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弓と剣  作者: 淳A
六頭殺しの若
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派閥  ある北軍人事担当者の話

「今度の奴は、どっち派だ?」

 新兵を受け入れる小隊長が人事に必ずそれを聞いて来るのは単なる好奇心からではない。 北軍の場合、家が貧しいからどこかに入らなきゃ食っていけないという理由で入隊する奴が一番多い。 平民新兵のほとんどがそうだ。 しかし何かに憧れて入隊したという奴も中々侮れない数でいる。

 北の貴族の子弟なら北軍との繋がりを持っていないと後々困るという理由もあるかもしれない。 但し、実家が第一駐屯地の近くだからという理由で入隊する事はあり得ない。 第一駐屯地とその周辺は皇王陛下直轄領であり、別邸はあってもこの近くに領地を持つ貴族はいないのだ。 特に北に領地がある訳でもない貴族がわざわざ北軍に入隊するとしたら給金や北軍との繋がり以外の理由がある。


 今まで貴族の入隊理由で断トツで多かったのが北の猛虎に憧れて、だ。 ところがここに来て北の猛虎派と六頭殺しの若派は二分する勢いとなり、小隊長が人事に質問しなくてはいけないほどになった。

 そこで、どっちの派に属していようと関係ないだろう、猛虎と若は仲が良いじゃないか、と思うのは素人だ。 入隊すれば新兵同士飲みに行ったり食べに行ったりする。 その席で北の猛虎がどうしたこうした、若の噂のあれこれ、当然出る。 そして遠からず、どちらがより強いかという議論が始まる。


 猛虎は若を助けた。 だから猛虎の方が強い。 

 若はオークを六頭、一人で倒した。 猛虎が一人で倒したオークは一頭だけ。 だから若の方が強い。

 そこで相手の言う事にもっともだと言って引き下がるぐらいなら派閥なんかに入るはずもない。 議論は白熱する。

「若が近衛の大将を倒せるって言うのかよお!」

「なんだとっ! 猛虎が流鏑馬で全的命中させられるのかっ!!」


 その時、まあまあ、と仲裁に入ってくれる年長の者がいればいいが、下手をすると面白がって議論を煽る奴だっている。 それでなくとも血の気の多いのが新兵だ。 大抵最後は殴り合いの喧嘩となる。

 それでも外に出てやるぐらいの分別があったらこちらだって鬼や畜生じゃあるまいし、自分達が怪我しただけで済ませた事を汲んでやる。 厠の掃除一週間の罰当番で終わりにしてもいい。 だが暴れた場所が悪かったとか、その店に迷惑をかけたとなると、ちゃんと弁償する必要がある。 貴族の子弟なら金はあるが、時には金で方がつかない事も。

 事と次第によっては謹慎処分もあり得るし、辺りを巻き込み、通行人に怪我をさせたとなったら減給処分、降格処分も考えられる。 ものによっては五年、十年と残る記録もあるのだから将来の昇進にも差し支えるだろう。

 そこまでいけば、あいつのせいで、と恨む気持ちになるのは仕方がない。 どうしても、あんな奴とは二度と口をきくもんか、となる。 勢い、話をする、つるむ奴というのは同じ派に属する奴という事になる訳だ。

 それに口もききたくない相手と任務を遂行していると任務は任務と割り切っていても間違いが起こりやすい。 そういう訳で誰がどちら派かという事が上官として当然知っておくべき事項となっている。


 喧嘩の種になるから派閥禁止と言うのは簡単だが、禁止したところで人の好き嫌いを左右出来るものではない。 但し、悪い事ばかりとも言えないが。

 シルモニ子爵家とデュシャン男爵家の両家は領地が隣接している。 遥か昔から境界線を巡るいざこざが絶えず、時には流血沙汰を起こす犬猿の仲として知られていた。 それでこの二家の次男がほとんど同時に入隊してきた時、一緒の小隊にならないよう、任務でも鉢合わせしたりしないように上の方ではかなり気を使った程だ。 ところが蓋を開けてみればどちらも若派。

 既に数年の実績のある虎派なら会の数も一つや二つではない。 でも若派はまだ一つしかないから若派の会合でどうしても顔を合わせる。 最初はその二人がいるだけで場の雰囲気が硬くなったらしいが、話してみれば結構良い奴、という訳でその内二人で一緒に飲みに行くまでになった。


 この二人は偶々どちらも長男が家督を継げず、後年それぞれ爵位を継いだ。 二人の代になってから毎年あった境での争いによる死者負傷者の数がゼロになったと言う。 派閥が人命を救った希少な例と言えるかもしれない。


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