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弓と剣  作者: 淳A
昇進
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死神  メイレの話

 生まれ育った村で俺は死神というあだ名で呼ばれていた。 いくらあだ名が死神だって人を殺すなんて出来ないし、実際殺した事もない。 ただ俺は人の生気というか、オーラが読める。 普通の人よりずっと正確に。


 生気を感じるって俺だけが持っている能力じゃないだろ。 ほんとは誰だって感じているはずだ。 気が付いていないだけで。 ほら、あの人は最近影が薄くなったとか、そんな事を言っている内に気が付いたら死んでいたとかさ。 そんな言い回しがあるって事自体、オーラを感じられる人が前々からいた、て事だと思うんだ。 影が薄くなった人が何日後に死ぬか、今日死ぬなら後何時間か、そこまできちんと分かる人はそんなにいないかもしれないが。

 俺の場合、オーラがどれくらい残っているかを読んでいるだけだから病気や老衰で死ぬ時しか分からない。 事故でいつ死ぬかなんて分からないし、誰かに殺されるのを防ぐ事だって出来ない。 死期が分かるのだって一年か、せいぜいで二年以内だ。 この先何十年も生きる人の寿命なんて俺にも分からない。


 死ぬ日が分かったからって誰かに有り難がられる訳でもなければ、自分や他の誰かの役に立った事もない。 それどころかこの能力の所為で俺の人生はめちゃくちゃになった。

 死ぬ本人が死ぬ日を予め知りたい訳じゃない事くらいは言われなくても分かっていたが、葬式の準備をする人にとっては便利だろ。 まずい事に子供の頃の俺はそんな事を口にしたら聞いたのが死ぬ本人でなくたって気味悪がられるって事が分かっていなかった。


「はあ。 コナ爺、いつ死んでくれるのかね。 葬式の段取りもあるしさあ。 誰かに教えてもらいたいぜ」

「あの人、後八日で死ぬよ」

「な、なんだって? 縁起でもねえ」

「おい、お前、メイレ先生の息子だろ。 先生がそう言ったのか?」

「ううん。 僕がそう思っただけ」


 知りたいなら教えてあげる、という感じで言ったに過ぎない。 だけど俺が言った通りの日にコナ爺さんが死んで大騒ぎになった。 村人はまるで俺がコナ爺さんを殺したみたいな目で見た。 誰がどう見たって年のせいなのに。 それ以来、死神というあだ名で呼ばれるようになったんだ。

 もっとまずい事に俺の父の仕事が医者だった。 いくら腕がよくたって死神を息子に持つ医者に診てくれと頼みに来る患者なんていない。 患者が来なくなったから父さんと母さんは別の町に引っ越した。

 何年かはそこで何事もなく暮らせていたが、俺のあだ名とその由来がその町にも届いて、また引っ越しする羽目になった。 何度目かの引っ越しの最中に起こった馬車の事故で俺の両親は死んだ。 それを考えると父さん母さんにとってこそ俺は死神だった。 親から責められた事なんて一度もなかったけど。 気味悪がられもしなかった。 人の死期が分かっても口にするな、と言われただけ。 まあ、その助言も俺が既に死神というあだ名を貰った後では手遅れだったとしか言えないが。


 俺に兄弟はいない。 一人で気ままに暮らすなら少ない稼ぎでも生きていける。 でもせっかく父さんから医学の手ほどきしてもらったんだ。 俺は医者になりたかった。 だけど医者になったらどこで仕事をしていようと、いつか俺のあだ名がばれるんじゃないかとびくびくしながら生きていく事になる。 それが嫌で兵士になる事にした。

 どの軍にも医療部隊があるからどこに入隊してもよかったが、俺の故郷から一番遠い北軍を選んだ。 南出身で北軍に入隊する奴なんて滅多にいない。 雪を見に行く観光客ならいるけど、一回行けばあんな寒い所に二度と行くもんかとなる。

 入隊の時父から医術を学んだと言ったら無事医療部隊に入る事が出来た。 軍だと怪我をする兵士が毎日沢山いる。 父さんから学んだ事は色々な場面で役に立った。 特に外科の腕前が中々のものである事がすぐに認められ、一年も経たずに複雑な縫合が必要な手術は全て俺の所に回ってくるようになった。 今では他の医者にコツを教えたりしている。


 そんなある日上官のハイツマン小隊長に言われた。 

「メイレ、カルア将軍補佐がお呼びだ。 第一庁舎の将軍補佐室に出頭しろ」

「将軍補佐ですか? あの、将軍か補佐がお怪我でもなさった?」

 だとしても俺が呼ばれるはずはないんだが。 上級将校には専属の医師がいる。 病気や怪我をしたって医療部隊の医師が呼び出される事はない。 そもそも将軍や将軍補佐が怪我をしたら大事件だ。 噂になる。 一般の兵士には隠せたとしても薬や看護士が必要になるから医療部隊の中では隠し切れるものじゃない。

