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そのまま町へとくり出てきた。
今までは屋敷にあるトゥーイの予備などを使っていたので、必要な物を買っては屋敷に届けるように告げるトゥーイに申し訳なさそうにすれば。
「必要経費です」
ハッキリ言われてしまった。
確かに無ければ不便なので、ありがたく甘えることにした留衣だ。
「こんなものかな?」
思いつくものは買っただろうかと瑠衣がトゥーイを見ると、とある一角をじっと見ていた。
何だろうと目線を辿れば、白い建物がある。
看板があるので何かの店だろう。
「あちらの店へ」
何か用があるらしい。
自分用の買い物かなと思いながらついて行く。
店内に入ると、棚の上には細身の小瓶が並ぶ陳列だった。
すべてガラス製に見える。
シンプルなものから、少し凝った細工のものまでさまざまだ。
そしてさっきのドレスの店同様、店員は青い顔でビクビクしている。
先ほど日用品のために回った店もすべて同じだった。
怖がられていると言っていたけれど、なんで誰もかれもが怖がるのかと不思議に思う。
そんなに有名人なのだろうか。
「彼女用の香油を」
「……はい」
トゥーイの注文におそるおそる店員が答えるけれど、それよりも出てきた単語が気になる。
「香油?」
「髪に使うものですよ。それだけ長ければ必要でしょう」
「気にしなくていいのに」
確かに瑠衣の髪は腰まである。
日本でも必要最低限しか手入れしてなかったし、肌も髪も頑丈らしいので荒れたこともない。
「色々買ってもらったのに、こんなのまでいいの?」
「かまいません。女性にとって髪は大事でしょう」
「ありがとう」
やっぱり優しいんだよなと思う。
表情は眉を顰めてばかりだし、言葉だって突き放した物言いが多い。
でもやっていることは優しいのだ。
「好きな物を選んでください」
「選んでいいの?」
「あなたのですから」
そっけないトゥーイに、しかし瑠衣は口元を綻ばせた。
黒い瞳が柔らかくたわむ。
「トゥーイさんて優しいよね」
「優しい……」
言われた言葉がわからないと言わんばかりに、トゥーイの目が見張られる。
まるで零れ落ちそうだ。
そして眉根をわずかに寄せたあとで、瑠衣から視線をそらしてしまった。
結局そのあと香油の香りを何個か試して、気に入った物を購入した。
これも後ほど届けてもらう予定だ。
店を出てこれで今日は終了かなと思いながらも、瑠衣は緩く編まれているトゥーイの髪を見やった。
男にしてはだいぶ長い。
周囲を見る限り男が髪を伸ばす風習があるとかでもなさそうだ。
それも騎士というなら邪魔にならないのだろうかと疑問が沸いた。
「トゥーイさんは何で髪伸ばしてるの?騎士なら邪魔じゃない?」
「面倒だからです」
あっさり答えられたけれど、意味がわからない。
思わず不思議そうな顔をしてしまった。
「自分で切るなら長さがある方が毛先を整えるだけで済みますから。頻繁に整える必要もありませんし」
「自分で切ってるの?」
髪は人に切ってもらうものだと思っている瑠衣には驚きだった。
トゥーイは瑠衣の反応にツンとした顔だ。
「いけませんか?」
あ、と思いいたる。
「もしかして、触られないように?」
「……」
「ならニーナさんに切ってもらえばいいのに」
「ニーナに?」
瑠衣の言葉に意外そうな声で答えられた。
「その方がちゃんと髪整うと思うけど」
「……面倒でそんなことを考えたこともなかったです」
「面倒くさがりだなあ、もう」
トゥーイは生活能力が低いと思う。
最低限しか気にしない。
何だか自分をないがしろにしているようで、瑠衣にとってはモヤモヤ案件だ。
トゥーイの蜂蜜色の髪を見て「勿体ない」と口を尖らせる。
「せっかく綺麗な髪なのに」
