推薦状 若の長兄、サガの話
「旦那様。 お疲れの所、大変申し訳ないのですが。 お願い申し上げたい事があるのです」
私の帰宅を出迎えたかわいい妻のライが少々顔を曇らせて言う。 何があったのか心配になり、彼女の手を取って近くのソファに座らせた。
「どうしたのだい? 気分でも悪いのかい? まずはお座り」
安定期に入ったとは言え、きつい悪阻が何ヶ月も続き、ライはげっそり痩せた。 ようやく最近体重を取り戻しつつあり、ぽこんと膨れたお腹が愛らしい。 だが無理をしていいはずはないし、させたくない。 不自由がないよう気を配っているつもりではいるが、ヘルセス公爵令嬢に比べればヴィジャヤン伯爵夫人はランクが大分落ちる。 足りない物でもあるのではないかと気にかかるのだ。 ライは遠慮などしていないと言うが、あれが欲しい、これも要ると私にねだった事は一度もない。
「いえ、気分は良いのです。 実は、お兄様からお言付けがありまして」
途端に私の気分が曇る。 それか、と露骨に顔に出したりはしなくても。
ライのわがままならいくらでも聞いてあげたい。 だが彼女を利用しようとする奴にまでいい顔をしようとは思わない。 賢いライの事だ。 簡単に利用される事はないにしても嫌と言えない人はいる。 例えば私の義兄、レイ・ヘルセス。
彼は現在二十三歳で私より年下だが、とても年下には見えない。 公爵家継嗣らしい育ちの良さを窺わせる優雅な立ち居振る舞い。 何を考えているか絶対人に読ませない無表情。 それは幼少の頃から訓練された成果なのだろう。
時々公爵邸でお見掛けする事はあった。 しかし会えば簡単に挨拶する程度で親しく会話した事は一度もなく、私との結婚に関しても賛成なのか反対なのか今も悟らせない。 私の結婚式では格下である私の親戚にも丁寧な対応を見せていたが。 それは父であるヘルセス公爵の命に従っただけという可能性もある。
何しろ彼の周囲には常に何人もの侍従と警備の者がいるから気軽に会話出来る雰囲気ではないのだ。 距離があるのは私に限らず、誰とでもそうなのだろう。
そもそも貴族は貴族でも次代の公爵ともなれば格が違う。 生まれた時から周りの者にかしずかれ、つき従われ、それを当然と受け止めて育つ。 皇王族並みの出自と言っても過言ではない。 欲しい物など何でも手に入る御身分でいらっしゃる。
本人に悪気はなくとも一言望みを口にすれば、いや、出さぬ前から、それを叶えてあげようと数え切れない人間が奔走する。 公爵令嬢であるライでさえ例外ではない。 伯爵夫人となったから奔走しているのかと思ったが、聞いてみると幼い頃からそうだったらしい。 だからか、レイの望みは何であろうと叶えてあげねば、と思い込んでいる節がある。
ライとて一国の王妃になっても恥ずかしくないだけの教育を受けているし、他国の王侯貴族に申し込まれた事もあったと聞いている。 そちらを選んでいれば兄より位が上になっただろう。 現に彼女の姉上、サイ様はサジアーナ国第二王子殿下に嫁がれた。 王太子殿下の早世により第二王子殿下は王太子殿下となられ、このままいけば国王に即位する。 つまりサイ様は未来のサジアーナ国王妃陛下。
残念ながらライの結婚相手はしがない伯爵だ。 それに関してライは全く後悔していないと言うが、ヘルセス公爵家の影響力を無視するほどの考えなしでもない。 政治、経済、軍事、外交に関する教育も受けている。 知ったかぶりをするような女性ではないが、兄を怒らせたら困るのは夫の私と思っているのだろう。
私は出世に興味はない。 父は政界で隠然たる影響力を持つが、それを継ぐ気がない事はライも承知している。 義実家に取り入ろうとも思っていないが、いくら野心などないと口にした所で公爵令嬢を娶り、実父は皇太子殿下側付き御相談役なのだ。 世間が私の言葉をそのまま信じてくれるかどうかは、また別と言える。
それにたかが郵便配達夫であろうと手紙の流れで知れる事もある。 このところ宰相閣下から皇太子殿下への手紙の量が格段に増え、その配達に私が必ず指名されるようになった。 内容が単なる時候の挨拶であったとしても伯爵が皇王族への手紙の配達をするのは異例。 最低でも侯爵家か、普通は公爵家縁の者がするはずのお役目だ。 公爵家の娘婿になったのならともかく、公爵令嬢を娶ったというだけの伯爵に回って来るはずはないのに。
誰の差し金かは知らないが、いずれにしても私への指名は何らかの思惑があっての事だろう。 それは想像に難くない。 そういう仕事の詳細までライに話した訳ではないが。
「北軍に入隊なさりたいとおっしゃるのです」
「レイ義兄上が北軍?」
「お忙しい旦那様を煩わせるのは大変心苦しいのですけれど。 サダさんの隊に入隊出来ますよう、推薦状を書いて戴けないでしょうか?」
「観光がてらの体験入隊か? 何日滞在なさる御予定だ?」
「いいえ。 少なくとも四年は戻らぬおつもりらしく」
「四年? そのような長期の不在、義父上がお許しになるはずがない」
「ところがなんと、そのお許しを戴いたとおっしゃるのです」
