38.分かち合う黄金
「これがレイモンドを刺殺した極光の嵐? ……ぼくの想像より随分デカい。というより馬車に乗らないね。……サンドラ、きみの亜空間部屋に入る?」
「この重量は流石に無理ですよ。……これは、もしかして変成術ですか」
聖騎士ヴァレンティノは、剣の形をした巨大な金塊と成り果てた極光の嵐を見て苦笑いを浮かべながら、隣に居る女性の術師サンドラに問いかけていた。
黄金の重量は240キログラム。亜空間部屋の重量制限を超え、彼の言う通り馬車の荷台に乗せるのも一苦労である。
帰りはローランドたち三名の罪人も乗り込み荷重が増える。ルーンサイドで新たな馬車を調達でもしない限り、巨大な黄金の運搬は不可能だろう。
「ああ。俺がローランドと交戦した時に劣化変成させた。もし物証として必要だったなら申し訳ないな」
スレイは、聖王国の二人──ヴァレンティノとサンドラに近づくと、経緯を説明をしつつ謝罪した。
「変成術。確か王国の新興魔法の。……もしかして。きみ、スレイくんか。元『爆ぜる疾風』の」
「ああ、そのスレイであってるよ」
「……レイモンドに聞いていたのと随分違う。物凄い才能だ。……スレイくん、良かったら聖王国に来ないか」
「いや、悪いがルーンサイドを動けない事情があるんだ」
ひょうひょうとした目の前の聖騎士が本気で誘ったものとは思っていないが、スレイは一応断りを入れた。
「聞いていたのと随分違う」というヴァレンティノの言い方からすると、レイモンドはスレイをあまり評価していなかったのだろう。
Sランクに該当する変成術をレイモンドに披露する機会は一度もなかったので、王金を変成する能力が初耳というのも仕方のない事である。
そして、スレイはこの王金を変成した力を自分のものとは思っていなかった。
「スレイさん、変成術で元通りには出来ますか?」
「申し訳ないが。二度と極光の嵐は作り出せないな」
サンドラの質問に対し、スレイは首を横に振った。
嘘はついていない。付与魔法により強化を施されている極光の嵐に戻す事はスレイの力では不可能である。
付与強化の施されていない、ただの王金製の剣に戻す事は可能だったが、その事はあえて伝えなかった。
「これは物証として押収出来ない。参ったね。……ぶっちゃけてしまうと、賠償金代わりとして極光の嵐を当てにしてたんだ」
どうやらローランドの手にしていた極光の嵐を聖王国で押収する皮算用があったようである。
この言い方からすると、手ぶらで聖王国に帰りたくないのだろう。
「うーん、聖女様に来て貰えれば嬉しいのだけど。レイモンドも浮かばれるだろうし」
「ヴァレンティノさん、無理矢理は駄目です。一度レイモンドさんが断られているんですから」
ヴァレンティノとサンドラがエリアについて話をしている。話の文脈からするとレイモンドが聖王国にエリアを誘って断られた事があるらしい。
月の輪亭の主人マーロックが、聖王国において聖女は讃え敬われる存在で、聖王に次ぐ高い身分が約束されると言っていたのを思い出した。
「一つ提案があるんだが。極光の嵐はローランドが所有していたが、一応『爆ぜる疾風』の共有財産という扱いになっていた。……そこで、この極光の嵐だった金塊を、俺の変成術で六分割したいと思う」
スレイはヴァレンティノに黄金を変成術で分割できる事、そして『爆ぜる疾風』のメンバーの共有財産だった事を伝えた。
極光の嵐は、スレイやブリジットが『爆ぜる疾風』に在籍していた時に見つけた宝物である。
あまりに莫大な価値の為、売却するという案もあったが、ローランドの要望で共有財産扱いという事になり、彼に無期限で貸し出される形になっていた。
物証としての価値がなくなったのであれば、その時のメンバーで分け合うのが妥当な処分方法だとスレイは考え、そのように主張した。
「スレイくん、六分割のうちのレイモンドの取り分を、賠償金代わりに持っていっていいって事?」
「レイモンドの分は聖王国で自由に決めて貰えばいい。丁度、昔のメンバーのブリジットも居るようだから、分け合うなら今が丁度いいと思った」
スレイが馬車の近くで待機している髪を短くしたブリジットの方を見ると、僅かに表情を変えたのが見えた。
普段ならば突如沸いた財産に大はしゃぎするはずの彼女だったが、特に嬉しそうにはしていない。
240キログラムの黄金の塊は六分割しても40キログラムの金塊となる。
金貨一枚が2グラムとすると、金貨二万枚相当。スレイがこないだ錬金術協会収めた金貨一万枚の実に二倍。今更ながら極光の嵐がとてつもない価値を持つ魔剣だった事を再認識させられていた。
「スレイさん。外道勇者の黄金の取り分はどうなりますか?」
「それについても関与しない。ローランドを裁く聖王国の法に則って決めて貰えれば。……黄金が死んだレイモンドの代わりになるとは思っていないが」
スレイはローランドの分についても干渉しない事を伝えた。
こう言えばローランドの取り分の黄金は聖王国が没収する事になるだろう。
聖王国はレイモンドという有能な人材を失った代わりに、黄金80キログラム、金貨四万枚相当の黄金を手にする事となる。
「……ぼくとしては手土産を持ち帰れるスレイくんのお言葉に甘えたいけど。……他の『爆ぜる疾風』の皆はそれでいいのかな」
ヴァレンティノはエリアやヘンリー、ブリジットの方を向いたが、誰もスレイの提案に反対する様子はなかった。
ローランドは加害者なので選択の余地はない。これで決まりという事になりそうだった。
「スレイくん、ありがとう。ぼくたちは身柄を引き受けたらすぐ引き返すけど、何か聞いておく事があれば」
「ヴァレンティノさん、連行される三人がどうなるか分かるかな」
「……ぼくが裁判する訳じゃないから正確な処はわからないけど」
スレイの問いかけに、ヴァレンティノは顔を近づけると小声で囁いた。
「実の処、聖女様の命を脅かした事が重い。ローランドはどうあっても極刑だろう。聖女様を手籠めにしようとしたらしいグレゴリーもどうなるかな」
ヴァレンティノの細い目が僅かに開かれ、捕縛された三人に対し冷徹な視線を送った。
その言い分からすると、聖王国に帰属していない聖女に手をかけようとした事が、レイモンドの死よりも重いとも取れた。
スレイは無言で頷くと、一瞬だけロイドの傍で脱力しているエリアの様子を見た。
幸い今の会話は聞こえていないようである。彼女の生まれ持つ力が、科せられる量刑に関わると知れば気落ちしたエリアをさらに苛む要因になり兼ねない。




