#1-13.魔王人事
一週間ぶりの闇魔法の講義。いやはや、講義が待ち遠しく感じるなんてね。
見た目は幼女、中身は老人の幽霊先生に、さっそく質問。
「先生が使う魔法の対価って、誰がどう背負うんですか?」
幼女が微笑んだ。可愛らしい、というより安心感がにじみ出るのは、中身の教授の仁徳かな。
「それは、生前対価じゃよ。生きているうちに対価を引きうけた分、死後も魔法が使えるのじゃ」
対価ってそんな融通利くのか。そう言えば、魔王を倒す時の対価は、夜明けのボーナス一括払いだったし。なら、生前対価はプリペイドカードみたいなものか。
「まぁ、死後はどの呪文も魔力係数が跳ね上がるでな。効率は良くないんじゃ」
プリカとは逆だな。手数料がバカ高いのか。
……って、待てよ?
「あの、その生前対価ですが、引き受けすぎると、やっぱり過剰対価になるんじゃ?」
幼女先生はにこやかに笑った。
「その通りじゃ。それで気絶して頭を打ったらしくてな」
うっかり死んでしまったと。なんともはや。
「さて、では講義を続けようかの」
おっと、そうだ。幼女先生の講義を独占しちゃまずいな。
アカシックレコードのことは、放課後に聞きに行こう。
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闇魔法の実習の間、キウイのディープラーニングを最優先実行したせいで、かなり反応が鈍い。その分、学習が進んでくれればいいのだが。
基本魔法の初級だけでもすごく役に立っている。闇魔法の初級でも、混乱解除なんかは魔核の呪いに効くかもしれない。
しかし、混乱をかけられる体験は、なかなかエグかった。いきなり、周りの者すべてが敵に見えてしまう。魅了の逆だ。
面白いのは、キウイの危険感知が反応しない事だ。魔法をかけられたのは俺だから当然だけど、自分で危険感知をやってたら凄い事になっただろう。
午後、実習が終わると幼女教授に頼みこんだ。
「ぜひ、教えて欲しい事があるんですが、少し時間をください」
放課後は孫娘との団欒の時間だから、あまり長くなると悪いから。
「よかろう。儂の研究室で良いかな?」
ということで、先週と同じ研究室へ。
「儂の方も、お前さんに興味があるでな。お互いさまじゃの」
俺の方は、幼女さんに興味はないので、念のため。
部屋の入口の守衛さんに挨拶して、中へ。
教授は肘掛椅子によじ登った。
「よっこらせ」
ジジ臭いのは中身のせいだな。
「さてと、聞きたい事はなんじゃな?」
俺は全てを話した。勇者として召喚された事。エレの青魔核の事。ミリアムが過剰対価で魔人化した事。魔神が魔王に任命しやがった事。ミリアムを責めさいなむ、魔核の呪いの事。
「……なるほど。確かにそれなら、混乱解除が効果あるかもしれんな」
そうあって欲しい。効果があって、俺にそれが使えれば、今みたいに月に一回じゃなくて、毎日だって会いに行ける。
「でも、それだけだと対症療法でしかありません。風邪で熱が出たから冷やすのと一緒です」
ちなみに、こっちでは体ごと氷水に漬けにしたりする。最初はびっくりした。
「なるほどのう。そこで、根本治療が必要なんじゃな。青魔核変換の術式が」
「はい」
教授は目を閉じ、しばらくして目を開いた。
「ふむ。確かにその術式はあるな」
なんかもう、幼女教授に後光がさしてきそうだ。
「お、お願いします、それを――」
「教えるわけにはいかんな」
意外な返事。
「そんな……なぜ?」
「教えたら、儂は終わりじゃ」
幼女の姿で悲しげにされると、なにか罪悪感が。
「それは……魔神が何か妨害を?」
教授は頭をふった。
「そうではない。対価じゃ」
「……対価が、どう関わるんですか?」
繋がりが見えない。
「イデア界で知った事を伝えるには、対価が必要なんじゃ。今の『術式が存在する』というだけでも、相当かかってしもうた」
「そんな……」
なんてこった。
