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 留衣はぱちりと目を開いた。

 どことなく体が痺れていて、ぼんやりする。

こしこしと目を擦り、あらためて目を開く。


「お目覚めですかな」


 目の前にリタリストがにこやかに立っていた。

 そこでようやく留衣は自分が椅子に座っていることに気付いた。

 きょろりと見回せば、室内は真っ白な壁と床。

 そしてリタリストの後ろに大きな透明の石が床にドンと置かれている、その周りを台座のようなものが囲んでいるので、おそらく魔道具だろうと思われた。

 大人が両手を広げたくらいの大きさに、目を丸くする。

 こんな大きなものがあるのかと。


「ここは……」

「教会ですよ。その最上階の部屋です」


 言われてハッと留衣は警戒心も露わにリタリストを睨みつけた。

 リタリストの後ろにはトゥーイの母親である顔に傷の女が控えている。

 浮かべているのはアルカイックスマイルで、正直虐待のことも知っているせいか気持ち悪く感じる。


「おや、ご機嫌斜めですかな。多少無理矢理つれて来たのは申し訳ありません、娘が先走ってしまった」

「先走ったって」

「ベロニカにフェスペルテを陥落するように命じたら、逆に心を奪われてしまったみたいでね。あの役立たずは」


 にこりと邪気なくリタリストが笑う。


「役立たずって、娘でしょ」

「娘ですが、私の思惑どおりに動かない使えない駒ですよ。騎士団に圧力をかけるために頻繁にあの男の元へ通わせていたのに、勝手な行動をとり始めた。あなたに対しても時間をかけて穏便に来てもらうつもりでしたのに」


 リタリストの言葉に留衣は鼻白んだ。


「私達は神の教えに従って善良な協力をお願いしたいというのにね」

「協力って、私にしてほしいって言ったこと?」

「ええ、そうです。あなたにしか出来ません」

「それが終われば帰してくれるのよね」


 留衣が訪ねたが、リタリストは答えずに笑みを深くしただけだった。

 その顔に胸騒ぎがする。


「こちらをご覧ください」


 手で示したのは、部屋に唯一ある大きな魔道具だ。

 でかすぎて存在感が凄い。


「これは何十年も前に発掘された教会の至宝です」


 どう見てもただの石のついた置物に見えるそれを、留衣は訝気に見つめた。


「これは強大な魔力にも耐えられる魔道具でしてね。その膨大な魔力を制御して大魔法すら使える。そう、あなたを呼んだようにね」


 ぴくりと留衣のまつ毛が震えた。

 つまり最初から利用するために、瑠衣をこの世界に呼んだということだ。


「私をここに連れてきて、何をさせたいの」

「なあに簡単なことですよ。これにあるだけの魔力を注いでもらいたいのです」


 眉根を寄せて留衣はリタリストを見やった。

 あるだけということはつまり。


「私に死ねってこと?」

「あなたからは膨大な魔力を感じる。この魔道具を魔力でいっぱいにするのに十年かかりましたけれど、あなたなら苦労なく出来るでしょう」


 つまり魔力が枯渇するまで使う気満々ということだ。

 ぶるりと留衣の背筋が震えた。


「それで何をする気なの?あんまりいい事じゃなさそうだけど」

「なに、騎士団を排除するだけですよ。兵器となった魔道具を使ってね」


 ますます留衣の眉根が寄った。


「騎士団は悪です。そして我々は善だ。しかし騎士団の力は絶大でしてね、攻撃でもされようものなら我々は武力では敵わない。やつらはチョロチョロと嗅ぎまわるので鬱陶しいことこのうえないのに。そして騎士団の守る王族も邪魔だ。あれらがいるから騎士団が助長する」


