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弓と剣  作者: 淳A
揺籃
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お神酒

 陛下からお神酒を頂戴する儀礼の練習をする事になった。 伯爵なら陛下にお目通りする時でも辺りに数百人のお仲間がいたりする。 俺一人にお言葉を頂戴する事はないし、お神酒を頂戴する機会もない。

 俺としては取りあえず伯爵として振る舞い、俺を準大公扱いする人がいたら、御丁寧な儀礼、痛み入ります、でもいらないから、みたいな感じで遠慮するつもりでいた。 公爵以上でなければする必要のない儀礼を、なぜ俺が練習をする羽目になったのか? 結局準大公として登城するしかなくなったからだ。


 少々顔が売れたぐらいで準大公ですと反っくり返ったらバカにされるんじゃないの、て?

 実は俺もそれが心配なんだけど、伯爵として登城したら自分の侍従や侍女は城内へ連れて行けないんだ。 俺は人の顔なら結構覚えているが、その人の名前や爵位までは覚えていない。 相手と自分の爵位によってしなきゃいけない儀礼に違いがあるから、側にトビがいるかいないかで俺がやらかす間違いの数に大きな違いが出る。

 サガ兄上がいて下さるのは心強いし、ヴィジャヤン伯爵は伯爵家の中では上の部類だ。 でも親戚には公爵もいるし、仕事関係の上司や御近所さんへの挨拶もしなきゃいけないのに末席の俺に張り付いていたら自分の挨拶が疎かになるだろ。 公侯爵と伯爵が行く会場は別だから父上や親戚の助けをあてにする訳にもいかない。

 それに新米は馬車も伯爵用厩の中で玄関から一番遠いやつになる。 俺はどこに停めるんだって構わないけど、俺のお隣さんとなるジナコール伯爵は大いに構うだろう。


 ジナコール伯爵って俺が新兵の時からの熱烈なファンで、自領に遊びに来ないかというお誘いを何度も貰っている。 サリが生まれた時だってまだ瑞兆と認定されてもいないのに遥々北まで自分で贈り物を届けに来てくれたんだって。 今となってみればそれは先見の明と言うか。 我が家からの内祝いが届き、親戚でも軍関係でもないのに出産祝いを贈った家として有名? になったみたい。

 ある意味、それだけでもう充分なお礼になっているんだけど、そんな感じだからきっと俺より格上の厩を使う事を遠慮すると思う。 どうか私の厩にお停め下さいと言われ、そんなお気遣いなさらず、いえ、そうおっしゃらず、と押し問答になる可能性が高いのだ。

 それだってジナコール伯爵一人とするならいい。 伯爵が何人いると思う? 次のお隣さん、その次と、そんな押し問答し始めたら新年の御挨拶会場へ行くどころじゃなくなる。 向こうだって必死だ。 準大公より格上の厩に平気で馬車を停めた伯爵という陰口を一生叩かれる事になるかもしれないんだから。 自分が言われるだけならまだしも、子々孫々未来永劫汚名が付いて回ったら? と考えたら簡単には引き下がれない。 こちらが気にしてないんだからそちらもお気になさらずと言ったって、そちらが気にしないならどうか私の厩にお停め下さいと言われるだろう。

 だからと言って叙爵式の時みたいにミッドー伯爵から厩を借りる訳にもいかない。 あの時はミッドー伯爵が登城していなかったから問題なく借りれたが、新年の御挨拶には伯爵全員が登城している。 空いている厩なんて一つもない。

 それにミッドー伯爵から厩を借りたら今度はミッドー伯爵が末席伯爵の厩を使う事になっちゃう。 筆頭伯爵ともなれば他の伯爵にだってそこそこ恩を売っている。 ミッドーの酒を飲むのは金輪際諦めろと言われる事を心配し、俺の時と同じような押し問答が始まるのは確実だ。 大変な御迷惑になると知っていながら厩を借りるのは恩を仇で返すようなもん。 とトビから説明され、諭された訳。


