お祝いの手紙 若の兄達の会話
皇太子殿下御退席を無事見送り申し上げた後、お帰りになる貴賓の方々に親族一同より御挨拶申し上げ、兄上の結婚式は一段落ついた。 ほっと一息吐いてから同じように安堵の表情を浮かべている本日の準主役、花婿に話しかける。
「兄上、御結婚おめでとうございます」
「ありがとう、サジ。 元気でやっているか。 どうだ、病院勤務は」
「まだ慣れたとは言えませんが、なんとかやっています。 それにしても盛大な式でしたね」
招待客六百三十名と聞いていたが、千人くらいいたような気がする。 誰も欠席しなかった上に何とか伝手を使って潜り込んだ客がいたのだろう。 それでなくとも兄上の仕事上、上司を招待するのは当然だが、上司の上司、その上司にも縋られたら招待しない訳にはいかない。
招待客のあまりの多さに西の本邸で挙式するのは無理という事になり、皇都にあるヘルセス公爵邸が式場となった。 因みにヴィジャヤン伯爵家の結婚式が自領にある本邸以外で挙式されただなんて、これが初めてではないだろうか。
父上と母上の結婚式は両家合わせて七十名程度の招待客であったと聞いている。 それは母上が子爵令嬢であるため父上が伯爵家の格式を誇示する事を嫌がったらしい。 私の母方の祖父は爵位は格下でも相当顔が広かったらしく、上級貴族の招待客を増やそうと思えば増やせない事もなかったようだが。 父上と母上、そしてどちらの祖父母も慎ましい結婚式を望んだ結果、そうなった。
但し、今回このような皇太子殿下と上級貴族が目白押しの結婚式となったのはヘルセス公爵が望んだ故ではない。 どちら様からも是非出席したいと強請られ、返していない借りがあるそちらを招待する以上こちらも招待しない訳にはいかない等の事情があったようだ。
招待客が帰り、何の不手際もなかった事に改めて安堵のため息を吐きながら兄上がおっしゃった。
「我が家主導であればこの五分の一の規模にするのがせいぜいだったろう」
「実を申しますと、ヘルセス公爵家がこれほど気合いを入れるとは意外でした。 どちらかと言えばあちらは塩対応という印象でしたので」
「義父上がサダのファンでな」
「なるほど」
「お前の職場では騒がれていないのか?」
「私は職場で自分の出自を明かしてはおりません。 幸いヴィジャヤンは南ではよくある姓なので。 サダの噂は届いておりますが、その他大勢の一人として聞いているだけです」
それでも日が経つにつれ、六頭殺しの人気が高まっていくのが感じられた。 しかも未だに衰える兆しはない。 南の辺地でそうなのだ。 皇都での熱狂は想像するに余りある。
兄上は式前の狂騒を思い出されたか、軽くため息を漏らされた。
「とにかくサダの顔見たさに招待状が欲しいという人が鈴なりでな。 断りきれなかった。 サダは来ない、と事前に説明してあるのだが」
「来ないと言っても来るかもしれない、と期待する人もいたでしょうし」
私の言葉に兄上が深く頷かれた。
「実はモンドー北軍将軍閣下によると、護衛として付いて来ればよい、とサダにおっしゃって下さったそうだ。 それは新兵に許されている事ではありませんから、とサダが辞退したらしい」
「ああ、新兵は一年過ぎるまで私用での休暇は許されていないと聞いた事があります」
「ここまで有名になったのだ。 優遇や恩恵の一つや二つ、受け取った所で誰も文句を言わないだろうに。 閣下もサダの快挙以来、北軍入隊志願者が例年の倍になった、とほくほく顔でいらした」
「サダらしいといえばサダらしい」
「うむ。 閣下から、偉業を成し遂げたにも拘らず自然体のまま、とのお言葉を戴いた」
「オークを倒した事も自分では、こんなのまぐれ、と思っているのでしょう」
「だろうな」
「そう言えばサダから何かお祝いが届きましたか?」
「ああ、届いたぞ。 お祝いの手紙が。 御結婚おめでとうございます、と一行だけだがな。 全く相変わらず字の汚い奴だ」
「あっはっはっ。 兄上へと、サダより、を数えれば三行ですよ」
「こんなもので大変申し訳ないとは思ったが。 サダから手紙が届いたら義父上に差し上げる約束をしていたので、恐る恐る差し上げたら大層喜んで戴けた」
「くっくっくっ。 筆無精のサダが書いた手紙ですよ。 そのようなレアもの、手放しても惜しくはなかったのですか?」
「まあな。 あいつもそのうち筆まめに、はならんだろうが。 長い人生だ。 いつか四行の手紙を書く日が来ないとは言えん」
兄弟は互いの顔に、そんな日が来るものか、と大きく書いてあるのを見て、どっと笑った。