「まぁ、儂が生前対価を積んでおったのは、そもそもイデア界の知識を伝えたかったからじゃけどな。それでも、この青魔核の件はよほど重大な情報と見える」
……また振出しに戻ってしまったか。
でも、一つ聞いておこう。
「あの……もし、エリクサーで先生を生き返らせたら、その知識を聞けますか?」
教授は、幼女の顔で微笑んだ。
「面白いことを言うのお。まぁ残念じゃが、生き返った時には、こちらで知ったことは全部忘れて折るはずじゃ」
なるほど。グインやムサシが死んでた間のことは覚えてなかったようなのは、そのせいか。
「知りたいことは以上かの? そろそろ、この体を孫に返してやりたいんじゃが」
そうだった。俺は丁寧に頭を下げた。
「はい。ありがとうございました」
教授は微笑むと、目を閉じた。そして、すぐに目を開くとニッコリ笑った。
「あら、先週のお兄ちゃんね」
覚えていてくれたか。本当に良い子だなぁ。
「お祖父さんに沢山教えてもらったから、ちょっと遅くなっちゃった。ごめんね」
「大丈夫よ。守衛さんに言えば、ここを閉めるのを遅らせてくれるから」
そうか、守衛の人にまで残業させちゃうのか。
俺は幼女と守衛に挨拶して、研究室を後にした。
********
帰宅すると、居間のソファに死体があった。
「なんでそんなところで死んでるんだ? ルーク」
今日はオードリーと帝都観光だったはずだ。
「ああ……タクヤか。すまん、部屋にいくわ。晩飯もいらん」
ゾンビなルークはのろのろと体をおこし、ふらふらと客間の方へと歩き出した。
なんだろう。オードリーと喧嘩でもしたのか?
追いかけようかと思ったその時、耳元で声がした。
『タクヤ、今、良いかしら』
ミリアムだ。彼女から遠話なんて、はじめてだ。
『もちろんだよ』
俺に尻尾があったら、大旋風を巻き起こしてたはず。
『こっちに来れる?』
『はい! 喜んで!』
迷宮の底の大広間へ、瞬間転移のゲートをくぐる。
いつものように、彼女は玉座の代わりの執務机に着いていた。眉間に皺を寄せて物思いにふけっているようだ。
「来たよ、ミリアム」
いつだって俺は、彼女の顔を見れるなら、そばに居られるのなら嬉しい。
だが、彼女の方は魔核の影響次第だ。波があるらしく、影響が強まったり弱まったりする。こんな風に顔を上げてくれないのは、影響が強いときだ。
「具合が悪そうだけど……出直そうか?」
俺の言葉に、彼女は頭を振った。
「そうじゃないの。大事なことだから、直接伝えきゃ、と思って」
なんだろう?
「私ね、魔王ではなくなったみたい」
「それって……」
言葉通りなら、良いことのはずだ。彼女がやってるのは、魔王と戦う冒険者を育てることなんだから。なのに魔神から魔王に選ばれてしまうという皮肉な状況だった。
しかし。
「……もしかして、別な魔王が選ばれたのか?」
ミリアムはうなずいた。
彼女より魔神の眼鏡にかなう魔族が現れた、ということか。
「でもね、変なのよ。新しい魔王の名前も何もわからないの」
難しい顔だ。
「そういえば、マオは南の魔王が選ばれたことを知らなかったな」
マオは「魔神に嫌われたから」だと言ってたっけ。ミリアムも魔神に従ってたわけじゃないし。好悪で態度が変わるとは、魔神ってせこい奴だな。
でも、とにかくこれは厄介なことになった。
「マオに相談してみるよ」
俺の提案に、ミリアムはうなずいた。
「お願い。なんだかすごく、嫌な予感がするの」
誰だか知らんが、まだどこかに魔族が潜んでいたわけだ。そいつが、いかにも魔神の喜びそうなことをやっている。
人を殺すか、魔核を増やすか。あるいはその両方。
「じゃあ、また来るよ……君の具合が良い時に」
再び転移ゲートを開いた。まずは帝都の自宅に移動だ。
そして、マオに遠話をかける。
年度末で仕事が詰まってきてしまいました。
残念ながら、しばらく更新をお休みします。
なんとか、一週間以内に復帰したいところですが。




