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弓と剣  作者: 淳A
公爵家継嗣
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傭兵の剣  銀狼の話

 正直、負けるなどとは夢にも思わなかった。

 確かに私は今まで北の猛虎が試合している所を見た事は一度もない。 稽古しているのを見た事があるだけだ。 近衛大将を宙に飛ばしたという噂を聞いた時も、二十歳になるやならずでそこまでやれるとは、と感心しないでもなかったが、私とて近衛大将を宙に飛ばそうと思えば飛ばせる。 こう見えても東の銀狼という二つ名を持ち、軍対抗戦で東軍大将を務めた事もあるのだ。

 もっともどこの公爵軍であろうと参謀総長の位に就くともなれば剣豪として名が知られているくらい当然だが。 参謀総長の技量はその軍の技量と見なされる。 普通の兵士では務まらぬし、縁故やお飾りで選ばれる事などあり得ない。


 私は先代ノボトニー伯爵の孫で貴族の親戚はいくらでもいるが、平民の兵として一から出発したという意味ではタケオと同じだ。 東軍に入隊後、数年経たずに東の銀狼と呼ばれるようになったのは鍛錬の成果であり、剣で頭角を現すのに貴族の親戚は関係ない。

 因みに私の二つ名が皇国中に知られるようになったのは軍対抗戦で東軍副将が近衛次鋒に負けた後、次鋒、中堅、副将の三人を立て続けに破るという快挙を成し遂げたからだ。 近衛大将にこそ惜しくも破れたが、東軍の他の剣士が近衛副将に辿り着ける程であったなら史上初の東軍優勝となったであろうと言われている。

 その後ヘルセス公爵家の分家筋の女性と結婚し、東軍を除隊した。 つまりヘルセス軍に引き抜かれた訳だ。


 今回次代様の北軍入隊に付いて来たのはタケオの勧誘について相談されたからだ。 我が目でその実力の程を見極める心づもりでいたが、本音を言えば少しも期待していなかった。 年々顔ぶれは変わるが軍対剣士の腕前に大きな変化はない。 どちらかと言えば軍対から引退した三十代以降、どれだけ進歩するかが剣士の力量を決める。

 東軍を除隊し、ヘルセス軍に入隊してから二十年。 私は自分が長年の鍛錬によってどれほど腕を上げたかを知っている。 それは自惚れでもなんでもない単なる事実だ。 北の猛虎ともてはやされた所で所詮は二十代半ばの若造。 私と互角に戦えるはずはないと思っていた。 だが軍対抗戦に出られなくなってからの彼の進歩を見れば将来性も測れるだろう、と。


 タケオの最初の一撃が私の間違いを告げた。 これは軍対剣士の剣ではない。 言うなれば生き残りをかけた傭兵の剣。 戦いを勝ち抜く戦士の剣だ。 一体、どこでこれを習得した? 道場で稽古したぐらいでこのような剣になるものか?

 北軍兵士とは過去に何度も戦った事があるが、このような常道から外れた剣捌きを見せる剣士はいなかった。 タケオが師範になる前の師範はミサンランで、彼とも一度手合わせした事がある。 正攻法の剣で奇を衒う動きを見せたりはしなかった。

 タケオの動きは北軍だけでなく、どの皇国軍の流儀とも全く似ていない。 貴族軍は意表を突く攻撃を野卑な動きとして嫌う。 傭兵あがりの剣士は多いが入隊後洗練され、貴族軍の流儀になるからどこかの貴族軍の流れを汲んでいるとも思えない。

 加えて防御も強かだ。 私の渾身の一撃を食らえば普通の剣士ならそこで勝負がつく。 タケオはそれを難なく受け止め、返した。 振り下ろされるタケオの剣の重さが全身に響く。 私達が今使っているのは道場に何本も置いてある練習用の剣だ。 どれも全く同じ大きさと重さだが、まるで特注の剣であるかのよう。


 鈍い鋼の打ち合いの音が道場に響き渡る。 速い。 今まで私の速さに付いてこれた者はいなかった。 ましてや勝る、だと?

 全力を出して戦う事自体、私にとって初めての経験だ。 しかも徐々に追いつめられていく。 何とか相手の隙を探すが、ない。

 息が上がっていき、やぶれかぶれで打ち込んでいった面を外した。 そこで生まれた一瞬の隙を狙われ、私の胴に強烈な一撃が決まった。

 負ける? この私が?

