21
翌日は晴天だった。
どんよりとした留衣の心とは正反対だ。
トゥーイは早朝に出て行ったらしく、腫れた目で見送りすることが憚られて部屋から出なかった。
階下に行くと、ニーナが留衣の顔を見て。
「濡れたタオルを用意いたします」
気を効かせてくれた。
応接間で瞼をタオルで冷やしながら、このあとのことを考える。
教会に行き、元の世界に帰らせてもらおうと。
結局最後に見たトゥーイの顔があんな表情になるのかと思うと、胸に重しが乗ったようだった。
これで永遠に別れるのなら、もっといつもの静かにこちらを見る表情が見たかったと思う。
「お別れも言ってないや」
そう思うと、最後に一目会いたいと思った。
最後くらい、笑った顔で別れたい。
「お別れ言いに行くくらいなら、いいよね」
それで本当に最後にするから。
そう思って、留衣はタオルを手に取ってソファーから立ち上がった。
「ニーナさん今までありがとう、私トゥーイさんに会いに行ってから教会に行くよ」
「お供いたします」
「いいの?」
教会に行けばニーナと離れることになるので、それならば少しでも長くと思い了承した。
町まで出て騎士団の本部へと歩く。
「やっぱり迷惑かな」
近くまで来たところで、留衣はぽろりと零した。
好きにしろと言われたのにのこのこ挨拶に行くなんてと思ったが、やはり最後なのだからと自分を納得させた。
顔を見たい。
最後の願いくらいは叶えてもいいはずだ。
歩いていると、ふいにニーナがくるりと後ろを振り返った。
何だろうと視線を追うと、そこにはベロニカがいた。
侍女を連れているところから、今日もトゥーイに会いにきたらしい。
こうやって頻繁に会っているのだろうかと思うと、ぐっと息が詰まった。
「トゥーイ様のところへ行くのかしら」
「はい、教会で私を帰してくれるって言うんで、お別れを言いに」
ぴくりとベロニカの片眉が動いた。
「あなた、自分が何をするかわかっているの?」
「なんのことですか?」
ベロニカの言葉に留衣が訝し気にすると。
「まあいいわ、トゥーイ様にはあたくしがついているし」
「あの?」
「あたくしだけがトゥーイ様をわかってあげられるのだから、あなたはいらないわ」
その物言いにカチンときたのは許してほしい。
ニッポリアとの会話を思い出すと、彼女は自分の言動に酔っているようにしか見えない。
それでも、元の世界に帰る瑠衣よりはマシだろう。
トゥーイの生活を引っ搔きまわすだけ引っ搔きまわした自覚はある。
ぐっと唇を噛みしめると、ベロニカが勝ち誇ったように赤い唇に笑みを浮かべた。
「まあいいわ。その気になったのなら、すぐに教会に行きなさい」
居丈高にベロニカが言う。
「いや、だからトゥーイさんにお別れを」
「いいから早くなさい!」
ベロニカが留衣の手を掴もうとすると、二人のあいだにニーナが滑り込んだ。
「乱暴はなさいませんように」
「うるさいわね!」
立ち塞がったニーナの腕をベロニカが掴むと、バチンっと音がその場に響いた。
腕を掴んだベロニカの手元が強く光ったので、魔法を使ったらしい。
「ニーナさん!」
ニーナが砂のように崩れていき、そこに水色の蝶々がひらりと現れた。
「何よ、人形だったのね」
馬鹿にしたような物言いで、その蝶々をベロニカが両手でくしゃりと握りつぶす。
慌ててベロニカの手を掴んで開かせると、蝶々の残骸がパラパラと地面に落ちて行った。
「ニーナさん……」
ニーナだったものが地面に崩れていくのを見て、留衣はキッとベロニカを睨みやった。
「なんてひどいことするの」
「ふん、たかが人形でしょう」
ベロニカが言い捨てると。
「あなたも、起きていると面倒だわ」
ぐっと右腕を掴まれた。
ニーナの時と同じようにバチンッと音が響く。
掴まれた場所から電流のようなものが体を駆け巡り、留衣の意識は痺れて遠くなっていった。




