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70.親子の来訪

 錬金術協会での報告を済ませたスレイが街外れにあるアトリエに帰ると、庭先でロイドが駆け回っているのが見えた。

 背には一人の子供を乗せている。スレイが目を凝らすと、それはルーンマウンテンで助け出した少年、コニーの姿だった。


「わーい! はやい!」


 アトリエの回りを一周、二周、三周……単純な周回運動だったが、ロイドの背に乗ったコニーはとても楽しそうだった。どうやらスレイが錬金術協会に出かけている数時間の間に来訪したようである。すっかり馴染んでいる様子が窺えた。

 

「おーい、ロイド、程々にしておけよー。……目を回すぞ」


 スレイが声をかけて手を振ると、ロイドはアトリエを周回するのを止めて、スレイの元までゆっくりと駆け寄ってきた。


「……よお、コニー少年。元気か。あまり無理はするなよ……家族も一緒に来ているのか?」


 スレイはコニーに気安く挨拶をした。

 エリアに神聖術で回復して貰っているので体調に問題は無いはずだが、スレイは気づかう様にコニーに声をかけた。

 

「僕の事はコニーでいいよ。うん、お父さんとお母さんも、小屋でエリアお姉ちゃんとお話している」

「小屋じゃない、あれはアトリエっていうんだ。……まあ、小屋にしか見えないよな」 


 遠目に改めて見返してみると、ただの丸太小屋である。錬金術師の仕事場とは思えなかった。

 ルーンサイドで見る事が出来る錬金術師のアトリエは貴族が運営するものであり、それに相応しい見た目のものがほとんどである。


「……スレイお兄ちゃん、こないだは助けてくれてありがとう」

「なに、礼はいらないさ。俺としても助けたお陰で良い思いが出来たしな。ウィンウィンの関係だ」

「うぃんうぃん?」

「今のは気にするな。それよりコニー、山の行動には気を付けろよ。登山道を外れると怪物もいるからな。……一旦アトリエに戻っていいかな」


 スレイはコニーの頭に手を乗せた後、ゆっくりと歩き始めた。コニーを背に乗せたロイドもそれに従うようについていく。

 魔素(エーテル)の新スポット発見によって錬金術協会に貢献が出来たので、コニーを捜索する事により良い事があったのは間違いなかった。ただ恩恵があったとはいえ、流石に行方不明に至った行動の肯定まではできないので、軽く叱責はしておく。


 コニーと一緒にアトリエに戻ると、先ほど言っていた通り、応接間にはコニーの父パトリックと母メリンダが居た。

 向かい側に居るエリアと三人で談笑をしている。


「スレイさん、お帰りなさい。お疲れさまでした」

「ただいま、エリア。……ようこそ、パトリックさんにメリンダさん。小屋みたいなみすぼらしいアトリエで申し訳ないが、ゆっくりしていってくれ」


 スレイが挨拶すると、パトリックが席から立ち上がりスレイにお辞儀した。


「スレイさん、このたびはコニーが大変な御迷惑を……」

「いや、こちらこそ。エリアに聞いたかもしれないが、実の処コニーを救出した事で、結果的にかなり良い思いをさせて貰っているんだ。改めての礼はいらないさ」


 スレイはかしこまるパトリックに対しそう伝えた。


「本当に助かりました。……では、改めて自己紹介を。私はエバンス商会のパトリック・エバンスと申します。彼女は妻のメリンダです。今後ともよろしくお願いします」

「メリンダと申します。この度はありがとうございました」


 スレイは夫婦揃って改めての挨拶を受けた。そしてエバンス商会という名前。

 魔術剣士団の隊長エドガーが、パトリックに懇意にして貰っていると言っていたのを思い出した。ルーンサイドではそれなりの有力者なのだろう。



「エバンス商会。……パトリックさん、申し訳ない。ルーンサイドの事には疎くて」

「ああ、知らなくても無理はありません。この街に存在する商会の一つにすぎませんから。ですがルーンサイドではそれなりに顔が利きますので、もし何か困った事があれば、出来る限りお力になりたいと思います」


 パトリックはスレイに名刺を手渡した。

 当面お金には困っていないが、ルーンサイドで顔が利く存在という点では、今後何かしら頼る事があるかもしれない。 

 

「今日はお礼の挨拶という事で伺いましたが、驚きました。……ロイドの事です」

「ああ。アイツには俺もエリアもいつも驚かせて貰っている。あまりにも優秀過ぎる狼だよ。今回の件は九割方ロイドのお陰と言っていいと思う」

「いえ、ロイドを従える事が出来るスレイさんの力も大きいのではないでしょうか。……私はあれほど賢い狼を今まで見た事がありません。……あの様子であれば、街中を歩いても人を襲う事もなさそうですね」


 街中では降伏化が必須である。使役者(テイマー)は一定以上の大きさの獣は必ずそうするのが習わしだった。


「……まあ、人を襲ったりすることはまず無いと断言できるが、どうしたって目立つからな。知らない人から見れば怖いだろうし」

「どうでしょう。一つ提案なのですが、私はルーンサイドでロイドが堂々と歩けるように尽力したいと思います」


 そのパトリックの発言にスレイは何とも言えない表情を浮かべた。あまりに突拍子もない提案だったからである。


「いや、それは流石に……とてもありがたい話ではあるけど、そんな簡単な話ではない気がするな。一度ロイドがルーンサイド市街を疾走した事があったんだが、あれだけでも、ちょっとした騒ぎになってたし」


 スレイはエリアの危機を感知して、ロイドが月の輪亭の窓から飛び出した時の事を思い出しながら、そうパトリックに伝えた。


「ええ、勿論すぐには無理でしょう。少しずつロイドの存在を認知させる必要があります。……先ほどエリアさんに伺ったのですが、街中で自由に歩けないロイドに配慮してこの街外れに居るとか。……私としては、これ程の優秀な狼は是非ルーンサイドの者に知って貰いたいと思っています」




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