「旦那様。 準大公として振る舞うのは御自分の為だけではございません。 他の方々の為にもなるかと存じます」

「うう。 じゃ、準大公として振る舞えば丸く収まるんだな?」

「はい。 但し、問題がない訳ではございません。 何分準大公は正式な叙爵による称号ではない為、準大公用の厩が用意されている可能性は少ないと予想されます。 用意されていなくても皇王庁の手落ちではなく、こちらから準大公用の厩を用意しろと要求する事は出来ません。

 ですが公爵用厩でしたら伯爵用よりずっと広く、馬車を数台停められるようになっております。 準公爵の厩はそれほど広くはないのですが、ダンホフ公爵かヘルセス公爵に間借りをお願いすれば停めさせてもらえるのではないでしょうか。 それでしたら誰も蹴り出さず、押し問答にもならずに済みます。 かなりの人をまごつかせるという弊害はございますが」

「まごつくって、何に?」

「旦那様が公爵の親戚がいる伯爵として登城なさったのか、厩を用意してもらえなかった準大公として登城なさったのか、事情を知らない人から見れば判断のしようがございません。 そのため旦那様に対し、準大公として挨拶なさる方と伯爵として挨拶なさる方、両方いる事が予想されます。

 伯爵扱いされたら怒るのか怒らないのか。 準大公扱いされたら受けるのか遠慮するのか。 どこで何をされたらどう対応するか。 事前に決めておかねば、あの人には伯爵扱いされても怒らなかったのに、私が伯爵扱いしたら怒るとは何故、という類いの揉め事が起こる恐れがございます」

「はああ。 そんなの決めておいたって俺には覚えきれないよ」


 要するに準大公だったら無事とは限らない。 だけど新年式が近づくにつれ、伯爵として登城したらかなりの貴族を敵に回す事を覚悟しなくちゃいけない事がはっきりしてきた。 なんと言っても儀礼の一番難しい所は格上の貴族への対応だ。 伯爵なら格上の貴族がごまんといる。 その点、準大公なら格上は皇王族の皆様だけ。 覚える事も少なくて済むし、多少の無礼は見逃してもらえる。 伯爵としての儀礼さえ覚えていないのに準大公として陛下へきちんと挨拶出来るのか、という問題はあるけど。

 準大公なら軍対抗戦を観戦する席だって陛下の近くだ。 新年の舞踏会もひょっとしたら皇王妃陛下から踊りのお誘いがあるかもしれない。 本物の大公なら皇王族の血縁だから皇王族の誰と何をお話したって話の種に困らないだろうが、いきなり準大公になった俺じゃ雲の上の方々と何を話したらいいのかさっぱり分からない。

 俺が知ってる事なんて弓や北軍の事に限られる。 そんなの話したって皇王族の方々には面白くも何ともないだろ。 踊りと世間話を同時にやれるかどうかもあやしい。

 そのうえ準大公儀礼となるとブラダンコリエ先生だって詳細は知らないとおっしゃっていた。 新年の挨拶の儀礼と口上は決まっているが、その後の会話についての決まりはなく、その時と場合とお相手の気分次第なんだって。 つまり事前の準備をしたくたって出来ない。

 昨日や今日伯爵になったばかりなのに、準大公として陛下に失礼のないよう振る舞えと言われたってさ。 無理無理無理。 伯爵だったら偉い人達と会う機会なんてそもそもない。 新年の挨拶も沢山いる伯爵の中に混じって一斉にお辞儀すれば済むんだけどな。


 そんな俺の苦境をお察し下さったのかどうか分からないが、なんとスティバル祭祀長が新年の祭祀に御出席なさる事になった。 俺が知っている限り、今までスティバル祭祀長が新年の祭祀に御出席なさった事はない。 今年の夏に一度皇都へお出掛けになったが、トーマ大隊長からスティバル祭祀長のお出掛けがどんなに珍しくて大変な事か、散々聞かされていたからこの知らせにびっくりした。 もっとも各軍に着任なさっている祭祀長が新年の祭祀に御出席なさる事は古来からの慣習で、スティバル祭祀長が毎年欠席なさっていた事の方が異例らしいが。


 月例会議で将軍がこの事を発表したら、出席していた大隊長達全員が俺の顔をちらっと見た。 物言いたげに。 ほら、なんか言う事があるだろ、みたいな?

