第三十二話 笑えばいいんです!
アルフレッド様にお話すると決めたのは良かったが、当のアルフレッド様が翌日から忙しくなってしまったようで、落ち着いて話せるタイミングが中々巡ってこなくなり……決心から一週間も過ぎてしまった。
一週間の間、私は自室や綺麗な中庭で、本を読む生活を送った。書庫には様々な種類の本があるおかげで、退屈はせずに済んだが……。
「私、ここに来てから、王族らしい仕事を何もしておりませんわね……」
これでも、一応私はカルネシアラ国の王族として、公務をすることはあった。今はソリアン国の王子の婚約者として、公務をするのは何もおかしいことではないはず。
しかし、アルフレッド様もフェルト殿下も、私に公務なんて一切させないどころか、全てにおいて何不自由のない、自由な生活をさせてくださっている。
楽が出来ると言えば確かにその通りではあるが、これは人としてどうなのだろうか? これでは婚約者ではなくて、穀潰しにしかなっていないだろう。
「こういう時、どうすればいいのか、皆目見当もつきませんわね……」
「とりあえず、笑えばいいんじゃないですか?」
「リズ、真面目に考えてくださる?」
「至って真面目ですよ! ほら、暗い気持ちで考えるよりも、明るい気持ちの方が、良い案が浮かんだりすると思いますし!」
……一応、理にはかなっている……のかしら? 頭から否定するのもあれですし、試しにやってみましょう。
「お、おほほほほ……」
「ダメですよ! もっとお腹から声を出しましょう!」
「おほほほほっ!」
「まだまだ! すっごく悪い令嬢のように、高笑いをしましょう!」
「おーっほっほっほっほっ!!」
言われるがまま、それっぽい笑い声を中庭に響かせていると、近くを通る方々に、彼女達は一体何をしているんだ……? と言わんばかりの視線が、一斉に向けられた。
確かに暗い気持ちは吹き飛んだような気がするが、人として何か大切な物を失った気がするのは、恐らく気のせいではないと思う。
「ははっ、いつもの控えめな笑い方のセリア様も素敵だけど、豪快な笑い方も素敵だね」
「あ、アルフレッド様!? もしかして、今のをご覧になられて……?」
「ああ。帰って来たら、中庭にいるって聞いて来てみたら、ちょうど現場に遭遇したんだよ」
あ、あんな恥ずかしい姿を見られてしまうだなんて……顔から火が出そうなくらい恥ずかしい! 今すぐにでもここから逃げて、頭から布団をかぶりたい……!
「アルフレッド様、実はセリア様からお話したいことがあるのですが、お時間っていただけますか?」
「ああ、問題ないよ。僕もセリア様に用事があったのだけど、なかなか時間が取れなくてね。ようやく少し余裕が出来たんだ」
「それは丁度良いタイミングでしたね! ほら、セリア様! いつまでも照れてる場合ではありませんよっ!」
「誰のせいでこうなっていると思っておりますのよ!?」
プリプリ怒りながら、私はリズと一緒に、アルフレッド様の部屋へと向かうと、アルフレッド様が自らお茶を淹れて、私達に出してくれた。
「ふぅ、おいしい……アルフレッド様、ありがとうございます。おかげさまで、少し落ち着きましたわ」
「それはなによりだ。それで、用事のことについてなんだが……これを見てくれ!」
アルフレッド様は、私に何かが入った袋を渡す。
この感じ、思ってよりも大きい感じね。柔らかい感触に、短い手のようなもの……それとは対照的に、長い尻尾のような……もしかして、これって!?
「あ……ああっ……!」
袋の中から出てきたのは、以前お姉様に燃やされて、灰になってしまった猫のぬいぐるみだった。傷や汚れ具合からして、燃やされる直前と同じ状態だ。
「知り合いに特殊な魔法を研究している者がいてね。彼は破損したものを直す修復魔法が使えるんだ。その魔法で、このぬいぐるみが燃える前に戻してもらったんだ」
「まさか、こんなに元通りになるだなんて……」
「約束しただろう? 僕が責任をもって、修復してみせるって」
約束は確かにしたが、燃やされたぬいぐるみを、ここまで直してもらえるなんて、誰が想像できるだろうか?
