ぼろ布ふたつ 02「愛の勝利」
以前いただいた感想から構想し、ふくらませたエピソードです。
性的表現あり。
「いたか?」
「いねえ! クソッ、どこ行った!? 足跡もねえ! ザーグ!」
死神にやられちまえ、という意味の言葉を短縮した罵倒語を口走る男たちが、山道を駆け抜けていった。
「……行ったか」
「もうしわけありません。久しぶりの街だったのに、うかつに顔を見せてしまったせいで。まさか宿屋の主人があんな連中を呼びこむなんて」
「いいさ。いつの時代もどんな土地でも、男というのはあんなものだし。お前が作ってくれたここに、しばらくのんびり潜んでいよう」
「悔しいです。女だけでも旅ができるように、きちんと整えたはずでしたのに……百年たたないうちにもうこんなことに」
「すばらしい時代だったと今でも語り継がれ、復活させようと夢見る者がたくさん出てきているんだから、十分さ。こんな真似ができる腕のいい魔導師になって、その上で国の面倒まで見ていたんだから、お前はがんばったよ。とても」
「ありがとうございます……」
涙ぐむ少女を、優しい闇が包みこんだ。
ふたりは魔法で地中に作った空間の中におり、さらに周囲のあらゆる視線や魔法の探りを遮る布地に包みこまれており、魔法具で風も水も供給されて、ここにいる限り、他人に見つかり邪魔される心配は一切いらなかった。
なので、宿から逃げ出した美しい女性ふたりを襲おうと血眼になって追いかけてきた男たちを完全に意識から外して、二人はお互いだけを感じる甘い時間を存分に過ごした。
「しっかりしろ」
「っ! ブハッ! わっ、わたくしっ、今っ、死んでました!? あなたではない死神様にお会いしたんですけど! 勝手にこっち来んじゃねえと蹴られたんですけど!?」
「すまん。かなり強い薬を使った。危なかった」
「ハァ、ハァ、ハァ…………や、やりすぎです…………死んじゃったら、それ以上何もできなくなるじゃないですか!」
「すまん。私の知らないお前を感じたくて」
「嬉しいですけど! とても嬉しいし気持ちよかったですけど! 死んじゃうくらいよかったし、めちゃくちゃになりましたけど! それでも! 十二歳どころかもっと幼いわたくしや、四十歳過ぎた私、腰が曲がって歩けなくなったわたくしまで愛でようとするのは色々間違ってます! あの七十五歳のわたくしをあんなに激しくしたら、死ぬの当たり前でしょう!?」
「本当にすまん。私がいない時期の、私の知らないお前を知りたいという気持ちが抑えられなかった。幼くても老いてもお前はお前で、私の気持ちはまったく変わらないということもあらためて確認できたよ」
「………………ああ……………………もうっ!」
謝罪ということで完全に無防備になり、あらゆる部位にあらゆる行為をされることを受け入れた美神に、熱のかたまりがからみついた。
「まだ、足りていませんね」
激しく息を弾ませながら、成人女性の立派な肢体をした元女帝は言った。
「ま…………まだ、だと……!?」
世界最強どころか今だけはもう指一本動かせないほどへばっている、愛する相手に愛され続けてとろけきった剣聖が恐れおののいた。
「わたくしが思い描くとおりの年齢になれるからと、ものごころついた時から老いさらばえて死ぬ寸前まで、順々にすべての年齢にさせて、各年代それぞれを愛し、もてあそび、めちゃくちゃにしたのですよあなたは。つるつるの体もしわくちゃの体も全部見られました。なのにわたくしは、今のあなたを愛しただけではありませんか。不公平もいいところです。
わたくしにできるのですから、あなたにもできますよね? わたくしの知らない年頃のあなたというものを見せてくださいまし」
「むう。それは。待て。そう言われても……私は、あちらに関わったのがもうこの体つきになってからだから……」
「あなたの素性は存じておりますし、まだ教えてくださっていないこともおおむね察しております。六十年も王様なんてめんどくさいものをやり続けて、それはもう沢山の人を、人生を、性格や能力や態度や振る舞いを見続けてきたのです。ちょっとくらい今と違うあなたを見た程度で、嫌いになったり距離を置かれたりするとでも思っておいでですか。あんまり人を見くびらないでくださいましね」
笑顔で、剣聖の素肌をつねった。
「わ、わかった、めんどくさいが、やってみるよ……まったく………………あの頃というのは……ええと……」
閉鎖された空間に、この世のものとは違う力が広がり、黒髪の美女の存在が薄れて消えた。別な世界へ行ったのだ。
そこから戻る際に、思い描く自分になって現れることができる。
戻りやすいように手を握ったまま、つながりを保って待つ、元女帝の前に――。
黒髪の、今の自分より少し低いくらいの背丈の、恐らく十代前半だろう少女が現れた。
幼さと色香を奇跡的な配合で同居させた、成長途中の優美な肢体。
とてつもなく整いながらもやわらかな輪郭の美貌。
ただしその眼光は刃そのものの鋭さで、この世のあらゆる人間を斬り殺したいと思っていることを確信できる、危険きわまりないものだった。
のちの剣聖。この時点では恐らく、凶悪無比の人斬りにすぎない少女。
「ああ……おおむね想像通りですけど、実物はこんなに危うい……かなり荒れておられましたね。ああ、この頃にわたくしがいたならば!」