 あまりにも勝手な言い草だった。

 つまり自分たちがすべてを支配したいだけなのだ。


「嗅ぎまわれるってことは悪い事してるからじゃないの。教会は攻撃魔法は悪だって言ってるのに、使える人間がいたじゃない。それも躊躇なく人に攻撃できる人間が」


 母親の方を睨みつける。

 彼女はトゥーイに対して一切の躊躇をしなかった。

 瑠衣が傍にいたにもかかわらずだから、他人を傷つけることにためらいがないのだろう。


「我々は悪を倒す力を賜っただけで、騎士団の奴らとは違います。あんなおぞましいものが率いる騎士団なんかとは」


 母親はあいかわらず笑みを浮かべている。

 自分が絶対的に正しいという顔だ。

 虫唾が走る。


「そもそもあなたがトゥーイさんに虐待したから反撃されたんでしょ!自業自得じゃない」


 瑠衣の啖呵に、はじめて母親の表情がわずかに崩れた。

 笑みを消して唇をクッと噛む。

 その様子にリタリストが取りなすように、パンパンと二度手を叩いた。 

 そちらに目線をやれば、いつもの何を考えているのかわからない笑みだ。


「手厳しいですな。しかしそれは必要悪というものです。騎士団とは違う」

「馬鹿馬鹿しい、帰る」


 一瞬でもこの男に期待した自分が馬鹿だった。

 さっと立ち上がった留衣に、リタリストは右手の人差し指を向けた。

 その刹那、ピュンとカマイタチのような風が留衣の右側を吹き抜ける。

 次いでパサリと風の通った場所にあった髪が切り落とされて、長いそれが床へと散らばった。

 動けずその場に固まった留衣に、リタリストは人差し指につけている指輪を撫でる。

 それには石が嵌め込まれていた。

 以前つけていた魔道具は壊れたはずだから、おそらく違うものだろう。

 いつも魔道具を使っているので、リタリストは魔力が少ないか魔法が使えないかのどちらなのだろうと瑠衣は動けない体のまま考えた。


「強引なやり方はあまり好ましくはないのですがね」


 コツコツと目の前までリタリストが歩いてくるのに、留衣は怯えた表情を浮かべた。

 髪を切られただけとはいえ、指一本で自分を傷つけることが出来るのだ。

 怯えるなという方が無理がある。

 けれど、気丈に両手を握りしめた。


「トゥーイさんの迷惑になるようなことは、しない」


 言い切ると、リタリストが片目を眇めた。

 そして面白くなさそうに、ぐいと留衣の首に下げられているペンダントを引っ張った。

 自然と首が反れ、顔が上がる。


「忌々しいのはあの男だ。奴がいるせいで騎士団に手が出せないうえに、前回は失敗に終わった」

「前回って……」


 至近距離にある男の顔を見上げれば、彼はたのしそうにニタリと笑った。


「君の祖母らしいね。私の妻を犠牲にして呼び出したのに、フェスペルテの大きな魔力に引っ張られた。見つかったのは死んだあとだ。まあ、魔力は平凡で使いみちがない人間だったから、どうでもよかったが」


 パンッと乾いた音が響いた。

 留衣が思い切りリタリストの頬を叩いたのだ。


「さいってい!」


 吐き捨てると、ネックレスをぐいと乱暴に引っ張られて鎖が切れた。

 リタリストがそれを床に叩きつけ、踏みにじる。

 パキンと音を立てて、それは砕けた。


「お前もあの異世界人の残骸に引っ張られたのかフェスペルテの元へ来たのは誤算だった。私に使われるために呼んだというのに」

「勝手なこと言わないで、あんたになんか協力しない」


 ぐっと目に力を込めて睨みつけた。

 こんな男の言いなりになんてなりたくない。

 鼻白んだ男に、留衣は不敵に笑ってみせた。

 この先、意地でも弱いところなんて見せるかと自分を鼓舞する。


「あんたなんかに協力なんてしない」


 強気に見せる留衣に、リタリストが舌打ちをした。


「来い!」


 リタリストが、留衣の長く残っているほうの髪を乱暴に引っ張った。

 痛い離してともがく留衣のことなど気にせず、ぐいぐいと魔道具の傍まで引っ張っていく。

 そして今度は頭を掴まれ、魔道具の石部分に顔を押し付けられた。


「さあ、魔力を注ぎ込め!」


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