はそろそろ帰るよ。……余計な事まで話し過ぎたかもしれない。僕が言っていたって言わないでくれると助かるかな」
ヘンリーは席を立つと、おもむろに大きなあくびをした。この時間までお喋りをする事になったのは予想外である。
気分的には今すぐ月の輪亭で部屋を取り眠りたい気分だったが、図書館近くの宿に予約を入れてある。流石に無断キャンセルはいただけない。




