74.月の輪亭にて-中編<ヘンリー視点>
ジュリアに連れられて席を外していたクラリッサが、数分後に衣装替えをして食堂に戻ってきた。
「……ヘンリーさん、どうでしょう? 似合いますか?」
クラリッサが両手でピースをしながら照れ笑いを浮かべ、ヘンリーに感想を尋ねてきた。
片眼鏡を調整しクラリッサを見上げる。身に着けているのは黒と白を基調にした所謂メイド服の形状に近いもので、脚には白いニーソックス、サファイア色の髪にヘッドドレスを乗せている。
率直に言えば似合っている。ただ、全くサイズが合っていない点がヘンリーは気になって仕方がなかった。衣装はぱつんぱつんの状態で、ところどころ窮屈そうにしている。
「……ジュリア、他に服持ってないの? なんか色々と窮屈そうに見えるけど」
ヘンリーはクラリッサの感想には答えず、少し引いたような表情でジュリアに問いかけた。
「ですよねえ。……うーん、やはりわたしの衣装では無理がありました。敗北を認めます。……マーロックさん! ヘレンさんの衣装ってまだ月の輪亭にありますか!?」
ジュリアが逆ギレ気味に洗い場で皿洗いをしているマーロックに問いかけた。この様子だとヘレンという名の従業員が働いていたのだろう。
「……ああ、ヘレンが実家に持って帰っていると思う。取りにいかないとな」
「やっぱり。……明日サイズの合う服を持ってきますので。クラリッサさん、今はそれで我慢してください」
ジュリアが謝っていたが、クラリッサはきょとんとした表情で、衣装の窮屈さを気にした様子はなかった。
そしてかしこまるようにマーロックとジュリア、二人の方を向いた。
「……えっと、マーロックさん、ジュリアさん、魔法学院に居る間はお仕事できませんし、正直お仕事が務まるかはわかりませんが。何卒よろしくお願いします」
そう言い終えると、クラリッサは深々とお辞儀をした。
「クラリッサさんのスケジュールに合わせますよ。……正直休みが少なくて困っていましたから。……マーロックさんがなかなか新しい人を採用してくれないので。自分からスカウトしてみました」
ジュリアが言い終えるとマーロックをじっと睨む。
その恨みがましい視線を受け、マーロックは申し訳なさそうな表情で頭を掻いた。
「すまんな。……明るくてきぱきと仕事が出来て、信頼のおける人物。そう簡単には見つからないよ。……それに一度痛い目にあっているからな」
「痛い目……月の輪亭で何か事件でも?」
「ああ、ヘンリー君。従業員に金庫の金を持ち逃げされたんだ。……あの時は流石に落胆したな。金品で済んだだけマシかもしれないがね」
マーロックの口調は重々しかった。マシというのはジュリアや客に被害が及ばなかっただけ良かったといいたいかもしれない。それならば採用に対して慎重になるのも無理はない。
金庫の金。ヘンリーはクラリッサがお金に困っている事を思い出し、頭に悪い想像が一瞬よぎったが、すぐに首を振った。
自らを中立的な立ち位置と考えているヘンリーの見立てでは、彼女は危なっかしいと感じるくらいには善良寄りである。間違っても目の前に居るエルフがそういった犯罪行為には手を染める事はないだろう。
「それは災難でしたね。じゃあ今はマーロックさんとジュリアで店のやりくりを? 食堂を兼ねた宿屋って大変そうだけど……」
ヘンリーが温くなったお茶を手に取りつつ、二人に質問した。
「ええ、今は時おりヘルプを頼みつつ基本は二人です。正直大変ですね。食堂は週一で休業日を設けていますが、宿泊施設の方はそうもいかないですから。……マーロックさんの奥さん、ヘレンさんという方が以前は勤めていたのですが、三カ月前から産休を取っています」
「ヘレンさんっていうのは奥さんか。夫婦で経営していたと。……ジュリアってマーロックさんの知り合いなのかな。随分と信頼関係があるみたいだけど」
「そうですよ。うちのお母さんがマーロックさんの妹です。わたしは姪に当たりますね。今はお母さんにたまに手伝いに来て貰ってなんとかしています」
「ああ、なるほど。親戚の間柄って事か……確かに身内なら安心出来るな」
ヘンリーはクラリッサを見た。今の話を聞いて少しおどおどしているようにも見える。
先ほどのマーロックの言動からすると、従業員に対する要求はそれなりに高く何より信頼を問われていた。
「マーロックさん、わたしは明るいと思います。てきぱきと仕事……エルフは種族柄のんびり屋なのですが動こうと思えば素早く動けます。料理は故郷でよくサラダを作ってました。数十……いえ数年前の話ですが」
クラリッサはさらに続ける。
「信頼出来る人物。……これについては任せてください。エルフは誇り高い種族です。悪徳に手を染める者など皆無と言っていいですね。……それにヘンリーさんのお墨付きですから」
「……お墨付き? 誰が誰にだって?」
「ヘンリーさんがわたしにです。……ヘンリーさん、わたしは信頼できますよね?」
「スレイやエリアなら信頼出来るって断言するけど。……まあ、金庫を盗み出すって事は流石に無いだろうし、精霊術を使えるから防犯的な側面では活躍できるとは思う」
ヘンリーは断言を控え慎重な物言いをしつつも、クラリッサの肯定的といえる材料を二人に伝えた。
「心配しなくても大丈夫ですよ。わたしはクラリッサさんを信頼しますから。……そういえば、ヘンリーさんって、スレイさんやエリアさんとの付き合いは長いんですよね」
「ああ、かれこれ五年ほど一緒のパーティーに居たんだ。……色々問題を抱えて解散してしまったけど」
「『爆ぜる疾風』の大体の事情はスレイさんに聞きました。……あの二人の関係ってアトリエに移ってからはどうなんですか? 少し……いえ、かなり気になっています」
「……あっ、わたしも気になりました! アトリエで同棲しているって事はそういう関係なんですか?」
ジュリアは興味津々といった様子で、クラリッサも加わるようにその話に食いついてきた。
ヘンリーは昔の事を勝手にべらべらと話していいものかと迷っていたが、この様子だとスレイもパーティーについての昔話を何度か彼女にしていたようである。
黒歴史となってしまったパーティーの内輪揉めや解散劇など、思い出したくない記憶も山ほどあるが、この二人にある程度は知っておいて欲しい事もある。それを部分的に伝えてみようと思った。
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