67.爆ぜる疾風その後4-中編<サンドラ視点>
聖王都セイクリッドアークの東側に鎮座する大聖堂は一般人は立ち入り禁止となっている。ここでは特に重要な罪人の中でも、秘密裏に処理が行われる必要のある罪人の裁きが行われていた。
大聖堂には主が居る。とはいえ司教位の者がこの大聖堂を預かっているわけではない。その主こそが最高聖女である。
最高聖女。名とされている呼び方はあるが、それを口にする事は、最高聖女が認めた近しい者を除き許されていないらしい。
そして、彼女の存在を知る者も聖王国の中でも一部の者に限られる。
最高聖女とは何者か。それをわかりやすく言えば、聖女の中で最も強い力を持つ存在であり、聖王国の実質的な支配者といっていい。
世襲制を採用していない聖王国の国主が、司教位の者の中から選出によって選ばれるのに対し、彼女は五〇年も昔から唯一の存在だった。
何十年も変わらぬ美しい容貌を持ち続けているという話だけは聞いた事がある。
基本として謁見が許されるのは聖女、司教、聖騎士、賢者といった高い位を持つ者。そして自らが罰を科せる人間相手に限る。
つまりは、いずれの称号にも該当しない自分は後者に当たるのではないかと、これから謁見を行うサンドラの脳裏によぎった。
「……カルロさんも来たんですか。冷やかしじゃないですよね」
「馬鹿言え、後処理役だ。……サンドラ、お前大丈夫か。俺はお漏らしの処理なんてしたくねえんだが」
「……すみません、正直、緊張しています」
今のサンドラには、カルロの冗談に反応する余裕すらなかった。
身体が震えている。その緊張は光栄といった想いよりも、畏怖の割合が大きく占めているのだろう。
誰もが言葉を濁す存在である。おそらくは一生お目にかかる事なく過ごした方が幸せなのだ。
「おい……一体、何が始まるっていうんだ。裁判じゃねえのか」
「黙ってろ。今すぐ串刺しになりたくなけりゃな」
物々しい雰囲気を感じ取ったのか、グレゴリーが不安そうに呟いたが、カルロが手にした長槍で脅迫する形でそれを制した。
今現在、大聖堂の大広間に居るのは、サンドラ、ヴァレンティノ、カルロ、そして捕えたローランド、ガンテツ、グレゴリー。総勢六名。
罪人の三名は身体を洗浄され、質素な白い服に着替えさせられて身なりが整えられていた。
最高聖女との謁見において、粗相があってはいけないからだろう。
◇
「ベアトリーチェ様、お久しぶりです。聖騎士ヴァレンティノ、帰参しました」
ヴァレンティノが大広間に姿を現した金髪の女性に対し、片膝を突き恭しく礼をした。
大聖女ベアトリーチェ。最高聖女が最も信頼を置く者とされている。基本的に最高聖女に対しての意見はベアトリーチェを取次とし、そして彼女が最高聖女の意思決定を伝える役目を務める事がほとんどである。
個人としては優しく慈悲深い聖母のような存在だったが、最高聖女を何よりも優先し、その意思を預かり執行する際には、残酷な一面を見せる事もあった。
「ヴァレンティノ。長らくの任務、御苦労様でした」
「勿体なきお言葉。ときに最高聖女様が御機嫌斜めのようですが、いかがなされましたか」
「今のは聞かなかったことにします。発言に気を付けなさい」
「……失敬」
ベアトリーチェに叱責を受けたヴァレンティノは再び頭を下げ、無表情のまま立ち上がった。
「ベアトリーチェ様。……あの、わたしなんかが最高聖女様に」
「サンドラ、心配しないで。貴女は大賢者だったステファノの孫娘です。決して悪いようにはしません」
心配そうな表情を浮かべているサンドラを、ベアトリーチェが優しく抱擁した。
彼女も比較的背が高く、サンドラが抱擁を受けると丁度胸の位置になった。まるで母親と子供である。
「それにいざという時は、私が死者蘇生を行使しますから」
その蛇足とも取れる優しげな囁きに、安堵の表情を浮かべていたサンドラは目を泳がせた。
◇
やがて最高聖女とされる者が、ベアトリーチェに付き添われ姿を現した。
サンドラが最高聖女を目にするのは初めてだったが、少なくとも彼女が聖女と呼ばれる存在である事は一目見てわかった。聖女の証である聖痕が目立つ位置──額の中心部に発現しているからである。
(あの方が最高聖女様。……えっ、あれは)
サンドラは思わず右側に立っているヴァレンティノを視線で追ったが、彼は何一つ表情を変えていない。ローランド達に向けて槍を構えているカルロも同じである。
目の前に現れた最高聖女はあきらかに異質な姿をしているが、もう見慣れているのかもしれない。
「おい……なんだよあれは」
「まさか。……聖女っていうのは本当にそうなのか。……あれはまるで」
サンドラやヴァレンティノの前に引き立てられた、ローランドやグレゴリーからも、驚愕と取れる呟きが漏れている。
ガンテツはその姿を見て、感動したのか跪いた状態で、深く頭を下げた。
最高聖女の持つ、艶やかな濡烏色の長い髪は聖女としては珍しかった。
その美貌も五〇年も前から聖女を務めていたとは思えないくらいで、二〇代の女性の容姿である。
もっとも聖女とされるものはエルフといった種族と同じく見目の老化が起きづらいので、その点は特に驚きはなかった。
だが、それらは重要な事ではない。特筆するべき点は別な事である。
最高聖女の背には、うっすらと光を帯びる四枚の翼があった。