「えっ?」
「私も驚いたのですが。 お兄様がそのような嘘を吐くとは思われませんし」
確かに嘘を吐いた所で義父に確認すればすぐばれる。 ただ事が事なだけに、はいそうですか、とすぐさま推薦状を書く気にはなれなかった。
翌日、私は義父に面会を申し込み、どういった事情なのかを確認した。
「ああ、許した」
まるで観光旅行をお許しになったかのようにおっしゃる。 公爵家継嗣ともなれば暗殺さえ考えられない事ではない。 第一、怪我や事故は兵士に付きもの。 北の寒さを考えれば病死の可能性もある。
「失礼ですが、もし万が一何かが起こったら、とはお考えにならない? ただお一人しかいない御嫡男に。
そもそも何故北軍? 自軍では学べぬ事があるとおっしゃるなら近衛か自領に駐屯地のある東軍でもよいではありませんか」
「うーむ。 まあ、私も似たような事は言ったのだが。 これに関しては何とも止めようがなかったと言うか」
「許さぬ、と一言おっしゃればよろしいのでは?」
義父は息子との会話を反芻するかのように暫く答えようとはなさらなかった。 そしておもむろにおっしゃる。
「あれにな。 一度でいいから生きてみたい、と言われたのだ」
「生きてみたい?」
「公爵家継嗣ともなれば周りがやいのやいの五月蝿い事を言う。 それはあれをしろこれをしろだけではない。 あれは危ない、これは出来ない。 何十人という者にかしずかれているし、相手がいれば相手の都合、定められた日程が優先される。
諦めるという事は子供の頃にまず身に付く習性だ。 自分もそのような育てられ方をしているから、それを煩わしいと思うあれの気持ちが分からぬ訳でもない。 私の場合だからと言って己の定めから抜け出したいとは思わなかったが。 あれはそうではないらしい。
実は、北軍入隊を許してもらえないなら生きる事を諦めてもよいか、と聞かれてな」
思わずぎょっと義父の顔を見つめる。 そこにあるのは見慣れている冷徹な公爵閣下の顔ではない。 息子を案じる父親の顔だ。
「いくら監視しようと本人が生きる気を無くしてはどうにもならぬ。 それで説得を諦めた。 かろうじて四年で戻る事は約束させたが」
「それは……。 ならば半年か、一年程度ではいけませんか? 四年は少々長過ぎるのでは? その間に病気や事故、縁起でもありませんが暗殺さえないとは申せません」
「何かあるのが人生ではないのか、このままでは私の人生には何もない、と言われては反論のしようもない。 他人の迷惑も顧みず、私も大概親バカとは思うが。
気が咎めているのやも知れぬ。 今まで私は公爵として背負わねばならぬ責務をこなすのに精一杯で、あれに父として何かをしてあげたという記憶はない。 私の父は私より忙しかった。 にも拘らず私には子供の頃、父に毎年海に避暑に連れて行ってもらった記憶がある。 親が無くて育つ子もいるのだから放任がどうしたと言ってしまえば言えるのだが」
我が家でも父は常に忙しく、一緒に遊んでもらった記憶などない。 貴族というものは大体そうだろう。 だがここで息子を甘やかすな、という一言が出ないのは、私自身間もなく父になるからなのかもしれない。 おそらく私は誰より子を甘やかす。 そうなる事が予想出来るだけに。
「公爵として下すべき決断でない事は承知している。 だが子を案ずる父として、このわがままを許してあげたいのだ。
断れぬ入隊を押し付けられた北軍将軍はさぞかし怒り心頭であろう。 ごり押しでの入隊とは言えレイの身に何かあれば事情によっては将軍の責任問題に発展せぬものでもない。 それは何としても避けたい。 そこで申し訳ないが、身内である若の小隊へ、と考えた。
押し付けられた若には誠に気の毒ではあるが。 何が起こったとしても若を責める事はないと約束しよう。 危険は本人も重々承知しておる。 仮に暗殺されたとしても決して誰も責めないとの言質を取った。
有り難い事にサキ殿がレイの心情を御理解下さってな。 推薦状を認めて下さった。 勿論私からも一通出す。 畏れ多いことながら皇太子殿下からのお言葉も頂戴した。 そなたを煩わせるのは申し訳ないが、一通認めてはくれぬか。
先がどうなるかは見えぬ。 だが本人から先の見えぬ事がやりたいのだと言われては如何ともし難い」
事情を聞いてさえ推薦状を書く事に躊躇わなかったと言えば嘘になる。 私にとってレイ・ヘルセスなど正直どうでもいい。 それよりやっかいなお荷物を背負い込まされるサダの方が心配だ。 ただでさえ気遣いとは無縁の性格。 気遣ってくれと書いたところで紙の無駄でしかない。
とは言え、義父には結婚を許して戴いた恩義がある。 ライが私と結婚したいと言った時、許さぬの一言で終わりにする事も出来たのだから。 後で「六頭殺しの若の兄」という余禄は付いた。 しかしそれがなくてさえ許してくれたという事を生涯忘れる訳にはいかない。
そして、あの一言。
「一度でいいから生きてみたい」
何不自由無く暮らしていると思っていた人から零れたその言葉はなぜか胸に深く響き、私のペンを動かした。




