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 翌日は晴天だった。

 どんよりとした留衣の心とは正反対だ。

 トゥーイは早朝に出て行ったらしく、腫れた目で見送りすることが憚られて部屋から出なかった。

 階下に行くと、ニーナが留衣の顔を見て。


「濡れたタオルを用意いたします」


 気を効かせてくれた。

 応接間で瞼をタオルで冷やしながら、このあとのことを考える。

 教会に行き、元の世界に帰らせてもらおうと。

 結局最後に見たトゥーイの顔があんな表情になるのかと思うと、胸に重しが乗ったようだった。 

 これで永遠に別れるのなら、もっといつもの静かにこちらを見る表情が見たかったと思う。


「お別れも言ってないや」


 そう思うと、最後に一目会いたいと思った。

 最後くらい、笑った顔で別れたい。


「お別れ言いに行くくらいなら、いいよね」


 それで本当に最後にするから。

 そう思って、留衣はタオルを手に取ってソファーから立ち上がった。


「ニーナさん今までありがとう、私トゥーイさんに会いに行ってから教会に行くよ」

「お供いたします」

「いいの?」


 教会に行けばニーナと離れることになるので、それならば少しでも長くと思い了承した。

 町まで出て騎士団の本部へと歩く。


「やっぱり迷惑かな」


 近くまで来たところで、留衣はぽろりと零した。

 好きにしろと言われたのにのこのこ挨拶に行くなんてと思ったが、やはり最後なのだからと自分を納得させた。

 顔を見たい。

 最後の願いくらいは叶えてもいいはずだ。

 歩いていると、ふいにニーナがくるりと後ろを振り返った。

 何だろうと視線を追うと、そこにはベロニカがいた。

 侍女を連れているところから、今日もトゥーイに会いにきたらしい。

 こうやって頻繁に会っているのだろうかと思うと、ぐっと息が詰まった。


「トゥーイ様のところへ行くのかしら」

「はい、教会で私を帰してくれるって言うんで、お別れを言いに」


 ぴくりとベロニカの片眉が動いた。


「あなた、自分が何をするかわかっているの?」

「なんのことですか?」


 ベロニカの言葉に留衣が訝し気にすると。


「まあいいわ、トゥーイ様にはあたくしがついているし」

「あの?」

「あたくしだけがトゥーイ様をわかってあげられるのだから、あなたはいらないわ」


 その物言いにカチンときたのは許してほしい。

 ニッポリアとの会話を思い出すと、彼女は自分の言動に酔っているようにしか見えない。

 それでも、元の世界に帰る瑠衣よりはマシだろう。

 トゥーイの生活を引っ搔きまわすだけ引っ搔きまわした自覚はある。

 ぐっと唇を噛みしめると、ベロニカが勝ち誇ったように赤い唇に笑みを浮かべた。


「まあいいわ。その気になったのなら、すぐに教会に行きなさい」


 居丈高にベロニカが言う。


「いや、だからトゥーイさんにお別れを」

「いいから早くなさい!」


 ベロニカが留衣の手を掴もうとすると、二人のあいだにニーナが滑り込んだ。


「乱暴はなさいませんように」

「うるさいわね!」


 立ち塞がったニーナの腕をベロニカが掴むと、バチンっと音がその場に響いた。

 腕を掴んだベロニカの手元が強く光ったので、魔法を使ったらしい。


「ニーナさん!」


 ニーナが砂のように崩れていき、そこに水色の蝶々がひらりと現れた。


「何よ、人形だったのね」


 馬鹿にしたような物言いで、その蝶々をベロニカが両手でくしゃりと握りつぶす。

 慌ててベロニカの手を掴んで開かせると、蝶々の残骸がパラパラと地面に落ちて行った。


「ニーナさん……」


 ニーナだったものが地面に崩れていくのを見て、留衣はキッとベロニカを睨みやった。


「なんてひどいことするの」

「ふん、たかが人形でしょう」


 ベロニカが言い捨てると。


「あなたも、起きていると面倒だわ」


 ぐっと右腕を掴まれた。

 ニーナの時と同じようにバチンッと音が響く。

 掴まれた場所から電流のようなものが体を駆け巡り、留衣の意識は痺れて遠くなっていった。


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