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 酷く体が重い。

 そしてとにかく眠い。

 でも意識が浮上した感覚に、そろそろ起きなければと思い留衣はぼんやりと億劫そうに瞼を上げた。

 出来ればもう少し惰眠を貪りたいが、体が寝すぎだと訴えている気がする。

 目に入ったのは、最近すっかり見慣れた天井だ。

 ぼーっとそれを見上げながら。


(私いつ寝たっけ?)


 覚えていないことに首を傾げる。

 確かトゥーイの看病をしていた筈だ。

 そこまで思考がたどり着くと、留衣はがばりと起き上がった。

 勢いよく起き上がった留衣に驚いたように、ベッド脇に座っていたらしいトゥーイが立ち上がっていた。


「あれ?トゥーイさん、なんで」


 ベッドに眠っていたのはトゥーイで看病をしていたのは留衣だったはずなのに。

 トゥーイは目に見えてほっとしたような安堵の表情を浮かべていて、ますます留衣は不思議に思った。

 よく見れば、彼はラフな服に着替えて手袋もしている。

 顔色も良くなっていた。


「気分の悪さはありませんか?」

「え?うん、平気だけど。それよりトゥーイさんこそ体の具合は?寝てないと」


 慌ててベッドから立ち上がったら、留衣は夜着を着ていた。

 ニーナが着替えさせたのだろうか。

 トゥーイの方へ踏み出すと、彼は落ち着きなさいと一歩離れた。


「私の体はもう大丈夫です。あなたは痛いとかだるいとかはありますか?」


 何もないとふるふると首を振る。

 トゥーイはそれに細く長い息を吐くと、鋭い眼差しで留衣を射抜いた。


「あなたは馬鹿ですか!私に触れるなと言ったのに、よりによって体の機能が落ちているときに長時間触れ続けるなんて」


 鋭い切れ味の刃物のような声と眼差しに、おもわず留衣は身をすくませた。


「それは……ごめんなさい。でも苦しそうだったから」

「余計なお世話です」

「でも」

「あなたは!」


 しどろもどろに反論しようとすると大きく遮られ、思わずムッとトゥーイの顔を見上げると、そこにはどこか泣きそうな表情があって。


「死んでいたかもしれないんですよ」


 苦し気にうめいた。

 留衣がその顔と声に何も言えなくなると、ふいとトゥーイは部屋の扉へと向かい、出ていく間際にこちらへ背中を向けたまま。


「二度としないでください」


 言い切るとバタンと音を立てて扉は閉まった。

 置いて行かれた留衣は、まさかトゥーイにそんな顔をさせるとは思ってもいなかった。

だから自分のした事が悪いとは思っていなかったけれど、あんな顔と声を前にしてしまえば。


「謝った方がいいのかな……でも、悪いなんて思ってないのに謝るわけにもいかないよね」


 はあ、とため息をついた。

 コンコンと扉がノックされ、ニーナの声がかけられる。

 どうぞ入ってと答えれば、ニーナがワゴンを押しながら入ってきた。


「それは?」

「ホットミルクです。トゥーイ様より指示がありました」


 思わず何とも言えない表情になった。

 あれだけ怒ってたのに、気を使ってくれているのだ。

 トゥーイはあんなツンケンした態度なのに、とても優しい人なんだよなと思う。


「私どれくらい寝てた?」

「二日です」


 思ってもいない返事だった。


「ふ、ふつか!え、嘘でしょ」

「ベロニカ様の対応された時から、ちょうど二日たっています」

「ということは、今は昼前……」

「はい」


 そりゃあ心配させるわ。

 留衣は我ながらそう思い、ひくりと口をひきつらせた。

 ニーナがトレーに乗せてマグカップを差し出してきたので、それを受け取り口に含んだ。

 ミルクの中に蜂蜜が入っているのだろう、優しい甘さが舌の上を転がって行く。


「あのさ、トゥーイさんの具合は?」

「完治しております。ニッポリア殿下が秘密裏に治癒魔法を発動できる魔道具を使者に持たせてくださいました」

「そーゆー裏技があったのね」


 がくりと脱力してしまった。

 そんな予定があったのなら、ちゃんと言ってほしかった。

 そしたら出勤だって無理に止めなかったのに。


「なんか空回りしまくって心配させただけじゃない、これ」


額に手をあて俯き、はあーと深々息を吐いた。


「そちらは王家の方にしか使われない物なので、特例ということですね」

「じゃあ普通に仕事行ってたら大丈夫と思われて、使ってもらえなかったかもしれないのか。ならまあ、結果的オーライって感じなのかな」


 しかし瑠衣の空回り感はぬぐえない。

 行き当たりばったりなところがあるので、もう少し落ち着こうと瑠衣は心密やかに決意しておいた。


「私ってそんなに危険だったの?」

「トゥーイ様が目を覚ますまでのあいだ、体が必要としているエネルギーを与え続けていたので魔力の低いものなら死んでいたかと思います」


 ごくり、と思わず喉が鳴った。

 軽はずみな行動だったかもしれない。


「そりゃあ怒るわ」


 がくりと肩を落として、留衣はやっぱり考え無しに動くのやめようと思った。

 死んでないということは魔力が大量にあったのだろうけれど、それも結果論だ。

 着替えて応接間に行くと、トゥーイが騎士服の姿でフミの肖像画を見ていた。


「トゥーイさん」


 パタパタと駆け寄り、がばりと頭を下げる。


「心配させちゃってごめん、考え無しでした。心配してくれてありがとう」

「……」


 なにも反応がない事に、そっと頭を上げるとトゥーイはこちらをじっと見下ろしていた。


「トゥーイさん?」

「しばらく忙しいので食事の準備はいりません」

「え?」


 言うだけ言って、トゥーイは足早に応接間を出て行ってしまった。

 会った頃の時よりもよそよそしい態度だ。

 はあ、と何度目かの溜息をついた。


「せっかく仲良くなれたと思ったのに」


 フミの肖像画をちらりと見やる。

 暖かい微笑みに、なんとなく弱音を口にしたくなった。


「失敗しちゃった。空回りしてばっかりだよ、おばあちゃん。迷惑ばっかりかけてる」


 料理だって喜んでもらうつもりで作っているが、トゥーイには自己満足に付き合ってもらっているようなものだ。

 攻撃を庇おうとしたら、逆に庇われた。

 魔力をあげた事も迷惑だったのだろう。

 心配だってさせてしまった。


「でも、死んでたかもしれないって言われても、ピンとこないんだよね……」


 二日も目を覚まさなかったくせに、基本が能天気なせいかあまり深刻に思えなかった。


「また、仲良くなれるといいけど」


 その日トゥーイが騎士団に行ってから、まったくと言っていいくらい顔を合わせることが少なくなった。


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