パチリ、トゥーイの鳶色の目が一度大きく瞬いた。
そして瑠衣をじっと見て、その瞳をわずかに細める。
「あなたで二人目ですよ、そんなこと言うのは」
誰だろう、あの王子様かもしくは両親とかかなと考えていると。
「まあ、トゥーイ様」
突然後ろから鈴の転がるような声がかけられた。
振り向くと、そこには二十歳ほどの青いドレスを着た女性がにこやかに立っていた。
亜麻色の巻き毛に青い目の、綺麗な顔立ちをしている。
体つきが出るところが出て、引っ込むところは引っ込んでいる、何とも羨ましい体型だった。
「どうも、ベロニカ嬢」
立ち止まったトゥーイが一礼するので、知り合いなのだろう。
ドレスが高級そうだし、身に着けているアクセサリーもジャラジャラと大粒の宝石ばかりなのでお金持ちの娘なのだと予想がつく。
瑠衣の感想としては少々つけすぎている気がするので派手だなあというものだ。
「いやですわ、ベロニカと呼んでといつも言っているのに」
もう、と女性は口を尖らせる。
それだけで彼女がトゥーイにたいして好意を持っているのが目に見えた。
「それにしても女性と一緒なんて珍しいですわね……こちらどなた?」
「彼女は遠方から来た知り合いの孫ですよ。我が家で面倒を見ています」
我が家と言う言葉に、あきらかに彼女の目に不満そうな光りが宿った。
ジロジロと上から下まで値踏みするような視線を受けつつも。
「留衣といいます」
顔が引きつらないようにしながら、ぺこりと一礼した。
「ああそう」
ベロニカと呼ばれた彼女は、留衣に名前を名乗る気がないらしい。
トゥーイに再び視線を向けると。
「遠方ってどちらから?黒い髪なんてはじめて見ましたわ」
言いながらトゥーイの右手を取った。
思わず留衣の目が見開かれる。
その様子にベロニカが華やかに微笑んだ。
「あなたに近づけるのは私だけ、私はあなたに触れられますわ。特別な人間には特別な人間がふさわしい。おわかりでしょう?」
勝ち誇ったようにベロニカがこちらへチラリと視線を一瞬向ける。
(トゥーイさんに触れる人、いるんだ)
まっさきに思ったのはそれだった。
ベロニカの言葉に、トゥーイは何事もなかったかのようにやんわりとその細い手から右手を引き抜いてしまう。
「あいかわらずつれないのですわね」
ぷうとむくれてみせる。
自分の時はベロニカよりも手酷く拒絶されたというのに。
(なんか面白くない)
自分には頑なに触るなと言うくせに、美人なら優しく接するのだろうか。
「ここより遥か遠い土地なので、名前を存じ上げないと思いますよ。すみませんが行く所がありますので。行きますよ」
言葉の最後は留衣に言って、トゥーイはベロニカに目礼して背中を向けてしまった。
さきほどのベロニカの熱い主張には一切返答をしないままだ。
それに慌ててついて行きながら、チラリと振り返ると。
(ひえっ)
あからさまに敵意のこもった目で留衣を睨みつけていたので、気づかなかった振りをして足を速めた。
「行く所なんてもう全部まわったんだから、ゆっくりすればいいのに。知り合いだったんでしょ」
「冗談じゃありません。彼女は面倒な身分なので邪険にできないだけですよ」
「でもトゥーイさんのこと普通に触ってたじゃない」
仲良くなければ自分のように手酷く振り払うはずだろう。
そう思って尋ねたのだが、トゥーイが不機嫌そうに留衣に視線を向けた。
その口を開こうとしたところで。
「スリよー!誰か捕まえて!」
通りの向こうで声が上がった。
それにトゥーイが軽く舌打ちすると。
「この先に噴水のある広場があります。そこにいなさい」
手早く指示を出すと通りの向こうへと走って行ってしまった。
それをぽかんと見送りながら、そういえば騎士団って言ってたから町の治安維持もしてるのかなと納得する。
「休みなのに大変だなあ」