 もしかしたら俺が養女を断った件や直訴と何か関係があるのかな? あるのかも。 とりあえず謝っていた方が無難なような気がしたが、師範からお前は黙ってろ、という視線が来たので何も言わなかった。

 祭祀長の御旅行を警護するのは大変な仕事だ。 仕事を増やしてごめんなさいと言うべきだった? でも本当に自分が原因でこうなったと知っている訳でもないのに、ごめんなさいって言うの? 何がどうごめんなさいなんだと聞かれたらどうする?

 それとも養女の件を断ってごめんなさい? 俺が投獄されないようにとマッギニス補佐が考えてくれた対策を無駄にしたのは悪かったと思う。 でも断った事自体は後悔していない。 氷の簀巻きにされたのはきつかったし、二度とあんな目にあいたくはないけど、うんと言わないなら氷の簀巻きにするぞと脅されたって、やっぱり嫌だと言う。 何度でも。


 上級貴族の家庭はどこも冷たい。 それは証人喚問の時、沢山の上級貴族の家にお邪魔して感じた。 子供達の周りにいたのはいつも奉公人だったし、実の両親が側にいても子供をかわいがっているようには見えなかった。 例えは悪いけど、領地や家宝のような資産の一つ、て感じ。 大切にはされているんだろう。 でも土地や物に気持ちはないが、子供にはあるだろ。 そんな所にサリを放り込むの?

 ブリアネク侯爵家の内情はよく知らないが、当主は六十歳をとっくに越えている。 勇んで子育てするお年じゃないだろ。 現役の宰相でもあるんだから忙しいに決まっているし。 それに正嫡子だけで何人もの息子がいるのに、未だに爵位を譲っていないんだ。 そんなの何か理由がなきゃおかしい。 長男が不出来とか。 次男も不出来で以下同文とか。 少なくとも兄弟姉妹と仲良く遊ぶという環境でない事は確かだ。 実子は勿論、甥姪、孫でさえサリよりずっと年上なんだから。


 俺に育てられた方が幸せだという自信がある訳じゃないけど、サリは大きくなったら重い責任を負わされる。 今だけは気楽な子供時代を楽しんだっていいじゃないか。 侯爵家で育てられたら勉強漬けの毎日になるに決まっている。 あれをするな、これもだめ、これはまずいのやり直せの。 お作法と儀礼に囲まれて育ったら、マッギニス補佐みたいな人になっちゃうんじゃない? いや、別にああなったら不幸だと言いたい訳でもないけどさ。 本人に聞けば幸せな子供時代でしたと言うかもしれない。 遊べない子供時代でも大人になって有能な人として尊敬されているから割と満足しているのかも。

 それに俺みたいに子供時代をのほほんと暮らせば、それはそれで将来苦労する事になる訳で。 そう考えたらどっちがいいかは分からない。 だけど皇王族や上級貴族の家庭では喜怒哀楽を面に出さないよう、子供の頃から訓練されるってエナが言っていた。 でもサリにはただ無邪気に笑っていてほしいんだ。


 それにしても、なぜスティバル祭祀長は皇都への御出発を御決断なさったんだろう? 俺には分からなかったから家に帰った後でトビに聞いてみた。

「猫又を飼い始めた事に関し、皇王庁がどのような処罰を下すか、現在の所不明です。 スティバル祭祀長から有り難きお言葉を頂戴致しましたものの、それを書面で伝えただけで皇王庁を引き下がらせる事が出来るかどうか。 もしかすると今回スティバル祭祀長が皇都へお出掛けになるのは陛下とその周辺を御説得なさろうとしてのお心遣いではないでしょうか?