「おい怖くないのか、というか思い出したものだから気分もあの頃の感じでお前であっても刃を向け――んっ、おいっ、わっ、うあっ!?」
「忘れないでくださいまし、わたくしは、相手が人である限り、関節を極め、自由を奪う技にとても長けているのです。都合が悪くなるとすぐ逃げ出そうとするあなたを捕らえるために、身につけたのですよ。
それに……いつものあなたならともかく、こうも怖い顔、反抗的な目つき、身の回りのすべてを敵視しているようなお若いところを見せられると…………ふふふ」
「なぜ笑う。なんだそのよだれは。その目はやめろ、やめてくれ!」
「今まで色々、あなたに一方的にされてきたことを、わたくしも思い出してきましたよ。あなたにも同じことを――いえこのあなただからこそ、同じことをしてやらなければ。自分より背の低い、反抗的な相手を制圧し、蹂躙し、玩弄し、めちゃくちゃにしてやる楽しさを、あなただけが味わっていたなんて不公平ですよね。このまだささやかなふくらみのかわいらしさ。他のところも初々しく。きっと反応も新鮮で。ふふ。うふふ。うふふふ」
黒髪の人斬り少女は死地を悟り猛然ともがくも、軟体動物のように執拗にからみついてくる相手から逃れることができず、様々な部分を好き放題にされ、いじられ撫でられ揉みしだかれ、つままれ転がされ…………やがて凶相は羞恥と屈辱の泣き顔になり、それによりさらに興奮した相手が全力の技巧を注ぎこみ、幾度もの痙攣を経て、ついには哀願して許しを乞う羽目に陥った。
「ゆ、ゆるしてくれ……もう……だめだ……おかしくなる……」
「そうですね、ここで終わらせてしまってはもったいない。ではもう一段階お若いお姿をお願いいたします」
輝くばかりにつやつやとした肌をして、女帝は獲物に命令した。
「…………」
今だけは物理的にも心理的にも抗えなくなっている、黒髪の少女の存在が希薄になり、そして――。
漆黒の髪をした、幼女。
やたらと細いということはなく、逆に将来の長身を思えば当然という、しっかりした手足、ぷっくりしていると言っていい肉づき。目はぱっちり大きく頬もあごも丸く、ふわふわした唇は微笑みのかたち。
最高の職人いや神工が、なめらかさとまろやかさというものを完璧に具現化し、生身の人間ではなく理想の幼形美を持った人形をこしらえたのではないかと思うほどに、およそこの世にあるものとは信じがたい愛くるしさを放つ存在がそこにいた。
「あ…………あ………………あああ…………!」
声が震えた。手も震えた。目は限界まで見開かれ、瞳孔もまた最大限に拡張した。
相手が硬直して震えるばかりとなったため、己を取りもどした剣聖が訊ねる。
「どうちた、かるなりあ?」
舌っ足らずに言ってから、自分の肉体年齢と状況を思い出したようで、恥ずかしそうに目をそらし、ぷりぷりした体を丸めて隠そうとした。
その仕草、その表情や動作のひとつひとつがさらにものすごい感動を呼び凄まじいものが噴き出してきて……。
「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~」
絶叫という程度のものではない、超音波の域に入った人外の声と、極限に達した感情がぶちまけられた、大爆発が巻き起こった。
奇声をあげて幼女に飛びついた大人の女性は、豊かな胸に黒髪をかかえこみ抱きすくめしがみつき、さらに奇声を発しごろごろ転がり鼻血を出しながらなめらかな肌に自分の頬をこすりつけまくった。
「これ! これわたしの! わたくしのもの! わーしの! きゃああああ! はなさない! このまま! ずっとこのまま! うっきゃあああああ! きゃひぃぃぃぃぃ! あきゃああああああああああ!!!」
「…………こうなると、よそうは、れきてた……らから、いやらったのに……」
生気を完全に失った目をして幼女はつぶやいたが、相手はもちろん聞いていなかった。
隠れ潜む穴の中からぶちまけられた愛の波動は、常軌を逸した勢いで、想像を絶する広さに拡散して――。
「……ああ、花って、きれいだなあ……」
追いかけた美女が見つからず、腹立ちまぎれに出くわした旅人を襲おうとしていた野卑な男たちから、危険なものが消え失せて、周囲の豊かな自然に賛美の目を向け、また懐かしい我が家に戻って親しい人たちと幸せな時間を過ごしたいという気持ちがいっぱいにふくらんだ。
誰もが、愛に満ちて、他人に優しくなり、幸せになった。
その現象は、山ひとつどころか山の麓にある街、その周辺一帯にもぐんぐん広がって。
史書では完全に無視されているが、民間伝承で、ある日ある国に愛の神が降臨し、その地に住まう全ての人が甘やかで幸せな感情だけになって、一昼夜にわたってぼうっとなって過ごし、その後はあちこちで起きていた争いごとが――夫婦げんかから水利権をめぐって数百人の村人同士が殺し合いかけていた危機的状況まで含めて、全て解消されたという奇跡が伝えられている。
また、翌年のある月に、異様に多い新生児の誕生が記録されているのは、各地の役所の資料から確認できる事実である。
カルナリア、ついに勝った!
だがある意味完敗かもしれない。これから先ロリフィンに何か「おねだり」されたら絶対に断れなくなってしまったのだから。
……詳細な解説は活動報告の方でいたしますが、一点だけ。
前話と違いカルナリアの一人称が「わたくし」なのは、女王だった頃を思い出すプレイをさせられたせいです。




