26
お互い顔を見合わせて口を開きかけたとき、パシリパシリと魔道具の石から音が聞こえた。
次の瞬間、ゴウと爆風が吹き白い稲光が石からバチバチと放たれる。
「な、なに」
「暴走を起こしている!」
トゥーイが彼に似合わず焦った声で魔道具に走り寄った。
留衣も駆け寄ると、ひびの入った場所を中心に石全体から内部に溜まっていた膨大な魔力が溢れて、荒れ狂っている。
「このままじゃ、ここら辺一体が消し飛びますね」
「ど、どうしよう、どうする!」
焦る留衣に、トゥーイが一瞬考え込んだ後に服の中からペンダントを取り出して外した。
「トゥーイさん?」
何をする気だろうと心配そうに見やると、彼は手袋も取ってしまう。
「魔力を、石が限界まで注ぎ込んで内部で暴発させます。ヒビが入っているので、そこまで量はいらないはずです」
「トゥーイさんは魔力吸いこんじゃう体質でしょ、いっそ吸収しちゃ駄目なの?」
「この量の魔力なら落ち着く前に私の体が破裂しますね」
「駄目に決まってるでしょ!」
何という事を言うのだ。
思わず魔力の迸る豪風のなか、あらん限りに叫んでしまった。
「無理やり魔力を注ぐしかありません」
「あのオッサン簡単に魔力入れてたわよ」
「本来魔力を込めるのはそんなに簡単じゃありません。何か触媒があるはずです」
「あ!指輪。左手につけてたやつ」
二人で床に倒れているリタリストを見やるけれど、左手にある指輪の石は砕け散っていた。
思わず瑠衣が顔をしかめる。
「普段の魔法を使うのと要領は同じですよ、やってやれないことはない」
手袋を床に放り投げると、トゥーイが魔力の暴走をする石に両手を当てた。
ビリビリと空気が震える。
ハラハラと見守っていると、石から溢れた迸る魔力のせいでトゥーイの優美な手に傷がどんどん出来ていった。
「トゥーイさん手が!何で手袋外しちゃったの!」
「魔道具をつけていると魔力が制限されて、力業が出来ません」
言って、くっと歯を食いしばるトゥーイの手には傷が増していき血が流れる。
部屋の窓ガラスがパンと割れて、風が荒れ狂っていた。
視界の端で母親が悲鳴を上げながら、ほうぼうの体で部屋から出ていく。
「ルイ!あなたもここから離れなさい」
自分にも何か出来ないかと思うが、何をすればいいのか思いつかず心配そうにトゥーイを見ることしか出来なくて歯がゆい。
魔力を大量に消費していっているのだろう。
トゥーイの顔色がどんどん悪くなっていく。
「ここで私だけ逃げるとかないでしょ!」
「壊れるまでに私の魔力が足りるかわかりません。いいから逃げなさい」
ますます逃げられるか。
何か、何でもいい出来ることは、と周りを見回して、床に落ちている赤いペンダントに視線がいった。
リタリストに取られて壊された、魔力がトゥーイに流れないようにするもの。
そこで気づいた。
留衣は今ペンダントをしていない。
そしてトゥーイもペンダントどころか手袋もしていない。
留衣はためらうことなくトゥーイの体に横から割り込んで、その傷だらけの両手に自分の手を重ねた。
そのままぎゅっと握りしめる。
「何をしているんです!」
トゥーイが驚愕の声を上げるが、それを気にせず離すまいと手を握る力をさらに込めた。
「私の魔力使って!」
「この馬鹿、死ぬ気ですか!」
触れたところからどんどん力が抜けていくのがわかる。
トゥーイの心配も無視して留衣は叫び返した。
「死なないわよ!」
荒れ狂う風に、不揃いになった黒い髪がバサリバサリと靡く。
気を抜くと力が抜けそうな体を叱咤して、留衣はトゥーイの手を握りしめた。
「その前に止めてくれるでしょ」
「まったくあなたって人は」
ぐっとトゥーイが眉間に力を入れる。
トゥーイの手は血まみれになっていて滑りそうになるけれど、瑠衣は必死でその手を掴み続ける。
留衣はあまりの風の強さに目を閉じて、早く止まってくれとそれだけを願っていた。
その願いが届いたのか、どんどん風と光が収まっていく。
そして石の光が完全に収縮しパキンと真ん中で割れた。
そして辺りはシンと静まり返ったのだった。
「止まった……?」
おそるおそる目を開けると、そこには静寂が広がっている。
「ええ、なんとか」
ふうと息を吐いたトゥーイの手を掴んだまま、留衣も息を吐いた。
疲労の色が濃いトゥーイが慌てて瑠衣から距離をとる。
そして少しの変化も見逃さないように全身にさっと視線を走らせた。
「体の状態は?気持ち悪かったり苦しかったりしませんか?」
「平気、かなり疲れたけどね」
体は疲労困憊していたが、倒れるほどじゃない。
安心させるように、にひと笑う。
それにトゥーイも苦笑を浮かべた。
「無茶しすぎですよ。それよりペンダント、どこにやったんです?」
「壊されちゃったんだ」
眉をへにょりと下げたときだ。
「ここにあるわ」
壊れた入口の方から声がしてそちらを見やると、ベロニカが立っていた。