 また、スティバル祭祀長でしたら神域に御宿泊となります。 旦那様はその警護として御同道なさるのですから当然神域での御宿泊となるかと存じます。

 皇都のヴィジャヤン伯爵別邸に剣士百人を宿泊させる広さはありません。 しかし神域でしたら百剣がサリ様のお側をお守りする事が可能です。 公爵邸に宿泊なさるのでしたら公爵軍が警備してくれるでしょうが、気心が知れた百剣に勝る警備とは申せません。

 厩がどこにあるかを心配する必要もないでしょう。 正確な位置は存じませんが、神域は城内の中央にあると伺っております。 神域から陛下の玉座まで、かなりの距離があるようですので、そこは馬での移動になるかと存じますが。 祭祀長の護衛兵の馬なら玄関先で馬丁が轡を受け取るでしょうし、祭祀長警護という公務の最中なので他の貴族や皇王族との接触もほとんどないと予想されます」

「じゃ、準大公として振る舞わなくてもいい?」

「この場合、北軍大隊長として振る舞う事になるかと存じます。 いずれに致しましても祭祀長の護衛兵でしたら貴族は全て格下と見なしても咎める者はおりません。 各軍の将軍はいらっしゃいますが、旦那様はどなたとも懇意でいらっしゃる。 東軍副将軍以外、新年式に副将軍は参列しませんので儀礼に関してはそう御心配なさらなくても大丈夫かと。

 新年の御挨拶は陛下からのお召しがあればそれに従い、なければ末席伯爵として新年式に参列する事になるでしょう。 ただお召しがあった場合、陛下に直接御挨拶申し上げる事になります。 婚約式でのような少人数か、お人払いがあって一対一のお目通りとなる事もあり得ます。 その時、お神酒を頂戴するかもしれません。 それを飲み干す事は臣下として忠誠を誓うという意味がございます。 飲まないという選択はないという事をお心にお留め置き下さい」


 トビによると、お神酒はいつも同じ酒と決まったものでもないらしい。 強い酒の事もあればそうでない時もある。 頂戴する量も杯が大きい時もあれば小さい時もあるんだって。 だから飲んだ事がある人にどうだったと聞いても参考にならない。

 俺が飲まされるのはどんな酒か分からないが、俺は普段酒を飲まないから少し飲んだだけで酔う。 準大公として振る舞う必要はなくても、お神酒を頂戴する時の儀礼だけは練習しておいた方がいいという話になった。


 陛下と面会するとしたら、どんなに小さくても婚約式で使った会場より小さくはないらしい。 俺の家にあれ程広い部屋はないから第一庁舎の大会議室を借りて練習する事にした。 はっきり覚えてはいないんだけど、慣れない酒を何杯も飲んだせいで酔っ払っちゃったみたい。


 お、さ、けー、のんじゃったっ!

 くふっ。 のーんじゃったもんねー

 いーっぱい

 あ、いーっぱい、てー

 いっぱーい、にはーい、のー、いっぱーいじゃ、ないよ?

 いーっぱいの、いーっぱいだよー

 きゃはははは

 いーっぱいの、いーっぱいだってー

 わ、かり、ずらー

 で、もー、のまなきゃー、らめなのー

 だか、らあ、れんしゅー


 と、廊下で会った人に説明した事はかすかに覚えている。 誰に言ったのかは分からない。 俺より背が高かったからブラダンコリエ先生じゃない事は確かだが、アラウジョでもない。 昨日は風邪で休んでいたから。 だけどバリトーキ軍曹でもなかったような。 近くにいた警備兵の誰か?

 朝、自宅の寝室で目が覚めた。 誰かが俺を自宅まで運んでくれたようだ。 まあ、仮にも大隊長だ。 廊下に寝かせておく訳にもいかなかったんだろう。


 翌日の気分は最悪。 頭が痛くてさぼりたかったが、スティバル祭祀長が上京なさるから今回の旅はいつものように、とはいかない。 大隊長は全員連日泊まり込みで旅の準備をしている。 その準備を抜け出してお神酒を飲む練習をさせてもらったんだ。 なのに次の日二日酔いで休んだら外聞が悪いだろ。

 弓の稽古は午後からする事にして、打ち合わせをするためにまず師範の執務室へ行った。 ふらふらになりながらもがんばって出頭したんだけど、俺が酔っ払って醜態を晒した噂はとっくに広まっていたようで。 師範の視線がいつもよりずっと冷たい。


