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 ギリギリと魔道具に顔を押し付けられて、留衣は内心リタリストを罵倒した。

 魔道具の石は、リタリストが操っているのか触れたところから魔力が流れ出ていくのがわかる。

 このままでは本当に枯渇するまで魔力を奪われると思い、留衣はもがいた。

 トゥーイを助けたりするわけでもないのに、奪われたくなんかない。

 滅茶苦茶に動かした手がリタリストの顔を引っ掻いたりしているが、効果はない。


「ああ、素晴らしい、素晴らしいぞ」


 だんだんと光を放ちだした石の姿に、リタリストが恍惚な笑みを浮かべている。

 左手の指輪が石と同じように光っている。

 これを使って魔力を注いでいるらしい。


「こっの変態」


 むぐと顔を押し付けられているなかでも無理矢理に口を開けば、リタリストがますます顔を強く魔道具へと押し付けた。


(このままじゃトゥーイさんが危ない)


 魔道具に魔力が満ちれば、騎士団に何をするかわからない。

 それを防ぎたくても、小柄な自分ではリタリストには敵わなくて留衣は悔しさで涙が滲む。

 それと同時にドオンと轟音がして、部屋の扉が吹き飛んだ。


「な、なんだ!」


 うろたえて思わず力を緩めたリタリストの手を振り払って、留衣は顔を上げた。

 扉のあったそこは、煙が立ち込めてパラパラと破片が天井から落ちている。

 そして。


「うそ」


 トゥーイが魔法を放ったのだろう、右手を掲げた姿で立っていた。

 いるはずのない姿に、ふちに溜まっていた涙がころりとまろい頬に流れた。

 留衣の顔を確認したトゥーイが、その涙に瞳を鋭くする。


「何故ここに」


 呆然と呟いたリタリストにトゥーイが向き直ると、殺気だろうか。

 ピリと空気が張り詰めた。


「その子を返してもらいましょうか」

「こんなことをしてタダで済むと思っているのか」


 口角からツバを吐き出しながら吠えるリタリストに、トゥーイは怜悧な表情にうっすらと笑みを浮かべた。


「あなたの企みはベロニカ嬢が証言しました。そして、教会が無理やり治癒者を監禁、酷使していることも証拠が上がっています。被害者から助けてほしいと嘆願書が集まっていますよ。こちらは捜査令状です」


 言い切ると、トゥーイは懐から出した一枚の紙をポイと地面に放り投げた。

 そして、まっすぐにリタリストを見やる。


「騎士団長として、あなたを捕縛します」

「くそっ」


 トゥーイの言葉にリタリストは吐き捨てて。


「きゃあっ」


 押さえつけていた留衣の体を拘束した。

 首に腕を回し、ギリリと締め上げる。


「これと魔道具があれば、貴様に負けることはない」


 言ってリタリストは、左手で魔道具の石に手を当てた。

 ポウッとそれが光り、バシュリと光の矢が無数にトゥーイへと襲い掛かる。

 その量は以前母親がトゥーイへ打ったものより多く、威力も強い。


「トゥーイさん!」


 留衣の悲鳴が響くが、トゥーイは慌てた様子もなく最小限の動作で右手を突き出した。

 淡い青色の壁のようなものが現れ、光の矢が吸収されていく。

 その様子にほっと息を吐いたが。


「おのれっ」


 悪態をつきながら、リタリストがどんどんと魔道具の魔力を使って矢を放っていく。

 それを冷静に防ぎながらもトゥーイは防戦一方だ。

 室内に視線を走らせれば、母親は壁際で縮こまっている。

 その怯えるような目はトゥーイを見ていた。


「こいつがいては何も出来ないだろう!魔道具がある限り、私は最強だ」


 声高に言い放つリタリストに、自分が人質になっているせいで攻撃が出来ないのだと気づいて、留衣は自分の首を締め上げている腕に思い切り噛みついた。


「小娘!」


 腕が緩んだ隙に逃げようとしたが、ぐいと腕を引っ張られて地面に勢いよく叩きつけられた。


「う、くぅ」 


 体に痛みが走る。

 それでも立ち上がろうとしたが、ドンと背中をリタリストに踏まれて這いつくばった。


「ルイ!」


 トゥーイの声に。


(初めて名前呼んでくれた)


