58.少年の行方
山頂付近の広場に姿を現したのは六名の男女だった。うち四名の男性は白を基調とした服装で統一され、いずれも革帯に剣を差している。
もう二名は一般的な登山の身なりで、曇り顔で落ち込む女性に対し、男性が心配そうに寄り添っていた。先程の男の子の話を踏まえると夫婦かもしれない。
「男の子……俺は見ていないが。……もしかして行方不明か?」
心配そうにスレイが問いかけると、先ほど声をかけてきた男性は頷いた。
「……失礼、手短に挨拶を。私はルーンサイド魔術剣士団隊長のエドガーだ。ルーンマウンテン山頂で警備を兼ねた野外演習を行っている最中、此方の夫婦に頼られて、朝から行方不明の子供を捜索している」
自己紹介と説明を行うエドガーは、良い体格をした濃紺色の髪の青年だった。少し太めの眉と輝く瞳もあいまって、随分と凛々しい顔立ちをしている。
(……魔術剣士団。確か『剣と魔法』の両立を指針とするルーンサイドの軍隊だったか。それにしても行方不明か)
寄り添っている男女は予想通り夫婦で、行方不明になっているのは息子なのだろう。朝からの捜索という事は、少なくとも一夜を迎えてしまったのかもしれない。
「僕たちはルーンサイド側から四時間くらいかけて昇ってきた処だけど……男の子は見かけていないと思う。エリアやクラリッサも心当たりないだろう?」
ヘンリーが顎に手を当てて、思い返すような仕草を取りつつも、エドガーにそう伝えた。
エリアとクラリッサも、その問いかけの言葉を肯定するように頷いた。
「見ていないと思います。……あの、男の子のお名前は」
「……息子はコニーと言います。……ああ、私が目を離してしまったせいで」
エリアの質問に対し、夫の男性が力のない声で呟いた。妻の表情は絶望といった様相で、目には泣きはらしたような痕があった。
「年齢は? いつ居なくなった?」
「九歳です。……居なくなったのは昨日の夕方で。……山小屋で一泊する予定だったのですが」
(やはり一夜過ぎてるか。……九歳。体力的には、まだ大丈夫だとは思うが)
夜の山は冷えるとはいえ初秋である。
昨日の夕方から今日の昼という事は、まだ丸一日も経っていない。山登りに興じる少年ならば、身体に病を抱えているという事もないだろう。
ただ崖から滑落したり、野生動物あるいは怪物に襲われるといった事態も想定できる。
丸一日経過していない事は、身の安全を保証するものではない。二回目の夜を迎える前に発見できなければ、身の危険はさらに高まるだろう。
「……ヘンリー、五感強化でも使ってみるか?」
「あの魔法で声を拾いつつ方角を特定付けるのは難しい気がする。それにコニー君が喋れる状態なのかどうか。……とりあえず僕が飛行で俯瞰してみる。……あまり使いたい魔法じゃないけど」
ヘンリーは魔術による飛行能力を持っている。MPが続く限り、自在に浮遊しつつ最大時速八〇キロメートルほどの飛行移動が可能だった。
ただ、高所で魔法制御を誤ると墜落死する危険があり、ヘンリーは滅多に使いたがらない。空中戦を得意とする著名な魔術師も居るので、これは魔術師の飛行に対する適性次第である。
『飛行』
ヘンリーが魔術を詠唱すると、身体が空高く舞い上がった。
「おお。……ヘンリー殿はAランク認定の魔術師でしたか」
エドガーが感嘆したように、ヘンリーを見上げて呟いた。
飛行はAランクの魔術である。魔術の一定の実力の証明となるものだった。彼も魔術剣士団の隊長という事は魔術に造詣があるのだろう。
「いや、ヘンリーはSランク認定魔術師だよ」
「Sランク……まさか彼は、かの賢者ヘンリー殿?」
「ああ。そのヘンリーであってると思う」
頼りなさげな見た目から、エドガーの中で賢者ヘンリーに結びつかなかったのかもしれない。
やがて一分ほど。空に浮かんでいたヘンリーが着地した。落胆の表情を浮かべている。
「ふう。……ぱっと見は居なさそうだった。……山の大半は木々に覆われていて殆ど見えなかったよ。スレイ、どうする?」
「そうか。……となると、やっぱりお前が頼りだな。いけるか?」
スレイは傍にいるロイドに話しかけると、モフモフとした身体を撫でた。
月の輪亭から数キロ先に居たエリアの危機を感知した、ロイドの神がかり的な直感の事を思い出した。
「その大狼……スレイ殿は使役者か」
「ああ。大灰色狼のロイドだ。……すまない、何かコニー少年の私物とか持ってたりしないか」
「私物ですか……いや、荷物はコニーが背負っていて。……あっ!」
夫婦に話しかけると、夫の方が降ろしたリュックサックから木箱を取り出して開いた。フォークが入っている事からすると、どうやら弁当箱のようである。
「……昨日、コニーが山頂で食べた昼食が入っていたものです。……こんなものでは流石に」
「いや、とりあえず聞いてみるよ。……ロイド、この匂いから辿れたりはしないか?」
スレイは片膝を突くと弁当箱を手前に置き、ロイドに触れながら耳元で問いかけた。
ロイドは暫くの間、弁当箱の臭いを嗅いでいる。
「ワゥ! ワゥ!」
するとロイドはルーンサイド側でもなく、奥側の登山ルートでもない、丁度真横を振向いて吠え始めた。
そして歩きたがるような素振りを見せつつ、背中を落とす。騎乗を促しているようだった。
「何かを察知したみたいだな。……行ってくる。もちろん、これが当たりとは限らない。皆、引き続き魔術剣士団と共に捜索を手伝ってくれないか」
「スレイさん、私も連れていってください。コニー君が怪我をしているかもしれません」
エリアが手を挙げた。回復役としての同伴はヘンリーという選択もあるが、エリアは万が一の時に、時間経過のない死者を甦生まで持っていける強みがある。
身体が身軽なので、ロイドへの負担が小さいという利点もある。
「……そうだな、エリアにも来て貰おう。おい、ロイド。二人乗りになるけど頼むぞ」
スレイがロイドの背に乗り、続けてその後ろにエリアが乗って、スレイの腰に腕を回す。
するとロイドは立ち上って、勢いよく駆け始めた。どんどん加速がついていく。
先には藪が立ちはだかっている。どうやら山道ではなく獣道を突っ込むようである。スレイは身を屈めると、顔を草木の衝突に備えた。