 信じられないが現実だ。 こちらは最初の一本で疲れ切っている。 そのうえ胴への一撃の痛みで腕が上げられない。 対するタケオの足さばきに疲れは全く見えず、容赦のない攻撃が繰り出される。

 次があっさり小手に決まり、私は負けた。


「そなたの負けが見れるとは。 遥々北の辺地を訪れた甲斐があったというもの」

 次代様に返す言葉もない。 世界は広い、と言うべきか。 こんな北のど田舎で稀代の剣士に巡り会うと誰が思うだろう。 北の猛虎と世間で騒がれてはいても所詮は名前負けと侮っていた。 そちらこちらの貴族軍の勧誘を断っているのは自分の剣に自信がない所為だろう、と。

 油断を悔いた所で取り返しはつかない。 負けは負けだ。 軍対出場者の稽古相手をしてやるしかない。 どうせ強いのはタケオだけで他に大した奴はいないのだろうが。

 そう思いながら北軍兵士十人(選手五名と補欠が五名)を相手に、私達ヘルセス軍から来た護衛十名が稽古を開始した。


 私はまず北軍大将ゲン・ウェイドと手合わせしてみた。 不思議な事に私の前に立つこの剣士から殺気らしい殺気が全く感じられない。 殺気を殺しているとか隠しているとかではない。 これは、ないのだ。

 何故ない? 昨日のタケオと私の対戦を見れば私に対する敵愾心、勝とうという気持ちが殺気となって表れるのが当たり前だ。 なのに彼は私の放つ殺気をただ静かに受け止めている。

 勝負を投げているのか? いや、違う。 長年の勘が告げている。 舐めてかかったらやられるぞ、と。

 ウェイドの強さは私を負かす程ではなかったが、私の速さにぴったり付いてきて遅れをとらない。 少しの隙も逃さず打ち込んで来る。 しぶとい。 何度もあわやの目にあわされた。


 それにしても師であるタケオの剣と全く似ていない事は意外だった。 タケオは、動。 ウェイドは、静。

 嵐の如く自在なタケオの剣筋は事前に読むなど不可能だ。 剣士としての勘一つで迎え撃つしか道はない。 それに比べてウェイドの剣筋は素直で読みやすい。 だが時にはぐらかされる。

 他の選手とも手合わせしたが、不思議な事にタケオと同じとか、似ている剣士さえ一人もいなかった。 それは剣の世界ではとても珍しい。 師事していると師が真似をしろと命ずるか、言われずとも自然と真似をするようになるのだ。 長年他で経験を積み、自己流を身に着けてからヘルセス軍に入隊した傭兵でも数年経たずにヘルセス公爵軍剣士と分かる剣になる。

 更に驚くべき事にウェイドは百剣の中で現在十位。 今まで一桁以内に入った事はなく、副将は二十二位。 後は全て五十位以下で、補欠の五人の内四人は百剣に入った事もないと言う。

 今回連れてきた九名はヘルセス公爵軍の中でも選りすぐりの剣士だ。 どこの公爵軍の精鋭と比べても勝るとも劣らぬ剣士なのに北軍の補欠でさえ彼らと互角に戦っている。

 私は今まで高が皇国軍剣士と馬鹿にしていた。 皇国軍で選り抜かれた者が傭兵になり、その傭兵の中で選り抜かれた者が公爵軍に入ると考えていた。 北軍の強さは今年の軍対抗戦を観戦したので知っていたが、それはあの五人の剣士に限るのだろうと思っていたのだ。

 タケオと戦い、破る事が出来る程の剣士は皇国広しといえども、まずおるまい。 そのうえウェイドらを負かす程の剣士がごろごろしているとは。 いやはや、北軍百剣のレベルは皇国最高と言ってよい。


 今回のお出迎えには北軍百剣の他、六頭殺しの若が付いている。 彼らがお側にいる限り次代様に剣での危険が及ぶ事はないだろう。 念のため有事に備えるよう、留守を頼んだリヒターに手紙を送った。 当初の予定では一月未満で帰るつもりでいたので以下の変更を付け加えた。


 学ぶべき事を見つけし故、当分帰らず。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 周回中 ウェイドのその後の様子はここで見られましたか! 順調に強くなっているようでいいですね。 王女のお迎え編、次々と気になる展開で面白いです。 レイやマッギニスの頼もしさは勿論、師範…
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