「酒をくらってヒャラ踊りか。 ふん、気楽な御身分だぜ」

 ほんと、嫌みなんだから。 お神酒を頂戴する儀礼の練習、て事は師範にも伝えていたし、俺が酒好きじゃない事も知っているじゃないか。 そんな身も蓋もない言い方しなくたっていいでしょ、と言い返してやりたいが言えない。 酔っ払ったのは事実だし。 ヒャラを踊った事は覚えていないが、踊ってなんかいませんと言い返せるほどはっきりとした記憶がないんだ。

 それでなくても大隊長としての権威が中々上がらず苦労している。 ここで師範相手に騒いで噂に尾ヒレが付いたらもっと嫌だ。 騒がなくてもとっくに尾ヒレが付いているような気がしないでもないが。


「馬鹿な頭に酒を振り掛けて呪いを解こうとでも思ったか」

 そう言われて、前に「年々馬鹿が進むという呪いが掛かっている」と言われた事を思い出した。 ちょーっと、むかつくかも。 あの時は後でタイマーザ先生から、頭に呪いはかかっていません、と言われてほっと一安心したけど、それまでは本当に呪いが掛かっているんじゃないかと思ってすごく不安だった。

 師範なら信じる方が悪いんだと言いそう。 でもあんなに確信ありげに言われたらさ、俺でなくたってもしかしたら、と思うだろ。 人が悪いったらありゃしない。 俺みたいな何でも信じちゃう人に嘘をつくだなんて。


 それとも師範には呪術師の素質がある、とか? 正式な訓練をしてないから間違えた? 

 その辺りをタイマーザ先生に聞いておきたかったが、先生は帰りをすごく急いでいらした。 スパーキーに乗るのは嫌々っぽかったが、ナジューラ義兄上の元へ一刻も早く、という感じで焦って帰ったから余計な事を聞いている時間はなかったんだ。

 まあ、タイマーザ先生は師範の事をよく知っている訳でもない。 呪術師の素質があるかどうかなんて聞いたって分からなかっただろう。 で、そのままにしていたんだけど、むっとした事を思い出したから師範に言ってやった。

「タイマーザ先生から俺の頭に呪いはかかっていない、て太鼓判を押してもらいましたよ」

「ほう。 それは残念だったな」

「残念? どうして残念なんですか?」

「呪いだったら解呪してもらう事が出来ただろ。 何も掛かってないなら解いてもらう事だって出来やしない」

「呪いなんて掛かってない方がいいに決まっているじゃないですか。 馬鹿なんて別に恥ずかしい事でもあるまいし」

「なんだ、お前は馬鹿のままで平気なのか?」

「そりゃ賢くなれたらいいな、とは思いますけど。 どんなに賢くなったって周りにもっと賢い人がいるんだから、一番賢い人になるなんて無理でしょ。 それに俺としてはその方が助かります。 みんな賢いから俺が何も言わなくたってどんどん仕事をしてくれるし。 賢い人になって何でも自分でやらなきゃならなくなったらその方が困ります」 

「お前は弓で一番になりたくて毎日稽古しているだろ。 頭だって勉強したら賢くなるとは思わんのか?」

「弓の稽古は一番になりたくてやっているんじゃありません。 筋肉が落ちたら当たらなくなるからやってるんです。 それにこう見えても勉強なら、もうやってます。 毎日一生懸命」

「ああ、何を習ったか全部忘れているだけでな」

「ちゃんと覚えてますよっ」

「ほう。 ならお神酒を飲んだ後、陛下に何と申し上げるんだ? 昨日習ったんだろ」

「え? あ、えーと。 皇恩に感、じゃないな。

 新年の、あれは飲む前か。 えーと、えーと、」

「誰もお前が覚えているとは思っていないから気にするな。 おい、こっちはお前と違って忙しいんだ。 ぼーっとしてるんじゃない。 ちゃっちゃと終わらせるぞ」


 ちゃんと覚えていたのにー。 お神酒を飲むまでは。


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