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episode1-4




「パパ、ママ。いちゃつくのはいいけど、変装を解いてからにしてくれない?男同士のラブシーンなんて気持ち悪くて食事が不味くなっちゃうわ」

母が男装したまま、いつも通りの朝食を過ごす状況に耐えかねてセシリアが言った。

壁ぎわに立って待機していた給仕係がほっと息をつく気配がした。自分が主人と仲睦まじく過ごす姿を見続けるのはよほど辛いことだろう。

「せっかく完璧に仕上げたのに?」

ベイツ夫人は子どもが拗ねるように口を尖らせて言った。瞳はすっかり紫に戻っていた。

「エリザ、私は君がどんな姿だろうと全く気にならないよ」

「まぁ、あなたったら」

その様子に、言っても無駄と分かったセシリアはため息をついた。

「……分かった。そのままでもいいけど、誰かお客様が来てもしらないわよ」


しばらくして、マリーが部屋に姿をみせた。

セシリアの横に来ると

「Mr.スタンリーがお越しです」

とライオネルの訪問を告げた。

ほら、言わんこっちゃない――と前の二人に冷ややかな視線を送る。

けれどもベイツ夫妻は全く動揺を見せなかった。

「まぁ、ライオネルの訪問なの。久しぶりだわぁ。また諸国の珍しいお話が聞けるかしら」

「そうだね。ライオネル君はいつも貴重な情報を持ち帰ってくれるから私としてもありがたいよ」

などと、呑気な会話を続けている。

「マリー、ライオネルを客間に通しておいて。すぐに行くから」

いくら家族ぐるみで親しくしていて、ベイツ家の風変わりなところを知っているからと言って、ベイツ氏と男の給仕係にしか見えない夫人とのラブシーンは駄目だろう。

両親を諦めて、セシリアは一人でライオネルの元へと向かった。




「やあ、シシィ」

ライオネルはソファーから立ち爽やかに挨拶をする。

「朝からなんて珍しいわね。昨日はどうもありがとう。下心はあったんでしょうが、助かりました」

手厳しいなぁと、笑うライオネルに座るように促して、セシリアは向かいのソファーに腰を下ろした。

すぐにメイドがお茶を運んで来た。ライオネルはメイドがマリーで無いことを確認して残念そうな顔をする。

「残念でしたー。マリーは来ないわよ」

「僕に感謝してるなら、気を回して欲しいね」

「嫌よ。だってあなた私をダシにしたって気持ちがあるから、フォローをするために朝からわざわざきたのでしょう?」

セシリアが言うと、ライオネルは苦笑した。

「おっしゃる通りだ。それに、フォローをしなきゃ後で何を言われるか分からないしね」

「失礼ね。で、あのタレ目は誰なの?」

セシリアの問いにライオネルはとっておきのタネを明かすような含み笑いを浮かべた。

「グランフィールド公ハーディング氏の息子のジークフリート・ハーディングだよ」

「……え」

グランフィールド、公爵…て、え?え?え?

「え〜っ!!グランフィールド公爵って国王の外戚じゃない!!アレが!?」

驚くセシリアを見て、ライオネルは愉快そうに笑う。

「どうして、あんな集まりにお上の関係が来てるのよ」

グレア家の夜会は上流階級でも気軽なものだ。本物の中枢に近いの貴族達は階級を重んじるので滅多なことでは参加しない。

「セシリア、ハーディングの風来坊って聞いたことない?」

ライオネルがセシリアに尋ねる。

「ないわよ。タレ目がその風来坊ってわけ?」

「グランフィールド公と知ってもタレ目呼ばわりは変えないんだね。セシリアのそういう所が僕は気に入ってるけどさ。……彼は公爵家の一員の癖に探偵なんてことをやってるんだよ」

「探偵……なんでまた?」

「さぁ?そこまでは知らないけど、風来坊って言われてるくらいだから変わり者なんだろうね。昨日のことでも分かるだろ」

セシリアは納得した。だから、あの夜も警察隊に紛れて奴がいたのだ。探偵なんて胡散臭い職業にも関わらず、警察隊の情報を手に入れられるのは、グランフィールド公爵家だからか。

「それで、ライオネルはグランフィールド公とコネクションが欲しかったってこと?」

セシリアの問いかけにライオネルは頷いた。

「そうだよ。次に行こうとしている国が外国人の立ち入りを厳しく制限していてね。商船でも国内には入れないみたいだから、上から権利を貰えないかなぁってね。たぶん僕の活動を知ってもらえれば国益に繋がることも分かってもらえるし、許可を貰える勝算はあると思うんだけど、出会う機会がなかなかね。でも彼ならコンタクトを取れると思ったんだ」

「タレ目は探偵なんか気取ってるから下々の集まりにも出てくるって訳か」

「言うねぇ……。悪い意味じゃなくて、ハーディング氏は理解があるんだと思うよ。昨日も話していて、実感したよ。彼はただすごく好奇心が旺盛なんだ」

どうやらライオネルはタレ目探偵に対して好意を抱いたらしい。だが、いい奴なんだ、と言われて、はいそうですね、と頷けるほどセシリアは素直ではない。

それに、その好奇心が一番厄介なのだ。

ルカスには幾つか戒めの言葉がある。その中のひとつが王族には関わるな、だ。

万一、ルカスとベイツ家が関係していると暴露てしまえばお家断絶の危機である。

好奇心旺盛な王族関係者なんて最悪だ。くわばらくわばら――

「ま、がんばってね」

セシリアが、私とは関係ないけどね、と言外に含んだことを正しくライオネルは受け取ったようだ。

ライオネルは苦笑しつつも、ありがとうと言った。


しばらく次の旅立ちまでの予定などを話した後、去り間際ふと思い出してライオネルが胸ポケットから一枚のカードを出した。

「さっき、屋敷の前で預かったんだ。子どもだったから悪戯かと思ったんだけど、その割りにはちゃんとした体裁だったから一応渡しておくよ」

セシリアは首をかしげながら受け取った。

真っ白の表書きには名前もなにも書かれていなかった。ああ、とセシリアは思う。

裏返して、予感が正しかったことを知る。そこには、見慣れた封蠟の印があった。

「ありがとう。たぶんどこかのドレスメーカーからの案内だと思うわ。時々あるのよ」

セシリアは、にこりと微笑んで受け取った手紙を手にしたままライオネルを玄関まで送る。

「出発前にまた顔を見せてね。両親もあなたに会いたがっていたから」

「わかったよ。きみも無理をしないで」

ライオネルの背が扉の向こうに消える。

セシリアは、ふと、壁に掛った鏡を見た。手にした手紙の封蠟の印が映っていた。

鏡に映りこんだ複雑な飾り文字のそれが示す。

“LC”


セシリアは近くのメイドに声をかけた。

「マリーを呼んで」




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