「ああ、私の大切なお友達……もう会えないと思っていたのに……戻って来てくれたのですね……!」
「よかったですね、セリア様!」
「ええ……! アルフレッド様、本当にありがとうございます。なんてお礼を言えばいいか……」
「愛する君の喜ぶ姿が見られただけで、十分なお礼になっているよ」
まるで、これくらいは当然だと言わんばかりに笑うアルフレッド様は、自分で入れたお茶を口にする。
……やっぱり、アルフレッド様は信じてもいい方なのかもしれない。この一週間、言うと決めたはいいけど、本当にいいのか悩んでいたが……改めて、伝えようと決心が出来た。
「アルフレッド様、私からもお話があります」
「うん、なんだい?」
私の真剣な雰囲気を察してくれたのか、アルフレッド様もとても真面目な表情で、私とまっすぐ向き合ってくれた。
「私の……特別な力についてですわ」
一度深呼吸をした私は、自分が本当はカルネシアラ国の聖女であり、予知の魔法が使えることや予知の魔法の詳細、家族から逃げるため、家族に復讐をする為に、婚約者として立候補したこと、最近の出来事は全て予知のおかげといったことを話した。
「聖女という存在は知っているが、それはジェシカ様だとばかり……僕も騙されていたということか。そして、君が僕達を助けてくれていたのは、その力のおかげだったとは……さすがに驚きを隠せないね。だが、君の力があれば、多くの民の不幸を予知し、それを回避すれば民が幸せになれるじゃないか!」
「それが、予知で見た方の不幸は、多少軽くなることはあっても、完全に変えられないのです」
「軽くなるのなら、やる価値はある!」
ふんっと握り拳を作って気合を入れたアルフレッド様は、待てよ……? と呟きながら、私に再び視線を向けた。
「一つ疑問がある。予知で僕達を助けてくれた時、君は異様に苦しんでいた。あれは、一体何だったんだ?」
「……予知で見えた光景で起こる、痛みや苦しみというのは、全て私も体験することになるからですわ」
「な、なんだって!? どうしてそんな大切なことを、先に話してくれなかったんだ!? ああ、それがわかっていれば、君に民を救ってもらおうだなんて、考えもしなかったのに!」
「あなたは、私の体の心配をしてくださるのですか?」
「当たり前だろう!? 民を救うために、君に苦しめだなんて、僕には死んでも言えない!」
やっぱり、この方はこういう人間なのね。他人のことなのに、自分のことのように……それ以上に心配してしまう、優しい方……。
「そうだ、その痛みを僕に肩代わりさせることはできないのかい!?」
「いえ、それは不可能かと……」
仮にできたとしても、私は絶対にやらないだろう。だって、それを出来るようにしてしまったら、アルフレッド様なら、どれだけの痛みを伴おうと、予知を乱用して民を幸せにするのは、容易に想像できる。
「そうか……だが、君から色々な話を聞いて、君の力の本質がわかったような気がするよ」
「本質、ですか?」
「君の力は、人間が一致団結して不幸を乗り越えるために民に伝え、導くものなのだろう。そんな素敵で、まさに聖女と呼べるような、誇りある力を持つ君は、聖女セリアという人間として、どれだけ虐げられてきても、必死に耐えて生きてこられたのだと感じた。だから、自分を卑下する必要は無い。君には、胸を張って生きる資格も権利もあるのだから」
「アルフレッド様……そんな、私のような、復讐を望むような人間には、勿体なさすぎる言葉ですわ……」
私は、アルフレッド様が思うほど、崇高な人間ではない。ずっと傷つきたくなくて、周りのことを見ないようにしていて、予知を見てからは、家族に復讐をすることだけを考えているような、弱くて愚かな人間が……崇高な人間なはずがない。
「いや、君は胸を張るべきだ。君は、既にこの城で三度も不幸をどうにかしようと動いてくれた。結果的に、誰かが不幸にあったかもしれないが、君が見たものよりも軽くはなっているだろう?」
「それは……はい」
「だったらいいじゃないか、といいたいところだが……君としては、見えたのなら完全に不幸を無くしたいのかな?」
アルフレッド様の端的な質問に、私は小さく首を縦に振った。
「そうだよね。僕もなんとなくわかる。せっかくわかっていることなのだから、全員が幸せになるために頑張りたいよね」
「一時期は、私もそう思っておりました。ですが、家族に利用されて、虐げられるのが当たり前になってからは、聖女のお仕事は事務的に行うようになってしまいました」
「そうか。それでも、君は聖女の仕事を放り出さなかった。とっても立派だと思うよ。僕は、そんな素敵な君とこうして巡り合えて、好きになれたことを、幸福に思っているよ」
「…………」
見る人を安心させるような笑顔で、私の頭を優しく撫でるアルフレッド様。その手が暖かくて、気持ちよくて、安心できて……私は、自然と涙が溢れてきた。
同時に、私の中からアルフレッド様への疑念が消え、とても暖かくて、でも凄くドキドキした感情が湧き上がってきた。顔も体も熱くて、アルフレッド様を見ているだけで、それがもっと強くなる。
これって……まさか、いやそんな……いくら信用できるし、優しくされたからって、さすがにそれは……。
「お話中にすみません、わたし、少し気になることがありまして」
「なにかな?」
非常に真面目な表情を浮かべるリズは、アルフレッド様にとあることを問いただした。
「アルフレッド様の今までの言動を見ていると、どうにもわたし達が聞いていた、ソリアン国の人達のイメージと合わないんです。本当に、戦争はあなた達が起こしたのですか?」
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