60.獣巨人
『祝福』
獣巨人に接敵する直前で、エリアの防御魔法がスレイとロイドの身体に降り注いだ。
祝福はBランクの神聖術で、ダメージを一定確率で無効化する効果がある。
その無効化発動率は通常ならば一割前後と気休め程度だが、聖女であるエリアが行使する祝福の場合、無効化発動率は二割近くとなる。
二割近くとなると体感としてもかなりの恩恵を感じる事が出来るし、相手としては鬱陶しい事この上ないだろう。エリアはこの魔法を戦闘開始と同時に仲間全体に行使する事が多かった。
「グオオオアアア!」
雄たけびと共に伸びるように飛んでくる獣巨人の右拳を、スレイはサイドステップでかわすとショートソードによる斬撃を放つ。
毛で覆われた巨人の胴体が僅かに裂け血飛沫が舞うが、その二メートル半の異常に長い腕に牽制され、深くは踏み込めていない。
僅かについたであろう傷口からは、再生を齎す蒸気のようなものが立ち昇っている。
(浅いな……厄介なのはこの再生力。手を休めるとあっという間にふりだしだ)
獣巨人は怪物ランクA-とされているが、実際の処、相性次第で評価は大きく変わる。
再生力以上の攻撃を持って畳みかける事が出来なければ、この怪物を倒し切る事は実質不可能だった。
例えば突破力のあるローランドやガンテツなら簡単に削りきれる相手だが、守りに傾倒したレイモンドは長期戦を強いられるだろう。
「ガゥ!」
背後に回り込んだロイドが体当たりを仕掛け、続けて前足の爪で身体を引っ掻いた。
獣巨人の左腕が頭上から振り下ろされたが、それを跳躍をもってかわす。
ロイドは再び飛びかかると今度は左足に喰らい付き、獣巨人の動きを拘束した。
相手の足を封じた事になるが、この食らい付いた状態では獣巨人の殴打をかわせない。自らが囮、つまり『ディフェンダー』の役割を果たすというロイドの意思表示である。
スレイは攻撃手となり、獣巨人を削り切る必要があった。
『接続』
スレイは空間を割るように左手を差し込むと、液体の入った小瓶を取り出した。
小瓶の中には油が入っている。灯明などの用途の為に亜空間部屋に保管していたものだった。
親指で蓋を弾くと、スレイは獣巨人に向かって投擲した。
ロイドとの攻防に意識が向かう獣巨人の身体に瓶が直撃した。ガラスで出来た小瓶が砕け、毛むくじゃらの身体が油まみれになる。
そしてスレイは投擲と同時に魔術の詠唱を始めていた。
『火炎球』
Bランクの攻撃魔術、火炎球。
スレイが修得している魔術の中では、最も高い威力を持つ魔法の一つであり、そして炎は獣巨人の弱点でもある。
左手に揺らめく火球が浮かび上がり、獣巨人に向かって一直線に放たれた。
「ロイド、もういいぞ!」
スレイが叫ぶと、ロイドは左足に喰らい付いていた牙を離し、獣巨人から離れた。
そのタイミングはまさに火炎球が直撃する寸前であり、獣巨人はその火球をかわす事ができなかった。息が合った連携である。
「ヴグアアァァッ!!」
油にまみれた獣巨人が爆炎に包まれて絶叫を上げた。
驚異的な再生力を持つ獣巨人だったが、炎によるダメージだけは再生が出来ない。それに加えて油による炎上である。
『重傷回復』
エリアの神聖術が降り注ぎ、ロイドの負傷を癒した。
獣巨人の動きを拘束している間に受けた、殴打による外傷は跡形もなくなっている。
(──おっと、こっちに来やがったな)
炎に包まれた獣巨人はスレイ目掛けて突撃してきた。燃え移った炎をなすり付けようとしているのかもしれない。
『魔法の矢』
スレイは冷静に次の一手とする、魔術の詠唱を終えていた。
四本の魔法の矢を作り出し、一秒間隔の時間差で、迫る獣巨人に向けて放っていく。
魔法の矢は魔術ランクDの初歩魔法である。魔術の実力によって同時に出せる本数と射程、そして威力が変化する。
詠唱速度と燃費にも優れ、初心者から熟練の魔術師まで扱う基礎魔法であり、ある種、魔術師の物差しとも言えた。
秒間隔で魔法の矢が次々と右足に着弾し、三発目でよろめいた獣巨人は、最後の四発目をもって転倒した。
スレイとロイドは転がりながら悶え苦しむ獣巨人を取り囲みつつ、一定の間合いを取る。
数十秒後、地面に伏した獣巨人は動かなくなった。
スレイは獣巨人に慎重に近づくと、右手のショートソードを振り下ろして首を一気に切断した。
獣巨人の再生力の源泉は頭に生えた二本の角である。首が胴体から切り離されてはもう二度と再生は出来ない。基本的にどの生物も首が弱点となるが、この怪物も例外ではなかった。
「ふう……久々だったが、それなりには動けたな。ロイド、助かったよ。ここも安全とは限らないし、ゆっくりはしてられないな」
スレイは傷一つなく戦闘を終える事が出来た。ロイドが『ディフェンダー』に徹してくれたからである。
久々に実戦に身を投じる主人を案じつつ、攻撃を一手に引き受ける囮に徹してくれたのだろう。スレイはようやく一息つくと、ロイドを労った。
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