846:タルウィボンド・3-4
「まるで蜘蛛の糸ね」
落とし穴の中から爆音が響く中、私は自分の右腕をしっかりと見つつ、自分を構成する呪いの状態を感じ取る。
見た目としては……細い細い呪いの糸が右腕に、いや、右腕を主体にしているだけで、全身に絡みついている。
どうやらいつの間にか相当量の糸を闘技場に張り巡らせていたらしい。
「そして、私の体の中に入り込もうともしている、と。淀みらしい嫌らしさね」
呪いを感じ取ってみれば、私の表皮を構成している呪いの隙間から、私の内側へと入り込もうとしている気配を感じる。
侵入を許した場合にどうなるかは……使っている素材から考えれば、碌でもないのは確かか。
「でも一番厄介なのは、何故この状態になるまで分からなかったかなのよねぇ……」
まあ、糸そのものは『熱波の呪い』を利用すればいい。
と言う訳で、私は糸をしっかりと認識した上で、呪詛を集中させ、生じた炎によって私の表皮ごと焼き払う事で、取り払う。
そして、糸を通じて闘技場全体に火を広げていき、認識出来る限りで全ての糸を焼き払う。
糸が多かったのは……遅い火球が通った場所か?
ならば、あの火球には、直接攻撃をする用途だけでなく、この糸を設置する役割もあったと言う事か。
「「ヒヒーン!」」
「うーん、穴の底からいつの間にか居なくなっているのはいいけど、こいつの正体が本当に分からないわね」
と、此処で馬ドラゴンが近くの地面から現れ、あの遅い火球を放ちながらこちらに迫り、槍を振るう。
その攻撃そのものは容易に避けられたが……私の推測通りなら、これを避け続けていると、やがてはさっきのようにまた糸に絡め捕られて動けなくなるのだろう。
だから反撃をしないと拙いわけだが……この馬ドラゴンの正体も能力もいまいち分からないと言うか、はっきりしない。
いや、ここまで来ると、敢えてはっきりさせないようにしている感じか。
本体と言うべき核が何処に存在しているか、幾つ存在しているか、そもそも存在しているかどうかも含めて。
つまり、そこを探り出せないと、いや、確定させられないと、この馬ドラゴンは倒せない、と。
「esipsed『魅了の邪眼・3』」
「「!?」」
ならば情報収集を進めるしかないだろう。
なので私は素早く馬ドラゴンから距離を取ると、最も情報収集に繋がりそうな攻撃として、『呪法・貫通槍』も乗せた『魅了の邪眼・3』を馬ドラゴンに撃ち込む。
「さあ、貴方の核の位置を……む」
「「ビヒブルビバァ!」」
私は確かに馬ドラゴンに魅了を与えた。
与えたスタック値の量も決して少なくはなかった。
だが、馬ドラゴンは足を止め、全身を脱力させはしたが、その後直ぐに体を一度震わせると、嘶きと共に行動を再開してしまった。
「「ビビーン!」」
「魅了の回復? いいえ、どちらかと言えば魅了された個体の塗り潰しかしら?」
私は再び攻撃の回避をしていく。
そして反撃として呪詛の剣と槍を撃ち込んでいく。
すると受けたダメージが十分な量になったのか、あるいは他に理由があるのか、馬ドラゴンはまた姿を眩ませる。
では、この間にどうにかして相手の正体を捉え切るとしよう。
「核が複数存在することはもう疑わなくていい。核がない事も疑わなくていい。核は『熱波の呪い』程度の火力では反応をする必要がない程度には頑強、あるいは耐性を持っている」
「「ブルビヒ!!」」
「極小でこちらの攻撃を全て回避できると言うのはあり得ないわね。このスペックで地中の粒子の隙間に入り込めるほど小さいのなら、呪いの密度が高くなりすぎて、遠目にもはっきりと分かるはずだもの。となると位相空間の類に身を潜めている? でもそれは暗梟の竜呪がやっている事で、こいつはまた別だと思うのよね」
「「ブッビヒーン!!」」
うーん、本当に正体が掴めない。
いや、もしかしたら、この掴めないと言う事こそが正体なのか?
素材である淀みと言うのは……遍く有れども、はっきりとはしないものなのだし。
さて、感じ取れはしないが、そろそろ対応しないと、周囲に糸が溜まっているように思える。
「……っ」
そう思った矢先に、私の体が動かなくなる。
今度は左足だ。
「「ビヒーン!!」」
「もしかして、シュレーディンガーの猫に近しい不確定状態なのかしら? 私の認識の影響を受けている? いや、それは流石におかしいと思うけど……」
私は直ぐに糸を焼き払おうとした。
が、それを止めて、私は槍を構えた状態でこちらに向かってくる馬ドラゴンの姿を見る。
馬ドラゴンの全身は相変わらず真っ黒かつ流れのある液体で覆われており、液体が存在していないのは馬とドラゴン、それぞれの目玉部分だけだ。
そして、その目玉部分から感じるのは、相変わらずの嫌らしさであり、浅ましさ、卑しさである。
「ああなるほど。理解したわ」
「「ビ……ヒィン!?」」
馬ドラゴンが槍を突き出す。
その直前でアイムさんの発動したトラバサミが馬ドラゴンの足を襲うが、それは何にも触れていないかのようにすり抜けて、効果を成さなかった。
私はそれでもって確信した。
だから私は素早く糸を焼き払うと、紙一重で槍を避けていき、馬の顔の眼前にまで移動する。
で、右手を呪詛の炎でコーティングした上で……。
「見ているなら見れるはずよねぇ」
「「ビヒィ!?」」
馬の目玉に向かって突っ込み、手に触れたそれ……黄金色の輝きを持った石のようなものを引きずり出した。