「誰かお怪我なさったとは聞いていない。 出頭理由も。 薬や手術道具を持参しろとは言われていないし、何か必要なら専属医師が持っているはずだ」


 不思議に思いながら出頭すると、カルア将軍補佐から今度昇進する六頭殺しの若の部隊に編入する気はないかと打診され、びっくりした。 俺は自分が弓矢とか下手なものだから、強弓をぎゅーっと引き絞る若のかっこよさに憧れている。 あの流鏑馬の信じられない命中率。 神技だろ?

 いいなあ。 若の部下か。 常にお側にいられるんだ。 皆に羨まれるだろうな。

 そこまで考えて、俺は幸せな白昼夢を見る事を止めた。


「非常に残念ですが、お断りさせて下さい」

「そうか。 理由を聞いてもいいかね?」

 ちょっと迷ったが、俺はこの際正直に言う事に決めた。

「理由というか。 実は、俺には人の死期がかなり正確に分かるんです。 老衰や病気の場合に限りますが。 その所為で子供の頃は死神というあだ名で呼ばれていました。 そんなあだ名、誰にも知られたくなくて故郷から遠く離れた北軍に入ったんです。 ここには南出身なんて滅多にいないから。

 若なら部下になりたい人が沢山います。 その人達全員を部下には出来ないでしょう? あぶれた人達が、なぜあいつが選ばれた、と詮索すると思うんです。 今では北軍にも南出身の奴が入隊して来るようになりました。 調べられたら俺のあだ名だってその内ばれます。 なぜそう呼ばれているのかも。

 いえ、俺は今更知られたって気にしません。 別に嘘をついている訳じゃないし。 だけど若にとっては気味が悪いでしょう。 若の部下も俺と一緒の隊になる事を嫌がるはずです。 若の御迷惑になりたくないので転属は遠慮させて下さい」


 俺がそう言うと、カルア将軍補佐は少し考えた後で部屋の外にいた事務官に若を呼んでくるよう命令した。 すぐにやってきた若にカルア将軍補佐が聞いた。

「若、この兵士の名はメイレと言う。 有能な医者で人の生気が読める。 つまり寿命が正確に分かるのだ。 病気や老衰に限るが。 彼の事を気味が悪いと思うか?」

「いいえ、思いません。 それってとっても便利ですよね。

 なあ、メイレ。 俺がいつ死ぬか分かったら教えてくれよ。 あ、診断料払えって言うなら払う。 ただで教えろ、なんて言わないから」

「メイレはお前やお前の部下が一緒の隊になる事を嫌がるだろうから転属を遠慮すると言っている」

「ええ? メイレ、なんで? 俺は嫌じゃないよ。 たぶん誰も嫌がらないと思う。 聞いてみなきゃ分からないけど、そんな事を気にするようなタイプには見えなかった。 ただ俺の部下になったらお前の方が嫌って言うかも。 自慢じゃないけど俺って頼り甲斐のある上官じゃないから。

 でももし気が変わって俺の部下になってもいいと思ったら言ってくれ。 あ、その時はさ、診断料に隊長割引とか、あってもいいんじゃね?」


 その時なぜか、昔、母さんが俺を抱きしめながら、ちょっと困ったような顔で言った言葉を思い出した。

「ルアちゃんの能力って、とっても便利なのにね」

 それは俺の胸をぎゅっと締め付け、込み上げる熱い何かを必死に飲み下そうと思わず口走った。

「俺を部下にしてもいいとおっしゃるなら診断料はただでいいです」

 若が、えっと驚いた顔をなさった。 しまった。 俺ってば言うに事欠いて、なんて縁起の悪い事を。

 慌てて言い訳しようとする俺に若がおっしゃる。

「いやー、ただっていうのも申し訳ないしい。 そこまでしてもらったら上官として横暴っていうか。 ま、何年も一緒に仕事してれば、いつか俺もただにしてもらえるぐらいの上官になれるかも。 ちょーっと目標、高過ぎ?」

 遠慮し、照れながらも、ただって無視出来ない魅力があるよな、とおっしゃる若。 カルア将軍補佐から、その意気込みや良しと言われ、がんばりますと若が力強く頷いた。


 これからこの人の下で働けるんだ。 しみじみと喜びが胸に広がっていく。

 北軍に来て本当に良かった。 両親の死以来一度も思い出した事のなかった父さんと母さんの笑顔が、ふと思い浮かぶ。

 俺はこの幸運へと導いてくれた何かに向かって心の中でそっと感謝を捧げた。


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