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72.昼下がりの読書

 エバンス親子三人の来訪以降は来客はなく、スレイは羊皮紙の本を読みながら、皿にのった一切れのパイをフォークでつついていた。

 謝礼として持ってきていた、ルンザの実をふんだんに使った定番とも言えるパイである。妻メリンダのお手製で、スレイが不在の間に接客をしていたエリア曰く、どうやらパイ作りが趣味との事だった。

 暖炉に火を入れて焼き直し、皿にある一切れを口に運ぶ。さくさくとした食感と香ばしい香り、そしてジューシーな味わい。大変美味である。お店に並んでいてもなんら不思議ではない味だと思った。

 季節的に数日は持つと思うが、やはりそう日持ちする物でもないので、もしアトリエに来客がこないようなら三日の内に食べ終えてしまおうと思った。

 

 エリアは同じように切り分けたパイを食べ終えると、皿を片付けてから愛用している聖女神の教典を開き、視線を落とす。顔にかかる薄紫の髪が揺れ動いた。

 彼女の祈りや教典を読む静かな動作、そして表情はいつでも天使という言葉を容易に連想させた。神聖術は異界の女神から力を借りる魔法とされている。何か備わっているものがあるのかもしれない。


 ロイドはエバンス親子がお土産に持ってきた、ニブナの実やラスケトの実といった高価な果実を堪能している。いずれも果物屋で売っている一個につき銀貨三枚する高級品だったが、ロイドは実に十秒もかからず平らげてしまう。

 その果実の甘さにご満悦のようであるが、味を覚えられて再びこれらを求められるかもしれない。


 静けさを帯びる昼下がりのアトリエで、羊皮紙の本の頁をめくる音だけが響いていた。冒険者をしていた頃には考えられなかったゆったりとした生活である。 

 スレイが読む本はその日によって違うが、今読んでいるのは師匠から受け継いだ愛用している錬金術の変成レシピだった。

 MP消費が少ない効率よく変成できる物質のパターンはある程度定番というものが存在する。それをまとめた本だった。


     ◇


 やがてエリアは聖女神の教典を閉じた。

 掛け時計の分針が一回転している。一時間というのが彼女のルーティーンとなっているようである。


「スレイさん、少し小休止しませんか」

「ああ。丁度目を休めようと思っていた処だ」


 スレイは錬金術の変成レシピを閉じると、大きく背伸びをして、首を左右に曲げた。

 

「……スレイさん、私もアトリエを手伝う身なので、新たに何か役立つ事を学んでみようかと思います」

「エリアが神聖術以外を……何か学びたい事でもあるのか。本気なら付き合ってもいい。教える事も勉強の一つだからな」

「ありがとうございます。……本当に一番覚えたい事は、ロイドと心を通わせる使役能力なのですが、以前言われた通り私には才能がないみたいですね」

「あれは才能もあるが、環境から変えてトレーニングしないと難しいな。降伏化の技能もかなり特殊だし。もっと野生動物に接する事が出来る環境じゃないとな。俺の故郷はそういう意味では御誂え向きだったな」


 スレイの使役能力は故郷で磨いた技能だった。

 都会を離れるほど使役者(テイマー)の技能を持った人間の割合は多い。都会で使役獣を伴って移動するのが難しい事もあるが、そもそも狩りのお供といった側面が強い能力である。


「……他に考えているのは、スレイさんやヘンリーさん、クラリッサさんのように空間に物を保管出来る魔術を行使出来ればと以前から思っていました」

「……亜空間部屋(サブスペースルーム)か。確かに便利っちゃ便利だが、難しい魔法だな。……自慢ってわけじゃないが」

 

 亜空間部屋(サブスペースルーム)はBランクにあたる魔術である。

 才能ある者にとっては通過点であり、才能がそれなりの者にとっては到達点。そして才能が無い者はそこまでも辿り着く事は出来ない。

 魔法学院で二年間専門的に魔術を学んでいるクラリッサがBランクで足止めされているくらいだった。

 ただ、エリアは地頭が良く、魔法的な素養で言えば誰よりも飛び抜けて高い。勉強を続けていけば将来的には不可能ではないだろう。問題は時間である。

 

「エリアは神聖術の天才だけど、それは聖痕の恩恵もあるだろう。魔術はそういったものはないからな。……仮にエリアに魔術の素質があったとしても最低二年以上は勉強が必要だと思う。それで良ければ」

「とりあえず挑戦してみたいと思います。……スレイさん、もし続けられるとしたら、二年間付き合ってくれるのでしょうか」

「……エリアが望むならな。でも簡単じゃないぜ。もし厳しいと思ったら遠慮無くギブアップしてくれ。……それじゃ、何かエリア向けに魔術教本でも作ってみるかな。ヘンリーにも協力を仰いでみる」


 エリアに言われて、スレイは一年後、正錬金術師になったら故郷に帰る計画を立てている事に気付いた。

 今はその事は考えなくていいだろう。もし続くなら一年余計に付き合ってもいいし、もし続いていたらその時は故郷に誘ってみようかとも思った。

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