 場違いに嬉しくなった。

 いつもあなたと呼ばれていたから。

 それと同時に思い出す。

 そうだ、教わったじゃないか。

 留衣は両手の指先に体の中の魔力が流れる感覚を必死にイメージした。

 思い出せ。

 トゥーイがほんの少しだけ触れて、教えてくれたこと。

 そして、熱いものが噴き出す感触を解き放つ。


「ええい!」


 留衣の指先からゴウッと勢いよく炎が放たれた。

 その魔法に、リタリストもトゥーイも一瞬動きを止める。

 そして、バキンと割れる音。

 留衣が狙ったのは、リタリストの攻撃の要になっている魔道具の石だ。

 それに僅かにひびが入った。

 いっそ砕けたらよかったのにと思うけれど、魔法初心者にしてはひびだけでも大したものだろうと自画自賛した。

 魔力が膨大だと言われていたけれど、反撃出来たのならあってよかったと思う。

 途端、リタリストの光の矢が消えた。

 魔道具が機能しなくなったらしい。


「バカな!」


 リタリストが驚愕の表情を浮かべる。

 予想した通り、リタリスト自身はあまり魔法が使えないらしい。

 魔道具が使用できなくなって、狼狽するようにじりじりとトゥーイから後ずさる。

 おかげで瑠衣の体から重さが消えて、慌てて這いつくばっていたのを身を起こした。


「ルイ、こちらへ」


 リタリストへと右手を出したまま、トゥーイが静かに出した指示に、瑠衣は慌てて転びそうになりながらトゥーイの方へと走った。

 リタリストがギリと唇を食いしばり、隅にいた母親へと向かった。


「教祖様!?」

「あいつに攻撃しろ!私を守れ!」


 怒声を上げながら母親に走り寄るけれど、目を見張って動けない母親にリタリストが近づくより、トゥーイの方が早かった。

 リタリストのその足元から頭の先までを、一気に炎が立ち上がった。


「ぎゃああああ」


 断末魔のような悲鳴に、瑠衣が口のなかでひえっと声を上げる。

 一瞬で炎は消えたけれど、焼け焦げたリタリストが意識を失って地面へと倒れ込んだ。

 そしてぴくりとも動かない。


「し、死んじゃったの?」

「まさか。傷は浅いですよ」


 おっかなびっくり確認すると、平然と返された。

 死んでなくてよかったとほっとする。


「怪我はないですか?」

「うん、ありがとう。でもトゥーイさんどうしてここに?」

「それは……」


 トゥーイが言いよどんだとき、その視線が母親に何気なく向いた。


「ひぃ!」


 引きつった声を上げて、母親は腰が抜けたのか壁際まで四つん這いで逃げ出した。


「殺さないで!私は悪くない!」


 壁にこれ以上ないくらい体を押しつけて、母親は嫌悪だとか恐怖だとかを宿した目でトゥーイに対して悲鳴を上げる。

 瑠衣は思わず「はああ?」と唸りたくなった。

 どう考えても息子に対する態度ではない。


「悪いのはみんなあなたじゃない。夫を殺したのも、私の顔をこんなにしたのも、みんなあなたじゃない!」


 ヒステリックに叫ぶ母親に、トゥーイは何も言わない。

 眉ひとつ動かさずにじっと母親を見ている。

 逆に瑠衣は不快指数が急上昇だ。

 トゥーイの反応がないことに、焦ったように今度は母親は無理やり唇を笑みの形にした。

 その顔に媚びた色が浮かんでいる。


「ね……私、あなたのお母さんよ。こんな姿にしたんだもの、罪悪感があるでしょう?だから……」


 それ以上は聞いていられなかった。

 ツカツカと母親の前まで来ると、目を丸くしているのもお構いなしに足を振り上げる。

 ガンッと母親の顔の横を踏みぬいた。

 壁に足を叩き込んだ姿勢のまま目の前の女を睨みつければ、凍ったように体も口も動かすことなく固まっている。


「どうも、あなたが排除しようとしたフミの孫です」


 睥睨しながら淡々と言えば、母親の喉がヒュッと鳴った。


「何が母親よ。おばあちゃんの方がよっぽどトゥーイさんの家族だったわよ」


 吐き捨てるように言えば、母親の唇が震えた。

 そして目尻がきゅっとつり上がる。


「あなたになんかわからないわ!こんな魔力食いが傍にいる恐怖!」

「トゥーイさんは必要以上に近づかないし、絶対に自分からは触らないわ。あなたたちにだって、そうだったんじゃないの?」

「それ、は」

「そうなのね」


 ハッキリと確認するように言えば、母親は唇を噛んだ。

言った通りだったらしい。

それなら最悪だと瑠衣は反吐が出そうな気持ちだった。


「魔力を奪う体質なのはトゥーイさんのせいじゃないわ。触れられなくても、優しい言葉をかけることだって出来たでしょ。なのにトゥーイさんの体は何よ。ボロボロじゃない。触るのを怖がるくせに、虐げるのはしっかりやるなんて最悪だわ」


ベラベラと感情のままに言い募る。

言葉を浴びるたびに、母親の顔色は悪くなっていった。

もう青白いのを通り越して、真っ白だ。


「あんたなんか母親じゃなくて、ただのクズよ」


言い切ったところで、やっとふうと息をつく。


「ルイ、それくらいで」


 背後からのトゥーイの声に、我に返ると慌てて捲りあがっていたスカートを直しながら足を壁から下ろした。

 年頃の女がすることではなかったなと思うけれど。


「ごめん、あまりに腹がたって、言いたいこと言いまくった」


 バツが悪くて眉尻を下げつつ振り返ると、トゥーイが右手で口元を覆って鳶色の目を揺らしていた。


「トゥーイさん?」

「いえ……ありがとう、ございます」


 右手を下ろしたその顔はいつもの澄ました顔だった。


「お礼言われるようなことしてないよ」


 好き勝手言いまくっただけだ。


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